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白雪姫が目を覚ますまで。  作者: 柊玲雄
46/53

45*彼女と彼の過去の話④

side.姫魚翠


彼女が目を覚ましたのは、あれから1ヶ月後だった。


主治医の提案で、つゆきは目が覚める前に実家へ戻ることになり、目を覚ました時には自室で眠っている状況を作り出すことになった。


精神科医から話を聞けば、小さなうちに精神的に大きな衝撃を受けるとまだ発達しきっていない脳が混乱し、その衝撃を受けた時の記憶が飛んでしまうことがあり、今回の件はその可能性が非常に高いと予測されているという。

そうなれば、目を覚ました時、自分がなぜ病院にいるか分からなくなりパニックを引き起こすことになる。

その状況を避けるため、つゆきが眠っている理由を「突然倒れた」という事にして、事件自体を抹消することになった。


つゆきを騙すようで心苦しい反面、これが正解だと誰もが思った。


…そして、事件から1ヶ月後、彼女は目を覚ました。


ずっとそばに居たつゆきの母親は、目を覚ました彼女を見て号泣したらしい。

白雪家の誰もが連絡に喜び、急いで帰ってきたらしい。

当の本人は、案の定、なんの記憶もなく、なぜ皆が半泣きで喜んでいるのか分かっていない様子だったという。

幼い彼女は、自分が眠っていた理由を特に不思議に感じてはいなかったとも聞いた。


…ただ、一つだけ。

誰も予想していなかったことが、起きた。


「姫にお礼言わないとな」

「…誰?」

「え?」

「ひめ?」

「あー、翠のことだよ。忘れてたか?」

「…誰?それ」

「え…」


つゆきの兄である久永は、愕然としたらしい。


あの時の事件を忘れたのと同時に、事件に関わった僕のことも一緒に忘れてしまったのだという。

何回聞いても、つゆきは首をかしげながら「そんな人知らない」と言うだけだった。


「母さん…」

「…久永、翠って誰よ?もう、つゆき、ごめんなさいね。久永、つゆきの事で頭いっぱいで訳わかんなくなっちゃってるみたい」

「母さん?!」

「ちょっともー、コーヒーでも飲んで落ち着きましょう?さ、リビングに行くわよ〜」


そう言って母親に無理やりリビングへ連れていかれたつゆきの兄は、衝撃的なことを聞かされた。


「久永。…翠ちゃんのことは、つゆきには黙っていて」

「なんで?!命の恩人だろ?!」

「そう!分かってるわよ!だけど…翠ちゃんのことを思い出して、事件のことまで思い出したら、もう元には戻れないわ」

「…そんな」



なぜ僕がこの会話を知っているかと言うと、つゆきが目を覚ましたと連絡が入り、会社から急いでこの家に戻ってきていたからだ。


…そうか。

つゆきは、僕のことを忘れてしまったのか…。


僕はゆっくりリビングのドアを開けた。

つゆきの母親と兄は、僕を見て明らかに動揺を見せる。


「お話、聞いちゃいました。…久兄、大丈夫。僕はつゆきの為なら、なんだってするよ」

「でも…!!」

「大丈夫。…いつかきっと、思い出してくれるよ」


そう言って、僕は無理やり口角を釣り上げた。


「翠ちゃん…本当に…」

「謝らないでくださいよ。花さんが言わなくても、きっと僕は自分から言い出してましたから。…それじゃあ、つゆきをお願いします」


リビングを出て、玄関を出て、自分の家に入って。


…僕は、泣き崩れた。


「ふっ…うう…つゆき…」


…苦しくて悲しくて辛くて、たまらない。

どうして僕を忘れてしまったの?つゆき…。



いろんな感情が身体中を駆け回り、全く整理がついていない。

だから、事実を受け入れることが苦しくてならない。



不意に足音がして前を向くと、僕の目の前には母が立っていた。


「…翠、そんなところにいたら風邪ひくよ」

「母さん…」

「あんた酔って帰ってきたら玄関で寝るタイプよね」


あからさまに憔悴しきっている僕を、何気なく元気づけようとしているらしい。

そんな母の行動が、また僕の涙腺を破壊していく。


「…母さん…僕…」

「…んもう、しょうがない子ね。母さんが全部聞いてあげるから。…泣かないで、翠」


しゃがんで、僕と目線を合わせて、母は優しく微笑む。


いつもはもう大人だからと我慢するけれど、今はもうそんなことを言っていられなかった。


大好きな人を失った悲しみは、簡単に引いていくわけがなかった。

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