第三十六話 終焉の胎動
ガリス海海上のある地点に、連日騎士団所属の戦艦が十隻程集まっていた、彼らは真下の海中に沈んだ旧王都に張られた封印解除を試みていた、しかし予想以上に強固な封印に、いたずらに時が過ぎるばかりで、目立った成果を挙げられずに居たのだった。
「ええい、まだ例の封印は解けぬのか!」
苛立たしげに、この部隊の隊長、ローウェル・ドライスクが部下に話し掛ける。
「我が方の術士を総動員しておりますが……」
この海域に到着してからもう二週間と少しが過ぎ、その間全く進捗が無い事に、彼らの間には疲労と焦りが蓄積していた。
「ローウェル」
「ラツィオン様!? 何時の間に……!」
そのローウェルの背後から、音も無く十騎士の一人、ラツィオンが話し掛けた。
「我の事は如何でも良い、其れよりも、未だ封印解除為らぬとは……」
「も、申し訳」
ローウェルとラツィオンに直接の面識はあまり無い、しかし無影のラツィオンと言えば、騎士団内では優秀な騎士であると共に無慈悲な粛清者として知られ、恐怖の対象であった。
「この作戦にはサンダルフォン様も並々ならぬ関心を注いでおられる、その意味が分かるな?」
「……は、ははーっ!」
「であれば良い」
そのラツィオンが、わざわざ進捗状況を確かめに訪れ、また十騎士筆頭であるサンダルフォンの名前まで出したのだ、彼でなくとも、これ以上時間を掛ければばどうなるかは明白であった。
ラツィオンが一瞬で消えた後、ローウェルは覚悟を決めた顔で、封印へと向かった。
「こうなれば……!」
「ローウェル様!? 何を!」
ローウェルが選択したのは、封印の至近距離で聖光機を暴走させ、無理矢理封印を破壊する方法だった、この方法は何度か検討されていたが、搭乗者の安全が確保できない事、また解除できたとしても内部に何らかの悪影響が及ぶのではないか、との懸念から、却下されていた案であった。
「もはや手段を選んでなど居られんのだ!」
一般団員の乗った聖光機達が激しい光に包まれ、次々と爆発していく、そしてその光が収まった後、半球型のレンズの様であった封印の上部がガラスを割ったように破壊されていたのだった。
「やった!」
ようやく封印を解いたことに、彼らが喜びに包まれたのも束の間。
「がっ!?」「これは……!?」「がはぁ!?」
何者かが放った光の渦に、彼らは一瞬で消滅させられていた。
____________________________
あの砂漠での戦いの後、ようやく体調が回復した俺は、艦橋で指揮を取っていた。
丁度艦は砂漠を抜けた所で、ガリス海沿岸の港町、ポルトルイスへと向かっているのだった。
「そろそろ~ポルトルイスに~着きますよ~」
「そこから旧王都に行くんだにゃあ?」
ティタニアルさんの話によれば、ポルトルイスから船で暫く南に行った所に、旧王都が沈んでいる地点があるらしいのだが……
「まずはその町を騎士団から取り戻さないと」
強行軍で砂漠を突破したものの、途中で戦闘になったこともあり、艦の物資や食料はかなり厳しい水準まで来ていた。
まずはその町を魔王軍の手に取り戻し、補給を受けてからではないと、旧王都へ行くのは厳しいだろう
「報告!町が何者かに襲撃されている模様!」
「何だって!?」
物見の報告を受け、ポルトルイスに急行した俺達の目に飛び込んできたのは、町を破壊する見慣れない機体の姿であった。
鈍い銀色に包まれたその機体は、異様に丸みがかった得意なフォルムをしており、かろうじて人型をしているが、脚部にあたる部分が存在せず、まるで人間味を感じないデザインであった。
「騎士団の機体とも我らの機体ともまるで違う、あれは一体……」
「しかも~騎士団の機体と~戦ってます~!」
ノーグスさんの言葉通り、その機体は町だけではなく、町を占領していたであろう騎士団の機体に対しても、無差別に攻撃を仕掛けていた。
「とにかく町を守らないと!」
「分かったにゃあ!」
あれが何なのかは分からないが、町が襲われている現状を放って置くわけにはいかない、そう判断し、俺は皆と共に出撃する事にしたのだった。
_______________
「……あれは……もしかして……」
町を襲う異形の機体を見て、怪訝そうに呟いたシルフィの声、それは出撃の喧騒の中で、誰にも聞こえることなく消えて行ったのだった。




