準備と約束 そして、出発。
男は自らの剣を、空に放り投げた。剣は回転しながら宙を舞う。
なぜ?と、思った。その時大和は、剣を見ていた。
ハッとなって男の方を見るが、時すでに遅し。そこには誰もいなかった。その代わりに、とでも言う様にそこには丸く穿たれた地面があった。
背筋に寒気が走る。影に襲われた時のような、寒気が。
分かる、分かる、 背後にいる。頭が警告を五月蝿く喚き散らす。
キィィ……剣を引き抜く音が背後からする。正直、自分でもこの音が聞こえるとは思っていなかったから結構驚いた。大和は勢いよく体を反転させる。
右足を後ろに引き、その後両足を軸にして体を回転させる。所謂、「回れ右」、と言うものだ。こんな所で使うとは思ってなかった。
その時、大和は人の域を超えんとする反射神経と、運動神経が一瞬だけ覚醒する。
それは『ゾーン』に近いもの。『火事場の馬鹿力』に近いもの。
それによって、とても自分だとは思えないほどの速度で動く。時間を、引き延ばす。
それによって、コンマ単位で迫る刃に対処する。それはつまり、刃の到達まで後一秒もない。そんな状態からの反撃である。
振り返り、槍を構え、その槍を下から上へと打ち上げる。直後、鉄と鉄が擦れる不協和音が鳴り響く。……事はなかった。
蜻蛉斬りが男の刃に触れた瞬間、小さな爆発が接触面で起こる。それによって、目の前に迫った男の剣は上に弾き飛ばされた。
男は顔を驚愕の色に染める。当然だ。必ず当たると確信した一撃が防がれたのだから。そして更に、逆にこちらが二撃もらうなど誰が想像出来ただろう。
そう、彼、大和は……反撃すらしたのだ。
二発分の、反撃を。
男の剣を弾き上げる事で、大きな隙ができた。それも腹部をほぼ全体曝け出してしまうほどの。これは大和を低く評価していた代償。
大和はその開けた部分に、二発、攻撃を撃ち込んだ。
男が数歩後ろに下がった途端、丁度腹の辺りに二本の線が走り、服だけが綺麗に切れた。
ーーたった一回の斬り合いで、大和は勝利した。
が、正直大和はあまり勝てたとは思っていなかった。
もし、少しでも反応が遅れていたら、自分は死んでいたのだから。それと、変な違和感も感じた。
だが、他の人達からすれば、大和の勝利と考えるのは当然の事であり……拍手喝采が巻き起こった。
だが、ただ凄いと褒め称えるというものではなく、そこには尋常ではない程の驚きが含まれていた。
声が少しだけ、聞こえた。
『すげぇ!GR34の化け物を打ち負かしやがった!』
………………えぇ? GR……34?
ちょっと、びっくりした。
あれ?俺……今、結構凄い事したっぽい?ぽい?
「ふっ、中々やるなガキ。……てめぇ、ぜってぇにベヒーモスを殺してこいよ。じゃあな」
目の前の男は強がっているのが丸見えだった。
……どうやら、結構凄いことしたっぽい。
(……あぁ、うん。まぁ……強かった……ね。うん)
男は去っていった。
が、その時大和は思った。ある疑問に。それは、
(なんの為に来たのあの人?!)
まさにその通りである。
だが周りの人達は騎士団がどうのこうの言っている。それにあの男もベヒーモスを殺してこいなどと言ったのだから、恐らくは明日のクエストに関係があるんだろう、と大和はそう思う事にした。
◇◆◇
-
GR〔名詞〕:冒険者の強さを表すもの。位。GRが高ければ高いほど強いと認められた証拠となる。
現在確認されている最高のGRは、「152」である。
-
三十四。それは一言で言うと、上級冒険者と言われ、毎日ベヒーモスの様な相手と戦っている者達だ。きっと『君が泣○まで殴るのを止めない!』もしくは
『サンライトイエ○ォーオーバードラァーイブッッ!!』なんていったら似合いそうなほどマッチョである。奇妙な冒険はしていないが。波紋などしらないが。
そんな人を倒した。いや、打ち勝った。これは相当なことである。
冒険者の強さはこの様に表される。
-
1〜10 初級冒険者
11〜20 中級冒険者
21〜 上級冒険者
-
という感じだ。
場所によっては、上級冒険者の更に上があるとされる。そこでは、超級冒険者と呼ばれていたりするらしい。
これは、とんでもない事だ。普通、ランクが10離れている事は天と地の差だと言われている。
なのに、ランクが三十四と、大きく離れた相手に勝った。
これは、相当にとんでもないことである。歴史を振り返ってもそうそう起こらない下剋上だった。
それと同時に、ギルドの人達が大和の実力を理解する。これなら、ベヒーモスも倒せるのではと思った。ただあの男が「殺してこいよ」と言ったその一言で本当に殺してしまえると感じてしまった。
この戦いは勝てるのでは、と、感じた。
それ程、凄い事なのだ。
しかも今やられた男は名を、ジャックといい、『騎士団』のなかでの序列第五位だ。
騎士団とは、その都市でも名高い実力者達の集まる独立した組織だ。騎士団に所属する冒険者は軽く四百を超える。
つまり、四百人中の五位。それも、実力者の中でだ。
それ程の、相手だった。騎士団には最低でもGRが十以上からしか入ることができない。
ちなみに、ジャックは明日のトロール討伐に出撃する予定だ。服を切ってしまったが大和は悪くない。そう、悪くない……筈だ。
強いのは当然。だから、負けるのも当然。そう思っていた人達に衝撃が走った。
天賦の才を持っている、と、多くの者が叫んだ。
「「「えぇ……大和ってチート……?」」」
蓮司、白百合、揚羽は、顔に真っ青なグラデーションを作り、そんなことを呟いた。
ブラフマーとシヴァは、戦闘が終了し男が去って行くのと入れ替わる様に大和に突撃した。頭から。比喩ではなく。
「「やまとー!」」
「ごふっ」
痛かった。
避けられなかった。
◇◆◇
蓮司と白百合と揚羽は、唖然としていた。大和が勝利した事にもだが、一番は、大和の実力にだ。
彼ら三人には、今の打ち合いを視認出来なかった。
男が消えたと思ったら、大和の後ろに現れた。と思ったら倒れた。(膝をついた)直後に服が切れた。
一瞬過ぎて、分からなかった。
それに、大和は練習を始めて一時間足らずで、武器の扱いに完全に慣れていた。
これはもう、置いてかれたなと、思った。嫌でも、実感した。
格が違う。性能が違う。赤いシャアザ○と普通の○クの違いくらい。いや、三倍よりは恐らく多いとは思うが。
それほど、大和が成長していた。
正直、心が折れそうだった者が二人いた。蓮司と揚羽だった。だが残りの一人、白百合の一言で折れずに済んだ。
「絶対、負けない……」
白百合は独り言のつもりだったのだが、二人には聞こえていた。そして、二人の心に響いた。
負けてられない。
そう、心に語りかけ、三人は練習を再開する。
そして、それからはあっという間に夜になった。
宿に帰ったと思ったら、夕食を食べてすぐに寝てしまった。それ程疲れていた。大和以外は。
ちなみに、宿の部屋は変わってない。が、特にハプニングなどは無い。一切無い。本当に一度として無い。
◇◆◇
大和はすぐは眠れなかった。武器の整備に相当時間がかかったのだ。他の三人は武器自体が常に自動的に最高の状態を保っているので、整備の必要がないのだ。
だが逆を言えば武器を自分でも整備しなければいけない程に複雑な構造をしているという事だろう。そしてその複雑な構造は強力な破壊力を生み出すのだ。
「ふあぁぁ……やっと終わった……」
整備に三十分かかった。実を言うと、ここから更に三十分後にもう一度確認しなければならないのだが。
正直、長かった。整備で疲れた。そしてすぐ寝ようと、ベッドに向かう途中で、白百合をチラッと見た。
白百合の寝顔がそこには当然のことある。
大和は少し、見惚れてしまった。ドキッと……した気がした。
眠気が吹き飛んでいった。無防備な寝顔を見て、悪戯しようかと思った。
自分のベッドに腰掛け、白百合の寝顔を覗き込む。丁度大和が窓際のベッドな為、月の光が大和の背中で遮られる。
白百合に向かって手を伸ばして、白百合の顔に当た…る直前に気付いた。
(何やろうとしてんの俺?)
そう思った大和は急に自分がしようとしていた事に気付き、恥ずかしくなって……
すぐに自分のベッドに入った。なんだかベッドが暖かい感じがしたが、気にせず寝る事にした。いや、気にせずに寝たのではなく、気にする暇もなく寝たのだが。
次の日の朝、大和が起きると、何故か三人(白百合、ブラフマー、シヴァ)が自分のベッドの中にいた。
……あれ、なんで白百合までもがいるんだ?ブラフマーとシヴァはなんでここにいるんだ?
謎だ。 なにこれ? 何かの陰謀なわけ?
陰謀な訳は無い。
試しに白百合を起こしてみたら……猫みたいに布団の中で丸まってしまって、大和の右腕をがっちりホールド。危うく鼻血を出しかけた。
そのあと、白百合が起きるまで待っていた。
白百合が起きた時の反応が知りたくて。
白百合が起きた。顔を真っ赤にして、大和の脇腹に顔を埋めた。がその後すぐにベッドから転げ落ちた。可愛いと思った。うん。
白百合が転げ落ちると同時にブラフマーとシヴァが起きた。そして何故か白百合に、
「「大和兄ちゃんの事好きなの?」」
なんて言うものだから、色々大変だった。どうやらそれはブラフマー達が見た夢の話だったらしいのだが、つい数秒前の事と見事に重なっていた。
クエストの出発は午前九時。今はまだ六時。
外は少し明るい程度だ。朝日が顔を出し、世界を赤で染める。
……もう少し寝よう。
と思ったら、いつの間にか二度寝していた白百合に枕を奪われた。そして、目の前に白百合の顔が来た。
心臓バクバクして全く眠れそうになかった。
あ、閃いた。俺が白百合のベッドに行けば寝れるじゃん!……そう思いつき、頑張ってベッドから抜け出し、白百合のベッドに入ろうとしたら、一枚の紙があった。
こう、書いてあった。
『私の布団に入らないで?恥ずかしいから///』
寝れる気しねぇぇぇぇぇぇぇ…………
無理でした。ハイ。なんで未来予知の力を持っているのか少し知りたくなった。できれば欲しいとも思った。切実に。
結局、早起きする事になった。だから、少し街を散歩した。思ったより朝の散歩は楽しかった。街を歩く人はまばらで殆どが老夫婦であったり、店の準備をする者だった。
今更だが、結構広い道なのだと思った。馬車が二台並んでも余裕がある。地面には長方形に切られた石が並べられている。色の違う石が綺麗に配置されていた。
「ふぁぁぁ…」
欠伸しながら街をのんびり歩いた。
ここは地球の様に発達した世界ではない。まだ機械すら生まれていないし、科学技術もそこまで進歩していない。
それを補うかの様に魔法があった。逆を言えば、魔法に頼り過ぎていたとも言える。
朝はほとんどの店が閉まっているため、とても静かだった。その静かな空間では、鳥のさえずりがとても大きく感じられた。
屋根の上で遊ぶ小鳥達。それを微笑ましく見守った。見守ってしまう程に、心に余裕があったともとれるのだが。
空には雲が一つもなく、透き通る様な青空だった。
そんな空を見ながらのんびり歩いていたら、一つだけ、店が開いていた。魔法道具が売っているらしい。
入ってみる事にした。
そこには様々なペンダントなどが売っていた。それも、どれも魔法を付与させているものだ。例えば、魔力を底上げする魔法が付与されたブレスレット、という様な。
すこし眺めていると、一つ、心に残ったものがあった。
・魔法の守りのペンダント
《効果》:所持者の魔法の能力を底上げできる。一度だけ、「死」を回避出来る(致命傷を一度だけ防げる)3500M
とても綺麗な水晶の様な透明な石が付いていた。中心には赤い線が入っており、微かに輝く。
「あんちゃん、それはタグラマイト鉱石っちゅーもんだ」
「えっ?あ、ども……」
どうやら店の主人の様だ。見た目だけで判断するなら、頑固親父と言った所か。だが、その瞳には優しさが確かに篭っていた。
「タグラマイト鉱石っつーのは、常に赤い光を出すんだ。そのペンダントの真ん中のやつだな。実はそれは魔除けの御守りとしても売られてるんだ」
「魔除け、か」
「言っちまえば、恋人にプレゼントする様なもんだ」
ぶふぉう。吹き出してしまった。
「なんだあんちゃん、図星か?」
「いやいや、ち、ちが……」
「いいんだよ隠すこたァねぇよ。あんちゃん。そんなもん隠すだけ無駄さ。女ってのはな、積極的になんかしてくれる男に興味を持つもんさ」
「そんな、もんですかね……?」
「そんなもんだ」
いきなり心を読むとは思っていなかった。つい図星だと分かってしまう行動をしてしまった……。
「……さぁて、何か買うかい?あんちゃん」
「…………じゃあ、タグラマイトのペンダント二つと……男に何か一つ」
「あんちゃん……」
「違うぞ友達だ友達」
「なら、シュネルト鉱石のブレスレットがオススメだな。こいつは付けてるやつを強くしてくれる」
シュネルト鉱石。それは黄色に淡く輝く鉱石だった。それが曲線を意識されたであろう型にはまっていた。
「じゃあ、それで」
つい、買った。プレゼントしようと思って、買った。
白百合が付けたら似合うかなと思い……って、俺はなんでこんな事考えたのだろうか。つい、数日前まではこんな関係ではなかったのに。
この感情は何だろうか?このなんとも言えない感覚。
これが、恋?
まさか。そんなはずはないだろ。
いや、と心の中で首を振り、考えるのを止めた。
「そういや、こん中にあんちゃんの分はあるのか?」
「……いや?」
「……なら、これ持ってけ」
そう言って指輪を投げてきた。……薬指につけるものではなく、主に人差し指や中指などにファッションとしてつける様なものだ。中心には赤と青が渦巻く鉱石があった。
「それは、マクカイト鉱石。人々の思いで強くなる不思議な石だ」
「本当にくれるのか……?代金なら払うが……」
「いいんだよ、もらってけ。店の主人がそう言うんだからいいんだよったく」
大和はあははと少し笑ってから、
「有難く」
そう言って店から出た。
それから少し後。その店で。
「あんた、あの指輪をあげたのかい?」
「あ、あぁ」
「なんでそんな事を……ったく」
じいさんとばあさんが話していた。
「……指輪が、反応したんだよ」
「んん?」
「指輪が、本来光る筈もない光を放ったんだ。それも……青色の」
「!!!」
ばあさんの目が見開かれた。それは即ち、相当とんでもないことが起きたという事だろう。
「それって……!」
「……あぁ、英雄の卵さ……彼は」
それから大和は部屋に戻って、白百合達にペンダントをあげた。喜んでくれたし、良かった。
ブラフマーとシヴァはずるーいといいながらぽかぽかと大和の肩を叩いた。だから大和は、また今度なと言った。
朝食。それが終わったら、ちょっと体を動かした。ランニング、ストレッチ。
そしたら、もう出発の時間だった。
トロール討伐。全力で戦おうと思う。
ベヒーモス、絶対に殺す。色んな意味で、ね。
それともう一つ。する事がある。
実は昨日のギルド集会所での戦闘の時に気付いた。
蜻蛉斬りは神との適合、みたいなものが凄くいいのだ。例えばシヴァが蜻蛉斬りに炎を付与させようとすると、まるで限界など無いとでも言う様に武器の能力がぐんぐん上がっていく。
始めは火。それから炎になり、豪炎となり…際限なく『進化』していく。
そして俺はまだ、限界を知らない。この蜻蛉斬りの限界を。本当の力を。秘めたる能力を。俺はまだ、知らない。
それをこの戦いで知る。この蜻蛉斬りの限界を。
時刻、午前九時。
出発だ。




