第五章 よろこびの再会、そして別れ
「しっ、静かに。ぼくたちはいないことになってるんだから、見つかったらまずいよ……」
ぼくは小声でおしゃべりを始めた四人をたしなめた。
今は馬車の中。カーテンの隙間から差し込んでいる一条の光のおかげで、みんなの顔が見える程度に明るくちょうどよい。外の風景をながめたいという気持ちもあったが、外に誰かいたらまずいので我慢した。
十分ほど経つと、馬車がいきなり止まったのでみんな転がりそうになったが、なんとかつかめる場所を手探りで見つけて掴まった。
「やぁ、やぁ、しばらく」
アルスフォンヌの太い裏声が聞こえる(ウンベルトが吹き出しそうになったのでウィリーが急いでウンベルトの口をふさいだ)。
「奴隷たちを取りにきたのだが……あぁ、待ってくれ。金ならここにある」
金貨がたくさん入った袋を相手に渡す音がした。
「奴隷ナンバーは何番から何番までですか?」
へこへこした声が聞こえた。これはおそらく監視員の声だろう。
「ふむ、そうだな……」
アルスフォンヌは少し困った声を出した。が、すぐに言った。
「奴隷ナンバーは、三十一から六十一までだ。なるべく早くな」
「へぇ」
監視員がうれしそうな声を出した。そのあとに足音が遠ざかっていくのがわかる。奴隷たちを――――そう、両親たちを縄で縛って連れてくるのだろう。
「これで全部です」
監視員だ。
「ひい、ふう、みい……なるほど、全部そろっている。それにしても、小汚い奴らだな」
アルスフォンヌが本物の役人だと信じ込ませるための一言――――そうであってほしいのだが――――を言った。
「それじゃ、ありがとうな。金は渡したな、よし」
アルスフォンヌはそう言って、奴隷たちの縄を引っ張りながら馬車の中へ押し込んだ(奴隷たちは何をされたのか、気力を失っている)。そしてそそくさとその場を去った。
その人たちはぼくらを見ると、驚いてざわざわし始めた。
「なぜこんなところに子供がいるのだ?」
「かわいそうに、捕まってしまったのよ」
「なんてひどい連中だ!」
そんなことを言われているとは知らず、ぼくは一所懸命両親を探した。と、左端の方に見覚えのある髪型、服装をしている男女を見つけた。すぐに誰だかわかった。そう、自分の両親だ。ぼくは興奮し、両親以外の人たちにどいてもらいながら、両親のもとへ向かった。暗がりでよく見えない。が、これは確実にパパとママだ。
「パパ、ママ?」
声をかけると二人はさっと顔を上げ、ママの方が先にぼくを抱きしめた。
「おぉ、エミリオ! なぜこんなところにいるの? 早くお逃げなさい」
パパも、居ても立ってもいられなくなり、ママからぼくを奪い、窒息しそうになるぐらいギュウっと抱きしめた。
「エミリオ、会いたかったぞ。ママの言う通り、どうしてここにいる? 捕まっているのか」
「うーん、ぼくも知りたいよ。なんでぼくがこんなとこにいるのか。今日の朝起きたら、上からまぶしい光が差し込んできて、気づいたらここにいたって感じかな」
ジョークを言った。
「なんと! じゃあ、ユーフォ―にさらわれたってわけか」
パパが真面目な声で言うので、ぼくは控えめに笑った。
「冗談のつもりで言ったんだ……」
パパはそれを聞いて顔をほころばせた。
「もちろん知ってたぞ。お前は強い。だから、そんなグレイごときに負けるか!」
「まぁ、ウィリアムズとウンベルトとウィリーもいるわ!」
ママが少し大きな声で言い、ぼくとパパは振り返った。
「あぁ、うん。そうなんだ。一緒についてきてくれるって言ったからさ。一緒に連れて来たんだ。あとからここまでの話をするよ。
ところで、なぜここにいるか、なんだけどね……あの役人の正体は、城の主なんだ。近くに城があることを知ってるだろう? アルスフォンヌっていうんだ。アルスフォンヌは僕たちの話を聞くと協力してくれるって言ったんだ。で、計画を立てたんだ」
「なるほどな。そりゃ計画は簡単だ。アルスフォンヌが役人に変装していけばいいからな。でも、一つ不思議に思うんだが、役人に変装したところで、バレるのがオチじゃないのか?」
「大丈夫なんだ。アルスフォンヌに聞いた話によると、役人は毎回替えられてるみたいだから、アルスフォンヌが役人の変装をして、演技をしてもバレる可能性は低いみたいなんだ」
パパは疑わしげな目をぼくに向けたが、そうなのか、と最後には信じる事にした。
三時間は馬車の中で両親やウィリアムズ、ウンベルト、ウィリー、その他の人たちと仲良くなって話したり、ちょっとしたゲームをしたりして過ごしていた。今が何時か、今、どこを走っているのか、全く見当がつかなかったが、馬車が止まったので、みんなおしゃべりをやめた。と、さっきみんなが詰め込まれてきたところのカーテンが開き、アルスフォンヌが手招きで、外に出てこい、と合図した。
「行こう」
ぼくはみんなに聞こえるような小声で言った。
出口に一番近い人から順番に外へ出ていく。こうしてみんなはスムーズに外へ出る事ができた。
「ふぅ!」
近くにいたカウボーイのように口ひげが立派な男性がほっとため息をついた。
外に出てわかったのは、そこが谷の上だということだった。
「アルスフォンヌ、ここはどこ?」
ウィリーが聞くと、アルスフォンヌは馬にブラシをかけながら答えた。
「ここはね、さっきのところからだいぶ離れたところだよ。もし僕たちのことがバレたとしても、追いかけて来る確率は少ないよ」
みんなそれを聞いて感心して、すごい、とくちぐちに言っている。しかし、ぼくとその両親は、すごい風がきたらみんな吹き飛ばされて、谷の底に流れている川や、下手したら岩がごつごつあるところに落ちてしまうのではないか、と心配だった――――タルティーニ一家は、細かいところによく気が付く。この場合、冷静に判断できる、と言ったほうが合うだろう。
と、タルティーニ一家が心配しているところに、突風が吹きつけ、馬車と馬二頭が、谷の底へ落ちていった。みんなはそれをぎょっとして、何もできずに見ていた。
「と、とりあえず、もっと安全なところへ行こうか……?」
アルスフォンヌがどぎまぎしながら言うと、みんな大きくうなずき、一刻も早くこの場から離れようと、歩調を早めた。ぼくもみんなと同じように、歩調を早めたが、今度はさっきよりももっと強い突風が吹きつけ、一番うしろにいたぼくがよろめいた。そして、どうにか立つと、突風がぼくの身体をさらった。
「エミリオ!」
ウィリアムズが気付き、叫んだ。
そして、パパのほうがかけ足でぼくを助けに行き、途中でがっくりと膝をついた。
――――ぼくは谷のそこへ風に飛ばされながら落ちていったのだ。
「エミリオォォォッ!」
ウィリアムズとパパが同時に叫んだ。他の人――――ママを除いて――――は何が起こったのか全くわかっていなかった。
アルスフォンヌがパパのもとへかけつけ、何が起こったのかやっとわかると、パパと同じようにがっくりと膝をつき、パパの横で首にかけている、十字架を握りしめ、祈りをささげた。ウィリアムズも同じようにして、自分のお守りを握りしめ、祈りをささげる。
ウィリーやウンベルト、ウォーカーにはまだ状況が把握しきれていない。ただ、何か悪い事が起こった、ということだけしか、まだわかっていなかった。