ベヒーモス討伐後
大和が息を切らして武器屋に戻ってきた。
「おう、大和。何があったんだ?」
「気にすんな……」
蓮司の問いかけをさらっと、気にすんなですませる。
ちなみに、無事指輪を届ける事には成功していた。その男の人の喜ぶ顔が、頭から離れない。こんな幸せを味わったのはいつ以来だろう。恐らくここ十年を振り返っても一つとして見つからないだろう。
(ふぅ、切り替えなきゃな)
大和の今すべき事は、旅の準備だ。そのためにはクエストをしなければいけない。なら、頭を切り替えなきゃ、殺される可能性がある。だから、切り替える。
「で、ベヒーモスの死体、持ってきてやったが?」
店長は気づいていた。大和が指輪の話はしないでほしい事を。だから、聞かない事にした。
「まぁ、よくもGR6でベヒーモスぶっ倒したよなぁ……だが、皆で協力したらしいがな?」
「別に一人で倒せと言われた記憶が無いな」
「チッ……」
一瞬、影の部分が出てきた……気がした。
「おい、今何か言ったか?」
「いや? 何も。まぁ、確かに一人で倒せとは言ってないな。はぁ、じゃ、蜻蛉斬りは譲ってやる!ありがたく受けとれよ!」
「ありがと。……だが、本当にベヒーモスの死体一つと交換でいいのか?」
大和は疑問に思った。
蜻蛉斬りの値段は恐らく、というより、三十万マナトだった。
そしてベヒーモスの死体は五万マナト。
じゃあ、二十五万マナトは?となる、が、その疑問は一瞬で消えた。
「あぁ、実はな……ベヒーモスから宝玉が出てきたんだよ!!」
「え"」
紅玉。何処かでチラッと聞いた事があった筈だ。確か、何年も冒険者に倒されなかったモンスターの体内に稀に宿るという、最高級の素材……である。もはや、神の素材とまで言われるものだ。値段はたしか、五十万マナト……二十万マナトも多い……
それが、出てきた?
え?え??
「マジすか」
あれ?あっれぇ?
俺、負けた?
「実に気分がいい!大和以外の三人にいい武器くれてやる!」
「「「やったー!」」」
そこまで残念、という訳でもないようだ。三人が二十万マナト分の武器を掻っ攫ってくれれば或いは……
これって、喫茶店のおじさんからのプレゼントかな?
なぜか、そんな気がした。
(あのおじさんの墓参りに今度から行こうかね)
そう、大和は考えた。
じつは大和はおじさんの墓の位置を知っている。なぜなら、あの男の人を見つけたのが、おじさんの墓の前だったからだ。
なんだか最近、いい事あるな。
「あ、そう言えば宝玉ってのはな……? 売り方によっては数百万にもなるんだぜ……?」
店長、何時か赤字にさせてやる。そう密かに考えてしまった大和だった。だが、娘さんがいる事を思い出し、すぐにその考えは吹き飛んでしまうのだが。
◇◆◇
それから少し、クエストした。属性ボア討伐をした。
ベヒーモスと戦った後だと、途轍もなく弱く感じた。
それに新装備のおかげで、以前より倒しやすくなった。……筈だ。
ボアと戦った戦場は恐ろしい事となっていた。
地面に広がるトラックの轍。否、それは捲れ上がった地面。大和のトリシューラの投擲などによって出来た跡だ。
周囲には木が乱立していた跡が残る。殆どの木は根元から切り倒され、片手で足りる程しか残っていない木には必ずと言っていいほど斬撃の跡が残る。
地面には焼けた跡があった。他には、内側から地面が破裂した様な跡、未だに凍りつく氷がある。
その地を見た初心者であろう冒険者が、ベヒーモスの再来だと街で騒いだのも、それの討伐隊として駆り出された大和達四人の姿も、結局ベヒーモスはいなかったというオチも、まだ記憶に新しい。
その後には、騎士団から報酬を貰えた。
トロールには押されていた所を一人で押し返した、との事で報酬が百万マナトという、とんでもない金額を貰えた。今なら武器屋の店長にドヤ顔出来るなと勝手に大和は思った。
やっぱり、ついてる。今日は運がいい。
騎士団に誘われたが、旅に出るといったら諦めてくれたらしい。と言っても二日ほど色々なアプローチをされたのだが。その中に白百合や揚羽に対する違うアプローチもあったが完全にスルーした。
そしてさらに五十万マナトも貰った。旅の為に使え、だとさ。
騎士団って神の集まりなんですか?今度から神騎士団と呼んでもいいですか? と大和が騎士団の団長に話しかけ、団長はがははと笑いながら「おう、そう読んでいいぞ!」と言った。
呆れる蓮司と白百合。爆笑した揚羽がそこにいた。
まぁ、これで旅に必要な金額が揃った。いや最早十分過ぎる程に。
今の金額がこれで、百六十万マナト。
道具とか買い揃えても、恐らく百二十万マナトは残るだろう。
十分。
これで旅に出る準備は完了だ。後は、出発するだけ。
蓮司や揚羽は今すぐ出たいらしいが、待ってもらうことにした。何故か、とは聞かなかった。目が、輝いていたから。
後日の早朝、大和と白百合で、『喫茶 やすらぎ』のおじさんの墓参りに行った。どうしても行きたかった。いや、行かなければいけなかっただろう。
実は大和はとても大事にしているペンダントを持っているのだが、大和はそののペンダントを墓に置いてきた。
そのペンダントは十字の形をしている。これは、大和が親戚の家にいた時に貰った物だ。その親戚の家には中学三年の娘がいて、その子の修学旅行のお土産として貰った。
なぜ十字架なのか……それは未だによく分からない。
そういえば、中三の娘さんは、いま思うとツンデレだった気がする。(アニメ知識)「別に、大和の為に買ったわけじゃないんだからね!」なんて言ってペンダントを渡された記憶がある。
……けど、誰に? いや、男と話す時は大体ああなのだろう。うん。そうだ。うん。
実はこれが大和にとって初めてのプレゼントだった。つまり、初めて誰かに物を貰ったのだ。
だから、とても大事にしていた。
「おじさん、俺のペンダントを持っててくれ。そして俺が旅から帰ったらこれを返してくれ。約束だ」
そう言って、置いてきた。
なぜか、ここに置いておけば守ってもらえるように感じたからだ。絶対に無くしたくないペンダント。だからこそ、置いておく事にしたのだ。
そして大和と白百合が立って、帰ろうとした時、聞こえた。
『約束 だよ』
と。
振り返るが、そこにはやはり誰もいない。
けど、怖くはなかった。
怖いというより、嬉しかった。ちゃんと話せた、と。
だから、こう返した。
「あぁ、約束だ。よろしく頼む」
そしてその声に了解とでも言うように、ペンダントが少し動いた。
かちゃん、と。
『お、気を……つけ、て……』
◇◆◇
それから蓮司と揚羽と合流し、すぐに出発した。時刻はまだ午前六時頃。
道具などは、アイテムボックスにすべて入れることが出来た。だから、随分楽だ。
まずは、馬車かなんかで近くの村まで行こうと思う。
それからは、行く先々で決めるようにする。
計画され尽くした旅は楽しくない。するんだったら、無計画で自由奔放な旅がいいな。
◇◆◇
少しばかり、世界の説明をさせてもらうとしよう。
異世界は全て陸続きである。
例えるなら、地球にある大陸を全てくっ付けたような感じだ。
そして首都、つまり大和達が召喚された場所の名は、
アクシスという。広さは大体東京一つ分ぐらいだ。だが、首都と言うのは、『首都の周辺の街も合わせて首都』としているので、周辺の街も合わせると合計で北海道並みの広さとなる。
人間世界は世界の全ての国が同盟を結んでいる。そして全ての国を合わせて『四国同盟 黄竜』という。これは、同盟している四つの国名と関係している。
実際人間世界は四つの国が合わさっている。
これも神の名前を使用していて、『朱雀』『青龍』『玄武』『白虎』という国名である。そもそもこの世界は地球と繋がりがある様で、その為に地球の伝説上の神獣や神の名が浸透しているらしい。
ちなみに、大和達が転生した国は、朱雀である。
この四つの名前は四神と呼ばれる有名な霊獣だ。
そしてその四神は東西南北を表している。
そしてその四神を治める、と言うより、その四神の中心にいるものがいる。それが黄竜である。
四つの国の名前は、決してデタラメに決めているわけではない。『朱雀』は炎魔法が、『青龍』は水、または氷魔法が、『玄武』は土魔法と風魔法が、『白虎』は雷魔法が得意な為に、このような名前となっている。その国から生まれた者は決まってその国の魔法を得意とする。稀に例外もいるが。
デタラメではない、といってもその国を象徴する魔法に合いそうな名前にしているだけだが。
だが、これは偶然なのか必然なのか。その四つの国の位置が四神の表す位置と同じなのだ。
大体はこのような感じだ。
◇◆◇
大和達四人は今、馬車と共に揺られていた。
ただ、それは馬車が走っている事を表す言葉ではなく……
馬車が空中に飛ばされている状態を表しているのだが。
「「「「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁああああああッ!!」」」」
四人は今、馬車で空を飛んでいる。いや、馬車と共に空を飛んでいる。
何者かに、攻撃されて。
そして次の瞬間、ドッパァァァァン……と、川に盛大な水飛沫を上げた。
馬車は、バラバラに砕け散った。
そこには、馬車の破片と、馬の死体と、血があるだけだ。
◇◆◇
川に流された馬車を見て、高らかに、吼える。
それは、吼える。まるで、勝利を表すかのように。
ーーグォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!ーー
それは、獣。
それも、ベヒーモスをより凶暴にしたような形だ。
ベヒーモスを炎だとするならば、その獣は爆炎だろうか。
ベヒーモスより一回り大きいが、基本的な部分はほぼ同じだ。ただ、体などにある鎧じみたものは、ベヒーモスのものより、鋭く、高硬度である事が一目見ただけでわかる。背中の触手は、ベヒーモスのよりも細くなっているが、ベヒーモスにはなかった鱗が触手についていた。そして触手の数は、二十本。その一つ一つがまさに必殺の一撃であるという事は、誰が見てもわかる。それ程の凶暴さである。
その獣の名はーー……