クロス・ポイント
一章の最後です。ウィルとナスターの一人称と三人称を交えて交錯点を表そうと試みましたが、わかりづらかったらごめんなさい。
名も知らぬ少年もこの世界に転生しているとは聞いたが、この学校に通っているという保証なんかない。前世の人生を処理する時間には個人差があると言っていたはずだ。確か中学生くらいだったから、十二歳から十五歳くらいか。俺との年齢差が十年から七年なわけだ。厳密な計算式がわからないが、あの少年が俺よりも先に生まれたことは確かだろう。
相手の少年も「祝福持ち」だとしても、年齢制限の十二歳を上回っている可能性は大いにあるし、この世界といってもこの国にいるとは限らない。別の国に生まれている可能性のほうが高い。
この世界にはここ“炎の国”以外にも前勇者が誕生した“地の国”の他に“氷の国”と“風の国”がある。
四つの国から成り立っている世界だから、同じ国に生まれる確率は単純計算だと四分の一になる。二十五パーセントだ。さらにそこから十二歳未満で勇敢なる者の森に志願してくる可能性を加味して、更に相手が俺を見つける可能性を加算すると…………なんだ、恐ろしく低い確率のような気がしてきた。
とんでもない運命の悪戯でも起きない限り絶対に安心できる。これで相手が俺を見つけたならば、それこそ奇跡だ。
めちゃくちゃ不安になって考え込んだりもしたが、考えれば考えるほど安心できる要素が多大に発見できる。
間違ってもあの少年が俺がトラックの運転手だと気付いて発見することはない。そう思ったら随分と気が楽になった。
俺は大丈夫。何も気にしなくていい。気にしないまま、勇者になるべく修行を積めばいいだけだ。
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僕みたいに女神様に説明を受けて転生しているのでなければ、信心深い人間じゃないと祝福持ちじゃないことになる。それだとここの入学条件は満たしていないことになる。
信心深いようには到底見えなかったけれど、見かけで判断できるものでもない。実はすごく信心深い奴だったとしても、それだけの条件じゃ足りない。
記憶を引き継いでいなければ、復讐の対象にはならない。
記憶を引き継ぐ条件は「幼くして死んだから哀れみとして」だったはずだ。だから奴が記憶を引き継いでいる可能性は皆無に等しい。
あんな大きい車を運転しておいて、幼いはずがない。奴は記憶を引き継いでいないと考えるのが妥当だろう。でも……例えば、そう。記憶を引き継ぐ条件が他にもあったら?
僕は死んだ時に幼かったからっていう条件だったけど、条件がそれだけじゃなくて、例えばいいとこなしの人生だったから可哀想に思って、とか、動物をとても可愛がっていたから、とか。
僕に適用された条件の他に、何かあってもおかしくない。奴が記憶を引き継いで転生している可能性はゼロじゃない。
説明を受けていて記憶の引継ぎがあれば必ず「神の祝福」を持って生まれてきていることになる。
歳だって結構若かったみたいだし、僕よりは絶対に年上だったろうけれど、愛美さんよりは下に見えた。だから、僕と愛美さんの間だということになるから、生まれ変わったあいつは十二歳未満でありつつ、二歳くらいのリリィちゃんよりも年上だろう。
十二歳未満で祝福持ちならこの学校の入学条件を満たしているのだから、奴が志願してきている可能性も高い。
問題はフレイグラント国民として生まれてきたかどうかだ。ここの他にも三つの国があるから、確率的には四分の一だ……なんだ、すごく高いじゃないか。四回やれば一回当たる。
愛美さんを見つけられたことで、僕はあいつも転生が済んでいると確信できた。そしてこう確信してもいる。
因果のある魂が引かれ合っているのだと。コリウス主任もそう言っていた。
そうなると、奴がこの国の国民だという確率は跳ね上がる。
記憶を引き継いでいて「神の祝福」があって尚且つ、この学校に通っている。それらを一気に確かめる方法が一つだけあった。
試してみる価値はある。そう、片っ端からだ。これでダメなら奴はこの学校にはいないか、記憶がないのだから、復讐しようがない。取り敢えずは諦めよう。
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嫌な予感がしたものの、あれから一週間経っても何のアクションも起きない。
そう、アクションがあるのならとっくにあったはずなのだ。他者の前世を覗ける能力があったら、一年弱も放っておくはずがないのだから。
なので、俺の心配は本当にただの杞憂に過ぎないということになる。
前世の己を反面教師にしてはいるが、前世での罪を今世で償う需要がないのであれば、供給しようもないし意味も必要もない。
今年も今日で終わりだ。明日から長い休みがある。
俺は休みの間も特訓を続けるつもりだ。魔法以外の成績は優秀だと自負している。魔法さえなんとかなれば、俺は勇者に近い位置にいるはずだ。
俺は勇者になる。
絶対無二の偉人となってこそ、前世で成し得なかった最高の親孝行ができるし、俺の人生は絶対の輝きを保有するものになるのだ。
そのために特訓をしなければ。その前に腹ごしらえだ。パンうめえ。
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僕ができる唯一の確認方法。それを暇を見つけては試しているものの、その対象は全く反応を示さない。反応したとしても「なにか音がしたから振り向いてみただけ」という表情を見せる。
その度に僕は実行した不可解な行動について、愛想笑いを浮かべながら差し障りのない弁解をしてその場を取り繕う。
するとその対象は首をかしげながら立ち去っていく。
あまり長引くようだと奇声を上げる少年として学校内に浸透してしまうだろう。
ここに来たのは勇者になるためだから、印象が悪くなるのは好ましくない。
でもちょうどいい。今日は年末だからだ。明日から一ヶ月の長い休みがある。僕を訝しげに思っている人も、長い休みを満喫すれば忘れてくれるだろう。
僕は勇者になるんだ。
僕が立派になったら、親代わりの修道院の人達も喜んでくれるし、ほとんど類を見ないほど強力な祝福を持った、愛美さんの生まれ変わりとして相応しい人物となれる。
晩ごはんを食べ終わったらグラウンドで捜索してみよう。今日が今年で最後のチャンスだ。それでダメなら一ヶ月は期間を空けなければならない。
あと少しで年明けだ。僕は十歳になる。つまり約十年待っていたんだ。一ヶ月なんて短いものさ。
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「小林耕助!」
日本語で俺の前世の名前で呼ばれて……振り向いてしまった。振り向いた瞬間、振り向くべきではなかったと悟って体が動かなくなってしまう。
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青いふわふわとした髪の男がこっちを向いた。こっちを向いて――固まった。能天気なツラしてやがる。
僕は確信して、長年犯人を追っていた刑事がやっと犯人を取り押さえた気持ちがわかった。だから、笑みがこぼれた。次の瞬間。
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赤い髪の男は俺を見て、ニィと下卑た笑みを浮かべる。次の瞬間。
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「待てこらあああッ! ここで会ったが百年目ッ!」
「ひぃいいいい! 待って待って! 時効だ無効だ! 助けてくれ!」
「勝手に消すんじゃないッ! 時効が無効だ! 逃げるなッ!」
「逃げなきゃ殺されるぅ!」
「わかってるんじゃあないかッ! 殺してやるから逃げるな!」
「無理!!」
凍りついた時間が弾かれたように動き出す。
グラウンドを駆け回る二つの影。それの速度は恐ろしい程早く、誰の目にも止まらない。
土埃が渦を巻き駆け巡る。
「逃げ足の速い奴だ! こうなったら!」
ナスターは魔法を使用した。選択したのは、この状況で最も発動の早い風の魔法。
だが放った風の刃はウィルのいた地点を通り過ぎて遠くにあった巨木を倒して轟音を轟かせた。
近くにいた女生徒の何人かが悲鳴を上げる。
「うわわ! あぶっ!」
空へ飛んでそれを避けるウィル。咄嗟に空へ逃げていなければ、自分の運命はあの巨木のようになったのではないかと思うと、冷や汗がどっと吹き出した。
「こら! 飛ぶなんてずるいぞ!」
地上ではナスターが拳を振り上げて抗議しているのが見えたが、だからと言ってウィルは降りれない。このままほとぼりが冷めるか教員が介入してくるまで待とうと思ったウィルだったが。
「そっちがその気なら……こうだッ!」
ナスターの構えた両手に熱が集まる。広大なグラウンド全体の温度が上昇し、その中心にいるナスターの周辺は灼熱と言っていいくらいの温度になった。
そしてナスターの手の中には煮えたぎる赤い光の玉が生み出される。火の魔法よりもかなり上位の――熱の魔法だ。
「……マジか」
「マジだ」
「それ……ぶつけるの?」
「そのために作った」
「あっそうなんだ……ふーん」
「ふざけているのか?」
限界まで高められた熱がナスターの両手から放たれる。が、頭に血の昇ったナスターは冷静な判断を欠いて己の魔法のパワーバランスを調整できなくなっていた。
威力だけに囚われた爆熱魔法はコントロールが効かず、ウィルの浮いている地点から体三つ分くらいの地点を通過する。
それでもウィルは激しい熱が通り過ぎた後の、有り得ない温度差に戦慄を覚えた。
生徒の通報を受けて教員の何人かがグラウンドを訪れた。しかし、二人の会話は日本語であったから、何を叫び合っているのかがまるでわからず、仲の良い二人の生徒が秘密の暗号で会話しているようにしか聞こえなかった。
「ひええええ」
ウィルは恐怖し、それゆえ体のバランスを崩し地上へ落下した。それににじり寄るナスター。
ナスターはウィルに向かって右手をかざした。その目はギラリと光っている。
「や、やめてくれ……お、俺は改心したんだ……」
恐怖ゆえに腰を抜かし、ズボンの股間の部分は濃い色に変色していき湯気が立ち昇る。
立てぬといえども必死に腕の力で後退するウィルだったが、ナスターは右手を下ろすようなことはしなかった。渾身の爆熱魔法を放った手が震え出し、息が荒くなり、玉のような汗が滲んでいてもナスターは標的を睨み続けた。が、ほどなくして瞳の光がフッと消える。
「あ……」
「あ……?」
「悪運の……強い奴だ……」
そう言ってナスターはその場にバタンと倒れた。右手をかざしたものの、そこから魔法を放てる気力はもうなかったどころか、立つ力までも使い果たしてしまったのである。
ナスターの胴体が地面についた音が合図となって、教員が駆け出した。教員は何が起こっていたのかまるでわからなかった。ただ、仲の良い友達同士がじゃれあっていただけにしては、先程のナスターが使用した魔法はあまりにも威力がありすぎた。
「しぇ……しぇんしぇえー……」
ウィルは駆け寄ってきた教員に助けを請うような涙ぐんだ瞳を向ける。事情の説明を要求してくる教員達に、ありのままを話すべきかウィルは悩んだが、殺されるほどの恨みを買っていると話すのはデメリットになるし、ありのままを話し、仮にナスターが学校を追放されたとしても、これほど強い怨みを持っているのなら何年かかってでもいつか自分を殺しに来るのかもしれないと考えた。
全部自分の行いのせいであるのだが。
彼を追放に追い込むのは開き直りを助長する行動かもしれない。余計なことを言わない方が身の為だと判断して、「逃げ」の精神を多大に含むウィルは黙秘を貫くことにした。
ナスターが意識を取り戻して何を話すのかを見届けてからにしようと決めた。
だから、単純に自分も意識を失ったフリをした。楽であるから。あと漏らしていたので恥ずかしかったのもあった。
歯を食いしばって、悪夢を見ているかのようにうなされているおおよそ十歳の少年と、失禁して芋虫のように丸まっているおおよそ八歳の少年。
これが後に、クレイプマートルの英雄譚と並んで人々に語り継がれる、勇者とその盟友の初対面であったことは、本人たちを含めてまだ誰も知らないのである。
二章の目処がたつまで完結にして更新停止します。今後ともよろしくお願いします。




