一ヶ月経過(ナスター)
「逃げるのかッ! 卑怯者めがッ!」
「いや、そうじゃないんだよ」
翌日の実技の授業に僕は参加できなかった。魔法の力が枯渇しているのを感じたからだ。
だから、それを先生に伝えて見学していたのだけれど、デュランタは僕が勝負を避けているのだと勘違いしたみたい。だから授業が終わったらまた凄い勢いで僕の元へ走ってきた。
そもそも勝負自体をする気がさらさらないんだけれども。
「では何故、我との対決を避けるのだッ! 怖気づいたか!」
「今は魔法が一切使えない状態なんだ。昨日使い果たしちゃったみたい」
僕は一度魔法を使ったら回復するまで三日はかかる。つまり四日に一回一度限定の魔法だということになる。こんなんじゃ腕を磨けないよ。
「ふむ……ならば加減を試みるがよかろうに。昨日の魔法は少々過剰に思えた。故に我に対する宣戦布告と受け取ったのであるが」
「そんなつもりないし、それができるならやってるよ」
「なぬ? 加減が出来ぬと申すのか」
「うん。どうやって加減してるの?」
「貴様ッ! 我を愚弄するのかッ!」
「いてててて違う違う」
デュランタに胸ぐらを掴まれて引っ張られる。別に馬鹿にしたつもりじゃないんだけれど、言葉の選択を間違っちゃったみたい。
馬鹿にするどころか、僕は素直にデュランタは凄いと思っている。
今日の授業でもみんなより頭一つ抜けていたし、これだけ優れているのなら来週には違うクラスになっているかもしれないと思った。逆に僕は授業に参加すらできていないのだから、ランクが下がるかもしれない。
下がってもそれは僕の不甲斐なさからくるものだから、甘んじて受け入れようと心構えしていたのだけれど、結果はデュランタも僕も変化なしだった。見学ばかりでランクが下がらないのはどうしてなのかと思って、先生にそれとなく聞いてみたんだ。
「そりゃあ君。私の作り出した防御壁を、あんな無残に破壊しちゃうような子のランクを下げるわけにはいかないわよ。ええ。いくもんですか」
と返ってきた。どうやら先生に、いい意味か悪い意味かどちらなのかよくわからないけれども、目をつけられてしまったみたいだった。
威力を抑えようとしてもどうにもならなくて、僕は四日に一回魔法を放って女子生徒にキャアキャア言われて、デュランタにはその都度挑戦的なセリフを吐かれる日々を過ごした。
歓声を送ってくる女子は日を追うごとに増えていって、同じグラウンドで授業を受けているっぽい他のクラスからも聞こえてくるようになった。全然望んでないんだけれど。
校舎の名称は「メドウ」というらしい。北側の建物なら北校舎という感じ。
一ヶ月後、僕が西校舎の廊下を歩いていると、ゾロゾロと後方十メートルくらいの地点から女子団体が後をつけてくる。年代はまばらだけれど、そんなに幼い子はいないみたい。そしてその中にシーダもいた。それどころかシーダと仲の良かった四人もいる。
「やっべ、マジやっべ。ナスターさんカッケー」
三角形?
ボソボソと何かが聞こえてくるけれども、僕はやっぱり聞こえなかったことにする。
何でこうなるんだろう。僕はここに勇者としての修行をしに来たのであって、学園ラブストーリーを嗜みに来たんじゃないんだけど。
チラッと肩ごしに振り返ると「ピャアアアアア」と黄色い声がこだまする。別に後ろの団体に愛想を振りまいていたわけじゃない。愛美さんがいるかもしれないと思って見ただけだ。だけれどペリドットのネックレスは見えない。服に隠れているのかもしれないけれど、今から全ての女の子の服をひっぺがそうとしたら、僕は退学になると思う。
恋愛しに来たわけじゃないけれど、愛美さんがもしもここにいたならば話は別だ。でも世の中そううまい話はないみたい。
どうして僕がこんなに注目を浴びているのか全然身に覚えがないのだけれど、ガウラやヒースが言うには。
「元々イケメンじゃんか。運動もできるからモテて当たり前じゃんかよ」
「それにこの前すげえ魔法使ってたし。あと最近垢抜けたってーか……なんか綺麗になったし。だからだと思うし」
だって。運動はできない方じゃないけれどそこまでとは思えないし、魔法は相変わらすコントロールができないし、身だしなみに気を付けた覚えもないし、ただ支給された制服を着ているだけなんだけれど。まあ元々着ていたボロっちい布切れよりかは綺麗だよね。でもこれはみんな着ているから理由はこれじゃないと思う。あとは……強いて言うならシャンプーかなあ。
寮棟には南端に大浴場があるんだけれど、そこに置かれていたシャンプーを使ってみたら、髪質が激変したんだ。ボトルに入ったやつじゃなくて、水のかからない高いところに常備してある小さな入れ物に入った粉のやつ。これに水分を含ませると泡立ってシャンプーみたいになるんだ。
そんなもの僕の生まれ育った環境にはないのが当たり前だった。シャンプーはもちろん湯船もシャワーもない。シャワーはこの世界にはまだ開発されてないけれども、湯船のあるお風呂のついた家に住んでいるのは貴族ぐらいなものだって修道院で聞いた。
荒ら屋の屋根に雨水を貯めておくでかい桶があって、それを紐で引っ張って水浴びするのが主だったし、使っていたのも安い石鹸と言うか変な黒い汁だった。だからゴワゴワしていたのだけれど、これが普通なのかと思っていたら違ったみたい。
毎日それを使って一ヶ月。なんだか髪の毛がサラサラになった気がした。そしたら取り巻きが増えていったってわけ。
さて困った。これって邪険に扱ったら酷い仕打ちを受けるんだよね。前世での経験も加味して考えると、なんとなくはわかるんだ。
どうして女の子って執念深いのかな。僕の周りがそうだっただけかもしれないけれど。
ともかく今は後ろをついてくるだけだから、直接の干渉はない。今日の授業も後残り一時間だから、その後ガウラやヒースにも相談しようかな。あ、でも自慢みたいにしか聞こえないよね。やめとこう。
うーん参ったなあ。ここの最高年齢は現在十二歳だ。僕の感覚では小学生。高校生の記憶を持つ僕が小学生相手にどうしろって言うのさ。
女の子は女の子でやっかみとかあるみたいで、シーダ達は僕らと過ごさなくなった。それはそれで罪悪感もあるし、ガウラとヒースにも女っ気がなくなったじゃないかと嫌味を言われた。この世界の子供はみんなおマセさんなのかな。
まだ二人とも本気で言っているような感じじゃないけれど、こんなことで友情にヒビが入ったら嫌だなあ。
みんなお風呂を済ませて寝静まったくらいの時間に、僕は喉が渇いたから飲み物を取りに部屋から出て食堂に向かおうとしたんだ。
そしたら階段のところで年上の人達と出くわしたんだ。五、六人くらいかな。で、僕のことを凄い形相で睨みつけてくるわけ。
あー、嫌な予感がするなあ。そう思った矢先。
「ナスターこのやろう! 焼きそばパン買ってこいや!」
「買わなくてもいいと思うけど。自分で取って来なよ」
「うるせえ!」
濃い紫の髪を角刈りにしたごついおっさんみたいな少年が高々と上げた手を激しく振りおろす。
バシーンと高い音を出して僕は平手打ちをくらい、床に倒れこむ。なんかデジャヴするんだけどこれ。
この人とは会った覚えもなければ睨まれるような覚えもないし、ましてやいきなりぶん殴られる覚えなんてない。
てか、なんで焼きそばパンなんだろう。あるけどさ。献立は固定だけれど、それじゃ物足りない育ち盛りの子のためにいつでもつまみ食いできるように、食堂にはテイクフリーで常時パンとか置いてあるけどさ。焼きそばパンなんかあったっけ? お金のかかるものじゃないし、割と食べたばっかりなのにまた食べる気なのかなあ。
「お前生意気なんだよ!」
僕のことを睨みつけつつ、足を上げた。蹴るつもりなのかな。うーん、避けたり防いだりすると余計に怒りそうだなあ。大人しく殴られておいた方が早く済むのかな。痛いけど。
なんだってこの学校に来てまで荒ら屋での教訓を生かさなければならないのだろうか。ふざけているのか?
全生徒が腕につけている腕輪には、通信機能がある。一対一でも通話できるしグループ通話も可能だし、コリウス主任がしていたように全館放送みたいなこともできる。
前の世界のスマホのアプリで流行っていたやつに似たようなものがあるから、それのようなものだと思っているけれど、その機能とはまた別に、命の危険を感じたら自動的に先生達に通知がいくシステムも組み込まれている。
もしも今の状況がナイフを突きつけられているような状況だったならば、その機能が発揮されるのだろうけれど、相手もそれをわかっているはずだからそこまでのことはしてこないと思う。陰湿だなあ。
個別の通信で助けを求めることもできるけれど、寝てたら悪いしそこまでするようなことでもない。無駄に慣れてしまっているから。
大人しく殴られる選択をした僕は腹筋に力を入れて覚悟を決めた。そしたら僕を足げにするはずの足が、あさっての方向へ向かったと思ったらそのままくるくると回って、風見鶏みたいになったんだ。
「喧嘩くらいはするだろうけどよ。これはイジメってんじゃんかよ。イジメなんかする奴は勇者としてどうかと思うぜ」
僕とおっさんみたいな少年の僅かな間に入ってきたのはガウラだった。入ってきて上がっていた足を思いっきりどかしてくれたみたいだった。
ガウラは短い距離なら瞬間的に移動できる。彼の得意な魔法なんだ。あんまり役に立たないって言ってたけど、今こうして役立ってくれた。
「チッ! 邪魔が入ったな。覚えてやがれ!」
風見鶏の回転を終えたおっさん少年がフラフラとした足取りで階段を下りて行って、その後ろにいた四人も慌ててそれを追った。
「あ、ありがとうガウラ」
「ああいう連中は嫌いなんだよおれは。きっとお前が一人になるところを狙ってたんじゃねえか。これからはあんまり一人で出歩かない方がいいかもな」
「僕、狙われるような覚えはないんだけれど……」
「お前がモテるからじゃんかよ。おれからしたら羨ましくって仕方ねえよ。ああ、モテてえなあ……」
ガウラはその場に座り込んで肩を落とした。
モテてもいいことなんてないよ、って言いたかったけれど、心の底から恨めしく言うものだから、僕は口をつぐんだ。
僕からしたら、さっきのガウラの方がよっぽど男らしくてカッコよかったんだけれど。
結局人間って、ないものねだりなんだよね。と、妙に悟った一日だった。




