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第七章 テオドール・シェール

 気付いたら、もうすでに外は暗くなっており、ディータはどこかへ行ってしまっていた。とりあえず、ベッドから降ることにした。

 今は何時なんだろう? 窓があるから、窓の外を見れば、今が夜だということはわかる。冷静になって考えてみれば、なぜノーラとディータはこんなところに二人だけで住んでいるのだろうか? いや、もしかしたら大人も誰かいるのかもしれない。しかし、なぜ、こんなところに住むのだろうか。ぼくと同じように、落ちてしまったのか? しかも、あんな小さな子ども二人で、こんなに大きなベッドを運べるか?

 ぼくはベッドをながめ回し、試しに持ち上げてみることにした。……重い! 当然だろう。ということは、考えられるのはただ二つ。あの二人が怪力の持ち主か、大人が何人かいるか、だ。

 怪力の持ち主、だったら、さぞおもしろいだろう、と思った。ぼくは、あの、天使のようなディータが何トンもある象をえいやっ、と投げるところを想像し、クックッと笑った。

「そんなわけないか」

 ふと真顔になり、ぼくはつぶやいた。

 とりあえず、部屋の中を見て回ることにした。

 まず、ベッドの横に小さなテーブルがあることがわかった。次に、暖炉があることに気が付いた。今は夏なので、当然、火はついていない。この部屋で一番特徴的だと思ったのは、絵がたくさん飾られていることと、大きくてきれいな古時計が部屋の隅に、どんと置いてあることだった。

 腹の虫が鳴り、本能的に部屋中をぐるりと見回した。パンでもおいてあれば、と期待したが、生憎、パンどころか果物やクッキーも置いていなかった。

 ぼくは、チッ、と舌打ちをして、再びベッドに横になった。

 暇つぶしに、腹が空くと腹の虫が鳴く理由をしばらく考えることにした。

 なぜ腹は鳴るのだろうか? そもそも、腹に虫なんているのだろうか?

 考えていると、突然一日の疲れがどっと押し寄せ、眠りの波に飲み込まれた。


 ぼくは透き通ったきれいな海を、イルカと共に泳いでいた。すると、下の方から黒い影が上がってきた。その影の正体は、人間だった。その人物に、ぼくは見覚えがあった。が、よく思い出せない。ぼくがまだ、三、四歳ぐらいのころに出会ったような気がする。

 その人物はぼくに気が付き、にこやかに手を振ってきた。ぼくはとりあえず、笑い返し、手を振った。

と、いきなりその人物はナイフを取り出し、ぼくに襲いかかろうとしてきた。ぼくは間一髪のところでそのナイフをよけ、水中から上がろうと上へ向かった。が、しかし、そいつに足をひっぱられて上へ行こうにも行くことができない。

 と、いきなり上から手が差し出された。ぼくは何も考えず、その手を握った――。


「大丈夫か!?」

 男性の低い太い声で、はっと目が覚めた。

 ぼくはわけがわからず目をぱちくりさせていたが、しばらくすると、自分は夢を見ていたのだと気が付いた。

「生きてはいる、か……」

「あれっ!?」

 思わずぼくは声を上げた。

 ここはどこだ? なぜぼくはこんなにびしょ濡れなのか? 第一、この人物は誰だ!?

「おまえがそこにある川で溺れていたときは、焦ったぞ。何せ、おまえは目を閉じていたし、全く意識が無いようだったからな……。しかし、ふむ。どうしてあんなところにいたのだ?」

 暗くて相手の顔がよく見えないが、ぼくを助けてくれた、命の恩人らしい。

「ぼくにも、わかりません。だってぼく、ある人の家のベッドで寝ていたんですから。さっき目を覚ましたときは、何事だろうと驚きましたよ」

「もしかして、その、『ある人』というのは、ノーラとディータのことか?」

 ぼくはびっくりして顔を上げた。

「ノーラとディータを知っているんですか?」

「あぁ、もちろんだとも。ちなみに、ここは逃亡奴隷のためにある洞窟だ。ノーラが我々を受け入れてくれなかったら、既に我々は死刑になっていたのだろうな」

「えっ、じゃあ、この近くにノーラとディータの家はあるんですね」

「あぁ、ある。私について来れば、間違いなく、戻れる」

 ぼくがしばらく考えていると、男は再び口を開いた。

「言い忘れておったが、私の名は、テオドール・シェールだ」

 ぼくも自己紹介をしようとしたが、

「おまえの名はエミリオ・タルティーニ。ディータから既に聞いておるわい」

 と言われてしまった。

 しばらく二人で歩いていた。すると、テオドールが口を開いた。

「目は見えるか?」

「どういう意味で?」

「おまえは真っ暗闇には慣れていないのだろう、どうせ?」

 少しイライラした口調だ。

「そりゃあね。さんさんと輝くお日様の下で暮らしてきたんだもん」

 ぼくは陽気に答えた。

「おんぶしてやろうか? 私は構わんぞ」

 明らかにばかにした声だ。

 ぼくはふんと鼻を鳴らして答えた。

「いいよ、別に。今から目を慣らすんだから」

「ふむ、それはえらいな。何も知らずに川に落ちても知らんがな。川には毒蛇なんかもおったような気がするが……。おぶってくれというのなら今の内だぞ。これからはちょっとでこぼこした道なんで危険になる。おぶるか? うん?」

 今度は本気で心配しているような声だ。

「わかった……。たのむよ」

 ぼくはしぶしぶ答えた。

 テオドールがぼくの手を取り、さっとぼくの身体を背中に乗せる。

 そして、言った。

「しっかり掴まるのだぞ」

 ぼくがテオドールの背中にしっかり掴まると、テオドールはスタスタと歩き始めた。進んでいる間、しょっちゅう石が川へ落ちるような音がしたので、本当に大丈夫なのだろうかと、心配になった。

 おそらく、十分もしなかったろう。やっと、洞窟の外に出た。空を見上げると、満点の星が輝き、月明かりにぼくたちが明るく照らし出されている。そこで、ぼくはテオドールに、下ろして、と頼み、テオドールの顔をとくと見つめた。

 白い肌、ダークブラウンの髪、何もかも見通してしまうような、透き通った淡いグリーンの瞳。しかし、若者ではない。ぼくより年上だということだけは確かだ。

「さて、ここからは一人で行くか? それとも……?」

 テオドールが聞いた。

「一緒についてきてよ。ノーラにしっかりとテオドールのことを紹介してもらいたいからさ」

「うむ、では、そうするか。急ごう。家はすぐそこだ」

「ノーラとディータ、心配してないかなぁ?」

「おまえのことなんぞ、心配するわけがなかろう。おまえのように突然空から降ってくるような、迷惑な奴」

 ぼくはむっとして言ってやった。

「あぁ、どうせね! あんなところに避難することになったのも、どうせぼくのせいなんだよ!」

「何のことだ?」

「あ、いやぁ、今のは個人的なことで……」

 ぼくは赤くなりながら言った。

「興味深いな。聞かせてもらっても構わんか?」

「あ――まぁ、うん」

 ぼくはエヘンと咳をして、近くにある大きな石に座った。テオドールも隣に座った。

「つい昨日、ぼくの両親が誘拐された、と知ったんだ。そして、ぼくの直感を頼りに、湖へ潜り、エンゲレスの城とかいう場所に行った。そこで、ある優しい青年に会ったんだ」

 なるべく掻い摘んで話した。

「もしかして、アルスフォンヌっていう名前か?」

 テオドールが聞いた。

「うん、そうだよ」

「そうだと思った」

「アルスフォンヌのことも知ってたんだね」

「あぁ。あの、裏切者め……。みんな、あの優しい青年に騙されておる」

「えぇっ?」

 ぼくは思わず声をあげた。

 あのアルスフォンヌが、裏切り者だって!? じゃあ、ぼくの両親は? ウィリアムズたちは? ほかの人たちは、一体、どうなる?

 ぼくは、完全に騙されたのだとさとり、途方に暮れた。

「話は後からしよう。さぁ、とりあえず家に行こう」

 ぼくらは、とりあえず、ノーラとディータの家に行くことにした。

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