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春の日差しに桜の花びら

作者: 青野菜穂

時季はもう過ぎてしまいましたが、桜の話です。

視点がころころ変わります。予めご了承ください。

 



 雲一つない快晴。

 心地良い風が吹く中、僕らはいた。


「はい、これ」

「桜?」

「うん、綺麗だったから」

「そう…」


 彼女は静かに桜を受け取った。

 とても絵になる光景だ。

 華やかで綺麗な顔立ちに、柔らかい印象の茶色の目、太陽の光を浴びて輝く長い髪、内から輝くような白い肌、淡いピンクのドレスに桜の花。

 さながら春の女神のようだ。


「とても素敵ね、ありがとう」

 彼女が微笑むと周りの空気が明るく染まる。

 彼女は暫く桜を眺め、触れていた。




※※※




 今日はガーデニングパーティ。

 春の暖かい日、花が咲き誇る庭園には様々な人が集まっている。

 綺麗に着飾って笑う人、出会いを探す人、様々な人と挨拶をする人、コネを求める人、賑やかな人、只管食べる人、ほろ酔いな人、良いカモを探す人、騒ぎが起こらないように目を光らせる人、給仕の人など。


 皆一度彼女を見る。

 美しさに目が奪われるのだ。

 見惚れて溜息をついたり、美しさを褒め称えたりするのはこの場の全ての人。

 だらしなく鼻の下を伸ばすパートナーや知り合いを諌めるのは女性の人。

 自分には釣り合わないと溜息をついたり、パートナーに諌められて我に返るのは男性の人の半分ほど。

 残りの半分は声を掛けようとする。が、桜の花束を渡す男の人を見て諦めるのがほとんど。

 それでも諦めない人は桜を持つ彼女の姿を見て、この光景を壊したくないと引き下がる。

 何故なら、彼女の姿はとても綺麗で神々しく見えたから。

 これで全員諦めたと思われた。

 が、それでも諦めない人はいるもので。



(桜よりも良いものを彼女にあげたい!)

 そう思うのは一番最初に彼女を見て一番最初に諦めた、ここで働いている青年だった。

 しかし桜を貰った彼女を見て、違うと感じた。

 もっと彼女に似合うものがあると。

 そして、青年は何かをプレゼントしようと思い立った。

 何かは思いつかないまま。

 取り敢えず青年はプレゼントを買うお金を稼ごうと仕事を張り切り出した。




※※※




 彼女は桜を眺め、触れながら考えていた。

 自分の運命の人について。

 上流階級の家に生まれた自分に恋愛結婚ができるかわからないが、夢見るのは別にいいだろう。


 運命の人はどんな人だろうか。

 桜をくれた彼はどうだろう?

 彼は幼い頃から一緒だった。

 どんな困難なことがあっても、彼の笑顔を見れば安心でき、大丈夫だと思えた。

 どんな辛いことがあっても、彼が優しく包み込んでくれたから乗り越えられた。

 幼馴染で許婚の彼のことが私は好きだ。

 でも、その「好き」はあくまで親愛の好きで、「like」なのだ。

 昔はただ好きで、それだけでよかった。


(でも違うのよね、彼は)

 恋人ではなく、兄、父のような存在だ。近くにいすぎて家族としてしか見れなくなっていた。

 少し遠くで談笑している彼を見る。

 多分彼は私のことが好きだ。

 この桜が証拠。

 とても素敵だから。


 でも彼は優しいから、私が好きでないことに何も言わない。

 もし私に好きな人ができても、彼は私のことを許すだろう。

 そして私の幸せを願って身を引くのだ。

 そのことがわかるほど、彼とは一緒にいたから。


 ずっと彼を見ていると彼がこっちを向いて目が合う。

 私は誤魔化すように彼に微笑んだ。

 彼は少し不思議そうにしていたが、微笑み返してくれた。

 優しくて安心できる、私が好きな笑顔。

 彼のその笑顔に胸が痛んだ。

 彼の思いを知っていながら何をしているのだろう。

 彼からそっと視線を外して顔を伏せる。

 すると、自然と腕の中の花束が目に入った。


 彼がくれた桜の花束。

 折られてもなお、美しい桜の木の枝。

 指の腹でそっと撫でる。


(……私も好きなのよ、貴方のこと)

 だからこそ、彼に甘えて寄り掛かるのはもうやめよう。


 私は近くにいた使用人を呼び、花束を外にいる家の者に預けるように言った。

 その時、ふわりと風が吹いた。

 桜の花びらを少し散らして、ドレスを少しはためかせ、桜の香を少しだけ届けた。

 それに背を押され、私は歩き出した。




※※※




 彼女は突然僕に微笑んだ。

 そして花束に目をやると、使用人に預け、何処かに歩いていった。

 周りの人に断りをいれ、彼女がいた場所に近づく。

 そこに彼女はもういない。


 最初からわかっていたことだ。

 彼女が僕から離れることは。

 彼女にとって僕は幼馴染でしかない。

 許婚だって、所詮親同士の口約束。

 どちらかの家が求めたら即破棄できる。


 それでも、なんて思う自分を嗤う。


 彼女は僕と一緒にいるものだと思って、僕は何もしなかったのに。

 もし何かしていたら、彼女の気持ちは僕に向いていたのだろうか。

 もっと彼女に思いを伝えていたら…。


(辛いなあ)

 はあと溜息をついて、情けない顔を下に向ける。こんな顔は人に見せられない。

 もうなんか自分が惨めで馬鹿で未練がましくて、


「ん?」


 その時、見つけた。

 緑一色の芝生にぽつんといる淡いピンクの花びら。

 周りを見渡すと、そこに落ちているのはその一枚だけだった。

 たった一枚の花びらなのに、目が吸い寄せられた。


 気がつくと足をついていて。

 指先が花びらに触れる、という時に風が吹き、花びらは指から逃れて、人の間を縫うように飛んでいき。

 惚けたように花びらが飛んでいった方を眺めていた。


 自然と笑いが込み上げてきた。

 でも、さっきの自分を嗤う笑いではなくて、心が晴れるような笑いだ。

 立ち上がると深呼吸して、頭をすっきりさせる。


「よしっ」

 僕は歩き出した。




※※※




(桜よりも良いものを彼女にあげたい!)

 そう思った青年だったが、よく考えてみると無理だとわかった。

 彼女はいいところのお嬢様で、青年はここで働いているだけの庶民だ。

 彼女が受け取ってくれる可能性は低い。

 それに、どんなに仕事を頑張って稼いでも彼女に似合うものを買えるかどうか……。


(というか、彼女に似合うものは何なんだ?)


 芸術作品のように整った顔、優しげな茶色の目と同じ色の髪、透き通るような白い肌、そして彼女が持つ桜。

 桜のイメージが強く、最初は違うと感じたのに桜しか考えられなくなっていた。

 うんうん唸って考えている時、足元を何かが通り抜けていくのに気付いた。

 ゴミかもしれないと、急いでそれが向かった先を見れば、そこにあったのは薄紅色の花びらだった。


「なんだ、桜か」


 ゴミじゃなくてよかったと安心する。

 自分の持ち場にゴミが落ちていたら叱られるのだ。下手したら給料が減ってしまう。

 桜でよかったともう一度花びらを見るが、風に飛ばされたのか、もうそこには無かった。


 その瞬間。

 すとんと胸に落ちるようにわかった。


(彼女に会ってないからだ)

 彼女に似合うものがわからないのは彼女を知らないから。

 見た目しか知らない。

 彼女の性格も好みも何も知らない。


(彼女に会いに行こう)

 うんと頷いた。今、彼女はここにいるのだから。

 どうなるかわからないけど、彼女に会って彼女を知ってから始まるのだ。

 もう一度花びらがあったところを見て、青年は歩き出した。




※※※




 今日はガーデニングパーティ。

 春の暖かい日、花が咲き誇る庭園には様々な人が集まっている。

 綺麗に着飾って笑う人、出会いを探す人、様々な人と挨拶をする人、コネを求める人、賑やかな人、只管食べる人、ほろ酔いな人、良いカモを探す人、騒ぎが起こらないように目を光らせる人、給仕の人、絶世の美女や、優しい紳士、真っ直ぐな青年など。


 皆一度恋して、恋されて、恋を散らして、また恋をする。

 桜の花びらの如く。




 

本当はもっと早くに投稿したかったんですけど、予定通りにはいかないものですね。


本文中では触れませんでしたが、桜の花言葉について。

「精神の美」「優美な女性」だそうです。

桜の種類別にすると、もっとあります。

「純潔」ソメイヨシノ

「ごまかし」しだれ桜

「あなたに微笑む」ヤマザクラ

そして、国が違うとまた別の花言葉があります。

「私を忘れないで」フランス


この話で彼が渡した桜が何の意味があるのかは、ご想像にお任せします。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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