第五十三話 希望の灯は消せない
凶竜機の圧倒的な力によって龍神を消滅させたゼオルは、魔界全土に向け、自身の勝利を宣言した。
「魔界の者どもよ! 貴様らの希望である龍神は既に没した! さあ、我にひれ伏すが良い!」
「まさか、ここまであなたがするとは……」
そのゼオルの元に現れたのは、ティタニアルだった。
ゼオルは、見知った様子でティタニアルに話し掛ける。
「ほう、ティタニアルか、だが、貴様であってももうどうする事も出来んぞ!」
そう言い、自身の力を誇示するように大きく機体を反り返らせると。
「龍神の死と共に魔界は絶望と恐怖で塗りつぶされた、勝敗は決したのだよ」
ゼオルは勝ち誇ったようにティタニアルに告げた。
「そうでしょうか?」
「何?」
予想外のティタニアルの言葉に、困惑するゼオル。
「あなたの思い通りにならない人々も居る、ということですよ」
ティタニアルはそう言うと、ゼオルによって映し出された魔界の光景へと目を向けた。
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「そんな……隊長が……」
龍神の敗北と消滅を眼にし、セラフィは呆然と立ち尽くしていた。
「危ない!」
棒立ちのアルヴェルドに襲い掛かったレギオンを、ジルドリンの腕部ブレードが切り裂いた。
「チェルシー……」
「諦めちゃ駄目だにゃあ!」
弱々しい声のシルフィに、チェルシーは励ますように叫ぶ。
「でも……」
「隊長は、ヒロはいつでも諦めなかったにゃあ! 例えどんなにピンチになっても、絶対に!」
そう言いながら、集まるレギオンの群れに散弾を叩き込むチェルシー。
既に機体もかなり損傷しており、あちこちから火花が散っている状況にも拘らず、チェルシーの闘志は折れてはいなかった。
「だから、だからにゃあ達も諦めちゃ駄目だにゃあ!」
「その通り!」
そのチェルシーの言葉に答えるように、ドゥーズミーユが猛スピードで彼らの眼前へ滑り込んだ。
その圧倒的な質量による衝撃に、周囲のレギオンが一斉に弾き飛ばされる。
「親方……!?」
驚くシルフィ達に、親方は何時ものマイペースな口調を崩さずに話し続ける。
「やっと修理が完了したぜ、こっちに着いた時の衝撃で動力系をやられちまってたが……」
「何の話だにゃあ?」
「まあ見てなって、艦長!」
呼びかけられた艦橋のノーグスは、この時を持ち望んだとばかりに拳を振り上げ。
「はぁい~ 行きますよ~」
思い切りそれを真っ赤なボタンへと振り下ろした。
「ドゥーズミーユ~戦闘形態~!」
その言葉を合図に、巨大な戦艦が、凄まじい音と揺れ共にゆっくりと形を変えていく。
「へ、変形した!?」
地震が収まり、そこに居たのは通常の精霊機より遥かに大きな鋼の巨人だった。
「全武装~一斉発射~!」
そしてその巨人の各部に搭載されたレーザー砲、ミサイルランチャー、ロケット砲などが一斉にレギオンの群れへと放たれたのだった。
その頃王都近郊で戦っていた魔王軍も龍神の敗北を眼にし、動揺が広がっていた。
「まさか龍神が負けるなんて……もう御仕舞いだ!」
あちこちで絶望したような声を上げる魔王軍の兵士。
中には武器を捨て、戦場から逃亡する者まで出ていた。
「ええい、何を腑抜けておるんじゃ!」
その混乱の中を、ガルザスはたった一機で奮戦していた。
右手のバズーカ砲や両肩の榴弾砲を乱射し、レギオンの群れを蹴散らしていく。
「ですが、龍神はもう……」
「あれくらいで龍神は負けぬ! ワシはそう信じておる!」
弱気になっている部下を励ますように叫ぶガルザス。
彼はあの光景を目にしても希望を全く捨てていなかった、それは彼が龍神の戦いを眼にし、その力を信じていたからであり。 また自身も龍神のように皆に希望を与える存在でありたいと思っていたからであった。
「敵の増援です!」
「ぬう……!」
只でさえ数の差が大きいところに、更に敵の増援、最早ここまでかと彼が覚悟を決めようとしたその時。
「デモニック・カタストロフ!」
彼らの後方から飛来した漆黒の魔力が、レギオンの群れを包み込んで消滅させた。
「この魔力は……!」
「この手触り、この空気、フ……やはり戦場は落ち着くな」
そこに立っていたのは、蝙蝠の様な真っ黒な羽を付けた、漆黒の精霊機だった。
荘厳な装飾に包まれたその機体は、戦場の空気を一変させるほどの凄まじい闘気を放っていた。
「魔王様!?」
その機体は、幾多の試作を繰り返しようやく完成した魔王専用機、ダークロード・カタストロフであった。
この土壇場で完成したその機体に乗り込み、魔王自らが前線へと赴いたのだ。
「勇敢なる魔王軍の兵達よ! ここが正念場だ、確かに我らも消耗している、だが、それは敵も同じ事だ!」
混乱する魔王軍が、その言葉に次第に統制を取り戻していく。
「突破口を切り開く! 私に続け!」
その命令と共に、魔王軍は一斉に攻撃を再開した。
最早絶望している者の姿は、そこには無かった。
久方ぶりの戦場を満喫するように暴れまわっている魔王に、ガルザスが隣接し、諌めるように話し掛けた。
「魔王様、あまり無理は……」
「分かっているさ、だが、ここは無理をするべき場面だ、そうだろう?」
魔王も龍神が敗北した事は知っていた、だが、だからこそここで絶望してはいけない、そう考えていたのだ。
「くれぐれも御身を大切に、では……御武運を」
そう告げ、ガルザスもまた戦場の中へと消えていった。
「龍神ばかりに戦わせはしない、我らの世界、我らの力で守り抜くのだ!」
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「何故だ……! 何故奴等は絶望しない、既に奴等の希望である龍神は消滅したのだぞ!」
その光景を目にし、信じられない物を見る様な口調でゼオルは叫ぶ。
「分からないでしょうね、既に絶望と恐怖の虜になってしまっているあなたには……」
ティタニアルはその様子を見て、悲しげな口調でそう呟いた。
「だが、奴等がいくら足掻いたところで、既に趨勢は決している! 何をしても無駄だ!」
そう何かを振り切るように叫び、ジルヴェインで大きく地面を揺らすゼオル。
「彼らの希望、彼らの思い、それらが集まった時、奇跡は起こる」
「何を言って……!」
その圧倒的な力を目にしながら、ティタニアルは全く怯えた様子を見せなかった。
そして彼女の周りに、いくつもの小さな光が、何処からともなく集まり始めたのだ。
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「ここは……」
俺が目を覚ますと、そこは真っ暗な上も下も無いような空間で、俺の体は中に浮かんでいた。
「そうか、俺はあいつに吹き飛ばされて」
あの凶竜機との戦いを思い出す、確か俺は、あいつに負けたんだよな……
「ヒロ!」
「リュミルさん?」
そんな事を考えていると、背後からリュミルさんに話しかけられた。
俺を見つけると彼女は泣きながら俺に縋り付き、必死に謝ってきた。
「ごめんなさい! 私が貴方を止めなかったから……」
「リュミルさんのせいじゃありませんよ、俺が勝手にやった事です」
「でも……」
龍神に乗るたびに命を削られているのはなんとなく分かっていた、それでも闘う事を止めなかったのは、誰かに強制されたとかじゃなくて、俺がそうしたいからやっただけだ。
だから俺はこうなった事に後悔もしていなかったし、この事で誰かを攻めるつもりも無かった。
「多分止められても効果無かっただろうし……」
そう呟くと、俺は話題を変えるためにさっきから気になっていたことを聞いてみる。
「それより、ここは一体?」
前にリュミルさんと会話した場所と似ているけれど、ここはそことは違って、神秘的な雰囲気に包まれているような気がする。
良く分からないけど、何か大きな力を感じるような……
「それは……」
リュミルさんがそれに答えようとしたその時、周囲が突然眩しい光に包まれた。
「うわっ!?」
その光に驚き、思わず眼を瞑っていると、光の指してきた方向から、荘厳な声が俺に話し掛けてきた。
「始めまして、龍神を駆る物よ」
その声のしたほうを向き、薄目を開けて確認しようとするが、あまりの眩しさに上手く目が開けられない。
声からして女の人ってのは分かるけど……
「ええっと、貴女は……?」
「ヒロ、貴方はここまで良く戦ってくれました、まずは感謝を」
「は、はぁ」
「ここは世界の狭間、魂の帰る場所、そして私は、ここの管理人とでも言えるでしょうか」
彼女の言葉から推測するに、ここは天国みたいな場所で、彼女は……神様?
ってことは、やっぱり俺はあの時死んで……
「もしかして、貴方が俺を?」
「貴方の肉体は龍神の器と共に消滅しました、しかし、精神はこうして残っています、私の力を使えば、貴方の世界へと戻る事が出来るでしょう」
「それは……困ります、俺は、あっちの世界でまだ遣り残した事がありますから」
その彼女の申し出は嬉しかった、だけど、俺はまだ帰るわけには行かなかったし、ここで帰りたくも無かった。
「もし、貴方がまだあちらの世界で戦いたいのであれば、それも可能です、ですが……」
俺の言葉に彼女は戸惑いがちに答えると、そこで言葉を一端切って。
「貴方は……それで宜しいのですか?」
逆に俺に問いかけてきた。
「?」
彼女の言葉の真意が良く分からず、俺が答えを躊躇していると。
「ここまで貴方は存分に見知らぬ世界のために戦ってくれました、ここで戦いを止め、貴方の世界に帰りたいとは思わないのですか?」
もう一度彼女から問いかけられた。
その言葉に俺は、ゆっくりと自身の考えを告げた。
「俺、一つの事に熱中すると周りが見えないっていうか、本でもゲームでも、途中で止められなくて、徹夜で終わるまでやっちゃうんですよ」
参ったな……上手い例えが思いつかない。
「ええと、つまり俺、中途半端は嫌なんです、ここまであっちの世界に関わって、いきなり終わりだなんて」
結局俺は、飾らずに単純な言葉で俺の思いを伝える事にした。
「ヒロ……」
その俺の言葉に、リュミルさんが俺をまじまじと見つめてきて、少し照れくさい。
「それに……あいつに一発やり返さないと、気が済まないですから!」
それは俺の本心だった、あそこまでボコボコにされて、黙ってあっちに帰るなんて絶対に嫌だった。
結局世界の平和だとかそういう大それた事じゃなく、思いっきり私怨で戦うのが俺らしいというかなんというか……
「……分かりました、貴方のその決断に、敬意を」
「これは……」
彼女のその言葉と共に、俺の視界は再び真っ白に包まれ……
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「ありがとうございます、ヒロ様、そして我らの主よ」
ティタニアルは、ヒロと自身の主の為に、心から感謝を告げた。
それは世界を守る物としてでもあり、この世界の只の一人の住人としてのものでもあった。
「貴様何を言って……!?」
ティタニアルの突然の言葉に驚くゼオル、そして。
「光が、集まっていく」
彼女の周りに漂っていた小さな光が空中の一点に集まり出し、次第に形を持っていく。
「これは……まさか!」
「輝く龍の神、再びこの地に……」
そしてその光が模ったのは、黄金の光に包まれたあの龍神だった。




