ウィルの面接は余裕すぎた
ここサンバーグは魔法都市として名高く、その名の通り科学ではなく魔法で発展している洗練された町並みの都会だ。俺の生まれ育ったフォースィジアとは比べ物にならない。
地面はくまなく石畳で覆われて、軒を連ねるのは高い建物。その先に見える人だかりがあって、そこが目的地なのだと理解した。
壁の色は遠目では灰色だったのだが、近付いてみると、同じ灰色の石でありながらも僅かに違う色合いが幾何学的模様を描きながら伸びている。
赤い屋根は先端が尖っていて、その先に鋭角の旗が風に揺られてパタパタとたなびいている。
建物は城門にも見える壁がぐるりと巻いている中に三つ、コの字を描くように配置されている。
三つの建物に囲まれた空間には、噴水やベンチなどが設置してある草木の生い茂った場所があって、中庭なのだと推測できた。
随分と規模の大きな建物だ。これが俺が入学する予定の学校である。ちなみに名称はブレヴァリィ・フォレスト。「勇敢なる者の森」らしい。
学校というか、ちょっとした城だ。校内探索などしたら一日では終わらないどころか、下手したら迷子になるかもしれない。
領主邸である俺の家よりも遥かに巨大なのだ。さすが国家が全精力を傾けて造っただけはある。
正面にはアーチ状の門。ここに長蛇の列ができているのだ。列は門をくぐって、中庭を通り抜け突き当たりにある建物に吸い込まれていく。俺達はまだ門にも辿り着けていない。
面接官が何人体制なのかは知る由もないが、これだけ並びの人数が多ければ夕暮れどきともなっている今日中に事が終わらないのは必然だった。
「こんなに沢山いるなんてねえ。まあ遠いからどっちみち一泊する予定だったけどね」
「一泊で済むのかしら……勇者になるのはウィルなのに悪あがきする人が多いのね」
俺のカメラ魔法のどこをどう見たらそんな考えになるのか全くわからない。剣だってまだ握ったことないし、戦闘能力なんてどこにも見当たらないのだが。
しばらく長蛇の列に混ざっていた俺達家族だったが、門に着いたくらいで日没を迎え、続きはまた翌日となった。整理券を発行するわけでもないから、明日はまたリセットされて早いもの順だろう。
辺りを見渡すと、薄暗くなった景色の中に俺達家族同様、踵を返す人の群れがあった。同じように宿を取るのだろう。
それとは別に、微動だにせずその場に座り込んだ人達も結構いた……ひょっとして徹夜で並ぶつもりだろうか。新型スマホの発売日じゃあるまいし……。
それに対抗意識を燃やすはずもない。並ぶのが遅くなっても売り切れるわけでもないし、面接は今日のはずなのだが、希望者を帰すようなことはしないので、希望者が途絶えるまでは続けられると聞いた。
にも関わらず徹夜をしてでも並んでいるのは……恐らく長期滞在する費用の捻出が難しい人達なのだと窺える。身なりや雰囲気からも、そう見て取れた。
「どうしたの? 行くわよウィル」
「はいお母さま」
貴族な俺は自身の境遇に感謝しつつ、母親に手を取られて宿へと向かった。一般的と思われる宿には人が溢れかえっていたようだが、俺の泊まった宿は空いていた。恐らく値段が高い為だろう。役得だな。
天蓋付きの分厚くてフワフワとしたベッドに横たわる。六歳児だからおかしくないかもしれないが、横には母親が一緒に寝ている。これまでもおかしいことだとは思わなかった。しかし二十二歳の自分を取り戻した今は恥ずかしいような気分になった。
しかもちょっと距離を感じたばかりの若い美人だ。興奮してしまうのは普通ではないだろうか。二十二歳だったか。前世の俺と同じ歳だな……。
しかし、いきなり一人で寝るなんて言ったら、この両親のことだから、大いに心配して騒ぐだろう。寮に入ったらどうせ別れなければならないのだし、それまでの時間でもじきに慣れるだろうと思いながら、俺はなかなか寝付けない夜を過ごした。
貧富の差もなく選ばれる「神の祝福」を授かりし者が並ぶ列は、翌日にもっと増えていた。もう増えすぎて、見渡す限りの人の波だ。「神の祝福」安売りしすぎだろ。などとツッコミつつ、仕方なくそれに並ぶ。徹夜組も結構いたし、また新たに俺達よりも早めに切り上げて宿を取ったと思われる人達が増えていて、早朝に起きたにも関わらず俺の前には百組くらいの列があった。しかし早起きが功を奏して中庭からのスタートとなり、昨日よりは随分と気が楽になった。
列が進むスピードも早かった。まあ魔法をちょちょいと見せるだけだからな。一人あたりの所要時間は極僅かなはずだ。
と思っていたのに、すぐ列の進行がストップしてしまった。せいぜい三十組を消化したかなと思われるくらいでの出来事だった。なにかトラブルでもあったのだろうか。
「おやどうしたんだろうね。ちょっと見てこようかな」
周囲がざわつく中、父親はそう言って小走りに列の先へと向かっていく。ほどなくして戻ってきた父親から真相を聞くと、どうやら「神の祝福」がないのに、あるのだと言って聞かない家族がごねているようだった。
「魔法を使えないのならすぐにわかるのではないですか?」
「それがね。今、中でごねている人は、未来予想の魔法が使えると言っているそうだよ。建物の入口に案内をする係りの人がいたんだけどね、交信魔法で中の面接会場の人とやりとりして判明したそうだ」
「あら……それはその場では判断できないわね」
しかもそれが十年後の未来が見える魔法なのだと言っているそうだ。それしか使えない。でも魔法なのだと。
なるほどこれなら事実確認は十年後になるから、その間の生活は保証されるわけだ。満期じゃないか。上手い事考えたな。本当に「神の祝福」を受けたのかもしれないが、どちらか判断しかねるからこんなにも時間がかかっているのだ。
簡単に認めてしまうと真似をする人が出てくるかもしれないから、慎重にもなるはずだ。中に面接官みたいなのが大勢いて、会議でもしているのだろうか。
と言うかそんな魔法まであるのだな。どちらかと言えば超能力に近い気がするが、俺の魔法も念写に近いし今もテレパシーがどうとか言っていたし。この世界では超能力の類も一種の魔法として捉えられているのだろう。じゃあ国に仕えている偉い占い師も魔法使いなわけだ。
それはそれとして。
結局列が進まないことに変わりないのだから、ただでさえすることがないのに足も進ませられないとくると、退屈してしまう。
何か撮るものでもないかなと思って適当に視線を泳がせる。来ている連中は俺のような貴族っぽい煌びやかな連中から立派とは言い難い格好の連中まで多種多様で、面接を受けるであろう子供は四歳くらいから上限の十一歳くらいまで、まちまちだった。男が大半だったが、女もちらほらいた。特に撮るものはないな。
無難であろう黒い服を着た人が多かったが、その中でも全く同じデザインの服を着ている連中がいることに気付く。パッと見だけでも五、六人はいるだろうか。
皆してどこかの高校の割と洒落たブレザーみたいなのを着ているが、学校に既に通っていて、そこの制服なのだろうか。年齢制限は十一歳までだから、この世界で一般的に学校に通い出す年齢の、六歳以上ならばどこかの学校に通っているはずだ。
そして此度の噂を聞きつけて、勇者目指して編入しようというわけだな。
「お父さま。黒くて同じ制服を着ている人たちはなんなのですか?」
「んー? どれだい? ……ああ、あれはコンフリー南学院の生徒だね」
「コンフリーというところにあるのですか?」
「そうさ。魔法戦士を育成する学校で有名だね」
「マジック……」
ウォーリアーだと。なかなか格好良い響きじゃないか。魔法剣とか使うのだろうか。揺らめく陽炎を纏った刀身とか格好良いな。格好良すぎる。元の世界では妄想でしかなかったが、この世界では実現することが可能なのだ。一瞬俺の脳内に「これで燃えなきゃ男じゃねえぜ」と響いて勇者を諦めそうになった。なんとか踏みとどまった。
黒い制服を着た連中のように、魔法を使える者を集めて専門の育成する学校は既に存在していたのだ。
立派に育って卒業した暁には、国の騎士団などに配属されるのだと言う。学校での成績如何では、警察でいうところのキャリア組のような扱いを受けるらしい。
騎士団とはすなわち、国の警察のようなものであって、平和を守り、平穏を保ち、驚異には立ち向かい、脅威を退け、害悪を排除する働きがある。
フレイグラントの国、首都オーリブの中央にあるウィステリア。ここに結成された騎士団がウィステリア騎士団だ。これを一般的に国の騎士団と呼ぶ。
編成する種は多岐に渡っていて、その内訳は今父親から聞いた限りでは……本当に種類が沢山あるので要約と割愛をするが、重い鎧を纏って盾となる「騎士」を筆頭として、他の物理的攻撃手としては「剣士」「槍使い」「弓使い」などなど。
魔法の付与があれば、先ほどの「魔法戦士」や、武装せずとも攻撃魔法に特化した「魔道士」や治癒魔法で補佐をする「治癒者」などがある。
国の騎士団は僻地の騎士団とは格段に差があって、その差は戦力はもちろんのこと名誉もだ。
なので、これに配属すれば名誉となる為、その近道である専門学校に入学するにはコネやカネも必要になってくるし、倍率も高いのだとか。こういった、ある種の才能を特化させる為の学校は多く、俺も此度の勇者学校の話がなければ、そういった類の学校へ通うことになっていたとか。世の中金なのだな。無情なり。
つまりあの黒い制服の連中はエリートなのだ。エリートがエリートコースを外れてまで勇者を志しているということ。ここの学校にも騎士団への斡旋があると噂されてはいるが、エリート学校へ通う者ならばそんな噂を信じなくとも事足りている。
純粋に世の為を思ってなのか、貪欲なまでに出世欲が強いのか。はたまたエリートの中の落ちこぼれが一発逆転を狙っているのか。
なにせ勇者となれば、一国の主となった前例がある。
少なからずとも専門的なカリキュラムで学んでいた経緯がある、あの連中は勇者に向けて一歩リードしていて、手強いライバルとなるのではないだろうか。要チェックだ。二、三枚撮っておこう。ロックもしておこう。
撮り終えて、他にも別の専門学校生とかいるかもしれないと思い、周囲を観察していると……赤ん坊がいた。マジか。
赤ん坊を抱いているのは二十代と思わしき女性だ。前後の組と家族のようでもない。赤ん坊を抱く女性と赤ん坊で一つの組なのだ。マジなのか。
女性の方が実はめっちゃ老け顔で十一歳というわけ……もなさそうだ。今授乳しているし。本当の母親だ。えらいこっちゃ。赤ん坊を入学させる気なのか。アリなのか? 他の子供はせいぜい幼くても四歳くらいなのに、確かに下方は制限がなかったが赤ん坊まで来るとは。これでも魔法が使えたら合格になるのだろうか。そしたら一体どうやって教育を施すのだろう。教育ではなくて育児じゃないか。
給食が離乳食とかになるのか? 授業できるのか? 絵本とか読むわけか? 大丈夫なのか? まず歩けるの?
混乱を抑えていると、退屈そうにしている一人の女の子と目が合った。俺より三組くらい前の方だろうか。金髪のミディアムヘアーで、可愛らしい女の子だ。服装も可愛らしいフリフリのドレスっぽいものを着ていて、質も良さそうなので階級は俺と同じくらいだろうか。年齢は、五、六歳といったところか。俺と同じくらいだな。
女の子は俺と目が合うとニコリと笑いかけてきた。ちょっぴりドキッとしながら俺も笑顔を返す。
ロリコン趣味はなかったはずだ俺は。サブカルチャーに精通していたとは言え、幼女方面には食指が動かなかった。だから今俺の心臓が高鳴っているのはそういった趣味からではない。
単純に同じくらいの歳の可愛い女の子と目が合ってドキドキしただけなのだ。ロリコンではない。
「あなたも面接に来たのね? お名前何ていうの?」
「……ウィル」
「ウィルくんだね! わたしはミオっていうの! ねえ、ヒマだからちょっとお話しようよ」
女の子はテコテコとこちらに歩いてきて話しかけてきた。ミオというらしい。名前も可愛らしいな。
「こらミオ。ちゃんと並んでいなきゃダメだよ」
「だってヒマなんだもの。少しくらいいいでしょう?」
「仕方ないな。順番までには戻ってくるんだよ……すみませんね」
「いいえ。この年頃だと、ただ待っているだけなのは辛いでしょう。ウィル、少し遊んでらっしゃい。私たちは並んでいるから」
ミオの父親と思わしき男性が呼び戻そうとしたが、ミオはダダをこねた。父親の方もチラリと見えた母親と思える方もしっかりとした身なりで、俺の両親とも話が合うようだった。
結局、間にいた二つの組に前を譲り、ミオの両親と俺の両親はたわいもない話に花を咲かせ、俺はミオに連れられて中庭の噴水のそばにあるベンチに二人で腰掛けることとなった。
見れば他のベンチも様々な子供達が占領しているし、噴水や木陰で戯れている子もいた。
ミオはよく喋る子だった。聞いてもいないのにどこから来たとか好きな食べ物はなんだとか、最近の好きな遊び方とか普段のおままごとの段取りとか。
それに釣られるように俺も普段していることとか出身地の話とかをした。前世の話まではしてないが。
そして俺は魔法を披露してあげる、などと言ってミオを何枚も激写し、いいものはロックしながら撮りまくった。ロリコンじゃないぞ。
ちなみに昨日の両親の肩を組んだ画像はロックしてなかったのでさっさと消えた。
俺達は順番が来て、親が慌てて呼びに来る直前まで楽しいひと時を過ごした。
その後の面接はと言うと。
「魔法だね。はい合格」
カメラな魔法であっさり合格したのであった。本当に何でもいいんだな。勇者としては全く必要ないのに。