33*side.姫魚翠
つゆきと別れ、僕は公園近くの駐車場に座り込んでいた。
というよりか、身を潜めていた、と言った方が正解かもしれない。
駐車場に来てから20分後、少し遠くから男女の話し声が聞こえてきた。
「ま、とりあえずよかったんじゃねーの?仲直りできて」
「あのね、別に喧嘩してたわけじゃないのよ?」
「喧嘩みたいなもんだろ」
「わかってないわね…ほんとデリカシーのない野郎だわ」
片方は、気の強い話し方の女、鈴木アリスだ。
もう片方は、いかにも女性慣れしてますよな雰囲気が絶え間なく伝わってくる話し方(僕の偏見だが)の男、眠森針葉。
おそらく、2人とも事なきを得て帰宅する最中なんだろう。
僕はそんなに2人の片方__眠森針葉に用があった。
「こんにちは」
2人の前に立ち塞がると、2人とも下げ気味だった顔をふっとあげた。
「あら、姫魚さん。お久ぶり、直接的には」
「久しぶりだね。昨夜の件、片付いたようで安心したよ。ありがとう」
「いいえ。…あれは私たちに落ち度がありますから。それで?今日はお礼に来てくださっただけなのかしら?」
「ああ、いや。…眠森くん、だったかな?君に用があって」
「…俺ですか」
なんとなく自分にふりがくるとは分かってたらしく、彼はあからさまに嫌そうな顔をする。
「ちょっと、人通りが少ないところで話そうか」
「私も行っていいわよね?」
「もちろん。むしろ君がいないと大変なことになりそうだよ」
「大変なこと…?」
「さあ、行こうか」
怪訝な表情を浮かべながらも、眠森は僕のあとをついてくる。
僕は無言で、ほとんど人通りのない路地に入り、行き止まりになっているところで立ち止まった。
「で、なんですか?」
「鈴木、眠森くんにつゆきの話は?」
「申し訳ないけれど、させてもらったわ」
「そう。じゃあ話は早いね」
僕を睨みつける眠森に、僕は少しだけ微笑んで見せた。
眠森は、面食らった様子だったが、気にせずに話し始めることにした。
「僕は、つゆきと幼なじみなんだ。…君が鈴木から聞いた事件で、僕はボロボロになった彼女を病院まで連れていった。…彼女が目を覚ましたのは、3日後の昼、だったかな。僕は内定先の会社に呼ばれて、目覚めた瞬間に立ち会えなかったんだ。ただ、彼女の母親が、彼女が病院に運ばれた時の話をしてくれたんだけど…残念ながら、彼女は、僕のことを忘れていた。正確には、事件に関わっている全ての記憶が抜け落ちていた。…僕は、彼女を助けられなかった。美しくて愛らしい彼女の笑顔を守れなかった。…だから、彼女に忘れられてからでも、僕は彼女をもう傷つけないと決めたんだ。…だけど、また、傷つけてしまった。彼女の笑顔を奪ってしまった。…その戒めに、僕は君に殴られようと思ってる。つゆきを傷つけた刃物の元凶に殴られようと思うんだ」
…僕の考えは、歪んでいる。狂っている。そんなことは、もう随分前から知っている。
けれど、僕は罰せられなければならない。彼女を、つゆきを助けられなかったのだから。
彼女が受けた痛みを、一緒に受けるべきなのだ。
「…あなた、狂ってますよ」
「知ってるよ。…僕は、あの日からずっと狂ってる」
「認めれば狂ってていいのかよ?!そんなことでつゆきのこと守れんのかよ?!ふざけんじゃ、」
「お前になにがわかる!!!」
苛立ちが僕の何かをぶち切った。
僕は眠森の言葉を遮り、胸ぐらを掴んで思いっきり引き寄せる。
「僕だってこんなことで守れるとは思ってないよ。ただ!!お前にだけはそんなこと言われたくない!!お前はつゆきを傷つけた元凶だ!!」
…刃物を作った人間に、何がわかる?
わかってたまるか。
つゆきに寄り添えるのは、お前じゃない。
「…お前は、寄り添うことさえできてねぇだろ?クソガキ」
「…手、離してくださいよ」
眠森の静かな声に、僕は胸ぐらから手を離した。
少しだけ制服を払ってから、彼は地面にカバンを下ろし、もう一度僕に向き直る。
「僕は今、個人的にあなたに苛立っています。なので、殴ります。…ただし、あなたにも僕を殴ってもらいます。これも、あなたの個人的苛立ちとしてですが」
僕を威嚇する彼の目は、きっと他の誰かが見たら恐ろしいと感じるだろう。
だけど、僕には彼の目なんてどうだってよかった。
彼が僕を殴るという決断をしたのなら、それで。
「じゃあ、失礼しますね」
そう眠森が言った直後、僕は頬に激痛が走り、その場にしゃがみこんだ。
思いのほか痛くて、少し泣きそうになったけれど、こんなのはつゆきが受けた痛みの半分にも満たない。
僕は立ち上がり、眠森を見据えた。
次は僕が彼を殴る番だ。
「どこ狙ってもらっても構いません。さあ、どうぞ」
お前には負けない、そんな目が僕をじんじんと射止める。
…君と勝負をしているつもりはないんだけどね。ただ、僕の狂った頭に付き合ってもらっているだけだ。
そんなことを思いながら拳を握りしめ、今世紀最大に人を殴ろうとした直後。
パンッ!!!
眠森がいる場所から、凄まじく綺麗な平手音が鳴り響き、僕は驚いて目を見開いた。
「…鈴木?」
平手を繰り出したのは、鈴木だった。
カバンは引っさげたままで、眠森の目の前に立って引っぱたいたらしい。
「いってぇえ!!?なにすんだよ?!」
「姫魚さんも女々しいけど、あんたも相当女々しいわね。まぁなんとなくそういうやつなんだろうなぁ、とは思ってたけど。」
「は、はぁ?!」
「今のやつ、姫魚さんの代わりね。だからこんな馬鹿な茶番はおしまい」
「鈴木…」
…なぜ、僕の代わりを?
そう聞きたかったが、彼女の雰囲気は確実に「聞くな」と言っていて、僕は言葉を失った。
鈴木は眠森のカバンをひっつかんで、そのカバンで眠森を促しながら路地から立ち去ろうとしている。
「ちょ、まて!まってって!」
「うるさいわねぇ…。ああ、そうだ、姫魚さん」
路地から出ていく間際、鈴木は僕の耳元に唇を寄せて囁いた。
「手、震えてんじゃない」
__僕を諭すような落ち着いた声音は、よりいっそう震える手を刺激した。
「私ね、つゆきを見て思ったの。人間って言うのは、素直にならないと何にも伝わらないのよ。…あなたはいつ気づけるのかしらね?」
鈴木は、少し勝ち誇ったように微笑んでから、僕に背を向け歩き出す。
僕は、自分の震える拳をもう片方の手で包み込み、その場にうずくまった。
…素直にならないと伝わらない。
なんとなく、わかる気はするのだ。
けれど、それをわかってしまった時に、僕はきっとつゆきを傷つけてしまう。
彼女を傷つけるくらいなら、わからない方がいい。
…そうであると、信じたいだけなのかも、しれないけれど。
「…そろそろ行かないと」
カフェには今日も行くと約束したため、僕はその場に立ち上がり、衣服を整えた。
殴られはしたが、そんな大きな傷にはなってないと踏み、そのままカフェへ行くことにした。
…まさか、つゆきがこの傷のせいで卒倒してしまうなんて考えもしないで。
また更新が遅くなりました、面目ない柊です。
すみません、気まぐれすぎますね…さっさと先に進めよと。我ながら思うわけですが。
はいさて、とうとう姫魚さんの狂気じみた一面が出てきてしまったわけですが、白雪愛しすぎ症候群とでも名付けておきましょうか。…ネーミングセンスは触れないで!!!!!!!!
こんなときですが、次回は箸休め話をぶっこむつもりです。また前に進みませんね…。
それでは、次回もお楽しみに!




