21*side.姫魚翠
side. 姫魚 翠
つゆきに「友人のパソコンが」と、仕方なく嘘をついて、僕は近くの公園に出てきていた。
夜中の公園は、あたりまえだけどとても静かで、まるで時が止まっているようで。
けれど、ブランコは風でたまに揺れるし、その風は木の葉も揺らすから、やっぱり時はひたすら前へ進んでいるらしい。
僕は、ふらふらと揺れるブランコに腰を下ろして、スウェットのポケットからスマホを取りだす。
ホーム画面に羅列するアイコンの一つをタッチして、某SNSを開く。
友達、のタブから「鈴木アリス」を探して、電話ボタンを押した。
とぅるるるる、とぅるるるる、と、2コール待った後、電話はすぐにつながった。
よく通る、気の強い声がすぐに聞こえる。
『あら、どうしたの?つゆきに振られたの?』
「シャレにもならないからやめてよ…。ちょっと聞きたいことがあって」
『聞きたいこと?』
「うん。まぁ、聞くまでもないのかな、この感じだと」
『なにそれ、気になる』
「…つゆきのことなんだけどね。…今日、彼女は路地裏で女子生徒に囲まれて暴力を振られていたんだ」
さっきまで軽い調子だった鈴木が、『は?』と、恐ろしいほど尖った声で言った。
『それ、ほんとなわけ?』
「ああ。直接、僕が止めたからね」
『そう…。ありがとう、つゆきを助けてくれて』
「僕は何も。…本当に。それで、君に聞きたいのは、学校でつゆきが嫌がらせやその類のものを受けていないか、というところなんだけど。…まぁ、その感じだと知らなさそうだね」
おそらく、つゆきは嫌がらせを受けたとは思う。けれど、彼女は鈴木をとても大切に思っているから、絶対にそんな事実は口にしないだろう。
受話器越しに、鈴木のあからさまに怒りを抑えた声が飛んでくる。
『Oh my God…。気づけなかった自分を許せないわ。ねぇ、証拠は抑えたの?誰がやったか判別できる?』
「一応、それとなりには。だけど、危ない刺激はしちゃだめだよ。これ以上つゆきを傷つけちゃいけない」
『わかってるわよ。…原因も、なんとなく思いあっているわ。あなたは?』
「僕も大体。眠森、だったか?」
『ええ。まぁ…彼自体、悪い人ではないのよ。ただ、顔がいいからどうしても…ね』
やっぱり、女の嫉妬が絡んでいるらしい。眠森は、多分、自分の顔がことの原因だなんて考えもしないだろう。
「眠森は…本気で、つゆきのことが好きなの?」
『そうね、それは本気だと思うわ。だって、たかだか一人の女性のために、あんなに変われる人間早々いないもの』
「変わった?眠森が?」
『えぇ。転入初日は、明るい茶髪とピアスがよく似合うチャラ男だったんだけど、今日学校に来てみたら、彼、黒髪に染め直してきて、ピアスも全部外していたのよ。服装もパーフェクトだったわ。さすがの私でもびっくりしたわよ』
なるほど…と、思う。
だったら、辻褄が合う。
僕自身が昨日助言したことを、つゆきはきちんと心に留めていたのだろう。
眠森の誠実さが、つゆきに変化を与えてしまったわけだ。
「なるほどな。まぁ…眠森を責めてやりたいとこだけど。今はやめておくよ。それでつゆきを傷つけてしまいそうだ」
『相変わらずつゆきの事しか考えていないわね』
「もちろん。つゆきと仕事が僕の生命線みたいなもんだからね。…いつかは、距離をとらなくちゃいけなくなる日は来るわけだけど」
『…まぁ、今は心配しなくてもいいんじゃない?』
「ああ。…とりあえず、君にはつゆきと一緒にいてもらいたい。あと、眠森にも事情を説明しておいてほしい」
『OK。嫌がらせについては、私達でなんとかするわ』
「ありがとう。あとで証拠の写真を送るよ」
鈴木はとても話がわかるタイプだ。
飲み込みが早く頭の回転もすこぶる良い。だから、出会ったその日に、僕とつゆきの関係を問いただしてきた。多分、彼女への隠し事の類は意味をなさない。
『よろしく。じゃあ、とりあえず、明日もつゆきを迎えに行ってから学校へ行かなくちゃね』
「あ、だったらつゆきは今僕の家にいる、」
『はあああ?!なにそれ?!あんたつゆきになにするつもりなの?!?!』
スピーカーから恐ろしく甲高く大音量の声が響く。僕は思わずケータイを耳から遠ざける。
「なにもしないよ。つゆきは一人でいると抱え込んでしまうから、誰かと一緒にいた方がいいかなって。そしたら、泊まるって言ってもらえたから」
『ふーん…。全く気に食わないけど、まぁ、つゆきはがいいなら私は何も言わないわ。ただーし!!手出したら…わかってるわよね?』
「君はほんとにつゆきが好きだね…」
恐ろしくドスの効いた鈴木の声には、なにか歪んだ愛情みたいなものを感じる。
本人曰くは「最高の愛情」らしいけど。
『うふふ、つゆきは私のたった1人の大親友なんだもの。あたりまえでしょ?』
「まぁ…もうちょっと真っ直ぐな愛情でもいいと思うけど」
『十分まっすぐよ、失礼ね』
「あー…はい。それじゃあ、あとは頼むね」
『頼まれたけど、あなたが一番、つゆきを守りなさいよ?』
「わかってる。…次は必ず守るよ」
…もう、つゆきを傷つけたりしない。
彼女が記憶を取り戻すまでは、必ず。
『それじゃあ、Good night』
「おやすみ」
双方ともに通話を切り、あたりは無音となる。
ぼーっと、公園の街灯を眺めて、僕はふーっと息を吐く。
風が通り過ぎると、隣のブランコがゆるく揺れる音が公園内に充満する。その音に、懐かしさを感じた。
…昔は、隣のブランコにはつゆきが座っていたのにな。
「…帰ろ」
おそらく、つゆきはもう寝入っているはすだ。
夜ふかしは体にさわる。
だから、なんて理由だと怒られるかもしれないけど、紅茶に少しだけ睡眠誘発薬をいれさせてもらった。
とにかく、寝て明日になれば鈴木や眠森が行動するだろう。
これ以上、僕に出来ることは無い。
悔しいけれど、仕方がなかった。




