第四章 エンゲルスの城
直し終わりました! お待たせして、申し訳ありませんでした。
そのまま三十分ほど網で捕えられたままひきずられていたので、みんな傷だらけになっていた。
「このまま網も破けないかなぁ?」
と、ウィリーが言ったが、生憎、自分たちが傷だらけになるだけだった。
なぁ、アイバン、と黒い長髪の男がもう一人の茶髪の男に話しかけた。
「こいつら、売るのはいいけどよ、こんなにガリガリでいいのか?」
「まぁ、問題ないだろうよ。売れればな、売れれば。なぁ、アレクト? 売れなきゃ、おれたちでこき使おうぜ」
茶髪の男はフンと鼻を鳴らして言った。
そんな話をしているとは知らず、ぼくらは網の中で押し合いながらリュックやバックの中からナイフを見つけようと躍起になっていた。そしてナイフを見つけたはいいが、大きな石にぶつかったせいでナイフを落としたのでウィリアムズが悪態をつきまくり、それをアイバンとかいう茶髪の男が見咎めた。
ぼくらは議論を始めた。どうやったら脱出できるかについての議論だったが、男たちは耳が悪かったのでないようまでは聞こえない。しかし、何かうるさくしゃべっているのは聞こえたので、アレクトがイライラと言った。
「なぁ、もう少しで着くんだからよ、静かにしてらんねぇのか」
しかたなく、ぼくらは口を閉じて、傷だらけになりながらひきずられることにした。
目的地には本当にすぐに着いた。しかし、ぼくらはひきずられるままにして、目を閉じていたので、目的地に着いたということはわからなかった。わかったといえば、目の前に大きな物体がある、ということだけだ。目を閉じていても、まぶたは薄いので、日光で目の中が明るいが、日光を遮られると目の中が薄暗くなり、少し肌寒くなるので、それぐらいならわかるのだった。
ぼくは目を開けてみた。きっとウィリアムズたちもそうしたに違いない。
と、目の前には、大きなお城が建っているではないか。ぼくらはその門の前にいたのだ。男たちが何かよくわからない言葉を大声で言うと門が開いた。
なんと、門を過ぎるとそこには、想像したよりもきれいな庭が広がっていた。きれいな草花が植えられていて、小鳥が木にとまってしきりにさえずり合っている。
「あぁ、君たちか! 門が開いた音がしたんで、見にきたよ――――ところで、なんだい、その小さな男の子たちは?」
城から出てきたのは、身なりのきちんとした若いきれいな青年だ。
「これは、アルスフォンヌ様。これらは奴隷です。薄汚いガキどもですが、風呂に入れてやって身なりも整えてやればそれなりにはなると思います」
アイバンが言った。
それを聞いて、アルスフォンヌが眉をピクリと動かした。
「そうか……いいだろう。とりあえず、網から出してあげてくれないか?」
アルスフォンヌが言うと、アレクトがとんでもないという声を出した。
「そんなことしたら、こやつらが逃げるやもしれませぬぞ」
「いや、そんな心配はない。ぼくがそれなりの措置をすでに取っているからね」
アルスフォンヌがそう言い、ポケットからナイフを取り出し網を丁寧に切る。
「さぁ、出ておいで。君たちのことを傷つけたりはしないから。さぁ」
ぼくらは信じられないという顔をしながら網から出た。網から出るとき、猫を一匹見たような気がしたが、気のせいだと思った。
ぼくらが出ると、アイバンとアレクトは腰に差していた剣を少し出し、柄の部分をぎゅっと握った。
「お茶でもどうかね? 君たち。この前新しく入った外国のお菓子もあるんだが……」
アルスフォンヌが問いかけるように言った。
「ありがとうございます」
ぼくは答えた。
アルスフォンヌはにっこり笑ってぼくらを立たせ、ついてくるようにと手で合図して城の中に入っていった。ぼくらは互いに目配せをし、ついていくことにした。 城の中はとても明るく、とても賑やかな雰囲気だ。ドレスを着た女性がドレスの裾を持って頭を下げ、アルスフォンヌのように整った洋服を着ている男性は腰を折って挨拶をした。
アルスフォンヌは階段を一つ上ってしばらく歩いたところの一つの部屋の前で停まった。
「ここがぼくの部屋だよ、入って」
ぼくらはドアを開けて、そーっと部屋に入る。
部屋の中は暖炉のおかげでぽかぽかして暖かかい。目の前には、木でできたお洒落で大きなテーブルと椅子が置いてあった。
「座っていいよ。……パォン・デ・ローというケーキのようなものがあるんだ。食べるかい? あ、コーヒーかお茶かココア、どっちがいい?」
アルスフォンヌは食器棚からティーカップを出しながらエミリオたちに聞いた。
「じゃあ、ぼくには、ココアをください」
ウィリアムズが答えた。
「ぼくには、ミルク・コーヒーをください」
ウンベルトが言った。
「ぼくには、セイロン産のお茶をくださいますか?」
ウィリーが言った。
「細かいな、きみは! ハハハ……」
アルスフォンヌは笑いながら言った。
「ところで、きみは何にするんだい?」
ぼくははっと我に返った。このアルスフォンヌという優しい青年を信じていいものなのか悪いものなのか決めかねていたのだ。そして、まだ決まっていなかったがしかたなく答えた。
「じゃあ、ぼくにもセイロン産の紅茶を……」
「オーケー、オーケー! もしセイロン産のお茶があればね。とりあえずそこで待っててくれないかな。……気になるものがあったら見ててもいいよ」
アルスフォンヌはそう言って天蓋付きの寝心地が良さそうなベッドの脇にある部屋に入っていった。
「ねぇ、信用していいと思う? あの青年のこと」
ぼくはアルスフォンヌの姿が完全に見えなくなってからヒソヒソ声でみんなにたずねた。
「ぼくはいいと思うな。だってあんなによくしてくれるんだぜ? 絶対いいヤツだ」
ウンベルトが言った。
「ぼくも信用していいと思う。理由はないけど、そんな気がするよ」
ウィリアムズも同意見だ。
「ぼくは、信用していいのか、少し心配だけどね……。だって、きっとここは、敵の真っただ中だよ。そん中であの人だけがいいヤツ、なんてちょっと気になるじゃないか?」
ウィリーはぼくの思っている通りのことを言った。
「そう、それだよウィリー。ぼくもそう思ってたんだ。不安だな……」
話しているうちにアルスフォンヌは飲み物の入ったカップがを乗せたぼんを運んできた。そして飲み物を一人一人に微笑みかけながら正しい位置にしっかり配り、ぼんを持ってまた引っ込んで行った。
「いい人には見えるけどね。でも、ぼくが読んだことのある小説ではいい人そうな人ほど凶悪なヤツだったよ。よくあるパターンだろ? ……あぁ、本読まないんだ。本は新しい考えや知識を得られるって、あれほど言ったのに!」
みんながきょとんとしたのを見て、ぼくはイライラと言った。
「まぁとりあえず、今は様子を見よう。行動を起こすのはそれからだ」
と、ウィリアムズがぼくをなだめた。
アルスフォンヌは今度はパォン・デ・ロー(これはポルトガルの伝統的なお菓子だ)と思われるケーキのようなお菓子を皿に乗っけて持ってきた。
「これが、パォン・デ・ローだよ。ぼくが自分で作ると必ず失敗して中心がへこんじゃうんだけどね、やっぱり本場のポルトガルがら取り寄せてよかった」アルスフォンヌはにっこりしながら言った。
ぼくはポルトガルがどこなのかさっぱりわからずに、一生懸命頭の中で地球全体の地図を思い描いてみた。一方、ウィリアムズはというと、ぼくと同じくポルトガルがどこにあるかはわからなかったが、ぽかんと口を半開きにしたままパォン・デ・ローを見つめていた。
「ポルトガルがどこかなんて、わざわざ考えなくても大丈夫だよ。いずれ知ることになるんだからね」
アルスフォンヌがぼくらの様子を見てさとったように言った。
「さぁ、食べよう、そして飲もう!」
アルスフォンヌは元気よくそう言って、ソファーにどっかり座り、パォン・デ・ローをわけ始めた。
食べながらウィリーが口を開いた。
「あのぅ……」
「はにかあっらかい?(何かあったかい?)」
アルスフォンヌはパォン・デ・ローを流そうとコーヒーを飲んだ。
「名前、教えてもらってもいいですか?」
ウィリーが聞くと、アルスフォンヌはにっこり微笑んで答えた。
「アルスフォンヌ・エンゲレス。アルスフォンヌでいいよ。ちなみに、ぼくがこの城の主だ。……君たちの名前も聞いといていい?」
「あぁ、はい。ぼくは、ウィリー・カルステンス」
「ぼくは、ウォーカー・ジャスティン」
「ぼくは、ウィリアムズ・デニス」
「ウンベルト・アーレント」
「エミリオ・タルティーニ」
「オーケー。ウィリーに、ウォーカーに、ウィリアムズに、ウンベルト、エミリオだね」
名前を教え合うとそれで会話は終了した。そしてしばらくまた飲み物を飲んで、パォン・デ・ローを食べていた。
ほんとうに、どうしてアルスフォンヌは僕たちをお茶会的なものに招き入れたのだろうか? 聞いてみてはどうだろうか?
「あの、アルスフォンヌ……さん!」
ぼくは思い切って話しかけた。
「何?」
アルスフォンヌはようやくパォン・デ・ローを飲み込み、ぼくの方を向いた。
「なぜ、もう少しで売り飛ばされそうになっていたぼくたちをあなたの部屋に招待してくださったのですか?」
ぼくの質問を聞いてアルスフォンヌは、クスッと笑って答えた。
「あぁ、そのことか。ぼくはね、君たちのような子供を売り飛ばしてしまうのは嫌なんだ。ぼくも子供のころ売り飛ばされたので、君たちがどんな思いで売り飛ばされそうになっていたか、よくわかる……あぁ、子供がここに連れて来られることは、まずないね。ほんとうにびっくりしたよ」
「……ところで君たち、なぜ。奴らに捕まってたんだ?」
「最初っから話してもいいですか?」
ウィリアムズが言った。
「あぁ、時間はたっぷりあるからね」
アルスフォンヌはゆったりとした口調で言った。
「どうぞ」
「実は、エミリオの両親が誘拐されたんです。昨日。それを今日知って、両親を助けに行こう、という話になって……それでエミリオの直感――――エミリオはどうやら湖に行けばいいと思ったそうなので、それを当てにして行くと、穴のようなものがあって、そこに入るとずっと長く通路が続いてたんです。しばらく行くと、抜け穴があったので、そこから地上に上がると小屋の中で……そこで見つかって捕まったんです」
ウィリアムズはここで一息ついた。
「なるほどね……。ご両親を誘拐されたのか。それは辛い! なおさら助けてあげたいと思うね」
するとアルスフォンヌははっと思い出したように言った。
「ここで一つ、情報提供をしてあげようか? 役に立つかわわからないが……」
それを聞くと、ぼくは目を輝かせて言った。
「はい、教えてください……是非!」
「ちょっと待ってて」
そう言うとアルスフォンヌは今度はぼくらが入ってきたドアから出て行った。
「ぼく、疑って悪かったな、って思う」
ぼくは言った。
「あんなにいい人なのに。勝手に決めつけてた自分が恥ずかしいよ」
それを聞くと、ウィリーもうなずきながら言った。
「ぼくもだよ。あの人はきっと、とても素敵な人に違いない!」
十分ほど経って、飲み物もすっかり飲み終わった頃にアルスフォンヌは戻ってきた。手には何か巻物を持っている。するとアルスフォンヌはをテーブルに置き、ドアの鍵をしっかり閉めた。そしてパォン・デ・ローの食べかけを小さな机に置き、巻物をテーブルに置いた。
「何ですか?」
ぼくが聞くと、アルスフォンヌはちらっとエミリオを見て、茶色く変色しかけている巻物を広げた。その巻物に書いてあるのは――――地図だ。
いろいろ何かメモをしてあるが、何を書いてあるかぼくらにはさっぱりだった。
「ここが、ぼくらのいる城。そしてここが、人身売買組織の本部だ。そして、エミリオのご両親がいるのは、おそらく、本部からこっちの森に向かって二、三キロ(メートル)離れたところにある、奴隷用牢屋……かな? 奴隷を入れておく牢屋のようなところだと思う。君たちはそこに行くんだ、役人のフリをしてね。しかし、君たちはまだ小さい……。ウム、ぼくが役人に変装しよう」
アルスフォンヌの話を聞いてウィリアムズが「なるほど」と言った。ぼくもこの話に大賛成だったが、一つ心配なことがあった。ぼくの両親や他の人たちを助けるためにぼくらに協力したということが知られたらアルスフォンヌはどうなってしまうのだろう、と心配になり、言った。
「ぼく……ぼくたち、あなたの身に何かあったら必ず助けに行く!」
「ははっ、ありがとう。でも大丈夫だよ。ぼくにはこのつるぎがあるからね……あ、君たちにも一本ずつプレゼントするよ。はい、どうぞ」
アルスフォンヌはそう言ってテーブルの下に置いてある、立派な剣を人数分取り出し、命名に与えた。
アルスフォンヌがそう言っても、必ず助けに行くぞ、と心に決めた。
「あ、君たち。僕には敬語なんか使わないでくれないかな? 苦手なんだ」
アルスフォンヌは言った。
「わかった、アルスフォンヌ」
ぼくは親しみを込めて名前も言った。
「了解、アルスフォンヌ」
ウィリーも言った。
「オーケーだよ、アルスフォンヌ」
ウィリアムズも言った。
「うん、わかった。アルスフォンヌ」
ウンベルトもまねした。
するとアルスフォンヌが明るく手をひらひらと振りながら言った。
「じゃあ、そろそろ行こうか?」
「準備はできてるよ。ウィリアムズは?」
エミリオが言った。
「できてる。ウィリーは?」
ウィリアムズが言った。
「オーケー。ウンベルト?」
ウィリーが上着のしわを直しながら言った。
「うん、大丈夫。アルスフォンヌも?」
ウンベルトが言った。
「大丈夫だよ、ウンベルト。それじゃあ、行こう!」
五人は城を出て、近くにある小屋の中へ入った。
そこでアルスフォンヌは完璧と言える役人の変装をした。アルスフォンヌの話によると、本物の役人はあと少なくとも一時間は来ないそうだ。そして、違う声を出す練習を少しして、やっと外に出た。近くにあった大きな馬車に乗り(ぼくらは後ろの荷物を積むところに乗った)、アルスフォンヌは奴隷たちがいるところへ馬車を走らせた。
さぁ、両親を助けに、出発だ!