18*side.眠森針葉
side.眠森 針葉
幼い頃から、人から好かれていた。
多分、俺の容姿がそうさせていた。
海外雑誌で専属のモデルをしている母と、母の事務所でスタイリストをしている父。
言わずもがな、母は子どもの俺でさえ綺麗だと思うほどの美人。
父も負けず劣らず、ダンディーな男前。
誰かが変に遺伝子を変えない限り、顔の良い子どもしか生まれてこないだろう。
俺自身、自分の容姿が嫌いなわけではない。人生の半分くらいは得をしていると思う。
けれど、そのもう半分で、俺は人生を損している。
みんなからちやほやされると、人はそんな空間から出られなくなる。
いつのまにか「針葉王子」なんて呼ばれ始め、もう手遅れだった。
今考えると、この空間にいる必要性はなかった。けれど、人というのはチヤホヤされることが嫌いじゃないから、空間から逃げ出そうとしない。逆に、居座れるように努力さえもする。
俺は、典型的なそれだった。
チヤホヤされる空間に居座るために、苦手な笑顔を練習して、女の子が喜ぶような格好をして、甘い言葉をささやいた。
もちろん、俺のいすわり大作戦は成功した。今まさにこの時まで、女の子からはキャーキャーと黄色い声を受けている。
…そうだったのに、俺のそんな居座り大作戦は、いとも簡単に放り出された。
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ほとんど海外に住む父と母のかわりに、母方の兄貴、叔父にあたる人が俺の面倒をみてくれている。
叔父は高校教師をしていて、以前まで務めていたのはW市だったのだが、異動によりO市の香山高校に赴任した。
その都合で、俺も一緒にO市に住むことになり、叔父のコネのようなものもあり、香山高校へ転校した。
新学年からの転入。新学年になる前にあいさつを済ましているから、多分、校門前はすごい人だかりができる。
…そう確信していた。
案の定、来た瞬間女子生徒に囲まれた俺は、挙句にどこかからぶつかってきた女子生徒のせいで、あっけなくカバンを吹っ飛ばされた。
「眠森くんはぁ、何組〜??」
「彼女とかいるの!?」
「ねー今日あそばなーい?」
いろんな言葉が、黄色い声の中から飛んでくる。
飛んできすぎて、答える間さえあたえてもらえないが。
だから、とにかく俺は笑って過ごす。
きちんと聞こえた声だけを拾って、「まだ組表みてねーよ」とか「いないいない!」とか「きょーは先約いるからさ、ごめんな?」とか。
…あぁ、顔が痛い。
表情筋が、つりそうになりながらも耐えているのがよく分かる。
そう思いながら、女の子の相手をしているときだった。
「すいません」
黄色い声が、「なんなの?!」と怒りの声をあげ始めたと同時に、透き通るような綺麗な声が聞え、声の主が俺の前に出てきた。
「カバン、そこに落ちてました。名前見るために中見ちゃいました、すいません」
セミロングの純粋な黒髪、綺麗な黒の瞳。それらが映えるような、色白の肌。
そんな華奢な体で、よくこの女の子達をくぐりぬけてきたな、なんてことも思った。
とにかく、俺の中では絶世の美女が現れたと思った。
…正直なところ、ほとんど一目惚れだったかもしれない。
けれど、そう簡単に認めるわけにはいかない。
どうせこの子も、俺の顔が目当てだ。
「そっか、そっちに吹っ飛ばされてたか。ありがとう」
とりあえず、にこやかにカバンを受け取る。
多分、このあとこの子は、黄色い声を上げるんだろう。
そう、確信的な予想をしていたのに。
「それじゃあお邪魔しました」
予想の斜め上を突っ切って、黒髪の女の子はまた女の子の群れに入っていく。
…俺に無関心…なのか?
驚きを隠せず、目をぱちくりしてしまう。
「どーしたの??」という女の子たちの声は耳をすり抜け、代わりにさっきの黒髪の女の子の声をひろう。
「つゆき!!も〜危ないことしてー!」
「大丈夫大丈夫〜、さあ行きましょー」
「全く…つゆきが女子に弾き飛ばされたりしたら、私もう、殺るしか…」
「アリスさん、ブラックアリス出てます」
…つゆき、か。綺麗な名前だな。
そう、純粋に思ってしまった。
あの子の容姿や性格と、よく合っているとも思った。
__そんなことを思っていたら、いつのまにか、組表の前で友達と喜ぶあの子を、見つめていた。




