アジ・ダカーハ戦 I
丁度、大和がグランベヒーモスと対面した頃、R達はアジダカーハとの戦闘を開始していた。
◇◆◇
時を遡る。
Rは大和と別れた後、勇者とその見方である騎士団の生き残りをベヒーモスに乗せ、アクシスに向けて移動させた。護衛として『アルテミス』のハル、レイ、ショウが同行している。勇者と騎士団はここで戦線離脱である。
その後、ほぼ間を空けずにRは行動を開始する。アジ・ダカーハの捜索と討伐が目的だ。
アジ・ダカーハ討伐組は、Rをリーダーとして、蓮司、揚羽、椿、『アルテミス』のメンバーよりアリア、キサラギ、リンキである。『アルテミス』のメンバーは後方支援で固めている。アジ・ダハーカに近接戦は厳しいものがあると考えた大和の意見からである。
Rは以前からアジ・ダカーハを探していた様で、広大な森にも関わらず一直線にある地点を目指して走った。Rには独自のセンサーでもあるのではないかと思ってしまうほどに進路を変えずに、森を突き進んだ。
この森は「大森林」と呼ばれ、多くの国に恐れられている。勇者を召喚したアクシスも例外ではない。名前が簡単すぎると思った者もいるだろうが、この名前が指すものは「圧倒的な危険」だった。即ち、あまりに危険すぎるが故にそれを表す言葉が見つからなかったのだ。もし名前をつけようとすれば、『スーパーウルトラデラックス(以下略)』と言う、凄いという意味をすべて組み合わせた奇怪と言うか、笑いを誘発されるような名前になってしまうに違いない。それ程なのだ。
この森ではありとあらゆる災害が起こる。ポルターガイストと形容されるような出来事でさえも同時多発的にこの森では起こる……と言うのはただの日常茶飯事である。
この森では、この森の中だけで災害が起こる。地震、噴火、津波、台風、土砂崩れ……エトセトラエトセトラ。それが森の中で起こる。比喩でもなんでもなく、起こる。この森の大きさに合わせたスモールサイズで。ある区域では地震が起こり、地面が隆起したとする。それとほぼ同時に隣の区域では台風が吹き荒れ、津波を起こすこともある。津波、というのは本当にそれににた威力を持つ川の大氾濫であるが、甘く見ると痛い目を見ることだろう。なんせ、膝丈程度の津波がくれば、膝から下が無くなってしまうこともしばしば、だからだ。
更に忘れてはいけないのが、ポルターガイスト。これは森のほぼ全域で起こる。台風の中でも起こるし、噴火の直後に起こることもある。それと、ポルターガイストには謎の言い伝えがあり、一度おきたのなら同時にあと五回以上は森のどこかでは起こっていると考えた方がいい、と言われている。
なんだそのゴキブリの『一匹見つけたらあと百匹はいるぞ』という謎の言い伝えと同じ様な考え方は、と思った方もいるだろうが実際そんなものだ。ゴキブリのように、神出鬼没で、ゴキブリが沢山いるように、これも何度も起こる。
そんな森にRが入った時は、誰もが(と言っても蓮司と揚羽は除く)絶句、もしくは『本当に入るのか』というような目でRを睨んだ。
だが。
そんな不安には何の意味もないと分かったのは、Rの実力を理解するのと同時だった。
パァン、と。風船に針を突き刺した時のような甲高い音が森に木霊した。……それは、Rの斬撃の音だった。その直後、蓮司達に向けて強力な暴風と形容してもおかしくはない程の風が巻き起こった。蓮司や揚羽は咄嗟に腕で顔を隠す。若干反応が遅れた椿がその風で体を一瞬宙に浮かせてしまった。そして、風の衝撃をくらい勢いよく吹き飛ばされそう、になった。だが蓮司が椿の腕を掴み、無理矢理自分の方に引寄せた。
それから数秒後、風は収まった。腕を解くと、そこに広がっていたのは鬱蒼と茂る森ではなく、“道”だった。
地面を走る亀裂は森を真っ直ぐに端まで両断していた。それはまるで、ケーキを半分に切ったかのようだった。
さらに空を見上げるとそこには、雲がなかった。正しくは、森に走った亀裂の直上の雲がなくなっていたのだ。まるで、空まで切ってしまったかのように。
唖然、と、した。
それから少したった頃、Rはこう言った。
「これなら怖くねぇだろ。早く行くぞ。アジ・ダカーハ、討伐するんだろ?」
そう言って、Rは亀裂の中心を走って行った。それに少し遅れて、蓮司、揚羽、椿が走り出す。後はそれに引っ張られるかのように『アルテミス』のメンバーも走り出した。
確かに不安や恐怖は無くなった。確かに、無くなりはした。森に対して、は。
亀裂の上をひたすら走る事、約十分。
亀裂の中では大森林特有のポルターガイストも、天災でさえもまるでRを避けるかのように起こらなかった。……と言うより、完全に避けていた。なんせ、火事が起きたとしてもRがそこを通れば勝手に消えた。竜巻が起きたとしても、ゆっくりと竜巻は道をRに譲った。
「「「……」」」
誰も、話すことはなかった。
そして、大和がグランベヒーモスと対面するのとほぼ同時に、アジ・ダカーハはR達の目の前に現れた。
◇◆◇
「あんたが、アジ・ダカーハか」
Rの言葉に、アジ・ダカーハはゆっくりと首を縦に動かす。
人間二人分はあるかという、背丈。頭は三つあり、その全てが龍の頭だった。その顔一つ一つがまるでベヒーモスの様な、いや、ベヒーモス以上の殺気を孕んでいる。見るもの全てに威圧を与えていた。そしてそれは、目を合わせたものに例外なく恐怖を与えていた。それは蓮司や揚羽も、Rでさえも、である。
そしてアジ・ダカーハの胴体、即ち首から下は、まるで人のようであった。筋肉質な男性の体を無理矢理に細くしたような、そんな体だった。体の色は黒く、所々に真紅の線が走る。その線は絶えず脈動し、奇妙さを醸し出していた。その線の下には、まるで岩石のように引き締まった、筋肉があった。それはゴリラのような圧縮された筋肉の様だ。
ギロリ、と。
アジ・ダカーハはその三つ首のうちの一つを動かし、Rを睨んだ。Rの額を一粒の汗が流れる。アジ・ダカーハにとっては、ただ相手に気が付いた、と言うだけなのだが、人間にとってのその動作はベヒーモスに睨まれたものよりも遥かに恐怖を植え付けるものだった。
その視線に、蓮司や揚羽、椿は少なからず動揺した。額には先程から嫌な汗が現れ続けている。ベヒーモスとの対面ほど恐ろしいものはないだろうと考えていた彼らにとって、それは予想を遥かに上回る恐怖だった。瞬間的に、体を硬直させてしまう。それは『アルテミス』の者達も例外ではない。
ただ、約一名を除いて。
コロコロ、とアジ・ダカーハは小さく唸る様に鳴いた。それには少なからず警戒心が含まれていた。その視線は、ただ一人をその瞳に映していた。Rである。
蓮司はそのアジ・ダカーハの瞳に、怯えながらもある違和感を感じていた。上手く言い表せない。なんとも不思議な違和感。
百獣の王とも呼ばれるライオンの様な、力を持った瞳。だがその瞳の裏には、まるで何かに怯えるような、何かに命令されているような、そんな感じ。
「……なぁ……アジ・ダカーハ」
蓮司の思考を打ち切るように、Rが話す。そしてその直後、Rは小さく息を吸い込み、息をゆっくりと吐き出す。
そして、
「仲間にならない?」
バチンッ
ーー瞬間、Rの姿が掻き消え、そこにアジ・ダカーハか現れた。Rの持っていた刀が宙を舞う。回転しながら、鞘が外れる。その刃を剥き出しにした刀がくるくると、舞う。
明らかに反応出来る速度を超えた速度だった。Rがアジ・ダカーハに吹き飛ばされたのだと知るのはまだ先の事だ。
誰一人として、反応出来ないでいた。そもそも今、目の前にアジ・ダカーハがいるという事すら理解していない。その瞳が見たものが脳に伝わり、そこに居るのだと確認するよりもアジ・ダカーハは速く動いたという事だ。
アジ・ダカーハはニタリと真ん中の顔で微笑み、右の顔は舌舐めずりし……左の顔は、目を瞑った。
アジ・ダカーハの右腕が狙ったのは、揚羽。まだ武器すら構えていない揚羽に向けて、その腕を突き出す。何人にも知覚されないその空間を右腕は突き進み、揚羽の顔に触れ
ーーられなかった。
『?!』
直後にアジ・ダカーハが感じたのは、痛み。
右腕は大きく逸れ、揚羽の顔から大きく離れた位置を突き進む。
右腕を見るとそこには、小さな爆発を連発する鎌があった。
それはどうしようもなく、死神の鎌の様に思えた。
その後、アジ・ダカーハは若干の時間動く事ができないでいた。だが、そうしている間にも腕は突き進む。結果、アジ・ダカーハが何かをする事はなく、その右腕は揚羽の後方の地面に突き刺さった。そして、アジ・ダカーハが漸くまた行動を始められたのは突き刺さった直後からだった。急いで右腕を引き抜き、同時に左腕を後方に向けて振るう。まさに鎌鼬の様であったその左腕は、椿の首を狙う。
が、またも椿の鎌によって逸らされる。
何故……?
アジ・ダカーハがそう思考した瞬間、アジ・ダカーハはそれを確かに知覚した。
自分に向けられた、高速で迫る、足を。
それはRの足であった。頭から一筋の血を流しながら、Rはアジ・ダカーハを睨む。そして、一切の躊躇いなどなく、アジ・ダカーハを蹴り飛ばす。
逃さねぇよ。Rはそう小さく呟くと、宙を舞うアジ・ダカーハに高速で近付き、更にもう一撃分アジ・ダカーハを蹴り飛ばす。
そして、Rが地面に着地したとほぼ同時にアジ・ダカーハも遠くで着地する。
宙を舞っていた刀をRは掴み、アジ・ダカーハに向けて構える。何処かで、鞘がからんと落ちた。
「えっ」
蓮司の素っ頓狂な声が上がった頃には、Rとアジ・ダカーハはお互いの力量をほぼ完全に見極めていた。同時にそれは、一度目の斬り合いの終了と言う意味である。
そして、Rとアジ・ダカーハが睨み合っている時、それは唐突に起こった。
ーー椿が倒れた。




