アジ・ダカーハ戦 II
「……椿?」
揚羽が駆け寄り、肩を揺するが反応しない。蓮司はアジ・ダカーハを警戒しながらゆっくりと椿と揚羽の元に駆け寄る。
アジ・ダカーハは今にも襲って来そうであるが、Rがいることによって動けないでいた。そのRは、アジ・ダカーハを警戒している為に蓮司に話しかける事しか出来ないでいた。
「おい、蓮司だっけ? 大丈夫そうか」
「は、反応がない……ど、どうすれば……」
「脈は? 心臓は? 息は?」
すぐに蓮司は椿の手を取り、脈をはかる。
とくん、とくん。鼓動は、消えていない。
「……脈は、ある!」
「……ふむ、キサラギ、椿を見ててくれ」
「はっ、はい!」
Rがそう言うと、キサラギはビクリと肩を震わせた。が、頬をぺちぺちと叩き気を取り直した。急いで椿を担ぎ、近くの木にもたれ掛からせる。蓮司と揚羽はそれを見届けるとRのもとに駆け寄り、武器を構えた。そしてその状態で、話しかける。アリアとリンキは後方で椿を見守るキサラギを守る役である。
「R、なんで椿は倒れた」
「……」
「答えろ……ッ」
蓮司の声に反応する様に、アジ・ダカーハがコロロと鳴いた。
「……恐らく、能力に目覚めた」
「能力?」
「あぁ、神獣特有っつーか、神獣なら誰しもが得る能力。それは、自分の時間を操るものだ。自分の中の時間を遅める事で自分を強化する、自身の動く速度を上げる能力。けど、それに覚醒してすぐはあんな風に気絶しちまう」
「あぁ、そうか、よくわかッ」
蓮司は、上体を全力で逸らす。その直後、蓮司の上体があった場所を大木が突き抜けていく。そして大木が通り過ぎた後、蓮司は尻餅を着いた。だが、揚羽が近付き立たせた。
その間、Rはアジ・ダカーハを睨んでいた。
「コロコロコロ……」
「何なんだよ、あいつは……もう少し待てないのか」
「コロロロ……ッ」
「はぁ……」
Rは溜息を吐いた後、消えたーー……
……実はRは、ある世界の武術に最も興味を持っていた。
Rには時間を旅する力がある。それによって時を移動し、その世界の知識を取り込んでいたのだ。その中でも特に、武術は必ずと言っていいほど学んでいた。
その武術が最も豊富だったのは、地球である。地球上には多くの武術が存在する。Rはそれをすべて独学で学び、極め、遂にはほぼ達人の域まで登り詰めた。
まず初めに、軍隊の体術を学んだ。次に、護身術も学んだ。誰もが出来るような武術から、習得の難しい武術まで全てである。
システマと呼ばれる一対多を目的とした武術も学んだ。今のRの動きは、このシステマの基本原則を基礎にしたものである。具体的に言えば、“動き続ける”と言う原則に従っている。
……そして何よりも重点的に学んだものがある。ーー理由は使いたかったからという意味ではあるがーー太極拳である。
勁。それは簡単に言えば運動量。
発勁、実はそれはキャッチボールと対して変わらない。
……ーーそして次の瞬間にはアジ・ダカーハの懐に飛び込んでおり、その腹部に左手の掌を当てる。
そしてーー“勁を発生させ”ーー“接触面まで導き”ーー“作用させる”ーー。
「……“崩式”発勁」
アジ・ダカーハの体内を衝撃が突き抜ける。だが、その衝撃は背中まで達すると反転し、またも体内を駆けずり回る。そう、それは持続的な衝撃だ。『発勁』とはそもそも持続的なダメージを相手に与える武術である。そしてそれをRは自分用に改造していた。……威力を維持したまま、超長時間の持続ダメージ。それの完成型が、“崩式”発勁である。
崩式……それはどれだけ硬度の高い物でも、内部から崩壊させる一撃、という意味を含む。
アジ・ダカーハ自身は後方に吹き飛ばない。と言うよりも、吹き飛べない。つまりは、アジ・ダカーハはその場でよろける事になる。腹部を襲う持続的なダメージに、上体を大きく揺らす、
ぐらりと、その巨大を大きく斜めに逸らした。だが、倒れる事はなく踏み止まる。そして、Rに仕返しをしようと右の拳を振るい始めた時、またもRの掌が腹部に当てられる。
だが、先程とは違った。すぐに手を離したのだ。その為、アジ・ダカーハの拳は空を切った。
そしてその直後、アジ・ダカーハの体内に二度目の勁が流し込まれる。それは、“崩式”の上位互換……。
「“空式”発勁」
『ギャ……ッ』
これは、Rがほぼ一人で独自に作り出した発勁の紛い物。“空式”
発勁。それは、“崩式”程の威力を相手に与え、その直後に空中へ吹き飛ばす一撃。だが、相手には触れていない。それこそが紛い物の証拠。
発勁とは勁を利用して相手にダメージを喰らわせる武術だ。その過程には、先程説明した通り、“勁を発生させ” “接触面まで導き” “作用させる”というものがある。だが“空式”は接触面まで導く必要がない。何故か……それは、勁の空中移動をさせているからである。
正しくは“空振崩式”発勁。空振を知っているだろうか。あの、火山の噴火や隕石の落下の際に起こる、窓をいとも簡単に破壊する衝撃波である。この技は空中に発勁の衝撃を発生させ、その衝撃を相手の体全体に当てダメージを与える。その直後、衝撃を利用して相手を吹き飛ばす。
攻撃に使われた勁を一つ残らず使用し、後方に吹き飛ばす。ただ、その為の技。
……だがこの技は、発勁の衝撃を空中に流してしまう。と言うより、わかりやすく言えば貫通してしまう。それはつまり、本来ならアジ・ダカーハの体内で暴れまわる筈の衝撃で外を傷付けてしまうのだ。
Rの“空式”発勁は、まず初めにアジ・ダカーハの背後にあった大森林にまたも道を作った。綺麗に一直線に、木を消失させたのだ。そしてそれから、衝撃波が森全体に広がり暴風が吹き荒れた。
そしてその後、漸くアジ・ダカーハが吹き飛ばされる。その速度は計り知れない。何せ、アジ・ダカーハが吹き飛んだ次の瞬間には遠くに望む山脈に爆発を引き起こしたのだから。その爆発は、アジ・ダカーハの着地の起こした爆発だ。ただアジ・ダカーハが山脈に衝突した。たったのそれだけの衝撃の威力は、そこらの爆弾よりも数倍は高かった。
「「……?!」」
……ただひたすらに、唖然。
蓮司も揚羽も、Rの異常なまでの身体能力の高さに唖然するほかなかった。ただその表情を驚愕に染め、その瞳に希望を宿した。
だが、希望はすぐに搔き消した。それでは、自分達がついて来た意味がなくなってしまうからである。これでは、全てRに任せっきりとなってしまう。それだけは避けたいのだ。
それと、蓮司と揚羽には一つ、分かったことがある。
『今のRの動きは、わざと自分達に見えるようにスローにした』
という事だ。つまり、Rは手加減をしていたという事だ。
ついて行けない。そう感じた。そう感じてしまった。
ゆっくりと、揚羽の心が冷めていく。
これなら、私がいなくともーー……
「……今、大和は戦ってるんだろう?」
その時唐突に、Rは揚羽と蓮司を振り返りそんな事を言ってきた。一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。それは後方にいるキサラギ達も同様であった。
……否。少なくとも揚羽と蓮司はそうでは無かった。
理解出来ないのではなく、一瞬、たったの一瞬だけ、理解“したくない”と思ってしまったのだ。
今、大和はRと同じ様な力を持ち、アジ・ダカーハと同格と言われるグランベヒーモスに一人で立ち向かっている。その大和が自分と仲が良かった、自分も大和と一緒だと思った。そんな大和と同格だと思っていた。そんな自分の愚かさに気付きたくなかったのだ。
ただ自分達は無意識に、自分よりも上の者とあたかも同格であるかの様に振る舞い、自分を騙してきたのだ。そう思ってしまったのは、大和がベヒーモスの討伐をしようと言った時からだ。
「なら、やってみろよ」
「「……?」」
やってみろよ。それがどういう意味なのかを理解する事は、すぐには出来ていなかった。だが、次に放たれた言葉は深く、深く揚羽と蓮司の心に突き刺さった。同時に、理解させられた。
Rは二人にゆっくりと振り向きながら、言った。
「やりもしないで諦めんな阿保」
この時二人は、偶然かはたまた必然か、全く同じ事を考えていた。寸分違わず、同じ事を。
そうか、俺 (私)は、“食べず嫌い”してただけなのか。……と。
考えてみれば、ベヒーモス討伐の依頼を受けた時もそうであった。ただ周りの意見に流されて、それには勝てないのではと考えていた。と言うよりも、初めは戦う気すら無かったようなものだ。そんな時の大和の言葉があったからこそ今の位置までは来れたが、もし大和いなければ、今の位置まで来るのには更に多くの時がかかった事だろう。
大和に押し負けて、嫌々食べていた、それが問題だったのでは?
寧ろ、大和と同じ意見を、大和よりも強く発言出来ていれば、変わっていたかもしれない。
……そもそも、思い出してみればこの世界に来るきっかけと言うか理由は、大和につられてだった。既にその時点から、戦いの世界に飛び込む時点から、失敗していたのだろうか。
「「……分かった」」
その時の二人は、確かに意思のこもった瞳をしていた。
その直後、二人の胸が光り出す。
「あ、きた。ーーちょいと、痛いの我慢しろよ」
Rが何を言っているのか理解するのは、これから数秒後だった。
Rは二人に駆け寄り (と言っても視認出来なかったが)、片方の手を相手の胸に当てた。右手は蓮司、逆が揚羽だ。
一瞬揚羽がビクリと肩を震わせたが、その直後の出来事が全てを吹き飛ばした。それは、あまりに突然だった。雷が空で稲光を突然発生させる様に、二人の胸で閃光が発生する。その直後、二人の体の中を痛みが走り抜ける。
「ぐっ、あ……」
「うくっ……ぅあ……」
全身を炎で焼かれた様な痛みで埋め尽くされ、意識が途切れかける。目眩に襲われ、数歩後ろに下がる。Rが言葉を発するが、二人には全くと言っていい程聞こえていなかった。ただ、Rが何かを言っている様に見えただけで、聞こえはしなかったのだ。
無限にも思えた痛みはある瞬間を境に、唐突に治る。それと同時に、二人の体が優しい光に包まれた。
「……っ、はぁっ、はぁっ」
「……な、何なのよ……」
二人は周りを漂う光を見ながら、漸く声を出した。痛みを堪えている時は声すらロクに出す事も出来ないでいたのだ。と言うか、息すら出来ないでいた。感覚的には水中で火傷の痛みに耐えているような感じだった。
「これでお前らも戦えるだろ?」
すぐにはRの言葉の意味を理解出来なかったが、すぐに理解する事が出来た。
周りがスローモーションで再生させられている様に見えたのだ。一緒に着いてきていたアリアやリンキがゆっくりと動いている様に見えるのだ。他には、風で宙を舞う木の葉もゆっくりと動いていた。
その中で普通に動いていたのは、Rの姿だけだった。
「偽りを解き放った姿、それが今のお前らだ。……と言うか、お前らに初めから備わっていたものを解放したんだが……まぁ、今ならアイツに対抗できるだろ?」
Rの言葉に、二人は強く頷いた。




