34*夢と目覚め
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私は、地上から数十m離れたところから、下を眺めていた。
地上には、しんしんと雪が降り注がれている。
私が眺める先は、暗い路地裏だった。
そこには、どういうわけか、姫魚さんが一人佇んでいる。
俯いたまま、一向に動かない。
私は、姫魚さんの傷の具合が見たくて必死に地上へ降りようと試みたけれど、自分の体が全く動かなくて困っていた。
…あと、この路地、どこかで見たことがあるんだけど…どこだったかな?
と言うか、姫魚さんはどうしてこんなところに立っているんだろうか。
とても悲しげな表情の姫魚さん。
私は泣きそうになった。
少ししてから、彼はなにかを呟き、空を見上げた。
そのつぶやきは、とても小さな声だったけれど、私の耳にはきちんと届いていた。
「つゆき……」
涙混じりの、悲しげな声だった。
***
目を覚ますと、見覚えのない部屋にいた。
状況がまったく飲み込めず、天井をぼーっと眺める。
「白雪さん」
「あ…店長…」
不意に名前を呼ばれ、その直後に目の前に店長の顔がぬっと現れた。
と言っても、いつもの店長が現れたわけではなく、お風呂あがりだからか髪が濡れており、いつもはがっちりなオールバックが今は完全にオフ状態になっている店長だった。
ついでにいつもの銀縁メガネもかけていない。
「大丈夫?体の調子、どう?」
「あ…はい。特に問題はないです」
「そっか、ならよかった。……白雪さん、倒れたときのこと、覚えてる?」
「倒れた…そっか、私…」
姫魚さんの口元の傷の原因と犯人を思考していたら、急に凄まじい頭痛に襲われたのだ。それは覚えている。
けれど、そこからはあまり記憶がない。
「倒れたときの記憶はあるんだね、ならよかった。ちょうどお客様の中にお医者様がいてね。眠っているだけだから、とりあえずはどこかで寝かせておくのがいいだろうって。目を覚ましてから、もし倒れたときの記憶とか、頭痛がまだ続いてるようなら病院に行きなさいって言われたんだ」
「なるほど…。なら、大丈夫です。記憶も特に問題ないですし、頭痛もすっかりおさまってます」
「そっか。それじゃあ、もう少しだけ休んでおいて。店の会計もうすぐ終わるから、それから車で家まで送るよ」
「えっ、そんな!申し訳ないです!もうなんともないですし、自分で帰れます!」
「まぁまぁ、そんな遠慮しないで」
今更だけれど、ここはおそらく店長の家だ。店長の家はカフェの2階部分だから、迷わず家に帰れるだろう。
私は手をぶんぶん振って遠慮してみるけど、店長は完全に無視をかましている。私の遠慮は無意味らしい。
「それに。す…んん、姫魚さんに頼まれてるからね」
「姫魚さんに、ですか」
姫魚さんは、少し過保護だ。
ただ普通に心配してくれているだけなのかもしれないけれど、それにしても過保護だ。
…そんなに過保護にするなら、姫魚さんがここに残ればよかったのに。
なんてことを思ってしまったから、心の中で店長に謝っておいた。
「それじゃ、俺は下にいるから。何かあったら言うんだよ」
「…はい、ありがとうございます」
店長はスーパーな微笑みを見せてから、下へ降りていった。
部屋は途端に静かになり、私はまた天井を眺めながらぼーっとする。
…そういえば、さっきまで見ていた夢は、なんだったんだろうか。
あの路地も気になるし、姫魚さんの悲しげな表情はもっと気になる。
ただ、もっともっと気になるのは、姫魚さんが呟いた一言だ。
…姫魚さんは、私のことを名前で呼んでいた。
夢だからと言ってしまったらそれまでだけれど、妙にそうだとは思えなかった。どこか現実味のある声音がそうさせたのだろう。
__仮に、姫魚さんが私のことを名前で呼ぶようなことがあったとして。
それはどういうことなんだろう?
出会ってからまだ1年と少し。
名前で呼ばれたことなんて一度もない。
「なにがどうなってるんだろ…」
寝起きだから頭が回っていないだけなのかもしれない。
それに、夢なのだ。どれだけ現実くさくても、夢であったことは間違いない。考えるだけ無駄な気がしてきた。
「それより姫魚さんの怪我だよね」
忘れていたわけではないが、私は思い出したように姫魚さんに連絡をいれようと枕元の携帯を手に取ってから、はっとした。
…私、姫魚さんの連絡先、知らないや。
ああ…と、私は心の中で落胆した。
なぜ?…怪我の具合を確認できないからだ。そうなのだ。
けれど、どうにもならない寂しさが、私の心をきゅっと締め付けた。
みなさんお久しぶりでございます。柊です。
すみません、更新サボってました。(汗)
携帯のメモには着々と話が溜まってるんですけど何故かアップしないという感じでね、謎ですね。
今回は店長さんの素の姿が見れた素晴らしい回でした。彼は髪を下ろすとセクシー系イケメンに大変身。水も滴るいい男とは彼のためにあります。(違う)
それでは次回もお楽しみに!




