24*お返し
昨日、助けてもらったお礼と泊まらせてもらったお礼を込めて、私は朝食を作ることにした。
フライパンで、甘い卵の液をたっぷり染み込ませた食パンを焼いていると、キッチンの後方から足音が聞こえてきた。
「…白雪さん?」
呼ばれて振り返ると、そこには、あからさまに寝起き姿の姫魚さんが、驚いた表情で立っていた。
「あっ、お、おはようございます!すみません、勝手にキッチンと食材、お借りしました」
慌ててそう言うと、姫魚さんはぼーっと私の手元を見つめていた。
その表情は、妙に感情が読めない。
…やっぱり、迷惑だったかな。
「ごめんなさい。やっぱり嫌…でしたよね?」
「え、あ、いやいやいや!全く全然!ありがとう!僕の朝はいつも適当だからすごく嬉しいよ!」
ハッとわれに返ってから、優しい表情になる姫魚さん。
朝から安心する笑顔だな、と思う。
それと同時に、記憶のどこかに引っ掛かりを覚えた。
でも、その引っ掛かりがなんなのかはわからない。
「ならよかったですっ。あ、座っててください!もうすぐ出来るので!」
「うん、ありがとう」
部屋に戻っていく姫魚さんの後ろ姿を眺めながら、私はぼやっと考える。
…結局、左腕の傷は確認できなかったな。
というか、そもそも昨日はさっさと寝ちゃったし、確かめる余裕もなかったけど。
「あっあっ、こげちゃうっ」
フライパンの上で美味しそうな音を立てる食パンを慌ててひっくり返す。
綺麗に焦げ目がついていることを確認して、丸皿に乗せて、半分に切ってから綺麗に盛り付ける。
はちみつを垂らして、周りにハムをトッピング。
あらかた作り終わり、姫魚さんに飲み物を聞くため部屋に顔を出す。
「姫魚さーん、朝はいつも何飲んでますか?」
部屋を覗くと、姫魚さんはスマホの画面をぼーっと見つめていた。
それに、手にしているスマホはおそらく私のものだ。
「姫魚さん?」
「え?あっ、いや、ごめん…手探りでスマホを探したら、白雪さんのを開けてしまって…」
なるほど、と私は納得する。
寝ぼけたままだとそういうこともある。
それに少し前に、私が機種変更をした際、たまたま姫魚さんと機種が同じになったのもあるのだろう。
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「…この、ロック画面の写真って、誰が撮ったの?」
そう尋ねる姫魚さんは、どこか寂しげな表情をした。
けれど、どうしてそんな表情をするのか私にはわからず、私は気にとめないようにして答える。
「それ、私も知らないんです。母の携帯を触ってたらその写真があったんですけど、母に聞いても教えてもらえなくて。…すっごく綺麗に撮られてるので、自分の携帯にいれちゃいました」
高校にはいる少し前の話だ。
いつ聞いても母は、「さあ?誰かしらね」なんて言って、ごまかしてしまう。
父に聞いても、兄弟に聞いても違うらしく、ずっと謎なままなのだ。
「そっか。…本当に、綺麗だね」
姫魚さんはロック画面を眺めながら、とても柔らかい優しい声音をした。
その声音に、私はなにかぼやっとした感覚になる。
「ごめんね、なんだったっけ?あ、飲み物か。それくらい僕が入れるよ、白雪さんはご飯を持ってこっちへおいで」
そう言っては姫魚さんは立ち上がり、私の隣をすり抜ける。
私はハッとして、「あ、はい!」と出来上がったフレンチトーストが乗るお皿を卓袱台へ運び、布団が敷いてあるのとは反対のところに腰を下ろす。
「白雪さん、ココアでいいかな?」
「あ、はい!ありがとうございます!」
一人暮らしの男性の家にココアがあるとは、なんて思いながら、自分のスマホを手にとってロックを解除する。
それから、画像フォルダの一番古い写真まで遡った。
一番古い写真は、私にとって一番「分からない」ものだ。
「…一体、あなたは誰なんだろうね」
その写真には、1人、少年が写っている。
ピンとが全くあっていない、ぼやけた写真で、わずかに分かる事は場所がお花畑であることと、少年の顔が横顔であることくらいだ。
これも母の携帯に入っていたもので、妙に気になって自分の携帯に入れたのだ。
未だに、これを誰が撮ったのか、写っている少年が誰なのか分からないままだけれど。
「はい、白雪さん。熱いから気をつけてね」
「は、あ、ありがとうございます」
ゆりゆらりとゆっくり揺れるココアの湯気は、まだ肌寒い春の朝に優しい。
私は白地にぽつぽつとお花が描かれているマグカップを、両手で包み込み、ふーっと息を吹きかける。
「フレンチトーストかぁ、久々だな」
「お好きですか?」
「うん、昔よく食べてたんだ」
姫魚さんは私の向かい側に座り、マグカップをことりっとテーブルに置く。
色褪せてはいるが、水色と白のストライプ柄のマグカップは、姫魚さんによく似合っている。
「いただきます」
「いただきますです」
二人揃って手を合わせてから、フレンチトーストにかぶりつく。
食パンの中にまでじゅくじゅくに染みた甘い卵が、噛み付いた瞬間じゅわぁっと口に広がり、幸せな気分になる。
実家にいた時からこのフレンチトーストを作っていたこともあって、昔から非常に安定した味だ。
「ん!うまいね!やっぱりいいなぁ」
「ほんとですか?!」
「うん!すごくうまい!」
「よかったぁ…」
気合いをいれて作った甲斐があったなぁと思いながら、私の頬は自然とゆるむ。
姫魚さんも顔をほころばせて食べてくれている。
「あ、白雪さん、今日は鈴木さんと一緒に学校に行くのかな?」
「はい、ここ、アリスの家の近所なので」
「そっか、じゃあ安心だね。もしひとりで行くなら僕ついて行っちゃうところだった」
「ふふっ、姫魚さんってちょっと過保護ですよね?」
「あー…まぁ、ある一定はねぇ…」
姫魚さんは微妙な笑い方をしてから、またフレンチトーストを頬張る。
それからは、なんとなく他愛のない話をしながら朝食をとり終わり、それぞれの準備を始めた。
そして、リップを塗っている最中、ふと私は思いつく。
…いま、姫魚さんは脱衣所で着替えてるわけだから、どうにかしたら左腕を見られるかも?
「って、どうにかってなに…」
脱衣所にいきなり入るわけにはいかない。
だからと言って声をかけて入ったら最後まで着替えてしまうだろう。
「無理だよねー…」
なにもいい方法が思いつかず、私は脱衣所の扉をぼーっと眺める。
少しして、脱衣所の扉が開いて、スウェットから私服に着替えた姫魚さんが姿を現した。
姫魚さんは七分袖の淡い桜色のシャツに、濃紺のジーンズを合わせたシンプルな格好をしていた。
手には薄手のカーディガンを持っている。
「あ、ごめん、脱衣所使いたかった?」
「え?あ、ち、違います!すみません、ぼーっとしてました」
…左腕を見るために脱衣所に突撃しようとしてたなんて、口が滑っても言えない。
「そう?ならいいんだけど」
姫魚さんは少し不思議そうにしたが、すぐにいつもの柔らかい表情に戻っていた。
私はホッとして、1つ小さいため息をつく。
「…白雪さん、そろそろ?」
「あ、ほんとだ!それじゃあ、いってきます。大変お世話になりました」
私は深々と頭を下げてお礼を言う。
__きっと、姫魚さんに助けられていなかったら、私はおかしくなっていた。
あの温かい腕に抱き上げられた瞬間、恐怖でガチガチに固まっていた心身が解放されていた。
不意に、姫魚さんは私の頭にぽんっと掌を置く。
「…またいつでも、うちへおいで」
いつも以上に優しい声音は、なにかを飲み込んだようだった。
皆さんお久しぶりでございます、柊です。
すみません、色々サボってます()
さてさて今回も裏話を持ってまいりました。
今日はアリスのお話。今回でてきてないけど。
アリスも実はアルバイトをしています。
本編に出すかはちょっとまだ考え中なんですが、バイト先はなんと「ハーフメイド喫茶」。その名の通り、外国と日本の色々なハーフ美人が母国の「おかえりなさいませご主人様」で迎え入れてくれるのです。アリスは人気No.1ですもちろん。いや、別に私のエゴとかじゃないよ?(震え)
メイド服姿のアリスはちょべりば可愛いし美人なんすよ。うふぐふ。
次回もお楽しみに!




