37*side.姫魚翠
side.姫魚翠
「それで?なにがあったんだ?」
「…ちょっと派手にコケただけだよ」
眠森に殴られてすぐ、鏡も見ずにつゆきのバイト先に来てしまったせいで、口元の切り傷に気づかず大騒ぎを起こしてしまった。
パニックになったつゆきを店長__それでいて僕の友人でもある墨染司__が落ち着けてくれたおかげで、今はなんとか収まっているらしい。
僕の口元を消毒しながら、司は呆れ口調を隠さず言った。
「またしょうもない嘘付いて。どうせ誰かと揉めたんだろ」
「…僕からバカみたいな喧嘩を吹っかけた。高校生相手に」
「バカ全開すぎて話にならんな。問題にでもなったらどうする」
「大丈夫。相手も大体の事情は把握してくれてるよ」
「そう…ならいいんだけどな。…よし、とりあえずこれで大丈夫」
「ありがとう、助かったよ」
司とは、僕がここに引越してくる前に知り合っていて、言わば古い友人というやつだ。もちろん、僕とつゆきの関係についても、つゆきの記憶についても事情を知っている。もっぱら相談相手といえば司になっている。
…まさか喫茶店を経営してるとは思っていなかったけど。上司に連れられて行った次の日だったかな、司が店長だって気づいたのは。
そんなことを思いながら、ホールにいるはずのつゆきの姿を探した。
…あれ。つゆき、どこいったかな。
厨房の奥にいるのか__
「白雪さ…白雪さん?白雪さん!」
つゆきの様子を見に行った司が大声をあげた。
僕は急いで厨房に出ると、そこには頭を抱えて蹲るつゆきの姿があった。
「痛い…!痛い…!!!」
悶えるつゆきを抱える司。お客さんも何事かと厨房に集まってきていた。
「白雪さん!聞こえる?!白雪さん!」
「つ、ゆき…つゆき!つゆき!」
意識を失ってるらしいつゆきは、眠っているように反応しない。
…何が起きてる?訳がわからない。さっきの騒ぎが原因なのは分かるけど、どうして__
「すみません通してください!失礼します、医師の神崎です。様態を確認します」
大きな声を店内に響かせてから、神崎と名乗る若い医者は、つゆきの様態を確認していく。
僕は神崎さんを見て、ふと何か違和感を覚えた。
けれど、つゆきの様態に比べればそんな違和感はどうでもよくて、すぐ頭から消えていく。なんとなく違和感のみを残して。
「うん…。眠っているだけのようですね。心配はいりません。…病院へ行く方がいいとは思いますが…目が覚めて突然病室だと彼女はびっくりしてしまうでしょうから、どこかで寝かせておきましょうか」
「じゃあ2階に連れていきます。翠、お願いできる?俺のベッドに寝かせてあげて」
「あ、ああ…わかった」
僕は言われるままにつゆきを抱き上げ、バックヤードの奥にある2階へ続く階段を登った。
その間、きっと僕は色んなことを考えないといけないのに、ただただ眠っているつゆきを見つめては泣きそうになっていた。
…どうして僕は、いつもいつも彼女を傷つけてしまうのだろう。
__僕がつゆきのそばにいるから?
だとしたら…。
「僕は君から、離れないといけないね…」
司のベッドにつゆきを下ろし、ブランケットを被せる。
僕もベッドのすぐ横に腰を下ろして、眠っている彼女を眺めた。
…小さい頃、つゆきが風邪で寝込んだときも、僕はベッドの近くに座って彼女を見つめてたっけ。
熱で真っ赤になった頬を、常に冷え症の僕の手で触れば、彼女は心なしか安心した表情になるのだ。
…熱はないけれど、少しくらいならいいだろうか?
これで最後だから…ごめんね、つゆき。
僕は彼女の頬に手を伸ばし、優しく触れた。
熱はないだろうけど、冷たい僕の手には心地よい温かさだ。
つゆきの表情は、また、心なしか柔らかくなったように思えた。
「…つゆき」
溢れそうな感情を堪えながら、彼女の頬から手を離す。
直後に、階段を上がってくる音がして振り返れば、まだ制服姿の司が上がってきていた。
「…お店はいいの?」
「丁度バイトの子が来てくれたから。…白雪さん、大丈夫そう?」
「特に問題ないよ」
「そうか。…さっきの医者、白雪さんのかかりつけの医者らしい。たまに見るなとは思ってたけど、白雪さんの様子をちょくちょく見に来てたんだってさ」
「ああ…だから違和感があったんだ。納得したよ」
「俺も。やけに分ったふうだったし。…どうする?目が覚めるまでいていいけど」
「いや、帰るよ。…つゆきとはもう会わないから」
「は?お前何言って…」
「僕はつゆきの隣にいちゃいけないんだよ」
「…あとは頼んだよ」そう司に言って、僕は部屋を出て階段を下った。
司の、僕を引き留めようとする声を無視して、勝手口から外へ出る。
見上げれば、さっきまで青色が広がっていた空は、僕に同情するみたいに重たい灰色に塗り替えられていた。
みなさんおはようございます、柊です。
春なのに寒いですね…もう家から出られません。
あと姫魚さんは相当闇の人だなって思います。
次回もお楽しみに!




