28*side.眠森針葉
side.眠森 針葉
周囲としては、突然、よく通る女の声が校門前に響き渡った、という状況だろうか。
昨日の深夜、そろそろ寝ようとベットに寝転がった直後に、部屋に着信音が鳴り響いた。
*********
〜〜♪
「…?」
こんな時間に誰だろうか?と、気だるく携帯の液晶画面を覗き込む。
表示されていた名前は「鈴木アリス」だった。
「はい」
『深夜にごめんなさい、大丈夫かしら?』
「ああ、どうした?」
昨日今日の仲ではあるが、アリスは意外と信頼できる人間だ。
今日の放課後、アリスから淡々と聞かされた話がそれに値するものだったのもあるが、直感的にそうだと思えた。
…まぁ、邪魔だけどな。
『つゆきの話なんだけど』
「つゆき?」
『…今日、つゆきに帰り断られたのよね?』
「あー、うん。なんか用事あるって」
やっとアリスがつゆきから離れると思い、思い切って誘ったものの、わりかし深刻な顔で断られたのだ。
「それがどうかしたのか?」
『…昨日の帰り、つゆきがうちの生徒から暴行を受けていたわ。それも怪我を負うような…』
聞いた瞬間、「ぼうこう」をちゃんと漢字変換できず、俺の動きは数秒止まった。
…つゆきに、ぼうこう?
…ぼうこうって言うのは、つまり、暴行…?
「…なんで?」
『女の妬み嫉み、かしらね』
「妬み?…あ」
『わかったわよね?原因』
そう言うアリスの声色は、あからさまに怒りを交えていた。
「…俺が原因、だよな」
『ええ、全くその通りよ。どうしてくれるわけ?ねぇ』
アリスは俺を責めるように言うが、それ以上に、後悔の情が強いらしい。
俺はいたたまれず、ベットから這い出て、窓辺へ移動した。
『…と言っても、謝ったりされたらもっと困るの。つゆきはこのことを私たちに知らせたくないと思ってる。実際、ある筋から聞かされた話だから。』
「じゃあ…とりあえず、内密にその手をあげた女の子たちを締める…とか?」
『あんたどうせそんな事できないでしょう?』
「うっ…」
アリスが言うとおり、できるだけ女の子に手荒なまねはしたくない。
ただ、そうなると俺はどうしたらいいんだろう?
『そこでなんだけど。明日の朝、私の茶番に付き合ってくれないかしら?』
「ちゃ、茶番?あいでっ」
まさかこのタイミングでそんな言葉が飛んでくるとは思わず、窓から体を背けた直後に、壁に足の小指をぶつけてしまった。
『なにしてるの?まぁなんでもいいんだけど。それじゃあ、今から言うシナリオをきちんと頭に入れなさい。いいわね?』
「あ、あぁ…わかった」
そう言って、そこから30分ほど、茶番とやらのシナリオを聞かされた。
『OK?』
「了解…っていうか、本当に大丈夫なわけ?」
『…なんとかするのよ』
「まぁ…原因は俺だから、全面的に協力するけど…」
『よろしく頼むわ。それじゃ、Good night』
「おやすみ」
向こうからさっさと通話が切れ、部屋中が静かになる。
俺はなんとなく窓の向こうを眺め、1つだけ、ため息をついた。
********
昨夜のシナリオ通り、校門周辺に響き渡る金髪女子の声。
「Hey, you guys!」
俺を取り囲む女の子も、通りがかりの生徒も、全員がびっくりしてその場で固まっている。
「There's Hindrance!Gangway,Goldfish droppings!」
瞬時に英訳できる人間が聞けば、きっと大激怒するだろう。
しかし、そんな人間は早々いないもので。
全員、ポカンと口を開けて、頭の上にはてなマークを浮かべている。
「あら、誰も日本語に直せないわけ?」
挑発的なアリスの言葉に、あたりは静かさを増す。
俺も初めてだけれど、アリスがキレてる姿を見るのは周りとしても初めてらしい。
…それはそうとして。
俺は今から、アリスが考えたシナリオ通り演技しなくちゃならない。
少しだけ深呼吸してから、俺は喉を鳴らすように笑った。
「あらチャラ男、なにがおかしいわけ?」
俺の笑い声に反応したアリスが挑発した。
…このシナリオ、若干俺に悪意あるんだよなぁ。ほんと俺のこと嫌いだよなあいつ。
「いんや、なにも。てか誰がチャラ男だ。あー…、…俺が訳してやろうか?」
「訳せるわけ?」
「それくらいはな」
俺は少しだけアリスに歩み寄ってから、できるだけ落ち着いたトーンで、シナリオにあった通りのことを言い放つ。
「ねぇあなたたち!そこは邪魔よ!どきなさい、金魚のフンども!…でいいか」
辺りは先ほどより静まり返り、目の前の金髪の女のみがにやりと笑っている。
「perfectよ、眠森」
アリスは満足気に頷き、俺を取り囲む女の子達へ視線を戻した。
「皆さん、もう少し場所を考えて騒いでもらえる?ここは生徒全員が通る場所なの。あなたたちだけの場所じゃないわ。…その頭でも理解できるわよね?」
最後の言葉は余計だと思いつつ、俺も心なし頷く。
女の子への対応自体は作り笑い程度で済むが、囲まれるとそこから動けなくなるのが非常に困る。
登校初日にまさかカバンまで吹っ飛んでいくとは思わなかったわけで。
「確かにそうだよね。ごめんなさい」
どこからか呟いた女の子の声に、周りは「そうだね」と言い合いながら散り散りになっていく。
俺を取り囲んでいた女の子たちは、あっという間にいなくなり、残ったのはアリスとつゆき、それから取り巻きにいただろう女の子6人だけとなった。
「あら、あなたたちには意味が通じなかったの?」
残った女の子たちに挑発的に声をかければ、1人の焼けた肌をした女の子が口を開いた。
「さっきからなんなの?もしかしてそいつ庇うためにやってんの?」
そう言いながら、女の子はつゆきを指差す。
…あながち間違ってはいないのだが、そういうわけでこのシナリオを作った訳では無い。
間接的に、緩やかにつゆきへの嫌がらせを止めるために仕組んだものだ。
ただ…横にいるだけのつゆきを巻き込もうとしてるのは、きっとこの子達がつゆきに手を上げた人達だからだろう。
「つゆきを?どうしてそう思うの?」
「だってあんたそういうキャラじゃないじゃん。お嬢さまって感じぃ?男ウケ狙ってるタイプっしょ」
女の子の言葉に、俺は相当衝撃を受けたらしく、目をぱちぱちとしてしまった。
…つゆき以外の人間はゴミだと言いかねない金髪が男ウケとは、世の中の偏見は末恐ろしい。
お嬢様という部分に関しては、はるかに「女王様」のほうがアリスには似合っているだろう。
「そうねぇ…あなたが私の何を知っているのか知らないけど、少なくても男ウケは狙ってないわよ?お化粧はつゆきに褒めてもらうために変えただけなの。あ、もしかしてこの髪?これ地毛よ?私ハーフだからこれも遺伝なの。…うふふ、ごめんなさいね」
俺が女だったらこのドヤ顔にグーパンチいれてるだろうな、と思いながら、黙ってふたりを見つめる。
微妙言い合いなだけあって、止めるべきなのか終わるまで待つほうがいいのがイマイチわからない。
「狙ってない?針葉くんに近づいてよく言うわね?!どーせそのクソビッチに便乗したんでしょ?あ、もしかしてあんたもそういうタイプなわけ?やーだぁ、こわぁい」
…「プチンッ」という音が聞こえた気がするのは俺だけだろうか。
アリスは、さっきまでの見下したような表情をやめて、キッと、若干の殺意さえ感じさせるほどきつく相手を睨んでいた。
…これは、本当にキレている?
「…は?誰がビッチなわけ?」
「だーかーらー、あんたのとな、」
「り」の言葉に食い込む形で、アリスは女の子の胸ぐらをつかみ引き寄せる。
「アリス!!!」
「金髪やめろ!!」
俺はアリスに走り寄り、ぐいっと襟首を掴んで後ろへ引っ張る。
アリスはイラついた様子を見せながらも、渋々手を離し、俺を睨みつけた。
…おいおい、なんで俺なんだよ。睨む相手が違うだろうよ。
そう思いながら、胸ぐらを掴まれた女の子を見やる。
咄嗟のことで一瞬呆然としていたのだろうが、状況を飲み込めるや否や、にやりと口角を釣り上げてみせた。
そうしたと思った矢先、女の子はしゃがみ込み、なんともわかりやすい泣き真似のようなことをし始める。
「やだぁっ、こわいよぉ…。私っ、なにもしてないのにぃ…」
ぐすんぐすんと泣くふりをする女の子の周りをぐるりと、他の子が取り囲み、慰めの言葉をかけ始める。
ちらっとアリスを見遣れば、心底面倒くさそうな顔をしながら、あからさまにイライラを募らせていた。
「はぁ…めんっどくさいわねホント」
「ちょっと!自分から手出しといて何なの?!最低なんだけど!」
キツくアリスを睨みながら、取り囲んでいる1人が叫んだ。
…確かに手を出したのはアリスだけど、そうにしたってよくもまぁ自分たちを棚に上げて言えたもんだな。
「あ、の、さ。あなたたち自分たちの立場わかってるの?人のこと男ウケ狙いだのビッチだの言っといてどうなのそれは…?」
「そ、それは!事実でしょう?!」
「はぁ?!事実?つゆきがビッチ?いやいやいや、世界で一番ありえないわ」
非常に不毛なやりとりだ。
つゆきがビッチなら金髪はどうなる?絶倫とでも呼ばれそうな容姿ではないか。
そんなことを思いながら、俺もアリスに同意してふんふんと首を上下に振った直後だった。
「あのっ」
つゆきが、俯きながらも女の子たちに声をかけていた。
少しだけ窺える表情には、「恐怖」の色が濃くて、どうにも俺はやるせない気持ちになる。
「私は、その…あまり男の人に興味がありません。中学生になってからずっとです。だから、その、私が…ビ、ッチ…っていう話は、どこから出てきたんですか?」
本当につゆきの言う通りだ。
こんな言い方は女の子たちに失礼だとは思うけど、9割くらいの女の子は俺を見た瞬間、頬を赤く染めて声をかけてくる。けれど、つゆきは全くそんなことはなく、挙句、女の子の群れをくぐり抜けてまでカバン届けてくれる始末だ。
到底、興味があるとは思えないだろう。むしろどんな女の子よりも純粋で綺麗だ。
「う、噂だけど、白雪つゆきは中学の時にそういう遊びをしてて、高校でもヤってるって…。そ、それに!遊びすぎて引っ掻き傷までつ」
「それはただの噂でしょう?ソースは?実証は?」
早口で言葉を並べる女の子に、アリスがまたしても食い気味で言葉を止める。
アリスの表情には、あからさまに「怒り」が浮かんでいる。
だけど、その怒りを掻い潜って姿を現している表情があった。
俺は眉間にシワを寄せる。
…焦ってる、のか?
「な、ない…けどっ」
「なら、そんなくだらない噂勝手に言いふらさないでもらえるかしら?」
俺の見間違い…だったのだろうか。
相手が否定した瞬間、アリスの表情から「焦り」は消えていた。
…そんなことより、今はいい加減この鬱陶しいやりとりをやめさせるのが先決だ。
「ちょ、ちょっと、あんたたち何納得してんの?!」
泣き真似をしていた女の子が勢いよく顔を上げて、周りの女の子に怒鳴りつける。
俺はその光景に目を細めた。
…女の子は、みんなキラキラしてる。だから俺は嫌いじゃないし、俺を取り囲む子達は大体いい子だとも思ってる。
だけど、やっぱりこういう子もいるんだよな。
それでもって、こんな事になったのは俺が原因だ。
「なぁ」
俺は不毛なやり取りを続けるアリスと女の子に声をかける。
…もう、やめよう。
これ以上は、この子達も歯止めが効かなくなるし、アリスだってどうにかなってしまいそうだ。
なによりも、もう、つゆきの苦しそうな表情を見ていられない。
「もういい加減、俺の友達傷つけんのやめてくんない?」
俺がこんなこと言える立場じゃないのはわかっている。
ことの発端は間違いなく俺だ。
すでに俺はつゆきを傷つけた。
…それでも俺は、まだつゆきの傷がえぐれていくよりマシだと思うから。
勝手な愛情を、勝手にぶつける。
「つゆき、アリス。行くぞ」
少し強引だろうか。
いやでも、このくらい強引な方が向こうだって引き際がわかるだろう。
「眠森くんっ?!」
「このくらい強引なほうがいいのかしら」
2人の手を取って、ぐんぐん下駄箱へ歩いていく。
焦るつゆき、呑気なアリス。
__なんで俺は、この時にちゃんと気づいてあげられなかったのだろうか。
「ね、ねぇ!」
つゆきが、俺とアリスを呼び止める。
その声音はひどく怯えている気がしたけれど。
「なーに?」
「ん?」
「…ごめんなさい」
俺はきっと、つゆきをこれ以上怯えさせないためと意気込んで。
「あらやだつゆき、謝るようなことしたの?」
つゆきの心の声を感じようとしないまま。
「つゆきからは好きが欲しいんだけどな〜」
勝手に茶化して、それが正解だと思って。
「はぁ?!調子のんなチャラ男!!」
「いでっっ!!」
…つゆきの傷を、俺達がひたすら抉っているなんて夢にも思っていない。
「…ごめんなさい」
そう謝るつゆきの声音は、ひどく弱々しく、ふらふらと揺れていた。
眠森くんのターンです!!どうもこんばんは、柊です。
個人的に眠森くんより姫魚さんの方がキャラ的には好きなんですけど、友達になるなら眠森くんのほうがいいと思います。
…姫魚さんにキレられちゃいそうなんでこの辺にしときますね…(震え)
次回もお楽しみに!




