ベヒーモス
隙なんて、すぐに出来る。
だから、俺に出来る事は、その隙にベヒーモスを殺す事。トドメをさすという事。
その準備を、始めた。
◇◆◇
これは、たったの十秒間の物語。
たったの十秒間の、彼らの全力。
……
大和の攻撃が触手に防がれた瞬間、三人は動き出した。
一人は、魔法で援護をする為に。
一人は、触手から大和を守る為に。
一人は、隙をつくる為に。
動き出した。
蜻蛉斬りの一撃が触手に防がれる。それによって大和には隙が出来ていた。ベヒーモスが一撃を放つのに十分な隙が。
ベヒーモスは、振りかぶり、大和に強烈な一撃を加えようとした。
が、それはどこからか飛来した水の球状のものによって、妨害される。ばちゃん、と音を立てて水が破裂する。直後、ベヒーモスの右前足の軌道が大きく逸らされる。
それによって、ベヒーモスの姿勢も崩れる。
白百合だった。
ベヒーモスは白百合の方へと眼を向ける…が、それは失敗だった。
白百合は極限まで水を圧縮させていた。発射すれば、それは砲弾の如き威力だろう。いや、砲弾すら生ぬるい。
ベヒーモスはそれを見て、一瞬固まった。
その瞬間を、白百合は逃さない。
まるで風船が割れたような破裂音を森中に響かせ、それは発射された。
風船が割れた音。否。これはまさしく、戦車の砲撃音に近いだろう。それ程の、音量。同時に衝撃も現れる。
圧縮された水は、ベヒーモスの顔に触れた瞬間、
爆弾となった。
ベヒーモスは強制的に顔を背けさせられた。
ベヒーモスは、驚愕していた。自分に攻撃を、当てたという事に。
だが、これでも倒せない。ベヒーモスには、程遠い。
だが、白百合それを知っている。
白百合は、声をかけた。
「次っ!」
「あいよっ!」
答えたのは、揚羽だった。
揚羽はベヒーモスの強制的に背けられた視線の真ん前にいた。即ち、白百合とは丁度正反対の位置だ。
当然、ベヒーモスと目があう。ベヒーモスは攻撃目標を揚羽に変更する。
背中から無数の触手を出し、揚羽を殺そうとする。
「遅いよ」
だが、揚羽には触手は止まって見えた。
揚羽は武器によって、身体能力を大幅に上げていた。それも、限界まで。
つまり、ほぼ常時ゾーンに入っていると考えていい。
グッと、双剣を握りしめ、消えた。揚羽からすれば移動しただけであるが、他の人から見ればそれは消えた様に見えたのだ。地面が抉れる。
触手は、虚しく空を切る。ベヒーモスは、また、驚愕する。今度は、避けられた。と。
次の瞬間、九本の触手はバラバラになった。
綺麗な、サイコロの大きさの、肉片となった。
だが、これでも駄目だ。まだ、決定的ではない。まだ、倒せない。だから、
揚羽は、声をかけた。
「バトンタッチ!!」
「受け取った」
答えたのは、蓮司。
ベヒーモスは自分の触手が無くなり、焦っていた。なぜなら、ベヒーモスの攻撃の中で最速な攻撃は、触手による攻撃だからだ。
ベヒーモス = 触手による先制攻撃 なのだ。
それが出来ない。
それはつまり、それだけで隙ができるという事。
それはつまり、先制攻撃が出来ないという事。
それはつまり、
蓮司の一撃を、避けなければいけないという事。
だが、それを蓮司が気付いていない訳はなかった。
ベヒーモスの後ろ足の腱を掻き切る。ベヒーモスは耐え切れずに体勢を大きくくずす。
すぐに蓮司は後方に退避し、すぐに追撃の準備をする。
蓮司は、魔法剣に全力で雷を付与させる。
『雷撃剣』
蓮司の使用出来る技の中で、最速にして、最強。
現時点では、防御不可能な絶大な一撃。
それを……
「くらえぇ!!」
ベヒーモスの背中に向かって、放った。
派手に雷鳴を轟かせながら、ベヒーモスを地面に打ち付ける。直後、蓮司はベヒーモスの前方に着地し、二撃目を加える。
ベヒーモスの顔面を打ち上げる様に剣で斬りつけたのだ。そして、ベヒーモスは空中に投げ出される。
空中、それは、身動きの出来ない空間。
つまり、とても大きな、隙ができるという事。
それはつまり、大和の攻撃の、標的となるという事。
大和の、最強の一撃の、標的となる。
「大和っ!決めろっ!!」
「……任せろ」
ついに、大和にバトンが渡る。
大和はもう、準備万端だ。彼ら三人がベヒーモスの気を引いている時、ただ、大和は力を溜めていた。
力を溜める。溜める。溜める。溜める。溜める。
白百合が、魔法で攻撃していた時も。
揚羽が、触手を破壊した時も。
蓮司が、大きな隙を作った時も。
ベヒーモスが空から重力によって落ちてくる。
ベヒーモスは混乱していた。それ故に、大和の極大なオーラに気付かなかった。
大和は、右手に蜻蛉斬り。左手に、ブラフマーストラを持っている。
大和は、ベヒーモスのいる位置よりも若干横にずらし、ブラフマーストラを投げた。ベヒーモスに当てる訳でなく、ただ、上に投げた。
大和は、直感で気付いた。今ブラフマーストラを投げても、体にある鎧のようなものに防がれると、もしくは鎧を使ってギリギリで避けられると、気付いた。もし弾かれたら、絶対勝利の能力が発動しない。だから、今は逆に当てない。
左手が空いた。そこにトリシューラを持つ。
【蜻蛉斬り】には、劫火を。
トリシューラには、雷霆を。
纏わせる。
そして、解放する。その武器に纏わせた属性を。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
雄叫びと共に空へ飛び上がる。蓮司を踏み台にして。蓮司はそうなると予想していた様で、剣を振り上げる。大和はその剣の衝撃破とともに空に上がる。
そして、ベヒーモスに限界まで近づいたところで、
纏わせた属性を、解放させ、爆弾を作った。
先程の白百合の爆弾とは、格が違う。
簡単に例えるなら、白百合は爆竹で大和はダイナマイト。
それ程の、違い。
パァァァァァァァァァンッ!
ベヒーモスに直撃した。そして、体にあった鎧はもはや砂と化した。一瞬で、鎧を破壊する。
鎧を破壊してすぐ、ブラフマーストラが空から落ちてくる。それを掴み、鎧の無いベヒーモスに向かって、狙いをつける。
ベヒーモスはそれに気付いた。が、対処は、出来なかった。空中では思うように体を動かせない。こんな時の為の触手も、先程失った。
死ぬ。ベヒーモスは、悟った。
大和は、空中で狙いをつけ、ブラフマーストラを投擲した。ありったけの力を込めて。自分の中の、神の力さえも込めて、投擲した。
それはまるで、真っ白な紙にピッと鉛筆で線を描いたように、
透明な青空に、神々しい程の光の線を空に描いた。
◇◆◇
カラカラ、と馬車が歩いていた。
帰りの道には馬車が支給された。これは別に騒いでも良いぞとでも言っている様なものだ。その際で誰もが話をしていた。
ただ、それに乗っているのは、ベヒーモスの死体だった。
ベヒーモスの死体には丁度腹の、心臓の辺りに直径一メートル程の綺麗な穴があった。一瞬で死んだのだと、すぐ分かる。
更に体の表面にある筈の鎧は見事に全て砕け散っていた。
それをしたのは、大和だ。
最後に投擲した、ブラフマーストラは、ベヒーモスの心臓を穿ち、それでも止まらず突き進み、挙げ句の果てに空まで穿った。
空には僅かに雲があった。が、それはブラフマーストラによって消滅した。
つまり、雲が浮かぶところまで軽々とブラフマーストラは飛んで行ったのだ。
それ程の威力だった。
それを見た者達は唖然とした。
中には、『あぁ…神様ぁぁ…』と言いながら、気絶した者もいた。
若干一名、いでよ!神龍(シェン○ン)と言っている者もいた。
いや、七つの玉はどこにもなかっただろう?!蓮司くん!←
だが、空さえ穿つ一撃を放った者は、気絶していた。
ブラフマーによると、『まだ使えない筈の極大レベルの一撃を無理矢理放った反動』らしい。
……そのお陰でベヒーモスと一緒に大和も落ちてきたものだから蓮司は焦って受け止めた。揚羽からヒューヒューと言われたが、蓮司は気にしない事にした。
そして気絶した大和は、ある人の膝の上で寝ていた。
それは、白百合だ。
馬車 (ベヒーモスの死体が乗っている方では無い)に乗っている。
その馬車には、白百合と大和の二人だけだった。
理由は、約二名がこう言ったからだ。
『『彼女は青春してます!だから馬車を一つ貸してください!!』』
と。
なぜか青春という言葉にほぼ全員が反応した。そして彼らは、『青春、イイよねっ!』『青春最高!頑張れよ!フッーーーッ!』『襲っちゃいなよ。彼をね☆』
『青春…そして、馬車に二人っきり…フフフ…』
などと言っていた。というか、青春って、こっちにもあるんだな、と思った蓮司と揚羽だった。白百合は……そもそも初めの時点から無言だった。
この時大和が「阿保、か……」と呻いた。これは偶然……の筈だ。
彼らの反応を聞いた白百合は、顔を真っ赤に、しながら馬車に乗った。
馬車で移動中、『タオル必要?』なんて聞こえた。
怒りと恥ずかしさの混じった声で、「いらないわよっ!」と言い返した。大和は起きなかった。
それから、白百合は大和に膝枕していた。
が、白百合もフラフラしていた。そして、いつの間にか、寝ていた。
ギルドについたが、馬車から反応がなかったため騎士団の者が開けてみると、白百合と大和は二人して寝ていた。
ブラフマーとシヴァも丁度白百合の向いの席で寝ていた。ブラフマーは、壁にもたれ掛かり、シヴァはブラフマーの肩に頭を預けて寝ていた。……ブラフマーとシヴァを乗せた覚えはないのだが騎士団の者は気にしない事にした。きっと移動中に何処かで乗ったのだろうとする事にした。
全員寝ていた。だから、蓮司とジャックが、大和と白百合を部屋まで運んだ。
ブラフマーとシヴァは、途中で起きたので、自分で歩いて部屋に戻った。まぁ、部屋に戻ってからすぐに寝たが。
今の時刻は十五時二十九分。それから次の日までずっと寝ていた。
次の日まで寝ていたのは白百合や大和だけでない。
蓮司と揚羽も寝ていた。
揚羽は寝ぼけて蓮司の腹の上で丸くなっていた。
……朝、蓮司が起きた際に「猫かっ」と言って起こされる事となった。
それほど、疲れていたのだ。
それほどの、戦闘だった。
それほどの、強敵だった。
戦ったのが例え十秒だとしても、彼らにとっては、数十分に感じられたのかもしれない。それほどに、集中していたのだ。
……人間の持つ最も強い欲求とは、睡眠欲らしい。
確かに眠い時は、性欲とか、食欲とか、その他も全てがどうでもよくなる。はず。
それに抗うのは、いまの彼らには出来なかった。出来るはずもない。
いつの間にか、空は暗くなっていった。
そして、暗い空がだんだん明るくなってきた午前六時頃、二人は起きた。
◇◆◇
大和は、夢の中で、聞いた。その声は一体誰なのか、分からない。つまり、今までに出会った人ではないという事だ。
その人が大和に向かって、こう、言うのだ。
『大和……あなたはきっと、世界を旅するでしょう……きっと、楽しい事もいくつもある……けど……。
あなたは、必ず、戦争に巻き込まれるわ。これは運命であり、絶対に避けられない。そう、決まっているの。
けど、それから先は決まっていない。あなたは戦争で死ぬのかもしれないし、死なないのかもしれない。
それは、あなた次第よ。
それでね、一つ、アドバイスをあげる。これだけは忘れないでほしい事なの。
「自分を信じて」「他の人に惑わされないで」「生きて」
これだけは、自分の心に刻み込んで欲しい。
そうすれば、きっと………未……は…か……』
ここで、夢から覚めた。
大和は、「自分を信じて」という言葉だけは忘れないでいた。ただ、それが何の事なのかは、分からない。
◇◆◇
これは、ちょっとした話。
白百合と大和の、ちょっとした話。
二人、とは大和と白百合の事だ。
やはりと言うか、大和の布団の中には四人いる。何時からそれが当然となったのかは分からない。
同時に二人の目が覚めて、目が合う。
十秒程見つめ合った後、『あ、二度寝は無理だな』と感じた大和は、白百合にこう言った。
「散歩にでも、行かないか?」
と。
白百合は嬉しそうに『ありがとっ』と言いながら笑った。
すぐに、それぞれが私服になり、外へ出た。
外は、寒かった。今の異世界は日本で言えば夏に当たるのだが、やはり朝は寒かった。そして、静寂。
今はまだ、鳥のさえずりすら聞こえなかった。
開いている店はまだ多くない。ぽつぽつと、光がまばらに灯る。その程度だ。
丁度、開いている店があった。それは、小さな喫茶店だった。
こじんまりしているわりには、なぜか目が惹かれる。そんな喫茶店だった。
入ってみた。当然この時間には、人がいるわけもなかった為、静かだ。店主と思しきお爺さんが迎えてくれた。
まだ、誰も来ないという事で、サービスしてくれるらしい。サービスとは、食事の量を結構多くしてくれる、と言ったものだ。
といっても今から朝食というのは変なので、白百合と大和は、共にココアを頼んだ。朝食を食べてもいいのだが、今はまだそんな気分ではなかった。
ココアが来たので、ゆっくり飲んだ。とても美味しかった。なんと言うか、優しさがあるというか、言葉に出来ない良さがあった。白百合には、本当に小さなケーキが付いてきていた。白百合はそのケーキを美味しそうに食べた。
のんびり、としていた。
ずっとこの時間が続くといいなと思った。
最後に、白百合が言った。
「これってデート?」
だから、こう返してやった。白百合が困った顔でもするかと思って。
「うん、そだよ」
そしたら、白百合は、こう返してきやがった。予想外だった。
「嬉しいなっ、大和くん!」
ちくしょう、また、ドキッとした。
そんな事思っていたら、チュンチュンと、鳥が鳴き出した。そしてすぐに、太陽が、出てきた。
もう、そんな時間だったのかと思った。楽しい時間はすぐ過ぎる。そんなものだ。
これは、そんなちょっとした話。
ある日の朝の話。
その後、二人は宿に戻った。
◇◆◇
朝食を食べてから、あの武器屋に向かった。
蜻蛉斬りを正式に譲ってもらう為だ。
その武器屋に向かう途中、今歩いている道は、朝散歩に来た道だと気付いた。だが、どこか違和感を感じていた。
それから少し経った頃、喫茶店のあった所に来た。が、そこには、何もなかった。そう、何もなかったのだ。空き地だったのだ。
まさか朝の散歩は夢だったのかと思ったが、白百合も驚愕していることから、夢ではないとわかる。
固まっていたら、蓮司と揚羽が、先に行ってるぞといって、行ってしまった。
二人が行ってしまってからも少しその場にいたら、その喫茶店のあった所を眺める男の人が現れた。
大和と白百合はその男の人に話を聞いた。
「ここには何があったんですか?」大和が聞いた。
「ん?誰だい?君達は?」
当然の返しを受けた。
「あぁ、私は大和といいます。今あなたがこの何もない所を眺めていたので……つい気になって話しかけました」
「そう……ですか。実はここには私の親戚のおじさんが経営していた喫茶店があったんです二年前までは。……何ででしょうね、あなたがたにならこの店の話をしたいと思えるのは……少し、話をしても?」
「えぇ、お願いします」
その男の人は、ちょっとした昔話を話してくれた。
「ここにあった喫茶店の名前は、『喫茶 やすらぎ』。客にやすらいで欲しいという思いそのままの名前ですね。こじんまりしている店でしたが、私が知るかぎり、ここまで安らげる店は知りません。
ここの店のおじさんのいれるココアは特別美味しかったですね。なんと言うか、言葉に出来ない美味しさというかがあるんですよね。何度も飲みましたよ。
ですが二年前、山に出かけた時、運悪くベヒーモスにあってしまったそうなんです。おじさんは特に速く走れるわけではなかったので、そこで……亡くなってしまったんです……。
しかも丸呑みだったとの事で……夫婦揃って遺体がなかったのですよ……。
それからそのベヒーモスは見つかってないので、結局遺体も何も無いんですね。ですが、そのベヒーモスは、どうやら触手が十本だけしかなかったみたいです。普通は十よりもある筈なのに。
……あぁ、全く私は今日が初対面の方に何を話しているんでしょうね……す、すみません……これで失礼させていただきます」
あの男の人は、涙を流していた。思い出させてしまったのだろう。
ここの主人は、ベヒーモスに殺されてしまった。それと朝の事は一体どんな関係が……
と、ここまで考えて、思い出した。
俺達はベヒーモスを倒したと。そしてそのベヒーモスは……
急いで武器屋に向かった。ベヒーモスの死体はもう運んであるらしい。
武器屋に着いた。そしたら、店長にこんな事言われた。
「おいおい!今ベヒーモスを解体してたんだけどよぉ、なんと、胃の中からこんな物出てきたぜ!」
といって、二つのお揃いの指輪を見せてきた。
心臓が止まるかと思った。それは白百合も同じだった様だ。
直感で分かる。これは『喫茶 やすらぎ』の主人の指輪だと。
そうか、やっと分かった。俺達が倒したベヒーモスこそ、『喫茶 やすらぎ』の主人を殺したベヒーモスなのだと。
「貰っても?」
「お、おう、いいぜ……?」
「ありがとうございます」
そう言って大和は、先程の男の人を捜すため、全力で街を走った。
走って、走って、走って、走った。
おじさんのココアのお礼を渡すために、大和は必死になって、走った。
あの朝の出来事は、俺たちに対してのお礼だったのかな。ちゃんと、成仏、出来たかな…
大和は『喫茶 やすらぎ』の跡地に黙祷を捧げ、また走り出した。
たった、これだけの、話。