グランベヒーモス戦 XI
押してる。
大和にはその確信があった。
相手を完全に拘束出来ている。戦える。戦えてる。
だから、今しかないと思った。
「神格顕現……ッ『完全であり不滅たる汝らよ』」
大和はゆっくりとその文を読む。魔力をふんだんに込めて、限界まで効力を高めながら、ゆっくりと、読む。
「『熱を祓い、渇きを癒したまえ』」
ゆっくりと、ゆっくりと。
「ハルワタート、アムルタートッ!」
呼び出す。
グランベヒーモスの拘束は限りなく完全に近いだろう。恐らく、グランベヒーモスが独力で解き放つことはほぼ有り得ない。
だが、「ほぼ」である。必ずしも未来永劫解き放たれることは無いとは言えないのだ。
だから。大和はそれに限りなく近付けるために、呼び出す。
完全を表すハルワタート。
不滅を表すアムルタート。
その二つを掛け合わせ、拘束を極限にまで高める。その拘束力は、並の鎖などとは桁違いに高い。例え、ブラフマーの鎖と比べてもそれは変わらない。
例えるとすれば、ブラフマーの鎖を石をする。なら、大和の扱う拘束はダイヤモンドよりももっと硬い。もはや、比べる事すら烏滸がましい程に差があるのだ。
なぜそれ程強いのかと問われれば、簡単だ。唯一神の使い、【不滅の聖性】の全力を注いだ盾だから、としか答えられない。
『ガッ……グ、ギ、、ガァァァァァアアアアアッ……』
グランベヒーモスは、完全不滅に限りなく近い拘束の中で、もがき苦しんだ。それはまるで溺れている様ですらあった。
視線は宙を彷徨い、大和の事など見えてはいないだろう。いや、最早この世界の風景自体見えていないかもしれない。
両腕両足に力を込め、拘束を解き放とうとするが、その拘束は微動だにしなかった。
ほっと一息ついた大和は、ふと自分の腕の中にいるシヴァの事を思い出す。それ程に集中していたのかと漸く気付いた。
シヴァを見ると、
固まっていた。
文字通り、見事に固まっていた。動いているのは瞳ぐらいだろうか。小刻みに震えている様だ。それはもう、今にも泣きそうで……
「や、やまとぉ……」
「な、泣くなってシヴァ……」
大和は苦笑いをしながらシヴァを片手で支え、もう片方の手で頭を撫でた。
「あはは、俺、強くなっただろ」
「うん、すっごく強くなった!」
大和が笑顔で聞くと、シヴァはニカッと笑って答えてくれた。その笑顔で大和の疲れも吹き飛んだ様に感じた。
「後は、俺に任しておけ! 俺がこの戦いに終止符を打つ。
……お疲れ様。シヴァ。それに、ブラフマー、ヴィシュヌ、そして……アルテミス…………白百合、スサノオ、こっちの方、よろしく頼む」
「え?」
大和が白百合とスサノオを呼ぶ。すると突然、シヴァの背後に白百合が現れ、シヴァを抱き上げる。
「後は、任せるよ……大和」
「あぁ、任された」
白百合は大和に目配せして、すぐに離れた。白百合が大和に「死なないでね」と言わなかったのは、大和の絶大な力を目撃しているからだ。その力を見て、白百合は確信していた。
あの力なら、グランベヒーモスであろうと倒せるだろう、と。
「えっ、しらゆりちゃ……えっ?」
シヴァはまだ混乱していた様だ。白百合に抱かれた状態で色々と訳が分からなくなっている様だ。だが、白百合がシヴァの頭を撫でながら言葉をかけると、すぐに落ち着いた。
この後の白百合の動きは、スサノオと共にブラフマーとヴィシュヌ、アルテミスの保護、治療である。
水馬。
水で出来た馬にブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァを乗せる。そしてそこに白百合も乗って移動した。スサノオはアルテミスをお姫様抱っこして走り出す。
それを大和は見届けると、ゆったりとした動きでグランベヒーモスに意識を向ける。
グランベヒーモスはまだ混乱していた。だが、次第に周りの状況も理解し始めているようだ。若干ではあるが、冷静さを取り戻しつつある。そして同時に、
ーー自分が危機的状況にある事も理解し始めていた。
そしてそれから数秒後、グランベヒーモスは今の状況をほぼ完全に理解する。途端、咆哮を放つ。
だがそれは、威嚇の為などではなく、全く別の為に使われた咆哮だった。
「?! なんだ?!」
『大和……あやつはどうやら、アジ・ダハーカを呼び寄せたようだ。……このままでは二対一になる。それは厄介じゃろうて』
「おいおいマジかよ……R……どうにかしてくれよ……」
大和は心の中で祈る。だがその直後、
『頼り過ぎるな! グランベヒーモスをすぐに撃破すれば、どうにかなるだろう!』
アフラ・マズダが叫ぶ。だが……
「いや、いやいやいや、それは無理じゃないかっ?!」
『なんだと?』
「もう今のグランベヒーモスはさっきとは別物だろ?! そんな奴とさっきまでみたいに戦えるか……? 正直、分からない。それにさっきのは不意打ちだったからこそあそこまで上手くいったんだろ?」
『ぅぐ……』
アフラ・マズダは確かにそうだと頷く他なかった。どうにか出来ないのか、とは言えなくなる。
なんせ、相手は大和と同格、もし隠した力があるとしたら下手すると大和以上のスペックとなる。
大和にも切り札はあるにはあるが、それが必ずしも通じるとは限らない。
アフラ・マズダは作戦を急いで練ろうとするが、焦りが勝り、どうにも思考が定まらないようだ。
そして、グランベヒーモスはそんな時を好機だ、と言って仕掛ける。
『……なにを、何を混乱していたのだ!小賢しい馬鹿馬鹿しい阿呆らしいくだらないッ!!
何を迷っていたのだ、迷っていたというのだ!!ふ、ふっ、フハ、ハハハハハハハハハハッ!!』
「はは、そのデケェ図体はどうにかしちまったのか?」
ポーカーフェースを意識しながら挑発する。もしこちらが不利だと相手に知られればそれこそ大変な事になる。……これで怒って突っ込んでくれれば楽なのだけど、そうしてくれはしない。
『……その通りだ』
「は?」
『貴様の言う通りだ! 我の頭はどうにかしてしまったらしい! それも、とっくの昔に! ……もうーーーー貴様を殺す事しか考えられぬ。貴様を、殺す。殺す。殺すッ!!』
瞬間、グランベヒーモスは、消えた。比喩でも何でもなく。その場から音もなく消えた。迷いをなくしたグランベヒーモスの移動速度は、つい数分前の触手の動きが可愛く見えてしまう程だった。
ベヒーモスの攻撃手段の中で最速である触手の攻撃。だが、それすら平然と超えてしまう移動速度。それは、大和の攻撃に対する対処を遅れさせるのに充分だった。
つまり、結果を言ってしまえば、大和はグランベヒーモスの初撃の対処に数瞬、遅れたと言う事だ。例えそれがコンマの遅れだとしても、現在の戦闘の中では数秒のロスと然程も違いはない。
グランベヒーモスは大和に斬り飛ばされた触手を一瞬で再生させ、その全てを自身の両手両足に巻き付ける。そして、その触手に筋肉と似た動きをさせる。つまり、筋肉の量を触手でさらに増やしたのだ。その両手両足で、全力の跳躍をする。
直後、体が搔き消え、遅れて衝撃波が生まれる。その衝撃波が大和に当たった頃には、グランベヒーモスは大和の背後にいた。
だが、大和にはアフラ・マズダが宿っている。単純な運動能力ならほぼ互角だろう。大和は背から蜻蛉斬りを取り出し、それを体ごと時計回りに振り回す。狙うは、こちらに向けて来るであろうグランベヒーモス。これなら背後から来ようとどこから来ようと対処出来ると考えたのだ。
この斬撃でグランベヒーモスの胸を斬り裂く、筈だった。
だが。大和の手には何かを斬った感覚は無かった。即ち、斬っていないという事。
「なん?!」
斬ったのは、残像だった。
大和は初めから、残像を追い掛けていたのだ。本体は、空にいた。
だが、まだ追いつける。今なら、まだどうにかなるかもしれない。大和はアフラ・マズダ、アムシャ・スプンタ、更にその下につく天使達の力を全力で行使し、瞳を上に向け、グランベヒーモスをその瞳に収める。
……が。
パキン
薄氷を割るような音と共にグランベヒーモスの触手に張り付いていた小さな鎧が、剥がれた。そして、それを大和に向けて投擲する。
「や、ば」
不可避。
大和は、咄嗟に槍を頭上に構える。そして、その直後、爆音が鳴り響く。




