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小林耕助の転生

 ああ、そういや俺って前世でトラックの運転手やってたわ。

 

 白いほろに囲まれた部屋で、その記憶がフラッシュバックしたのは、俺が六歳となって今年もあと三ヶ月となる今、来年度入学を希望する学校へ面接に向かった馬車内での出来事だった。

 まあ六歳男児が自ら希望するわけがないし、その学校へ入学希望しているのは両親なのだが。

 

 青い空の下緑の草原を走り、ゴトゴトと揺れる馬車の中で、前にもこんな風に乗り物に揺られながら何かしていたような……と、これが記憶を呼び覚ますきかっけとなったのだ。

 

 環境も常識も使用言語も全く異なる世界での記憶が一斉に押し寄せて、俺は気分が悪くなってぐったりとしてしまった。

 

「ウィル? どうしたの? 大丈夫?」

「へ、平気ですお母さま……少し酔ってしまって……」

「うわああああそりゃあ大変だあああー! ウィルがウィルが僕のかわいいウィルがああ!」

「きゃあああああウィルゥゥウウウ! しっかりしてえええ!」

「御者! 早く馬車を止めるんだ! そうだ今すぐだ! 手遅れになったらどうしてくれる!」

 

 大変なテンションで大騒ぎしてるのが俺の両親だ。病的なくらい心配性だから、本当のことは言わずに控え目に言ったのにこれだ。手遅れって何だよ。

 

 馬車が近くの木陰で止まり、父親がそこに実っていたドンゴという名の実を慌ててもぎ取り、先端をナイフで切って俺に渡してきた。

 数字の8の字のような形をしているドンゴの実は固い表皮に覆われていて、中にはチャポンチャポンと音がするほど水分が溜まっている。

 これはこの世界では一般的で、そこら中に実っている果物だ。大きさは様々だが、今俺が渡されたのは二十センチくらいか。ただの飲み水より栄養価が高く携帯にも便利で重宝されている。

 記憶が戻った今なら、これが瓢箪の形をしたココナッツだと例えることができる。

 

「お父さま、ありがとうございます」

「このくらいお安い御用さ。さあ早く飲むんだ。僕の可愛いウィル」

 

 乗り物酔いではないが気分が良くないのは本当だ。俺は父親から受け取った、それの中身を飲み下した。キンと冷たいわけではないが、ほんのりとした甘さがあるので常温の方が味わいがある。

 飲み終えた後、十分ほど休憩してからまた、馬車に揺られることとなった。

 

「ウィル大丈夫? 本当に大丈夫? また気分が悪くなったら遠慮せずに言うのよ」

「はい。ありがとうございますお母さま」

 

 ウィル。これが現世での俺の名だ。フルネームはウィル・ロウ・フォースィジア。父親が付けた名前がウィルで、母親が付けた名前がロウ。フォースィジアは苗字、家名だ。

 

 俺は来年から学校へ行くようになる。来年の春ではない。年が明けたらすぐに入学になるのだ。

 この国には日本のように四季がなく、大晦日だとか新年だとかの祝いがまるでないので、ただの区切りとして用いられている。気候だって毎日布団がいらないくらい温かい。かぶるけど。

 だから一月一日は元旦祝日ではなくて新入学生の初登校日となるのだ。

 

 この世界でも満六歳になると翌年から学校へ行き出す風習があるから、それの準備で我が家は大忙しなのだ。

 幼稚園や保育所のような存在はない。来年から行くようになる学校が、外に出るのは家の庭くらいで箱入りだった俺の、初めての交流場所なのだ。

 

 ただ、たて笛を覗かせたランドセルを背負って集団登校なんてものではない。まるで常識が違う世界だ。

 なにせこの世界には――魔法が存在する。

 剣と魔法。勇者と魔王。そんな単語が日常的に飛び交う世界なのだ。

 魔法は先天的なもので、生まれつき使えなかったら一生使えることはない。俺にはその才能があった。

 両親はおろか、祖父も祖母も妹だって魔法が使えない。これは血筋や遺伝的なものは一切関係なく、誰に発現する能力なのかまるで予想ができないのだ。これをこの世界の人達が「神の祝福」と呼ぶことを俺は知っている。

 

「ウィル。顔色が良くないよ。大丈夫かい?」

「すみません。ぼくは考え事をしていただけです。平気です」

「あら、ウィルも緊張しているのかしら」

「大丈夫だよ普段通りにしていればいいのさ。ウィルは魔法が使えるのだから、今回の面接は顔合わせみたいなものさ。本当に魔法が使えるかを見るだけの、ね」

 

 両親はそう言って笑顔を見せた。きっと俺は難しい顔をしていたのだろう。

 両親には半分本当の嘘を言っておく。本当のことを言ったらまた大騒ぎになってめんどくさいことになる。考え事はしているが、全然平気じゃない。なんだってこんなタイミングで前世の記憶が蘇ったのか。

 今まで普通に一人称は「ぼく」だったのにいきなり「俺」の登場で頭の中が錯乱状態だ。いきなり「俺」とか言いだしたら両親はさぞ驚くだろうな。驚いて大騒ぎするだろうな。

 

 記憶が蘇ったことで、急に両親との距離が遠くなった気がしてならない。前世の俺は当然この両親とは無縁だからな。俺の脳裏に病死した母親の影がちらついた。

 

 思い返してみれば、記憶が戻る前からその傾向があった気がする。当たり前にいるはずの両親が、無性にかけがえのないものに思えて、顕在しているという事実だけでやたら有り難いことのように思え、これを大事にしよう。親孝行しよう。励んで偉人となろう。と常に頭の中にあった。普通の六歳ではありえない思考回路だ。

 

 だから素直でいい子に育ってきた……はずだ。なんか利発っぽい感じの。

 これは前世でのダメすぎる行いを悔いた結果だろう。しかし、そんな俺も両親を困らせることが一つだけあった。

 母親なり父親なり、親がそばに居ないと決まって泣き出す癖があったのだ。今も。

 とにかく一人になると不安で仕方が無かったのだ。火事場に取り残された子供のような心境になって、このまま俺は死んでしまうのではないだろうか、とそんな危機感があった。

 だから両親の病的心配性と相まって、俺は今までおんぶにだっこでめちゃくちゃ甘やかされて育ってきた。

 

 今ならわかる。理由は二つあるのだと。

 一つは復讐されるのではないか、という恐怖。俺を転生させた神が、俺が轢き殺してしまった二人も同じ世界に転生させたと言ったから、その影に怯えているのだ。記憶が戻った今も割と怖い。

 

 しかし今冷静に考えてみると、俺は小林耕助としての影など全くなく、名前も顔もまるで違うのだから、記憶が残っているはずだという少年が俺を見てもそれだとわからないはずだ。

 だから後悔はしたが、復讐に怯える必要などないということ。

 

 そして二つ目は、当たり前にある生活がある日突然失われてしまうことへの恐怖だ。

 親から与えられる愛情は無限ではない。予期せぬ事態で途絶えてしまうものだ。前世の俺はそれをわからずに、ただ当然のことだと思って享受していた。だから途絶えた時に後悔した。

 もう後悔はしたくない。俺は今世の大切な家族のために、全力で生きていかなければならないのだ。

 

 

 俺は馬車の窓から草原ばかりの長閑のどかな風景を眺めたりしながら、両親の横顔を見た。

 

 父親はエルムと呼ばれていたか。紺色の髪をオールバックにして短い髭を生やし、堂々とした体格と顔つきを持つ男だ。確か二十六歳くらいだったはず。辺境ではあるが一応次期領主らしい。

 

 その妻、俺の母親はローズと呼ばれていたか。淡い緑のふわふわとした長い髪が綺麗な、母というよりはお姉さんだ。こちらは二十二歳だったかな。すると十六で俺を生んだわけだ。めっちゃ若いな、今思うと。

 まあ医療の発達した日本でもないから、寿命も短けりゃ世代交代も早いし、世継ぎを作るのも早いのだろう。現領主である俺の祖父はまだ五十にもなってなかったと思うし。

 祖父も青い髪をしているが、染色ではなく自毛なのだ。そう、大いにカラフルな髪色が常識なのである。

 

 そして俺。短く青い髪は母親譲りのふわふわヘアーで、顔立ちも両親共美形だからどう転んでも美形にしかならず、その通りだった。今の顔立ちから考えると前世の耕助は醜い豚だ。

 

 

 今俺が馬車で揺られている場所は、この国の首都である。

 “炎の国”フレイグラントより首都オーリブのフォースィジア家領に俺は生まれ育った。

 辺境とはいえ領主であって貴族に分類される俺の家系はそれなりのもので、優しく仲睦まじい両親のもとで苦労を知らずに育ってきた。

 前世がろくでなしだったのにこんなにも優遇されている上に「神の祝福」まである俺の魂はどれだけのチャージがあったのだろう。と言うか、それなのに何で前世の耕助はあんなにも残念だったのか疑問が残るばかりである。

 

 響きの良い名前やら国名やらカラフルな髪の色やら。ここは俺の理想の世界だった。素晴らしきかなファンタジー世界。俺は脳内で日々妄想を繰り広げているファンタジー世界に降り立ったのだ。

 

 両親共ゲームに出てきそうな格好良い服を着ているし、父親に至っては腰から剣をぶら下げている。これが普通なのだ。

 勇者や魔王という単語が日常的に飛び交ってはいるものの、今はいない。いたのは大昔だ。

 この世界は、過去に魔王の侵略を受けて、それを勇者が救った上に成り立っているのだ。

 その英雄譚は今も語り継がれていて、一般家庭に生まれ育った子供なら誰もが知っているし、俺もその話を毎晩寝る前に母親に聞かされて育った。

 

 御伽噺のように伝えられている歴史。

 これは大昔の話であって、“地の国”の勇者はもういないし、魔王やそれに従うモンスターもいない。しかし此の度、国に仕える偉い占い師さんだかの予言により、再び勇者が誕生することになりそうなのだ。

 

「君も勇者にならないかい? 明日の勇者は君だ!」

 

 ヘンテコなお触れ書きが全国各地に張り出された。このタイトルがデカデカと書いてあったらしく、その下には細かい文字で募集要項が書いてあったそうな。

 

「十年後に魔王が復活するとの予言があり、国は対抗しうる勇者を猛烈に募集しています。条件は十二歳未満の子供で神の祝福を持っていること。希望者は面接を必要とする。一週間後、場所はサンバーグ。国は若い才能を応援します」

 

 どうやら素質がある者を招集し、育成を施すことによって勇者にしようという話のようだった。これが占い師さんの予言に基づいて製作されたらしい。胡散臭いったらないのだが、これで本当に勇者が排出されるのだと。

 

 強制ではない。我こそはと思う者にだけ、サンバーグという地を訪れる権利がある。その勇気がなければ勇者など到底不可能だという判断だろう。

 しかし、幼い子供にはそれが理解できないから、その子ではなく親が我が子こそが……。と思うわけだ。

 

 そして、我が子がナンバーワンであってオンリーワンだと信じてやまない両親が、それに立候補させたわけだ。

 俺はほんの少し前まで、ただ単に大きな学校へ通うことになるのだな、友達百人できるかしら。くらいにしか思っていなかった。しかしたった一瞬で心境は激変した。

 勇者と言えば、英雄であって、救世主であって、強くて格好良くて勇ましい全国男子の憧れの的だ。モテるだろうし英雄譚みたいに美しい姫と結婚できるかもしれない。

 実際になれるものなら何としてでもなってみたい、と思うのは俺がおとこだからに他ならない。

 

 育成過程で優秀な成績を収めれば勇者として認められるのだろうか。事の重大さをまるで理解していなかったから、知識がまるで足りない。

 

 のほほんとしている場合じゃない。単なるお金持ちの学校に通うんじゃない、勇者になれるかなれないかの瀬戸際なのだ。

 両親は以前、俺が「祝福持ち」なのは勇者となる運命だからなのだと嬉しそうに語っていたが、祝福持ち自体はそれほど珍しくもない。実際、自宅である領主邸で雇用している医者は回復魔法が使えるし、守衛も悪人を魔法で追い払ったりする。

 ただ、此度の募集要項にヒットしたのは俺だけだ。貴族なのだからもちろん親戚の数も多いし、中には祝福持ちもいるが、十二歳未満だと俺だけだったのだ。

 

 この目で人間が魔法を使うところを何回も見てきた。前世の記憶を持ったままの転生だったならば、感動もあったのかもしれないが、散々見てきたので感動など微塵もない。当たり前の光景だ。

 

 果たして何人がサンバーグへ集まるのだろうか。その中で勇者として認められるのはたった一人。

 

 勇者……勇者か……。記憶が戻る前は漠然と、そんなのもいるんだ、くらいにしか思ってなかったが、サブカルチャーに精通していた俺の記憶がこう言っている。

 

「これで燃えなきゃ男じゃねえぜ」

 

 よし、勇者になろう。偉人となって両親を喜ばせるのが俺の誓い。勇者となったら両親は大いに喜ぶに違いないだろう。

 

 

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