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入学二日目(ナスター)

 入学二日目。初日は学校探索で終わったけれど、今日から本格的な授業が開始されたんだ。

 

 朝起きて祈祷の時間を全生徒で済ましたら朝食の時間。一時間目の授業が始まるまで一時間くらい余裕があるから、食堂に残って雑談するも部屋で食休みするも自由。授業が始まるまでに教室に着いておかなきゃだけど。

 

 教室には番号が振ってあって、どこの教室に行けばいいかは昨日渡された名刺サイズの厚紙に書いてある。これをスケジュールカードといって、常に胸ポケットに忍ばせて行動する。書いてあるのは一週間分。

 

 四十分くらい授業して二十分休憩と移動の繰り返しで、今は四時間目が終わったところだ。これから昼休みが一時間ある。

 

「よおナスター。食堂行こうぜ」

「うん、ヒースも誘って行こうよ」

「おう、シーダも来ると思うぜ」

「シーダも? 他の女の子と一緒じゃないの?」

「バカ。お前がいるから来るんじゃんかよ」

「……よくわからないけどいいや。人数多い方がいいよね」

「……そうだな」

 

 僕の知っている学校だとクラスが固定で一時間ごとに先生が各教室を訪れるシステムだったけれど、ここでは教室と先生が固定で僕らの方がそれに合わせて移動するんだ。未経験だけれど大学に近いシステムなのかなあ。

 どうやって測量したのかわからないけれど、運動なら運動で学力なら学力で魔法なら魔法で、力量の近い子同士が二十人くらいのクラスになって授業を受ける。だから力量に差が出てくると別のクラスになる。

 

 週の終わりに一日まるごと使ったテストがあって、その成績によって来週のスケジュールが決まる。その振り分けをするのに先生達は忙しくなるから、週の初めの一日は休みになる。

 だからスケジュールカードは一週間分なんだ。授業内容によって使う教科書とかも変わってくるから、教科書は教室に固定されている。僕らが持ち歩くんじゃないんだ。寮の部屋の棚には本がいっぱい並んでいたけれど、授業で使うものじゃない。

 

 この四時間、知らない顔ばかり見てきたけれど四時間目でやっと知り合いと同じクラスになった。

 ちなみに一般知識を学ぶ授業だった。授業は大きく分けて三つ。

 

 正しい知識と精神を学んで「心」を鍛える座学。

 魔法の基本や応用を学んで「技」を鍛える実技。

 全ての基盤となる体力の向上を図り、剣技なども学んで「体」を鍛える訓練。

 

 今のところ座学ばかりだけれど。僕の頭の出来からか年下ばかり見てきたから、同じ年の子と一緒になって安心した。

 

 今、僕と話しているのはガキ大将を地で行くような風貌の、焦げ茶色の短い髪の毛の男の子。初日に学校探索で仲良くなったガウラという子だ。いきなり寮の部屋に転送されてオロオロしていた僕と一緒に探索してくれた。つまり部屋が近くて同じ年だってこと。

 ヒースもその時一緒になった子で、彼が方位魔法という位置情報を紙に反映させる魔法の使い手だったから、凄く助かった。歩いて行くたびに紙に道のりが正確に記されていくんだ。ヒースがいれば迷子になることはなかった。

 

 寮棟は男女で分割されているんだけれど、僕らが行動している時にシーダという子の班と、同じ歳だったこともあって意気投合して合流した。

 シーダは五人くらいの女の子と一緒にいて仲良くなってたみたいだけれど、女の子って女の子同士でごはん食べたりするよね。僕らと一緒でいいのかなあ。

 

 よくわからないままに、僕らは腕輪の交信機能を駆使して食堂で落ち合った。

 

 

「ナスター君……久しぶり」

「今朝会ったじゃないか」

 

 八人がけの長いテーブル。シーダ達五人の女子と、僕ら三人の男子が席を囲んでいる。

 僕の右隣にいるのは真っ白の液体に青いインクを一滴垂らしたような髪の毛を逆立てている男の子。ロックンローラーみたいでちょっと恐い外見の、この子がヒースだ。

 そして左隣にいるのがシーダ。エメラルド色の長い髪の毛で、大人しいけれども瞳はぱっちりとしてて可愛い部類に入ると思う。

 

 朝ごはんもこの八人で食べたんだけれど、僕らが座っているところにシーダ達がやってきたから偶然だと思っていたけれど、さっきのガウラの話からするとそうでもないみたいだなあ。

 僕のこと気に入ってくれてるってことだよね。友達は多い方が頼もしいし楽しいからその気持ちは有り難い。

 

「ナスター君……明日は同じ教室になれるといいね……」

「ん? ああ、そうだね」

 

 今朝シーダにスケジュールカードを見せてくれと言われたから何の疑問も抱かずに渡したのだけれど、どうやら彼女は僕と教室がかぶっているかチェックしていたみたい。

 ガウラもさっき変なこと言ってたけど……まさかこれ、恋愛とかじゃないよね? まだ九歳なのに。昨日会ったばかりなのに。違うよね。好意を持たれても困るんだけど。

 

 シーダは確かに可愛いけどさ。高校生の記憶を持つ僕から見たら年端もいかない少女にしか見えないわけで、これに反応したらロリコンそのものじゃないか。

 愛美さんの生まれ変わりだったなら話は変わってくるけれど、同じ歳だという時点でその可能性は限りなくゼロに近いから詳しく調べたりしてない。

 

 愛美さんの面影があったホーリーさんに突進してしまったことはあったけれど、あれは愛美さんありきの現象だったから、僕が追い求めているのはやっぱり愛美さんなんだ。

 愛美さんを探すには、勇者になって少なからずの権力や発言権があれば容易になるだろうし、それほど立派な人物になってこそ、堂々と迎えに行ける。

 

 肝心の愛美さんの生まれ変わりがどこにいるのかはまだわからないけれど、転生の時に願ったことが叶っていれば、一目でわかるはずなんだ。あのペリドットのネックレスは、デザインも宝石もこの世界では見たことがない。それを身につけていてくれれば、わかるはずだ。

 でも……僕は同じ性別で生まれてきたけれど、愛美さんの方が逆転していたらどうしよう……。

 

 もう少し成長してからならまだしも、十五歳だった僕は九歳の女の子に心が弾んだりはしない。年齢的に幼いと、少しの年の差が大きいよね。

 と、ここまで考えて愛美さんも同じような心境だったのかなと気付いた。

 もう少し年の差がなければ恋愛対象として見れたかもしれない。そんな心境。

 愛美さんの気持ちが僕にもよくわかった。立ち塞がる大きな壁は破壊することも取り去ることもできないのだと、今、悔しいくらいによくわかった。

 

 友達なら大歓迎なんだけれどなあ。そう思いながらそろりとシーダの方に視線を泳がせようとしたけれど、向こうがこっちをガン見してたからすぐに視線を前に戻した。

 シーダの熱い視線には気付かないふりをしてやり過ごせば、九歳の恋愛感情なんて一時のものだろうし、ここは生徒数も多いし、男女比は男子の方が圧倒的に多いから、その内他に移るだろう。そう思いながらその時を過ごした。

 

 

 

 昼休みが明けてから、実技の授業が開始されたんだ。みんなで広いグラウンドに集合して、それを見渡すのは女の先生だった。

 座学では年下ばかりだったけれど、いま僕の周りにいるのは年上ばかりに見える。ひょっとしてランクの高いクラスなんだろうか。

 

「はーい。じゃあ始めるわよー。君達はかなりハイクラスだから、本格的で構わないわよね」

 

 先生が地面に手をつくと、地面がせり上がってきて大きな壁になる。

 初の実技の授業内容は、どうやらその壁に向かって魔法を放ってみなさいってことみたいだった。

 攻撃魔法の技を鍛えるのが目的みたい。

 魔法の使い方のいろはから教わるのかと思いきや、いきなり実戦的な授業だなあ。

 

 魔法には色んな種類があって、攻撃魔法とか治癒魔法とか防御魔法とかが代表的なものだけれど、他には僕らも腕輪でよく使う通信魔法を始めとして、本当に色々な種類がある。

 今日の座学の授業でもちょっぴりかじったけれど、よくよく理解するにはまだ時間がかかりそうだった。

 

「さあ得意な魔法を撃ってごらんなさい。なんなら壁を壊しちゃおうかってぐらいでいいわ。じゃあ君からね」

 

 先生はそう言って、そこから少し離れて目を光らせていた。

 指名された生徒は緊張しているような表情で、みんなの輪から出て壁に歩み寄った。

 

「いきます! いでよ炎!」

 

 前方に突き出した両手からメラメラと燃え盛る炎が発射されて、そびえ立つ壁に向かって伸びていく。けれど、壁は炎の直撃を受けても涼しそうな表情で立ったままだった。

 

「ふふ。まだまだね。じゃあ次は君」

 

 全く歯が立たなかった生徒は、悔しそうにしながら輪の中に戻っていった。

 次に指名されたのはこの中では最も背の高い男の子だった。随分と自信たっぷりな顔をしている。

 

「先生。確認ですが、壁を壊しても構わないのですね?」

「ええそうよ。でも、できるかしら?」

 

 背の高い男子はそう確認を取ると「フッ」と笑って歩み出た。

 

「この程度の防御壁ッ! 恐るるに足らぬわッ!」

 

 なんだか子供とは思えない口調で両手を振りかぶっている。そうすると、風が小さな渦を巻いていくつも体の周りに集まっていった。

 

「喰らうが良いッ! ローリング・ストーム・ジェットアタック!」

 

 魔法を放つのに呪文的なものは不要なのだけれど、この子は多分一生懸命考えてきたみたい。こんなに長い名前を、いざという時に噛まずに言うつもりなのかなあ。僕が敵だったら、言っている間に蹴りを入れるけれど。

 いくつもの風の魔法は一斉に壁に襲いかかる。そしたら、壁は徐々にへこんでいって土の塊が撒き散らされて、ついには大きな穴が空いたんだ。周囲から感嘆の声が上がる。

 穴が空いた壁はすぐに修復して、破壊するまでには至らなかったけれど。

 

「造作もないわ……」

 

 破壊できなかったのに、してやったりな顔をして輪の中に戻っていった。でもまあ穴は空いたのだから、結構な威力がありそうだなと思った。先生も「なかなかやるわね」と言っているし。

 

 それから何人もが壁に向かって魔法を撃っていたのだけれど、表面に少し傷が入ったりはしたものの、あんなに大きな穴を空けた生徒はいなかった。だからさっきの背の高い子も得意げな顔をしていた。

 そして残りわずかの人数になった頃、僕の順番になった。

 

 みんな色々な魔法を使っていたけれど、一番多かったのは火の魔法だった。やっぱり“炎の国”というくらいだから、ここの国の人達は火の魔法が得意なのかもしれないし、僕が使える魔法の中でも火の魔法が一番威力がありそうな感覚があった。

 でも、ここはあえて土の魔法でいこうかな。そんなイメージが頭の中に浮かび上がったからだ。

 

「てい!」

 

 僕は姿勢を低くして、地面すれすれの空気をさらうように両手を大きく動かして前方に持っていく。両手の動きに連動して、土がモコモコと盛り上がっていってかさを増やしていく。

 やがて土は先端を鋭く尖らせた牙になった。それがイメージ通りなのを確認して、僕は両手を壁に向ける。

 二本の牙は僕の身長よりも長くなり、壁に向かって一直線に伸びていく。すると、牙は壁にめりこんでいって貫通してから交差して、壁はビルの爆破解体現場さながらに、酷い音を立てて煙の中から破片を撒き散らしながら崩壊していく。魔法の効果が切れる頃になると、細かい砂と握り拳くらいの破片だけになった。

 

 あ、壊しちゃった。と思った途端、周りから凄い歓声が飛んできた。

 内容は「本当に壁を破壊できちゃうなんて凄いね」的なことだったんだけれど、僕は例によって魔法を放ったことで物凄く疲れてしまったから、その場にパタンと倒れてしまったんだ。

 歓声は悲鳴めいたものに変わっていったけれど、僕は意識が朦朧としてしまったから何を言っているのかわからなかった。

 

 

「とんでもない威力の魔法だったけど、それで倒れちゃうんだから褒めていいやら叱っていいやらだわ。休んでなさい」

 

 先生は僕を離れた所まで連れて行くと、また戻っていく。

 その後も授業は続けられたのだけれど、僕は体育座りをしてそれを見学しているだけになったんだ。

 魔法の特訓を続けているようだったけれど、その中で一番活躍していたのはさっきの背の高い子だった。

 

 みんなの様子を見ていると、多少威力の調節ができていないような生徒もいたけれど、僕みたいにぶっ倒れるレベルの子はいなかった。みんなどうやって威力を調節しているんだろう。これからの授業で教えてくれるのかな。

 

 それを授業が終わったあと誰かに聞いてみようかと思っていたら、授業が終わるやいなや一人の生徒が僕の元へ恐ろしい勢いで走ってきた。

 

「貴様ッ! 名を名乗れッ!」

 

 目立っていた背の高い子だった。なんだか凄い剣幕だ。自分にはできなかった壁の破壊を僕がしたから怒っているのかな。見せ場を奪われたみたいな感じで。

 

「ナ、ナスターだけど。ナスター・シャム」

「左様か! 我はデュランタ・ヘレボラスだッ! 腕を出せッ!」

 

 剣幕に押されて素直に腕を出したら腕輪の石をぶつけられた。キンと高い音が鳴る。

 

「これでいい。我は貴様を越えることを、当面の目標とした! 逃げれると思うな!」

 

 妙な宣戦布告を受けて、デュランタは背を向けて颯爽と立ち去っていった。嵐が去っていったみたいだった。

 

 その後何人かの女の子に囲まれて、僕はまた石をぶつけ合うことになった。どうやらここでは強い魔法を使えたらヒーローになるみたいだった。それをガウラとヒースに伝えたらグーで殴られた。

 

 

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