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第八章 テオドールとノーラとディータ

「お帰りなさい、どこへ行っていたの?」

 家のドアを軽くノックすると、ノーラがココアの入ったマグを片手にドアを開けた。

「まぁ、テオドールじゃない! 会いたかったわ……。どうしてあの時、一人で逃げたの?」

「そうだな。まず、私が先に逃げて、君たちを見つける作戦でいたんだが、君たちは敵の真っただ中にいたもので、なかなか助けにくかったのだ。しかも、私がいなくなったことで大騒ぎになってきていたものだから、しかたなくそのまま逃げたのだ。そう、穴からね」

「そうなんだね? ……あっ、大丈夫、信じてる。ただ、心配だっただけなの。ちなみにね、あたしたちもその穴から逃げたと思うわ。だってね、きっとあなたが残していってくれたメッセージなんだけど、『テオドール』って書いた紙切れが落ちていたもの」

 テオドールとノーラはしばらくお互いをきつく抱きしめ合いながらいた。

 ぼくはこの間、何の話かチンプンカンプンだったから、何も口を挟まなかったんだ。

「さて、と。ところで、エミリオはほんとに、どこへ行っていたの?」

 突然、ぼくに話しかけられたので、少しびっくりしてしまった。

「うーん、なんかね、寝ていた間に川でおぼれていたみたいなんだ。ぼく、夢遊病者かもね」

 そう言ってぼくは、ははっと笑った。

 と、ここではっとした。

「テオドール、さっき、川には毒蛇がいるって言ってたけど、じゃあなんでぼくは噛まれなかったのかなぁ?」

「ウム……。もちろん、さっきのは嘘だ。おまえを少しからかってやろうと思ってな」

 テオドールがニヤッとしながら言った。

「でもまぁ、無事に帰ってこれて、よかったじゃない」

 ノーラがにっこり笑って、ぼくらを椅子に座るように促した。

「テオドール、お久し振りね。調子はどう?」

「あぁ、少し身体が冷えとる。熱々のココアをもらえんか?」

 ノーラはこくりと頷くと、自分のマグを机に置き、キッチンへ走って行った。

「――――それで?」

 ぼくが聞くと、テオドールは顎をさすり、言った。

「何がだ?」

 その返事にぼくは思わずクスッと笑った。

「ほら、さっき言ったじゃない。ノーラとディータとは、どんなふうに知り合ったのか、って」

「あぁ、その事か……」

 テオドールは頭をポリポリ掻き、昔話でもするような口振りで、話し始めた。

「あれは、私がまだ、二十歳になったばかりのころだった――――」

「うん……」

「ノーラはまだ三歳ぐらいで、ディータはまだ、一歳ぐらいだった。あのふたりは布に包まれて、エンゲレス城の近くに捨てられていたんだ。そのころはもう秋の後半頃で、かなり冷え込んでいた。だから、あのふたりは相当弱っておった。そこを、私が助けたのだ」

「お二人さん、熱々のココアができましたよ」

 ノーラがそう言って、湯気の立ったココアの入ったマグを机に置いたので、一旦話を中断した。

「ん、ありがとう」

「わぁ、ありがとう、ノーラ!」

 ぼくらがお礼を言うと、ノーラは、ごゆっくり、と微笑んで行ってしまった。

「で、続きを話すぞ」

 ノーラに見とれていたぼくの気を引くために、テオドールがエヘンと咳払いをした。

「どこまで話したか覚えてるか?」

「うん」

 ぼくがココアを飲みながら答えると、テオドールは顔をしかめた。

「ノーラとディータを拾った後、とりあえず、自分の家に向かった。そして、温かいスープをふたりに飲ませてやって、ベッドに寝かせてやっていたんだ。次の日、ふたりはとても元気になっていた。私にきちんとお礼を言って、さらに、その日の夜、外で摘んできたという、きれいな花も一輪くれた。ノーラとディータ二人で持って来てくれた。かわいかったぞ……」

と、テオドールがしばらくの間ずっと、思いでにふけっていたので、テオドール! と声をかけた。

「あぁ、すまん……」

 そう謝り、続けた。

[それからしばらくの間は、三人で何事もなく暮らしていたんだ。私はあえて、あの子たちにどこから来たのか、親はどうしたのか、ということを聞かなかった。触れてはいけない、傷だと思い込んでいたからだ。しかしふたりは、それに関しては何も話さずいたので、すっかり忘れていた」

 ディータがにこにこしながら、ピンクの花の入った花瓶を持ってきたので、再び話が途切れた。

「テオドールおじさん、久しぶり! 元気なの? 怪我はしてないの? あれから大丈夫だった? エミリオ、テオドールとは知り合いだったの?」

 ディータの鈴の音が鳴るような声に、うっとりしていると、テオドールが答えた。

「あぁ、エミリオとはさっき外で会ったんだよ。久しぶり、ディータ。会いたかったよ」

 ここでエミリオは、ちょっとした疑問を持った。

「テオドールはどうしてあの洞窟にいたの?」

「あぁ、その話をさっきしようとしていたところなんだ。ディータ、呼ぶまで席をはずしてくれないか?」

 ディータは素直にコクンと頷き、部屋から出て行った。


 ある家の中に、小さな子供二人、青年一人がいた。

 青年の名前はテオドール・シェール。子供の名前は、姉の方がノーラ、弟の方がディータだった。

 この、平和な日常生活を送っている青年には、ある隠し事があった。それは、この子達が拾ってきた子達だ、ということだ。

 テオドールは毎日、そのことについて何かふたりに聞かれるのではないか、と不安に思っていた。だが、不安に思うことは何もない。なぜなら、ふたりは前のことを全く覚えていなかったからだ。

 そんなある日、突然、事件は起こった。何人もの武装集団が、家に押しかけて来たのだ。慌てふためき、テオドールは急いでノーラとディータをかばおうと、ノーラとディータの部屋へ向かった。が、時すでに遅し。ノーラとディータはもう、ある男に捕えられていた。

 テオドールは絶叫し、その男に襲い掛かった。

――――私がノーラとディータを拾ったのだから、私が守らなくては!

 と、いきなり体中に電流が走り、意識を失った。

 目を覚ますと、牢屋の中だった。さっと立ち上がり、牢屋をガチャガチャと動かしてみる。案の定、開かない。テオドールは舌打ちし、しばらくその場で座り、考えた。

――――ノーラとディータはどこだ? 何をされている? 無事か? どこか、この牢屋から出られるような場所は?

 そこで思いついたのは、壁を掘る作戦だった。壁はコンクリートではなく、固めの土でできている。これは運がいいぞ。さらに、牢屋の外の掃除は、毎日欠かさずしている。だから、コツコツ掘り進めていって出た土は、牢屋の外に適当に撒き散らせば、怪しまれない。

 テオドールはそれをすぐに実行した。穴のところは、たまたまポケットに入っていたカレンダーを張って隠した。しかし、映画のように毎日カレンダーに線を引くということはしなかった。穴を掘る事で精一杯だったからだ。日が経つにつれ、自分が奴隷のひとりだということがわかってきた。毎日外に出され、仕事をさせられるので、いろんなことがわかってくる。例えば、自由とはいかに幸せか、ということだ。

 穴を掘っている間、テオドールの頭にあるのはノーラとディータのことだけだった。まずは自分が牢屋から出て、ノーラとディータをその後助ける、という作戦を考えていたのだ。しかしこの作戦は、そううまくはいかない。なぜなら、この後、テオドールがいなくなったことによって騒ぎが起きるからだ。

 やっと穴を掘りきったテオドールは、しばらくの間汗だくの額を腕で拭いながら、穴の中で休んだ。そして、外の様子をうかがい、穴から出た。そこは、誰もいない部屋だった。

 テオドールはさっとその部屋から出た。そして、ノーラとディータを探すために、城のように大きな建物の中を、見つからないよう走り回った。

――――見つけた!

 ノーラとディータを見つけたはよいが、誰かきれいな少年と話していて、叫ばれたら大変だと、入るに入れない。

「ぼくの名前はアルスフォンヌだよ。あぁ、大丈夫。ぼくのことは怖がらないで。君たちのことを殺したりはしないから。仲良くしてよ……」

 こういう会話が聞こえたので、きっとこの、アルスフォンヌという少年は安全だろうと思い、ノーラとディータのところへ向かおうとした。しかしそこで、大騒ぎが始まってしまったので、慌ててもと来た場所に戻った。そう、自分で開けた穴に。穴はしっかりと見えないように塞いだ。穴を戻る途中、別の穴を見つけた。ここでテオドールは思った。

――――ノーラとディータは大丈夫だ。私はひとまず、この城から出ることを考えよう。

 そしてテオドールはその別の穴を進んで行った。と、その前に、テオドールは自分のポケットから紙切れと鉛筆を取り出し、もしノーラとディータがここを見つけたとき、わかるように紙に「テオドール」と書き、わかりやすそうな場所へおいた。

 しばらく進むと、真っ暗なところへ出た。水のしたたる音がしてわかった。洞窟だ!

 テオドールは岩を頼りに洞窟を突き進んだ。何度も転び、何度も立ち止った。しかし、一所懸命歩き続けた。

――――こんなに長い洞窟は初めてだ!

 すると、川の流れる音がした。

 それからテオドールは、川に沿って、何日も何日も歩き続けた。食事は、洞窟にいるコウモリですませた。そして何日も、歩き続けた。


「――――そしたら、エミリオ、きみに出会ったんだよ」

 長い話が終わった後、ぼくは思わず感心していた。それはなぜかって? そりゃあ、テオドールが一度も言い間違えることなく、この話を話し終えたからさ!

「きっと、ノーラとディータは、アルスフォンヌに逃がしてもらえたか、自分たちで逃げたんだ。しかも、あの洞窟を私より早く出るとは……」

 テオドールは感心したようにしきりにうなずいていた。

「そういうことだったんだね……」

 ぼくもうなずきながら言った。

 と、そこへ、今度はノーラとディータそろって、おそろいのマグを持って笑顔で来た。

「テオドール!」

と、ノーラが言い、

「また後から、ゆっくり話そうよ」

と、ディータが目を輝かせながら言った。

「さぁ、とりあえず、今は寝よう」

 テオドールが言ったので、ノーラが布団を一式、床に敷いた。

「ありがとう」

 テオドールが笑顔で言い、布団に入って早々といびきをかいて寝てしまった。

「エミリオ、今度は大丈夫だよ」

 ディータが言った。

「ちゃんと家の窓にもドアにも鍵をきっちり閉めておいたからね!」

 ノーラもにやっと笑いながら言った。

 そして、ぼくらはそれぞれ布団に入った。

「おやすみ!」

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