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白雪姫が目を覚ますまで。  作者: 柊玲雄
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6*お話を聞いてくれませんか

「おはようございます〜…」


勝手口を入ってすぐ右にあるタイムカードを手に取り、機会に差し込む。

ウイィインと、機械音が静かなバックヤードに響く。


「おはよう、白雪さん」

「店長」


厨房からバックヤードに顔を出したのは、Little Ordinaryの店長だった。


オールバックにした黒髪と、きりっとした目つき、知的な細い銀縁メガネ。

タキシードをモチーフとしたlittle ordinaryの制服が、細身で長身の体にぴったり合っている。


さながら、執事のようである。


「なんか元気ないね。なにかあった?」


第一印象は、誰しもが「冷たそう」と言うだろう。

確かに私もそう思っていたが、話してみたらそんな印象は180°変わった。


little ordinaryで働くみんなの話を、いつでも真剣に優しく聞いてくれる、スーパー優しい男性なのだ。


「まぁ、ちょっと色々…」


…スーパー優しい店長に、こんな破天荒は話できやしない。


新学期早々、超イケメン転入生にこくはくされ、断ったのに何故か私好みの人間になると断言された、なんて…。


「言いたくなったらいつでも言ってね」

「はい、ありがとうございます」


大きなため息を吐き出したくなるくらい、優しい店長の言葉は私の心身に響いた。


「すみませーん」

「あ、はい!ただいま伺います!それじゃ白雪さん、着替えて出ておいでね」

「はい」


お客さんに呼ばれた店長は、ふわっと笑ってホールに出ていく。


店長の後ろ姿を見送ってから、今のやりとりで少し落ち着いたことに安心した。


…さぁて、バイトバイト。今日も気合い入れてやらなきゃ。


ネームプレートに「しらゆき」と、書かれたロッカーの中から、制服を取り出す。


胸元に白い細リボンが絶妙な存在感を出し、スカートの裾にあつらえられている白いフリルが、真っ黒なワンピースを引き立てている。

腰には、シルク素材の布とレース素材の布が重なってできた上品なエプロン。

足元は黒のニーソックスに黒いローファー。


Little Ordinaryは、漫画に出てくるような、高貴なお屋敷をモチーフとした、シックなカフェとなっている。


制服もそのモチーフに合わせた、シックなものを使用している。


制服に着替え、髪をハーフアップにしたあと、結んだところに黒いリボンをくくりつける。


「白雪さん、オーダーいける?」


厨房で注文品を作る店長が、顔だけこちらに向ける。


「はい、いってきますね」


オーダーをとりに、厨房を抜け、ホールに出る。


お客さんは、ブロック席に2組と、カウンター席に1組。


そして、カウンターに座っていたのは姫魚さんだった。


「すみません、注文いいですか」


姫魚さんは私の方を振り返って、にこやかに片手を上げた。


その笑顔に、心が温められる。


「はい、お伺いします!」


姫魚さんの斜め後ろに立ち、ポケットから注文表を取り出す。


「白雪さん、飲みたいものある?」

「…え?」


全く予想していなかった注文に、思わず首を傾げる。


「なんか、ちょっと辛そうだから。バイト終わりにプレゼントしようかなって」


優しい笑顔を浮かべてそういう姫魚さんが、何故か天使に見えた。

そしてふと、思いつく。


…姫魚さんになら、話しても大丈夫かな?


「あ、えと…しょ、少々お待ちください!」


注文票を急いでちぎり、いそいそとペンを走らせる。


(お話聞いていただけませんか)


簡素すぎて失礼かもしれないが、正直キャパオーバーしそうな頭がSOSを出していた。


メモを渡すと、姫魚さんはクスッと笑って、こくりと頷く。

それから、手元に立ち上げていたパソコンでメールを開き、新規作成をクリックする。


そのまま、新規のメールに、「店の裏口で待ってるね」と打ち込まれていた。


「ありがとうございます!あ…えと、ご注文!何になさいますか?」

「じゃあ、トマトジュースお願いします」

「かしこまりました!」


姫魚さんの笑顔にすっかり癒された私は、るんるんと厨房にもどる。


「トマトジュースお願いします!」

「はーい、了解。白雪さん、ちょっと調子戻ったね」

「はいっ」


バイトが終わったら、姫魚さんとお話。…じゃ、なくって、話を聞いてもらう。


その行為自体が、ものすごく嬉しい。


「あ、白雪さん」

「はい」

「表玄関の看板、少し消えかかってたから直してきてもらっていい?」

「わかりました〜、チョークお借りしますね」


このカフェの表玄関には、空白スペースが黒板になっている看板が建てられている。

本日のオススメメニューや、時にはキャンペーンの内容等が書かれていて、案外この看板をみて来店するお客さんも多かったりする。


「あー、ほんとだ。誰か触っちゃったかな」


看板を見ると、左半分がなにかに擦れたように消えかかっていた。


おそらく、小さな子どもが興味本位で手を伸ばしたりしたんだろう。


「全部書き直しちゃうか」


微妙な消え方なため、黒板の字をすべて消す。


粉をから雑巾で軽く拭いて、白いチョークの先を黒板にコツンっとつけた時だった。


「あれ、白雪さん?」


不意な声に、振り向く。


…と、そこには、眠森くんが制服姿で立っていた。


「ね、眠森くん…」

「ここでバイトしてんの?」

「あ、うん…そうだよ」

「そうかぁ、俺ここの近所なんだよ」

「え?!」


嘘でしょ!


そう言いたかったが、あいにく、このカフェの裏手には新しい住宅地が1年前にできていた。


「寄ってこうかな」

「あ…」


切実に来て欲しくない。

元々苦手なタイプだったのに、朝の一件からそれが悪化したように思う。


「白雪さん」


不意に扉が開いて、名前を呼ばれる。

その声にホッとして、振り返った。


「姫魚さん」

「店長さんがバックヤードに引いてしまったから、お客さんがオーダー待ちだよ」


そう言って、にっこりと笑う姫魚さん。

それから、眠森くんに目をやる。


…なんか、一瞬目が笑ってなかったような…。


「ほら、行っておいで」

「は、はい!」


ドタバタと店内に入る。

そのまま姫魚さんも扉を閉めて、カウンター席に戻っていく。


「ひ、姫魚さん。ありがとうございました」

「すごく困った顔してたから、ほっとけなくて」


申し訳なさそうに、眉毛をハの時にする姫魚さん。


「すごく助かりました…」

「役に立てたならよかった。…もしかして、話って今のに関係あるの?」


ゆるやかな質問のせいか、素直に頷いてしまう。


「そっか…」


少し悲しそうにして、目を伏せる。


…どうして、姫魚さんが悲しそうな顔するんだろう?


「白雪さーん、大丈夫?」


厨房から顔を覗かせた店長が、心配そうに声をかける。

私は薄く笑って、こくりと頷く。


「ん、ならいいんだ。申し訳ないんだけど、お店1人回しできる?」

「はい、大丈夫ですよ」

「ありがとう、ちょっと身内に呼ばれたから出てくるね」

「いってらっしゃいです」


店長が外に出たのもあり、姫魚さんに一礼だけして業務に戻る。


外看板を改めて直し、入ってきたお客さんを迎え、案内し、メニューをとる。


それからの時間は、至って穏やかに流れていった。

夏課題が終わらない柊です。


ここで姫魚さんについて。


実は姫魚さん、LittleOrdinaryのメニューを全種類覚えちゃってます。

そのわりにトマトジュースしか飲まない。


全く謎な野郎ですね、好きです。

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