47*それはただの脅迫
泣きながら姫魚さんの家の前にいても何も始まらないので、とぼとぼと家を目指して歩き出すことにした。
涙は一向に止まってくれないため、下を向いて歩いた。ただひたすら。
「白雪〜?」
そうして大通りに差し掛かる間際、後ろからのバイク音で道の端によった直後に見知った声に呼び止められる。
振り向くのが嫌でその場に止まると、バイクも私の少し後ろで停車した。
「白雪お前〜無視かいな。俺がよび…白雪?どないしたんや?!」
バイクに乗っていた伊野先生は私の顔をのぞき込むなり、わけがわからないと言わんばかりの表情をした。
おそらく、ありえないくらい泣き腫らした目に動揺しているのだろう。
「またいじめられたんか?あ…白雪、もしかして姫魚さんに直接聞きに行ったんやないやろな?!」
「…ちゃい、ました」
「え?」
「嫌われ、ちゃい、ました…」
「…そやったんか」
今出る精一杯の声量で伝えれば、伊野先生はその場にしゃがみこんで自分の髪をくしゃくしゃと触った。
「話は家帰ってからや。んな顔で歩いとったら人類みんなビックリしてまうわ。…俺のん乗って帰るで」
そう言って私をバイクの方へ促し、自分がさっきまで被っていた大きい方のヘルメットを私に被せた。
「…これ制服の子乗せてたらやばいやん。すまんけどこれも着といて」
先生が着ていたパーカーを手渡されとりあえず着てみると、予想以上に丈が大きくてたぼだぼだった。
…姫魚さんのジャージも大きかったよね。それで、姫魚さんの匂いがして、あったかくて、落ち着いて。
ああ、だめだ。思い出したら余計に涙が止まらない。
「メット被ってるんやし好きなように泣いたらええわ。明日はメット天日干しせなあかんな〜」
先生は軽く冗談めかした調子で言いながら、バイクにまたがる。
私ものそのそとその後ろにまたがり、先生の上着の端を掴む。
「アホか白雪、そんなん落ちてまうわ。嫌やと思うけどがっつり腰に手回しといて」
「え…セクハラ…」
「この状況でそれ言うたら反論でけへんわ…。まぁなんでもええわ、行くで」
スタンドを蹴ってハンドルを捻り、バイクは勢いよく走り出す。
ヘルメットで顔は外気とは触れ合わないけれど、なんとなく風に涙が吹き飛ばされていく感覚がしていた。
大通りを駆け抜け、住宅地を少しゆっくりめに進んでいく。
アパートにはすぐ到着し、ゆっくりとバイクが停車する。
「とーちゃく」
「…ありがとうございました」
ヘルメットを外してから、バイクにまたがったまま頭を下げる。
涙はいつのまにか引っ込んだらしい。
「大袈裟やなぁ。さっすがに泣いてる子ほってくほど性根腐っとらんわ」
「先生優しいですもんね」
「まぁな。関西の男は優しいっちゅーわけや」
にひひっと少年のように笑う伊野先生。
その笑顔はどこか私を安心させてくれて、逆に涙がこぼれそうになる。
「さてと…いつもんとこで話そか」
「はい」
促され、バイクを片付けに行く先生について行こうと、駐車場の方へ向いた直後だった。
「つゆき?」
「ん?」
後ろから声がかかり、私も先生も振り向く。
振り向いた先にいたのは、眠森くんだった。
すでに私服姿の彼は、ジーンズの後ろポケットに手を突っ込んで、キョトンとしている。
「眠森くん」
「…つゆき、そいつうちの教師だよな?」
「え?あ、うん!そう!体育の伊野先生」
「おー転校生の男前やん」
伊野先生はひらひらと手を振って、「どーもー」と軽く挨拶して、いつも通り生徒に接する態度をとった。
けれど、眠森くんは私と先生が一緒にいることが不思議だったのか、眉根を寄せた。
「なんでつゆきといるんですか」
「え?ああ、白雪とはご近所なんやわ。2つ隣の部屋やねん」
「…本当に?」
「当たり前やろ、何の嘘やねん」
「へぇ…」
完全に疑ってるらしく、眠森君は余計に険しい顔をした。
それからふと私を見て、目を見開いた。
「つゆき…泣いてた?」
「えーっと…ちょっとね」
「…お前か?」
「はぁ?んなわけないやろ。俺は」
「なんでもいいけど、とりあえずつゆきから離れてくださいよ」
眠森くんは私の腕を掴んで伊野先生から遠ざける。
引き寄せられた反動で、眠森くんに抱きとめられる形になり、私は息を止める勢いでびっくりしていた。
「ね、眠森くん?」
「ちょ、待てや!どえらい勘違いしとるんちゃう?白雪には手も足も出し取らへんて」
「…つゆき、本当?」
「ほ、ほんとだよ!先生にはいつも相談に乗ってもらってて…」
眠森くんの表情が険しすぎて、語尾は尻つぼみになってしまった。
先生もかなり困惑気味のようだ。
「相談…俺達じゃ頼りにならない?」
「ち、違う!そんなんじゃないよ?!ただ…その、…」
眠森くんにはもちろん、アリスさえまだ一度も事情を話したことがない。
信頼できる人達ではあるけれど、それ故に、困らせたくはなかったからだ。
言い淀む私を、眠森くんはじっと見つめた。
次の言葉を待ってくれているのは嬉しいけれど、大きすぎるプレッシャーに押しつぶされそうになる。
…言うべき、なのかな。でも、…仮に、あの新聞の記事に私が関わってるなら、言うべきじゃないよね。
そう思って、口を開こうとした時だった。
「眠森とか言うたか?お前、それただの脅迫なんわかってる?」
伊野先生が、口を開いた。
しかも、私や生徒に話すような声音じゃなくて、少し怒りが混ざっているような声音だ。
「は…?」
「転校してきてからさして時間は経っとらんやろうけど、毎日白雪とか鈴木と一緒におんのやろ?せやったら、白雪がどんな子かくらいもう把握してんちゃうんか。この子は自分の気持ちは後回しや。信頼してる人なんか、尚更大事に大事にしとる。自分のこと傷つけるくらいにな。そんな子にお前が「頼れないの?」とかほざいたら、どうなるか分かるやろ?どう考えても、白雪は自分を犠牲にするやろ」
先生の目は、完全に色を変えて怒気を露わにしていた。
元々整った顔立ちな分、怒ると迫力が増している。
眠森くんを見上げれば、唇をぎゅっと噛んで先生を睨みつけていた。
けれど、どこか泣きそうでもあった。
「とまぁ…これは一教師の説教や。人の気持ち考えろて習わんかったかーって話。で、こっから一男性として言わしてもらうんやけど。惚れた女に頼ってもらいたいんは分かるけど、その欲望を相手にぶつけるんは嫌われる1歩や。ぶつけるんやなくて、「お前を受け入れる準備はいつでもできとるで!」みたいな気持ちでおるんがほんまのええ男やと俺は思てる」
…伊野先生って、まともに男性論語れたんだ…。
そう思っていると、伊野先生がパッと私を見て、にっこり笑った。
「白雪。今、「こいつまともなこと言えたんや〜爆笑!」って思ったやろ。」
「…いえ、そんなことは全く。」
「隠すの下手くそやねん」
「顔に出やすいん自覚した方がええぞ」なんて言いながら、さっきまでの怒りを収めたらしい。
いつも通りの先生に戻りひと安心してから、もう一度眠森くんを見上げた。
眠森くんも、さっきみたいに泣きそうではなくて、どこか観念したような表情をしている。
「眠森くん」
「ごめん、つゆき。腕痛くなかった?」
「うん、大丈夫。…ありがとう」
「え?」
「心配、してくれたんだよね。ありがとう。でも、ごめんなさい。まだ、眠森くん達には話せない。…自分の中で整理できたら、その時は全部話すね」
これが、今できる精一杯の返事だ。
返事が嘘にならないように、ちゃんと調べよう。
姫魚さんのことでくよくよしたい自分もいるけど、今は事実を調べ出すことだけに集中するべきだ。
「伊野先生」
「なんや?」
「私の過去を、あるだけ全部知りたいです。手伝ってくれますか?」
じっと見つめて言えば、先生は苦笑いしながら頷いた。
「ええよ、ちゃんと知って、鈴木やらに話せるようになろうや」
先生の言葉に、私は大きく頷く。
…決意は固まった。
もうくよくよなんてしない。




