25*騒動
朝ごはんを作る前に、アリスからは返事が来ていた。
返事には、「そうなの!?もちろん一緒に行くわよ〜!じゃあかおり公園で待ち合わせね」とあったため、私は地図で調べてから「かおり公園」へと向かう。
公園につくと、フェンスに背中を預けて、綺麗な金髪をなびかせながら既にアリスが待っていた。
「おはよう!ごめんアリス!お待たせ!」
「つゆき〜!おはよう、大丈夫、私が早く来ちゃっただけよ」
アリスはふんわりと笑いながら、私の元へやってくる。
…あれ?なんか、今日…。
「…アリス、お化粧変えたの?」
「あら?気づいてくれたの?!そうなの、ちょっと濃いめにしてみたの。どうかしら?」
いつもはわりとシンプルなお化粧のアリスだが、今日はアイラインをバッチリひいて、アイシャドーも明るい色を使っているらしい。
リップもつやのある濃いピンク色。
「うん、似合ってる!なんだか女優さんみたいだね」
「そう?」
嬉しそうに笑いながら歩きだすアリス。
私も並んで歩き出す。
横顔も、本当に美しい女優さんのようだ。
ただ、少し目力が強くなったせいで、ほかの人が見るときつい印象かもしれない。
「アリスみたいな大人の美人になりたいなぁ」
「つゆきは十分美人よ?現に人気あるじゃない」
「ないない!私なんか童顔のチビだし」
「そうかしら?まぁでも大丈夫!つゆきは誰のものにもさせないから」
…今日もブラックアリス全開らしい。
かおり公園から学校までは10分もかからずについた。
桜並木の坂道を登り終えると、今日も変わらず女子生徒の群れが黄色い声を上げていた。
「今日もすごいね」
「ほんっと、朝からうるさいわ」
「あはは、まぁ仕方ないよ」
好きな人を追いかけるのは悪いことじゃない。
…ただ、場所は考えた方がいいかもしれないけど。
そう思いながら、ふと視線を動かすと、一番手前で騒いでいた色黒の女子生徒が目に入り、私の動きが停止した。
「つゆき?」
…昨日の、人だ。
心なしか昨日の傷が痛む。
少しだけ怖くなった私は、カバンの持ち手をきゅっと握り込む。
「なるほどね」
アリスのつぶやきに、はっと意識を取り戻す。
…だめだめ、もう昨日の話なんだから気にしないようにしないと。
そう思いながら、アリスのつぶやきもまた聞きえそうと私は口を開く。
「アリス、」
「つゆき」
アリスは私の言葉を遮って、なぜか不敵に笑う。
今日のお化粧のせいで迫力が倍増しているようだ。
「私は、つゆきが笑ってないとやなの」
「アリス…?」
「うふふ、外国人って、行動が大胆でほんと困るのよねぇ。昔はそんなのやだったんだけど、なんだか、初めて自分の血を褒めてやりたいわ」
「え、え?」
アリスが何を言っているのかわからず、私はぐるぐると無駄に思考を回す。
そんな間に、アリスは私の手をつかんで校門へと歩き出し、女子生徒の群れの真ん前で立ち止まった。
「Hey, you guys!」
よく通る、堂々とした声でアリスが叫ぶ。
女子生徒達は驚いて、全員アリスの方を向いた。
「There's Hindrance!Gangway,Goldfish droppings!」
そう叫ぶアリスに、全員が固まる。
おそらく、誰も意味を理解できていないだろう。
ただとりあえず、声と存在の迫力に押されて、全員ただただ立ちつくしていた。
「あら、誰も日本語に直せないわけ?」
あからさまに馬鹿にしながら、アリスは女子生徒を見回す。
その間、女子生徒はみんな固まったままだ。登校してきた普通の生徒も。
しかし、1人だけ、クククッと小さな笑い声を漏らす男子生徒がいた。
「あらチャラ男、なにがおかしいわけ?」
「いんや、なにも。てか誰がチャラ男だ。あー…、…俺が訳してやろうか?」
「訳せるわけ?」
「それくらいはな」
眠森くんは少しだけアリスに歩み寄ってから、大きな声でアリスの英語を訳した。
「ねぇあなたち!そこは邪魔よ!どきなさい、金魚のフンども!…でいいか」
「perfectよ、眠森」
…全員が唖然としていた。
私も唖然としていた。
アリスは、派手なタイプに見えるが基本的にはどちらかというと上品なタイプだ。
腹は確かに黒いけれど、人前で暴言を吐くタイプではない。
「皆さん、もう少し場所を考えて騒いでもらえる?ここは生徒全員が通る場所なの。あなたたちだけの場所じゃないわ。…その頭でも理解できるわよね?」
有無を言わせない迫力でアリスは言い切る。
誰も何も言わないさなかで、1人の女子生徒が「確かにそうだよね。ごめんなさい」と素直に校舎へと向かっていく。
それをきっかけにして、女子生徒達は徐々に散り散りになり、最後までその場を動かなかったのは、昨日の路地の女子生徒たちのみになった。
「あら、あなたたちには意味が通じなかったの?」
アリスが挑発すると、あの色黒の女子生徒が口を開いた。
「さっきからなんなの?もしかしてそいつ庇うためにやってんの?」
そう言いながら女子生徒が指さしたのは、私だった。
「つゆきを?どうしてそう思うの?」
「だってあんたそういうキャラじゃないじゃん。お嬢さまって感じぃ?男ウケ狙ってるタイプっしょ」
衝撃的な言葉だった。
そういうキャラ。
お嬢さま。
男ウケ。
全部、アリスに似合わない言葉ばかりだ。
この人は、アリスの何を知っているんだろう?
「そうねぇ…あなたが私の何を知っているのか知らないけど、少なくても男ウケは狙ってないわよ?お化粧はつゆきに褒めてもらうために変えただけなの。あ、もしかしてこの髪?これ地毛よ?私ハーフだからこれも遺伝なの。…うふふ、ごめんなさいね」
そう言って、アリスは冷酷に笑う。
色黒の女子生徒は苛立ちを隠せないらしく、踵をとんとんとんと小刻みに上げ下げしている。
「狙ってない?針葉くんに近づいてよく言うわね?!どーせそのクソビッチに便乗したんでしょ?あ、もしかしてあんたもそういうタイプなわけ?やーだぁ、こわぁい」
女子生徒が昨日と同じようなことを言ったことに、私は驚いていた。
…どうして私はそんな人だと思われているんだろう?
「…は?誰がビッチなわけ?」
「だーかーらー、あんたのとな、」
「り」の言葉が発せられる前に、アリスが女子生徒の胸ぐらを勢いよく掴む。
アリスの美しい顔は、怒りに満ち溢れていた。
…やばい、アリスが本気でキレてる!!
「アリス!!!」
「金髪やめろ!!」
私と眠森くんは同時に叫び、眠森くんが女子生徒とアリスを引きはがす。
女子生徒は、してやったりな表情を一瞬浮かべてから、すぐに泣き顔になりその場をにしゃがみこんだ。
「やだぁっ、こわいよぉ…。私っ、なにもしてないのにぃ…」
顔を両手で覆い隠し、方を震わせる女子生徒を、昨日路地にいたメンバーが取り囲む。
直後、「大丈夫?」「こわいね」「さいってー!」なんて言葉がメンバー内で飛び交う。
「はぁ…めんっどくさいわねホント」
「ちょっと!自分から手出しといて何なの?!最低なんだけど!」
1人のそばかすがたくさんある女子生徒が叫ぶ。
その叫びにアリスが盛大なため息をついた。
「あ、の、さ。あなたたち自分たちの立場わかってるの?人のこと男ウケ狙いだのビッチだの言っといてどうなのそれは…?」
「そ、それは!事実でしょう?!」
「はぁ?!事実?つゆきがビッチ?いやいやいや、世界で一番ありえないわ」
アリスが私を擁護してくれているそばで、私はずっと考える。
…本当に、どこからそんな話が?
「あのっ」
訳がわからないことが怖くて、私は思い切って口を開く。
終始黙っていた私が声を発したことにびっくりしたのか、色黒の女子生徒以外が私を見ていた。
「私は、その…あまり男の人に興味がありません。中学生になってからずっとです。だから、その、私が…ビ、ッチ…っていう話は、どこから出てきたんですか?」
彼氏がいたこともない。ましてや夜の営みなんて論外だ。
お泊まりをしたのは、姫魚さんとがはじめてだった。
それだって、あの紅茶を飲むまで心臓が爆発しそうなほど緊張していた。
「う、噂だけど、白雪つゆきは中学の時にそういう遊びをしてて、高校でもヤってるって…。そ、それに!遊びすぎて引っ掻き傷までつ」
「それはただの噂でしょう?ソースは?実証は?」
アリスが女子生徒の言葉を遮って言う。
さっきよりは落ち着いていたが、まだアリスの表情は怒りでいっぱいだ。
「な、ない…けどっ」
「なら、そんなくだらない噂勝手に言いふらさないでもらえるかしら?」
女子生徒は何も言えなくなり、気まずそうに俯く。
周りの子達も同じように俯いた。
「ちょ、ちょっと、あんたたち何納得してんの?!」
色黒の女子生徒はさっきまでの泣き顔を180°ひっくり返して、周りに噛み付く。
そんな時だった。
「なぁ」
一言、よく通る声音が響く。
校門にいた生徒全員が声の方を見る、振り返る。
「もういい加減、俺の友達傷つけんのやめてくんない?」
いつもより低い、眠森くんの声だった。
表情も、さっきまでの眠森くんとは全然違う。
「つゆき、アリス。行くぞ」
私とアリスの手を掴んで、眠森くんは校舎へと歩く。
「眠森くんっ?!」
「このくらい強引なほうがいいのかしら」
焦る私のそばでアリスは呑気に1人反省会をしている。
眠森くんも何故かにこやかだ。
「ね、ねぇ!」
下駄箱の前でふたりを呼びとめる。
二人とも立ち止まって振り返り、首をかしげた。
「なーに?」
「ん?」
「…ごめんなさい」
何がごめんなさいなのか、自分にもハッキリとは分からない。
けれど、__2人は私を庇うために、きっとどこかで傷ついてる。
「あらやだつゆき、謝るようなことしたの?」
アリスは本当に不思議そうな表情を浮かべている。
「つゆきからは好きが欲しいんだけどな〜」
眠森くんもとぼけた様子でそう言う。
「はぁ?!調子のんなチャラ男!!」
「いでっっ!!」
じゃれ合う2人に向かって、私はイマイチ上手に笑顔を作れない。
「…ごめんなさい」
そう、呟くことしか出来なかった。




