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二ヶ月経過(ウィル)

「ああ、モテてえなあ……」

 

 自室での読書中、思わず欲望が口をついた。

 

 現在入学してから二ヶ月が経過している。

 それだけ経てば顔馴染みもできてくるし、さすがの俺も何人かの生徒とはそこそこ話ができるようになってきた。

 

 だが。

 

 話ができるのは全部男子なのだ。同性同士仲良くなるのは自然といえば自然だが、腑に落ちない。どうして女子が近付いてこないのか。

 前世の醜い豚ではなくて、爽やかナイスガイの外見を持っているのだから、少しは周りの女子からチヤホヤされることを期待していたのに。

 普通の小学生だったら気にもせず男子の友達とはしゃぐのだろうが、七歳の分際でも内面的には成人男性なのだ俺は。だから気になる。気になって仕方がない。

 

 別に幼子に囲まれて鼻の下を伸ばしたいわけではなくて、未来への布石を感じたいのだ。

 あと何年かの後にめくるめくハーレムへの予感。兆候! 僥倖っ……! ぎょう虫っ……!

 

 このまま女子にスルーされたまま十年を過ごすなどと、想像もしたくない。なにせ十年もあるのだ。十年経ったら俺は十七歳。これはこの国この世界では子供がいてもおかしくない年齢なのだ。俺のような貴族ならばなおさら。

 

 だからその頃にはどの子を嫁にしようか悩みつつも眠れぬ夜を過ごす、ワクワクとした展開が待っているはずなのに、一向にその気配がない。これは一体なんの魔法なのか。

 

「折角魔法も使えるようになってきたのにな……」

 

 ベッドに座り、何もない空間に向かって両手を突き出して念じる。

 念じる。

 念じる。

 念じる。

 

 ぽふっと小さな火の玉が出てきて一瞬で消えた。まだ実戦で使うには程遠いが、以前使用したものより僅かばかり大きなものだ。これでも俺は成長しているのだ。

 

「最初は時間がかかる。慣れてくると時間もかからなくなって威力も上がってくるよ」

 

 と先生に聞いた。やはり魔法とはこうでなくては。俺はこの攻撃魔法に磨きをかけなければならないのだ。

 

 しかし、俺の授業の教室は、訓練や座学の授業だと結構ランクの高い方なのではないかと窺えるが、魔法に関しては年下ばかりで幼稚園児に混ざっているようなものだ。しかもその中でも俺はとりわけ成長が遅い。

 

 そのくせカメラ魔法に関してだけは、知らず知らずのうちに上達していって、今では右手だけでシャッター音をさせずに撮ることが可能となった。盗撮機能か?

 それに、今までは脳内の記録メディアが満杯になると古いものから上書きされていったのだが、これからは消したくないものは現像しておけるようになった。つまり紙などに念写できるようになったのだ。プリントアウト機能ですね。

 さらに撮った時の周囲の音が三秒くらい再生できるようにもなった。念写した場合には、紙に手をかざして念じると再生される。ボタンを押すと決め台詞を喋るおもちゃの要領だな。何の機能だこれ。

 

「こんなものどこで役に立つんだよ! 紙なんか吹き飛ばしてやる!」

 

 念じる。

 念じる。

 念じる。

 机の上にあった紙が僅かにピラっとめくれた。フッと息を吹きかけた方が早いくらいだった。

 

 

 今日は週の終わり。昼食を挟んで実に九時間にも渡るテストを終えた後だ。なので、一週間のスケジールで言うと、明日は授業がない、休みの日に該当する。

 

 基本何をしていてもいいし、普段は決められた献立である給食も、休みの日になると好きなものを選べるから、これを楽しみにしている生徒も多いが、それぐらいしか楽しみがないとも言える。

 

 学校から出ることは許可されていないからだ。外へ出る唯一の門も封鎖されてしまっていて、中庭やグラウンドの上空もフェンスで蓋をされているのだ。これには魔法かかかっているからテレポートが達者な人間でも越えれないし、飛行魔法の使い手でも外へは行けない。俺は飛べないので関係ないが。

 

 飛行能力があったのは……ミオだ。この学校では割合が少ない女子がそばを通るたび、欠かさずチェックしているのにミオらしき女子とすれ違えたことはなかった。

 

 魔法の授業は俺の方が絶望的だから教室が同じにならないのはわかるが、その他の座学や訓練の授業で一緒になることがあってもいいのだが。歳も同じくらいなわけだし。

 

 よし。ここのところ部屋で一人で特訓の日々を過ごしていたが、明日の休みはミオをまた捜索してみよう。向こうが俺を覚えているかが問題だが、俺はバッチリ覚えている。いつでもプリントアウトできるくらいに。

 そうと決まったらさっさと寝よう。そのためにさっさと風呂に行こう。

 俺はタオル片手に部屋を出た。

 

 ちなみに部屋の鍵はオートロックだ。出て扉を閉めると勝手に施錠される。それを開錠するのは何かと言えば、部屋の主が扉の前に立てばいい。正確には、部屋の扉にある一つ目のオブジェクトと目を合わせればそれが瞳認証システムとなっていて開錠される仕組みなのだ。瞳のオブジェクトはドアカメラの役割も担っていて、扉の外の様子が扉の内側に映し出されている。個人のプライベートはこうして守られているわけだ。

 

 風呂に入って寝る前の歯磨きをしながら、何か忘れているなとは思ったのだが、それが父親から押し付けられた歯ブラシを捨てることだと気付いたのは布団に入った後だった。

 こんな下らないことで起きるのも馬鹿らしくなり、明日でいいやと思いながら目蓋を閉じた。こうして連日父親の歯ブラシは部屋の片隅に置きっぱなしなのだ。呪いだろうか。

 

 

 

 休日の中庭やグラウンドは大盛況だった。食堂も人だかりだったが。

 俺は七歳児の肉体だから、見渡していると首が疲れてしまう。成長期真っ只中だからな。少ししか年齢差はないはずなのに、周りは背の高い連中ばっかりだ。

 

 魔法の特訓やら読書やら剣の稽古をしている生徒はごく少数。

 考えてみれば、俺もそうだったように、本人に意思がなくとも両親からのゴリ押しで入学した生徒も多いはずだ。勇者になる気がない生徒がかなり存在するだろう。

 祝福持ちの国の子供なら誰でも入れるシステムだからそうなるのも自然だと思えた。

 それでも面接までしたのは、祝福持ちでない者が甘い汁を吸わせないようにするためだったが、逆に言えば祝福持ちなら甘い汁が吸えるということだ。

 

 国としては人類の存亡がかかっているのだから大盤振る舞いをするが、無意味な出費までする義理はないと判断したのだろう。本人に意思がなくとも素質があれば問題ないというところか。

 やる気がなくても勇者になるかもしれないからそれでいいのだろう。

 

 と、考えながら朝食を済ませ、中庭にやってきた。白い噴水のかたわらで語り合っているリア充どもはキャッキャとはしゃぎながら「ヒットタッチ」していた。やつらの脳内チャットアプリに、また登録件数が一件増えたのだ。

 

 腕輪の石をぶつけ合うことを、ヒットタッチと言う。

 何人かの生徒とは、顔を合わせたら会話する程度にはなったものの、まだ誰ともヒットタッチするような仲にまでは発展していない。俺の脳内チャットアプリには登録件数がゼロなのだ。

 

 リア充どもは視界から外す。俺がミオと語り合ったのはこの辺だったな、と思い視線を動かしていると。

 

「ウィル君!」

 

 そう聞こえて俺は振り返る。

 

「きみ一人で何してるの。一人で。お友達いないの?」

「うるせえ」

 

 中分けロングヘアーのあどけない少年だった。名前はビデンス。俺の隣の部屋の住人だ。たまに顔を合わせたら挨拶する程度の仲だ。数少ない、会話をする人間の一人ではあるが、ヒットタッチはしていない。

 

「ぼくはこれからランチをディナーでブレックファストがゴーだよ。じゃあねー」

 

 全然何を言っているのかわからないが、何人かと食堂へ向かって立ち去っていった。軽い感じで友達とかも多いタイプの人間だ。勇者になる気はないと俺は思っている。

 

「ウィルくん!」

 

 またそう聞こえたのでビデンスが舞い戻ってきたのかと思いながら振り返る。

 

「やっと見つけた! 元気だった?」

 

 ミオだった。俺の記憶の中のミオが制服を着て、髪を少しだけ伸ばしてそこにいた。探してはいたものの、本当に思い出の場所で会えるとは思っていなく、俺は心臓がどくんと跳ねたのを合図に体が固まってしまう。

 

「あ、ああ……」

「どうしたの? 変な顔しちゃって」

「いやあ、久しぶりだなと思ってさ。ミオも元気だったか?」

「あーウィルくんてば、なんかちょっと大人びた感じがするー。てか偉そうな感じー」

 

 俺は入学を機に喋り方を中身と合わせるようになった。貴族の子供としては良くないが、ここでは貴族も王族も農民も関係ない。

 

「そんなつもりじゃねーよ。ちょっとしたイメージチェンジだな」

「あは。ウィルくん面白いね。全然同じクラスにならないから、別の学校行っちゃったんじゃないかと思ったよー」

 

 それはミオの祝福が強いからだよ……俺は弱いからな……。

 

「そんなわけないだろ。俺は勇者を志望してるわけでだな」

「志望?」

「勇者になりたいってこと」

「ああ! そうだよね。勇者になりたくない子がいっぱいだから、ウィルくんもそうじゃないかと思っちゃった。わたしも勇者になりたいから、ライバルだね!」

 

 このまま会話に花を咲かせていたかったのだが、ミオの後方からミオを呼ぶ声が聞こえてきて、ミオはそちらを見やって気まずそうな表情を作った。

 

「あっいけなーい。わたし行かなきゃだ。じゃあまたね、ウィルくん」

「あ、ああ。またな……」

 

 気さくな子だから友達も沢山できただろう。その友達とどこかへ行く途中だったのだろうか。

 呼び止めるような資格も俺にはないから、手を振って俺は見送るしかできなかった。

 テコテコと走っていくミオ。しかし五歩程進んだと思ったら踵を返して戻ってくる。

 

「忘れてた! ウィルくんカッチンしようよ!」

 

 そう言って右手を出す。俺はミオの意図を理解して、同じく右手を出した。

 ヒットタッチ。腕輪の石と石がぶつかって、甲高い音で鳴る。ミオはそれをにこりと笑って見届けて、またテコテコと走り去っていった。

 

 

「えええ! ウィル君ってミオちゃんと友達なの?」

「うわっびっくりした」

 

 真横にランチをディナーでブレックファストがゴーしに行ったはずのビデンズがいた。近い。近いから俺から離れた。

 

「まあ俺はそう思ってるけどな……何?」

「えーだってミオちゃんって……可愛いよね」

「それは認めよう。ミオを知ってるのか?」

「よく授業が一緒になったりするよ。本を読む授業とかで」

「座学か」

「そうそれ。ざがく」

 

 こいつすんげーバカそうだけど、ひょっとしてミオって頭悪いんじゃ……。いやまあ七歳だもんな。俺が七歳とはかけ離れているだけだ。

 

「ちょっとさー、ミオちゃんのハンカチとかタオルとかぱんつとかさー。もらっておいてくれよー」

「俺がミオにぱんつを要求したら、その瞬間から友達ではなくなると思うが」

「いいだろー。ぼくたち友達じゃんか」

 

 ヒットタッチもしてないのにいつから友達になりやがった。

 

 どうにも引き下がらないので適当に返事をして、俺は部屋に戻った。初めての通信を試みる。さっきの友達と一緒に何かしているのだろうと思い、内容を考える。

 

「ミオ。暇になったら返事よろしく」

 

 ややあって。

 

「うん! わかった! わたしもウィルくんとお話したい!」

 

 と返信が来た。これをきっかけにして、俺はミオと授業の合間や一日の終わりなどに会話したり、実際に会うようになった。

 

 ちなみにビデンスには、父親の歯ブラシをミオのものだと言って渡したらバカみたいに喜んでいた。

 

「さっすが! 高そうな歯ブラシだなあ! 持ち込みかな?」

「そうだろうな」

 

 高そうだろうとも。貴族で次期領主だからな。ニヤニヤと笑いながら嬉しそうに歯ブラシを持っていくビデンスを見て、俺は心の中で合掌した。チーン。

 

 

 ミオは七歳ながらその可愛らしい容貌が人目を引いていたようで、ちょっとしたアイドル的な扱いになっていたらしい。

 だから俺がミオと仲良くしているのを疎ましく思った連中がいたようで。

 

「てめえウィル! 焼きそばパン買ってこいや!」

 

 年上なのは間違いないが、それにしても老けすぎなおっさんみたいな少年が四人ほど徒党を組んで、ある日の俺の行く手を阻んだ。

 

「ちょっとやめてくださいよー。マジ俺そんなんじゃありませんからー」

 

 俺は右手を上げて牽制するついでにカメラ魔法を発動した。こんな下らない連中に構っている暇はない。罵詈雑言を浴びせてくる連中を何枚か撮って、俺は勢い良く駆け出した。

 

「待ちやがれ! てめえ生意気なんだよ!」

 

 しかし連中の誰も俺にはたどり着けない。摩訶不思議かな。俺には七歳にして神がかった逃げ足があったのだ。

 華麗に連中を撒いて、俺はその足で先生を探しに行く。途中で世話係のモアイに出くわしたので、聞けば一発だった。

 

「どうしましたウィル君。何か質問かな?」

「へっへっへ。ちと先生。こいつを見てくださいや」

「あら何かしら」

「このような蛮行を振るう者は勇者にそぐわないのではありませんか!?」

 

 俺は連中の罵詈雑言や、今にも殴りかかってきそうな瞬間を再生して先生に見せた。

 そしたらこっぴどく叱られたのかは知らないが、連中と出くわしても、向こうの方から視線を逸らしてそそくさと逃げるようになった。

 

 

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