30*side.姫魚翠
side.姫魚翠
なんとなく、予想はしていた。
アリスは多分、昨日の件をどうにか片付けようと動いてくれる。
だが、彼女のつゆきへの愛情はたまに過剰になるため、どこかでつまずく。
つゆきが僕の家へ来るのは予想外だったけど、大体の察しがつく程度には、つゆきが涙を流した理由を想像出来ている。
…多分、つゆきは心の奥底で、優しさに触れることを怖がっているから、アリスの優しさを拒絶してしまったのだろう。
「これはこの前仕事で撮らせてもらったんだ。外からの光の反射が綺麗だったから撮ってみたんだけど」
「ほんとですね…あ、虹が出てるんですね!」
「そうそう。雨上がりで丁度ね。あ、この仕事で使った写真はこっち」
「わぁ…すっごくキレイ…」
瞳をキラキラ輝かせて、写真を見入っているつゆき。
そんなつゆきを見て、僕は中学生の時のことを思い出す。
…僕が中学生で、つゆきは小学生。
6歳の差がある僕達だったけれど、僕がつゆきのオムツを変えてあげていた頃もあったくらい付き合いが長い。だから、年の差なんてなんの関係もなかった。
僕は中学生にあがった頃からカメラにハマり、よくつゆきを連れていろんな場所を撮影していた。
そんなある日、つゆきが珍しく「お花畑に行きたい」と親にせがみ倒したらしく、仕事の都合で連れて行ってあげられないつゆきの両親に代わって僕が連れていくことになった。
まだ中学生と小学生の僕らは、隣町の山脈付近にあるお花畑を訪れた。
そこは意外と豊かで綺麗な場所で、せがんだ当の本人はかなり満足そうにしていたのをよく覚えている。
「翠くんにいいもの作ってあげる!!!」
そう意気込んで、シロツメクサの冠を作り出す彼女を、僕はカメラを構えながら眺めていた。
そして、不意にこちらを向いた彼女を、僕は無意識にカメラへ収めていた。
…あまりにも美しく愛らしい笑顔が、お花畑よりもキラキラと輝いて写真に収まる。
それはとんでもない魔法だった。
「あの…姫魚さん」
「んー?」
つゆきの、弱々しい声音が僕を呼ぶ。
僕は、できるだけなんでもないように、液晶画面の上で指をスライドさせながら答える。
「…私、ひどいことをしました」
「ひどいこと?」
「はい…。アリスや眠森くんからもらった愛情を、受け入れられませんでした…」
「愛情…ね」
つゆきの口から「愛情」なんて言葉が出てきたことに僕は驚いた。
彼女は、目に見えてしまった優しさとか愛情とか、そういう感情をとても怖がる。だから、自分からそういう言葉を口にすることはまずない。
おそらく、眠森あたりが何か声をかけたのだろう。
何を言ったかはさすがに想像出来ないが、その内容をつゆきは受け入れられなかったのだ。
…あの男、本当にいらないことをしてくれる。
「私は…私以外、誰も傷ついて欲しくないんです。ましてや、私なんかを守るために傷つくなんてもっと嫌なんです。…なにもかも、私だけが傷つけばいいんです。私を守ることが愛情なら…愛情なんて、いらないです」
ほろほろと涙を流すつゆきの瞳が、苦しそうに僕を見つめる。
…僕は、いつまでも、どこまで行っても彼女の味方でいるつもりだ。
だから彼女の言葉を否定したくない。
けれど、彼女自身が、自分の言葉で自分を傷つけるようなら、僕は容赦なく、その刃物をたたき落とす。
「白雪さん、そういう考えは、余計に鈴木さんや眠森くんを傷つけるんじゃないかな」
「…どうしてですか?」
「そうだなぁ…。じゃあ、こう考えてみよう。もし、なんらかの場面で、鈴木さんが、今、白雪さんが思っていることと同じことを思ったとしたら、白雪さんはどう思うかな?」
「…悲しい、です。そんなこと思わないでって、思います」
「うん、そうだね。今白雪さんは、悲しいって思ったんだよね。だったら、鈴木さんだって同じじゃないかな。愛情っていう言葉じゃ重すぎるように感じるけど、実際としてはそういうことなんだと思うよ。鈴木さんと眠森くんは、白雪さんの思いに、また傷ついているかもしれないね」
刃物をたたき落とすとき、叩き落とす側にもそれなりのダメージがあるのはもちろん分かっている。
それでも僕は、彼女が、つゆきが傷つくくらいならそんなダメージいくらでも受ける。
…ある意味、僕はつゆきと同じなのかもしれないな。
「…謝らないと」
「うん」
「アリスや、眠森くんに、謝らないと…!!」
泣きじゃくるつゆきを、僕まで泣きそうになりながら見つめる。
…ごめんね、つゆき。本当は、泣かせたくなんかないんだ。
涙を拭って、抱きしめて、大丈夫だよって、そう言えれば良かったかもしれない。
だから…今だけ。君が泣いている間だけ、ちょっとだけ罪滅ぼしをさせてほしい。
「…白雪さん」
僕は、つゆきの顔を覆っている両手をできるだけ優しく退かして、手持ちのハンカチで目元を拭う。
それから、ゆっくり手を引いて、軽く抱きしめた。
「ひめ…うお、さん」
「んー?」
しばらくして落ち着いた頃、不意につゆきは僕を呼んでから、僕の服をきゅっと握った。
「…ありがとう、ございます」
そう言って、つゆきは顔を上げて、1粒だけ目尻に涙を残して微笑んだ。
…そうだ。君は、そうじゃないと。
僕の大好きな、美しくて愛らしい笑顔でないと。
「バイトの前に、鈴木さん達と会う?」
「…そうします。もやもやしたままじゃ、お客様にも迷惑をかけてしまいますよね」
「よし、じゃあ一緒に家を出ようか。僕も行くところがあるから」
「はい!」
少しだけ、晴れた表情になったつゆき。携帯をとりだして、鈴木へのメッセージを忙しなく打ちだした。
僕もでかける準備をするために、彼女から背を向ける。
「あの…姫魚さん」
「ん?」
不意に声をかけられ、振り返れば、僕を見つめる彼女の瞳は、すっかり涙を止めていた。
「…また、写真、見に来てもいいですか?」
予想外の言葉に、僕は一瞬フリーズした。それと同時に、どうしようもない嬉しさが胸にこみ上げる。
「いつでも待ってるよ」
それでも、できるだけいつもの笑顔を崩さず落ち着いて返事をすれば、つゆきは満面の笑みを浮かべる。
「さ、そろそろ出ようか」
「そうですね。…本当に、ありがとうございました。今日もカフェには来ますか?」
「うん、また後でお邪魔します」
「それじゃあ、トマトジュース作って待ってますね」
ふたり揃って家を出て、つゆきと鈴木の待ち合わせ場所で僕達はわかれた。
僕はふと、自分の左の二の腕を優しく撫ぜてみる。
もうなんの痛みも感じなくなったけれど、当時の記憶は今もまだ、この傷と一緒に脳裏に焼き付いている。
僕と彼女の間に、深い深い闇が堕ちた日を、僕は一生忘れることは無い。
皆様、本日は大晦日ですね!
こんばんは柊です。
大晦日、つゆきは年越し前に寝てしまうタイプです。
アリスは家族と一緒にカウントダウン。
姫魚さんは除夜の鐘を聞きながら、写真を眺めています。
眠森くんは女の子からのあけおめメールに備えて臨戦態勢をとっています。
私は紅白とガキ使を交互に見て楽しんでます。笑
本年の更新はこの話がラストとなります。
本年はまぁほんと…更新遅くてすみませんでした(土下座)
来年はね、ちゃんとします。嘘です。
いつもいつも、皆様に助けられてばかりな私でございますが、来年も生暖かい表情で読んでいただければ幸いです。
それでは、良いお年を!!
次回もお楽しみに!




