表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

第六章 ノーラとディータ

 ぼくは今、なす術もなく、真っ逆さまに谷の底へ落ちていっている。冷たい風が、下から頬へ吹き付けている。とても痛くて、顔を守ろうと身をちぢめた。が、落ちていくうちに自然に戻っていく。

 途中、掴まって、落ちるのをどうにか防げそうなところがあったが、おそらく、誰にも見つからないだろうから、体力を無駄に消費するだけだ。結局ぼくは、人事を尽くさずに天命を待つことにした。

 風がびゅんびゅんと吹き付ける。まるで、ぼくの肌をだれかが平手打ちしているように、痛い。氷のように冷たい風なので、もっと痛く感じる。

――――あぁ、ぼくはもう終わりだ。せっかくパパとママに会えたのに。

 ぼくは嘆き悲しみ、少しでも最後のときを楽しもうと、ウィリアムズとの思い出、パパやママとの思い出だけを考えることにした。

 一緒に笑って一緒に泣いた。……ありきたりか。一緒にボートから落ちて怒られたこと――――あれは最悪だったな。

 ぼくは一人でクックッ、と笑い、うーん、と背伸びした。落下している途中に何かする、というのは本で読んだことがある。しかし、ここまで簡単だとは思わなかった。

 ところで、まだ下に落ちないのか? ぼくはそっと下を見てみることにした。

――――まだあと少しある。

 ぼくは、チッ、と舌打ちをした。きっと、今のぼくは、何も知らない人から見れば、よゆうしゃくしゃくでバンジージャンプをしている子どもだと見えるだろう。首ぐらいまであったとび色の髪が風で波打っている。

――――今のぼくは最高にカッコイイ!

 最終的に、こういう判断に行き着いた。とくに、何か判断を迫られていたわけではないが、なんとなく判断してみたのだ。死に際になると人間はパニックに陥り、わけのわからないことをしでかす、と聞いた。ぼくの場合はしでかすような状況じゃないけど、パニックには陥っている。

――――もう少しで雲の上に行けるぞ!

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 助けてえぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 ぼくは叫んでいた。と、少女が見えた。金髪をおさげに結っている、色白の少女だ。

――――死んでしまう!

 そう思った瞬間、意識を失った。

 きっと、死んだのだろう。次起きたときはきっと、ふわふわの雲の上にいるはずだ。

 ぼくは身体を動かさず(そもそも気を失っていたら動かないか)、目を閉じたままでいた。


 心地が良い。暖かい。ふわふわしたベッドの上にいるような感じだ。

 ぼくは目を開けた。天使のようにきれいでかわいい顔をした、色白の小さな少年が、ぼくにスプーンでコーン・スープを運んでくれている。ぼくはぼーっとしたまま、口を開け、その熱いコーン・スープを口に含んだ。と、ぱっちりと目が覚めた。

 スープを飲み込み、身体を起こした。

「お兄さん、生きてるよ、お姉ちゃん!」

 天使のような少年は澄んだ声でうれしそうに言った。大声を出しているわけでもないのに、その子の声はよく通る。

 「お姉ちゃん」が来るまで、ぼくはその少年を見ていることにした。ふわふわした金髪の髪。色白のもっちりした肌。澄んだブルーの瞳。ぼくと同じブルーだけど、ぼくのより澄んでいる。服は、手作りに見える。つぎはぎがあるというわけではない。まさに、天使が来ているような服だ。

「まぁ、生きてたのね! 死んだかと思って、心配したわ」

 あの少女だ! さっき、落ちるときに見た、金髪のおさげの少女。この少女も、色白で、瞳も男の子と似ている。よくいうところの、美少女だ。少年の方は、美少年とはまた違う。きっと、この二人は姉弟なのだろう。

「あ……ぼくは、エミリオと言います。エミリオ・タルティーニ」

 姉と弟は瞳をキラキラさせながら聞いていた。

「あ……あなたたちが、助けでくださったのですか?」

 ぼくが聞くと、弟が素早く答えた。

「うん、そうなんだ。エミリオ……って呼んでもいい?」

 ぼくは、もちろん、と見えるように、にっこり笑いかけながら頷いた。

「エミリオが落ちて来るのがわかったから、慌ててベッドを運んで来たんだ。そしたら見事にベッドの上に着地して――――」

「あなたは助かった、ってわけよ」

 姉が弟のふわふわした金髪を撫でながら続きを言った。

「あたしの名前はノーラ」

「ぼくはディータだよ」

 ぼくは、この天使のようなふたりに見惚れていた。

「ノーラとディータね……」

 ぼくはベッドから出ようとした。が、ディータがいそいそと布団にもぐり込んできたので、あきらめた。

「しばらくは休んだ方がいいよ。だって、エミリオは腕を骨折してるんだもん」

 思わずギュウっとしたくなった。するとノーラが、ぼくの気持ちを察したのか、ふふっと笑って言った。

「ギュウっと抱きしめてあげていいよ。優しい気持ちになれるから。あたしは、お湯を沸かしてくるね。あったかいお風呂に入りたいでしょ」

 そしてノーラは、にウィンクをして、その場を去った。顔が熱くなるのを感じた。

「ね、ギュっとして」

 ディータの声で、はっとした。

「うん……ギュっと抱きしめていい?」

「ふふっ、もちろん!」

 ぼくがギュっと抱きしめると、ディータはうれしそうに笑った。

「ぼく、生きてる! でも、ここは天国みたいだ!」

「エミリオ、生きてるよ。ここ、天国じゃないよ。天使いないもん」

「ううん、いるよ」

「どこに?」

「ディータが天使さ!」

 ぼくがさらにギュっと抱きしめると、ディータはもっとうれしそうな声で笑った。

 でも、両親やウィリアムズたちは大丈夫だろうか? ぼくを心配して、無茶なことをしようとしていないだろうか?

 と、ディータがぼくの顔を心配そうにのぞき込んだ。

「どうしたの、エミリオ?」

 はっとして、なんでもないよ、と答えた。

「ちょっと、考え事してたんだ……」

「どんな?」

「ううん、なんでもない。なんでもないから、気にしないで」

 ディータは、訝し気にぼくを見ていたが、にこっと微笑んで、スヤスヤ眠り始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ