第三十二話 思いと力、その向かう先
あの白い球体を倒した後、まともな戦力の居なくなった要塞制圧を魔王軍の他の部隊に任せ、俺達は倒れたシルフィさんの見舞いに艦の医務室を訪れていた。
「シルフィさん、大丈夫?」
「……大丈夫……」
ベッドに寝ていたシルフィさんは顔色も良く、医者の話によればただの貧血で特に後遺症なども無いようだった。
「息災な様で良かった」
「でも、どうして急に倒れたんだにゃあ?」
その問いに、シルフィさんはゆっくりと答え始める。
「……あの……首の無い」
「ああ、あの操縦席を潰しても動いてた、どういう仕組みだったんだろ」
「……あれは……死者……」
「死者?」
「死者が……動かしている……」
「そこから先は、私が説明しましょう」
医務室の扉から入ってきたのは、見覚えのあるドレス姿の神秘的な女性だった。
「……族長……!? どうして……」
「あなたは……えーっと」
「ティタニアル・エルバースです、お久しぶりですね、ヒロ様」
「どうやってここに?」
「転移魔法です」
便利だな転移魔法……
その女性、エルフ族の族長ティタニアルさんは、俺に恭しく礼をし、話し始めた。
「結論から言えば、あの機体には操縦者が乗っていません」
「乗ってないのに何故動く?」
レンカが訝しげに問いかける。
「戦場に漂う死者の怨念を動力としているのです、無念のまま散った戦士達の思いを吸収し増幅させ、機体を動かすエネルギーとしているのでしょう」
「感じた……暗く……恐ろしい……思い」
「あなたは里の中でも感受性が特に強い子でしたから、あれ程の負の想念に耐えられなかったのでしょうね」
「機体が再生していたのは?」
「あれは通常の精霊機とは全く違う存在で、装甲や動力系も怨念によって形成されているはずです、怨念が無くならなければ壊れる事はありません」
成程、だから操縦席を潰しても無駄だったし、多少の損傷からは復活して襲い掛かってきたのか、まるでゾンビだな。
「そんな物、どうやって倒せば……」
ドラギルスなら消滅させて倒せるけど、レンカ達や魔王軍の機体がそれをやるのは難しいだろうな……
「あれを完全に倒すには、恐らく怨念の核になっている部分を潰さねばならないでしょう」
「その核はどこに?」
「……多分……心臓……」
「シルフィさん?」
シルフィさんが戸惑いがちに話し出す、あの時のことを思い出しているのだろうか。
「見えた……心臓に……集まっている……」
人間で言えば心臓ってことは、左胸か。
「そこを狙えば良いんですね、他の魔王軍にも伝えないと」
「教えてくれてありがとう、シルフィ」
「…………」
俺の礼に、シルフィさんは少し照れくさそうに無言で頷いたのだった。
「それで、ティタニアルさんはそれを伝えに?」
「それもあるのですが、もっと重要な事柄があるのです」
そう言うと、ティタニアルさんは俺に向き直り、俺をじっと見つめながら話し始めた。
「ヒロ様も見られたでしょう? あの巨大な白い球体を」
「あれを知ってるんですか?」
「ええ、あれは千年前の戦いで天界側が使用した殺戮兵器「バアル」です」
「天界があんなものを」
「龍神によって倒されたはずだったのですが、恐らく騎士団が発掘、再生させたのでしょうね」
千年前にもう戦っていたからドラギルスが知っていたのか。
「でも、もう隊長が倒したんですよね!」
「ああ」
「いえ、バアルはまだ序の口なのです、私がここに来た理由にも関係していますが、千年前の戦いで使用された兵器は、あれを遥かに凌ぐ物が多々ありました」
あれにも結構苦戦したのに、あれより強い兵器がゴロゴロしてるだなんて、想像もつかないな……
「ですがその多くは戦いの中で失われ、今残っている物は殆ど無いでしょう」
「だったら問題は無いのでは?」
「千年前の戦いで龍神に匹敵すると謳われた天界の兵器が眠る地、かつての王都の封印が解かれようとしているのです」
龍神に匹敵する兵器? かつての王都? 初めて出てくる単語に困惑している俺を察したのか、ティタニアルさんは詳しく説明してくれた。
「そこは千年前、最も美しく、最も栄えた都市でした、ですがその兵器と龍神との戦いの余波で破壊しつくされ、今は海中に没しています」
「そんなことが……」
一つの都市を破壊し、海中に沈める程の戦いか……もしその兵器と俺が戦ったら、またそんな事が起こってしまうんだろうか。
「龍族と共に戦った物たちは、龍神との戦いで破壊された兵器の残骸が眠る王都そのものを、強固な封印によって封じました」
「ですが、その封印が解かれようとしている気配を感じ取ったのです」
「騎士団か」
「ええ、バアルを再生したように、王都に眠るあの兵器を再生させられ、それが破壊を始めれば、魔界全体、いえ、人間界をも巻き込んだ悲劇を起こしかねません」
確かに、龍神と同等の力を持つ兵器が暴れまわったら、相当な被害が出るだろうな、リーゼやエリィさんが居る王都も無事じゃすまないかもしれない。
「ヒロ様、もう時間はあまり残されていません、不躾なお願いで申し訳ありませんが、今すぐ旧王都へ向かってもらえないでしょうか」
「そういうことなら、断る理由は無いですよ」
「ありがとうございます」
こうして俺達グランセイバー隊は、旧王都があるという魔界南西部のガリス海に向かう事になったのだ。
ティタニアルさん達が出て行った後、何だか落ち込んでいるようだったシルフィの様子が気になった俺は医務室に残っていた。
そんな俺に、シルフィさんが申し訳なさそうに話し掛けてきた。
「……ごめん……なさい」
「?」
何か謝られるような事あったっけ……?
「私……役立たず……だったから」
どうやらシルフィさんは、あの時気絶してしまった事を気にしているようだった。
「大丈夫、気にしてないよ」
「……でも」
「あの首無しの弱点だってシルフィさんのお陰で分かったんだし」
「私……必要……?」
顔を近づけて問いかけてきたシルフィさんに、少しドキッとしながら、あくまで平静を装って答える。
「もちろん! シルフィさんは俺にとって大切な仲間だよ」
それは俺の本心だった、少し変わったところはあるけれど、悪い人じゃないってのは分かってたし、戦闘でも頼りになる大切な仲間だと思っている。
シルフィさんにも俺の事を仲間だと思ってもらえればと思ってるんだけど、シルフィさんは良く分からないからなぁ……
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ヒロが去った医務室で、シルフィは一人真っ赤になった顔を布団で隠し、先程のヒロの言葉を何度も頭で繰り返していた。
「どうして……こんな……気持ち……」
今までこんな気持ちになったことは無かった、今までの私は、自分が興味のある事をただ追い求めていただけで、ヒロに近付いたのも最初は単なる興味だった。
それなのに、ヒロと話しているだけで、心の奥が暖かくなって、さっきみたいな言葉を掛けられると、まるで炎の魔法を使われたように頭の中がかぁーっとなって、何も考えられなくなってしまう。
こんな現象は初めてだ、私をこんな風に変えてしまうなんて、ヒロは一体……?
「……これが……龍族の……力?」
シルフィの思案は、彼女が眠りに落ちるまで延々と続いたのだった。




