ウィルは確信を持って面接に向かう
「お父さま! サンバーグの学校に行ったら勇者さまになれるのですか?」
まずは情報収集だ。一体何が勇者となりうるフラグなのかを探っていかないと、対策の練りようもない。
「詳細はよくわからないけど、タイムリミットは魔王が降臨するとされる十年後さ。学校なのだから成績がの善し悪しは大いに関係してくると僕は思うけどね。設立されたばかりの学校だから、みんなスタートは同じさ」
「あなた。そんな言い方してもウィルはわからないわよ。あのね、ウィル。あなたが今から行く学校でいっぱい頑張ったら、あなたが勇者様に選ばれるかもしれないのよ。だから頑張ってね」
「マジか」
「間近?」
「いえなんでもないです」
そんなことでいいのか。しかし成績を決める基準は何なのだろう。普通の学校ならば、勉強に運動ができれば総合的な成績は上位となるのだろうが、それだけで果たして勇者に選ばれるのだろうか。
思わず地が出てしまったがそれは誤魔化して、更に六歳児を演じながら情報を聞き出す。長い距離を走り、立ち寄った町で休憩や食事も行ったから時間は沢山あった。
えらく走り続けているなとは思ったのだが、どうやら馬車で八時間を要するほどの距離らしい。こんな遠方に通学できるはずがない。登下校だけで一日が終わってしまう。だから、ひょっとして寮にでも入るのか、と聞くとその通りだと返ってくる。
「これも選考の基準になるんだと思うよ。全員が寮生活をして、学校内だけでなく寮での普段の生活も重要になるというわけさ。勇者とは普段から正しい行いをする者のはずだからね。集団生活の中で協調性も見たいのかもね」
「またあなたったら。そんな難しいことを言ってもウィルはわかりませんよ。つまりね……」
いや、バッチリわかるんで大丈夫なのです。難しい顔をしていたのだろうが、確かに六歳児には難しい単語を使っているようでもあったし、それは日本語でもないから聞きなれない言葉でもあった。
しかし話の流れ的に、ああ、これは「協調性」と言っているのだな、と推測できた。そうやって頭の中で反芻して考察して学習していたから顔も難しくなっていったのだと思う。
「……学校でいい子でいても、おうちじゃ悪い子かもしれないでしょ? そういう子は勇者さまにはなれないのよ。でもウィルなら安心だわ」
「十年間、おうちには帰れないということなのですか?」
「……そうらしいの。私も寂しいけど、これは仕方がないのよ。ウィルが勇者さまとなって、世界を救うのなら、そっちの方が大事だわ。もう泣いてちゃだめよ」
「はい。頑張ります……」
「そうだ。今泣かなかったのは偉いぞ」
泣きぐせはどうにでもなりそうなのだが、問題なのはこれが初耳なのだという件。本人確認も取らずに遠方へほっぽりだす気だったのか。まあ記憶を取り戻す前の、一人にしただけで泣き出す弱虫にこれを聞かせたら、馬車に乗り込むこともできなかっただろうが。
今俺が泣き出したとしたら、移動時間たっぷり使って説得するつもりだったのかもしれない。そうでもしないとこの馬車に揺られている理由がない。
そうまでして俺が勇者になるのを望んでいるのだ。乗り物酔いだと言っただけで、あんなにも大騒ぎした両親が、寮に俺を送って平然としていられるとは思えないのだが、両親としては苦渋の決断だったのだろうう。
可愛い我が子を危険な目には合わせたくない。だが誰かが勇者になるのなら、それは我が子に違いない。そう思って、敢えて突き放してまで栄光の道を歩ませようとしているのだと思えた。
世界の命運を担う勇者を育成する役割を持った学校なのに、入学条件は十二歳未満であること、神の祝福を持っていること。それと“炎の国”の住民であること。この三点だけだ。面接はするが、試験なんてものはない。
なので祝福持ちならおバカさんでも入れてしまうわけだ。だが、これだと学校での総合的な成績の上位に食い込むことは難しいと言う。
俺の感覚からしたら、魔王なりモンスターなりと戦うのに、勉強ができる必要を感じないのだが。
「勇者は文武両道で然るべきだと言うからね」
「もうあなたったら……つまりね、お勉強も剣や魔法の稽古も頑張ればいいのよ」
「勉強とか自信ねえな……」
「……ん?」
「ほらお母さま! 町が見えてきましたよ!」
「あらほんと。ちょうどお昼の時間だし、あそこで昼食にしましょうか」
「そうだね。僕もお腹が空いたよ」
と、話は一旦ここで中断。都合よく見えてきた町で昼食となる。終始ニコニコ笑っていた母親の顔がめっちゃ固まっていたな。危なかった。
着いた町はファンタジー世界に相応しく、石畳の地面が連続していて、それが所々舗装が行き届いていないのか土が露出していたりして、建物は漆喰のような白っぽい壁にカラフルな瓦屋根のものだった。
俺の生まれ故郷もこんな感じだったな。地域による差はあまりないのだろうか。
まあ舗装されていない箇所は地元の方が多かった気がしないでもない。辺境だからな……。
観察もほどほどにして、俺は母親に手を引かれ一軒の店へ入る。店内の様子は、木と漆喰の温もりを感じさせるようなスペースの中に丸いテーブルが三つばかりあって、L字型になったカウンター席が奥に並んでいる。すっかり欧米化しつつある日本の感覚で言えば、お洒落なカフェだ。
この世界では結構高級な方だと思われる。貴族だし俺。
出てきた料理は魚やら肉やら野菜やら、なんとなく豪勢だった。味付けは、豊かである日本のものに比べれば物足りなく思えそうなものだが、俺にはこれで十分ご馳走だった。
狭いトラックの運転席に座って一人ですするカップラーメンよりは、格段にうまかった。
「これはおいしい魚ですね」
「そおだよおお! ウィルはこれが魚だってわかるんだね! さすがウィルだ! やっぱり天才だね!」
「凄いわウィル! やっぱりあなたが勇者になるべきだわ!」
こんな具合である。病気としか思えないが、うちの家庭ではこれが普通だ。今領主邸で俺達の帰りを待っている祖父母はもっとひどい。
食事を終えて馬車に戻り、頃合を見て俺は話の続きを促した。何の話だったか……。勇者ならば賢くて当然だという話だったか。入学するだけなら勉強の必要はない。これの確認をしておこう。
「魔法さえ使えれば学校に入れるのですか?」
「入学条件を満たすものはそれだけだね。ただ、入学後問題あり、とみなされたら退学処置もあるみたいだから注意が必要さ」
「えっとね……魔法が使えれば学校にいくのは大丈夫だけど、そのあと悪いことしてたら追い出されちゃうかもしれないの。でもウィルなら安心だわ。ウィルだもの」
勉強ができなくても退学にはならないが、素行が悪ければ退学処分もあるのだと言う。
小さな子供が集まるのだから、喧嘩くらいはしない方が不健全だと思うが、例えば……殺したりなんかしたら完全にアウトだろうな。折角集めた勇者候補を殺されたのではたまらない。俺が運営側だとしても出て行ってもらいたいと思うし、そんな奴が勇者に選ばれるわけがない。
……俺は前世で前科があるから気を付けないと。あれは事故で殺意はなかったけれど、結果としては同じことだ。
対策を練ろうとしてあれやこれや聞き出してはみたものの、これでは非行に走らないように気をつけなければ、といった感想しか出てこない。
聞きなれない単語が出てもそれを考察してる間に母親が簡単な言葉で答え合わせをしてくれるものだから、ぐんぐんと言語力が上がっているような気になった。だから情報収集も捗る。
そして今世の脳みそは物覚えがいい。六歳にして二十二歳だった耕助のそれよりも抜群に良いのだ。悲しいような嬉しいような。
「じゃあ魔法が使える子がたくさん集まるのですね」
「そりゃあ誉れ高いからね。遠方からのら」
「そうね。勇者になると言ったら凄く立派なことだもの。きっと凄く遠くからも来るでしょうね」
完全にスルーされた父親だった。
今こうしている間にも「神の祝福」を持つ者子供達がサンバーグ目指して疾駆しているのだろうか。
お触れ書きが張り出されてから約一週間。両親が騒ぎ出したのもその頃だった。一週間だと、フレイグラント国内に住んでいれば大体の人はたどり着ける距離らしい。
わざわざ面接までするのは、本当は魔法が使えないのに使えると嘘をついて、とりあえず入学してしまおうとする輩を排除する為なのだ。面倒な入学手続きや寮の割り振りをする前に振り落とそうという魂胆だな。
詐欺紛いのことをしてでも、この学校に入る価値があるのだと。なぜならこの学校には一切の費用がかからない。
貧しい子供の中に未来の勇者がいたとしても、学費なりかかるのなら、それを理由に辞退せざるを得ない状況に陥るだろうから、その可能性を懸念しての処置だろう。だからそれにつけ込もうとする輩がでる。
学ぶ項目は、勇者としての心構えから格闘技やら剣技やら、一般教養から道徳におけるまでなんでもござれで、この点だけでも一般的な学校に通えない子供には垂涎の的だろう。
勇者に選ばれるには、その全てにおいて高い水準がないと選ばれないから、剣技なり魔法なり何かにだけに特化しているだけでは選ばれないと父親は推測する。
しかし、勇者となれずとも、剣の腕がメキメキと上達して、それで食っていけるようになるかもしれない。
一般人からしたら遠い夢である、国の騎士団への斡旋があるかもしれない、という噂が広がっているらしく、騎士団は鎧を纏い剣を持った騎士だけなのではなく、様々な分野の人間で構築されている団体で、魔法を使う必要がないものもある。
勇者となれば魔王討伐に旅立たねばならなくて、その手下との戦闘も予想され、人外のものと命のやり取りをすることになる。それならむしろ勇者にならない方が幸運だと考える人だっているだろう。俺はゲームみたいな展開に燃えているが。
魔法の点さえ誤魔化してでもクリアすれば、金をかけずにいい教育と生活ができて、魔法が使えなくとも将来それが必要ない職業に就ける可能性があるのだ。
なるほど。それならなんとしてでも入学してやろう、という気になるよな。例え虚言を用いてでも。
だから本当に魔法が使えるのならば、臆することは何もない。俺は面接官の前でそれを見せるだけで、学校に入学できるのだ。
ちなみに、これだけ魔法魔法と言ってはいるものの、俺の魔法は……何の役に立つのかよくわからないものがたったの一つだけだ。
ちょっと今やってみようか。
まず両手共Lの字を作り、それを組み合わせて四角を作る。対象を……目の前にいる母親にしよう。四角内に収めて念じると――カシャッと小気味いい音が僅かに響く。
「あらあなた。ウィルがまた魔法を使っているわ。天才ね」
「本当だね。寮に入っても寂しくないように、沢山使っておくんだよ。天才だね」
そう言って今度は二人で肩を組んでいる。仕方がないのでそれも「撮る」。
「綺麗に写ったかしら?」
「はいお母さま。こちらです」
俺はそう言って、右手と左手の位置関係を逆にする。すると先程のバカップルぶりが映像として四角の中に映し出される。六歳児の作り出した物凄く小さな四角形に二人は魅入る。
「あらあなた相変わらず素敵だわ」
「君こそいつまで経っても美しいままだね」
あっそうなんだ……ふーん。
これが俺の唯一使える魔法だ。要するにカメラですね。
右手が上だと「撮る」、左手が上だと「再生」する。記録メディアは脳内。体感では二十枚程保存できる。好きな時に好きな画像を再生できるが、二十枚を超えるくらいになると、古い画像が再生できなくなる。
どうしても消したくない、と強く思えばそれは消えずに残るが、その分保存枚数が減る。やっぱいいや、と思えば消せる。要するにロック機能ですね。
三歳くらいの時に、家の窓から見えた夕焼けが綺麗だったから、これを形に残しておきたいなと思って、今の仕草をしてみたらこの魔法が発現したのだ。
思わずこの仕草をしたのは、今になって考えてみると、前世の記憶が干渉していたのかもしれない。
この世界にカメラの類は一切ないようだから、今でこそ両親も慣れたものだが、当初の驚きようったらなかった。あと天才天才うるさかった。
カメラ小僧の勇者なんて聞いたこともないし、勇者とは程遠い無縁な魔法のように思えるが、これでもれっきとした魔法なのだ。炎を出したりとか空を飛んだりとかいう格好良い魔法は入学したら教えてくれるだろう……多分。
こんなに些細な魔法も存在するのだから、使用できることに気付かずこの期を逃す子供もいるかもしれないし、体調不良が祟ることもあるかもしれない。しかしそれも運命なのだろう。
占い師が示したこの時にサンバーグへ行ける子供の中に勇者が生まれるのだ。
早朝に家を出て夕方頃サンバーグへ着いた。目的とする学校はどこだと思う暇もなく大量の人間が列をなしている。何百人なんてもんじゃない。大体親と同伴だろうが、それを差し引いても多い。これが全て勇者候補なのである。
魔法使える人間ってこんなにいたんだな……改めて俺は田舎者なのだと思い知った。