発端
四つの大陸は広大な運河に挟まれ、それぞれが独立している。
円環を切り離したような形状のそれぞれの大陸は国となり、地、氷、炎、風の名を冠し、気候に名前通りの特徴がありつつも決して変化することがない。
北方に位置する“氷の国”ホワイトバーチでは雪が降り氷が張り。
西方に位置する“風の国”フィバーフューでは強い風が吹きすさび。
東方に位置する“地の国”クレイプマートルでは麗らかな陽気で満ち。
南方に位置する“炎の国”フレイグラントでは灼熱の太陽が照りつける。
四季を彩っているような各国ではあるが、そこの民は順応しているため、不便を感じることがない。ホワイトバーチの民がフレイグラントに赴けば、体中から汗がどっと噴き出して卒倒するくらいだが、フレイグラントの民は平然としている。その逆も然りである。
断絶されつつも交流があった各国には、一つの英雄譚が広まっていた。その発信源はクレイプマートル。
その昔、突如として現れた魔王が世界を恐怖に導いていた。それを打ち砕いたのが“地の国”クレイプマートルより参りし勇者だった。
勇者は頼もしい仲間と共に魔王を撃破し、世界に平和が訪れた。世を救った勇者はクレイプマートルの国王となり、美しい姫を娶り、善政を敷いて幸せに生涯を終える。
この世界は、過去に魔王の侵略を受けて、それを勇者が救った上に成り立っているのだ。
勇者が取り戻した平和はいつまでも続くはず――だった。
「……今の話、まことか」
「信じるも信じないもご自由でございますが、予言は……」
「わかっておる。絶対なのだろう」
“炎の国”フレイグラントより首都オーリブはウィステリアの王宮の、とある一室。
部屋の中央には大きな大きなお椀型の台座があって、そこには神聖なる炎がくべられている。炎はパチパチと爆ぜる音を発しながら、取り囲む三人の人間を照らし、足元の影を伸ばしつつユラユラと揺らす。
三人の人間は、フレイグラント国王と宰相、そしてフレイグラントに仕える最高預言者であった。
預言者は必要に応じて神聖なる炎のもと予言を行い、その結果を嘘偽りなく報告する義務があった。
国王と宰相は結果に応じて国を動かす。
とある地方で地震が起こると聞けば予め騎士団を派遣し建造物の増強に努めたり、国民に通達し避難させて被害を最小限に留める。
とある地方で強盗団が暴れ狂うと聞けば、これまた騎士団を派遣して鎮圧する。
また――ここ数年頻出するモンスターの討伐も、出没地点を限定することで侵攻を防いでいる。
天災や人災をいち早く察知することで、被害を縮小ないし未然に防いできた。そうしてフレイグラントは豊かであり、平和だった。
しかし此度の予言は、今までのどの予言よりもスケールが大きく、騎士団を派遣してどうにかなる問題とは到底思えなかった。
その内容は、十年後に魔王が再び現れる。というものだった。遥か昔に勇者が討伐し、その存在を抹消したはずの魔王が。
対策としては、勇者に頼るしかない、というのが現状であり古からの教えであり実例でもあった。
魔王が現れるところに勇者あり。勇者が現れるところに魔王あり。これがこの世界の理なのだ。
「それにしても……」
「はい。困ったことになりましたな」
だが、今回の予言の内容においては、勇者が現れるのを待ち、それを迎え、魔王討伐に旅ゆく勇者を支持し、補佐し、見守ればいい、という問題でもなかったのである。
「ともかく、これは民には通達せぬ方がよろしいでしょう」
「……そうだな。混乱を招くだけだ」
今しがた聞いたばかりの予言内容の全文が、国民の耳に入るようなことがあれば、国中大パニックに陥る。それほどまでにショッキングな内容だったのだ。
なので、それをひた隠しにしつつ、秘密裏に事を運ぶ必要があった。行動は起こさねばならないが、表沙汰にはできない。
その場にいた三人の人間は知恵を出し合い、意見を交換し、様々な答えを導き出した。が、それでも納得がいかず、不安はつのるばかりであった。
知恵が足りない。
そう結論がついて、国王の声がけにより王宮内の、信頼のおける人間を大勢集め、連日遅くまで会議が開かれた。
その結果、とある栄えた地域に巨大な施設を建設し、国民には肝心なところは伏せて「勇者募集」のお触れ書きを晒した。
これは、そのお触れ書きが発端となる、ある二人の少年の物語である。