第二十八話 予兆
「朝か…」
「おはよう御座いますご主人様」
温泉宿のベッドで目を覚ました俺は、なんだか重たい体をどうにか起こして、エリィさんに挨拶する。
「おはよ、エリィさんは早いね……」
「今日はご主人様より早く起きられました」
エリィさんが入れてくれた紅茶を飲みながら一息付き、自分の状況を改めて確認する。
「それでさ……」
「はい?」
「何で皆俺のベッドで寝てるのかな……」
「寝相が悪かったのではないでしょうか」
「そうなの!?」
驚いた事に、エリィさんを除く四人全員が俺のベッドで寝ていたのだ、昨日枕投げを終えた時には皆自分のベッドで寝ていたはずなのだが、いつの間に移動してきたのだろうか。
このままベッドに居ると色んな所が触れたりして不味いので、皆を起こさないように気をつけながらベッドから降り、静かに朝食に向かった。
暫くして朝食にやってきた皆は何事も無かったかのような顔をしていおり、俺はなんでベッドに居たのか聞き辛くなってしまい、結局気にしないことにした。
エリィさんの言ってたとおり、寝相が悪かったということにしておこう、うん。
朝食を終え、部屋に戻ってくると、これからどうするかと言う話になった。
「私は温泉に入る、支配人に聞いたのだが、朝風呂というのも乙な物らしいのでな」
「……私も……入る……」
「にゃあもそうするにゃあ」
俺も温泉に入ってこようかな、と思い部屋を出ようとした時、リーゼに服の裾を引っ張られた。
「リーゼ?」
「ヒロ様、少し時間を頂いても宜しいですか?」
真剣な顔で頼むリーゼを断ると言う選択肢は、俺には無かった。
宿の中庭でリーゼと散歩する、こうやって二人きりで話すのってリーゼとはあんまりなかったからちょっと新鮮だな。
「ふふっ、朝の日差しが気持ち良いですね、ヒロ様もそう思いませんか?」
「あ、ああ」
朝日に照らされたリーゼの笑顔は、何だか輝いているように見えて、少し見惚れてしまった。
「私……ヒロ様に改めて御礼が言いたかったのです」
「お礼なんてそんな、俺は自分がやりたいからやってるだけだし……」
「ヒロ様のお陰で、お母様もオルガも、城の皆や王都の民に至るまで、笑顔を取り戻すことができたんです」
「それは言いすぎじゃあ」
「それだけではありません、私個人としても、ヒロ様と出会って、その…… 今までに無い気持ちを知る事が出来たんです」
「えっ……」
今までに無い気持ちってもしかして、いや早合点は良くない、でもそうだったらどうしよう、二人きりでこういう雰囲気だし……
あくまで表情は平静を装いながら、俺の心中はかなり混乱していた。
「私は今まで、友人というものを持つ事がありませんでした、皆私が公女であるということで、どこか遠慮していたのでしょうね」
「ですがヒロ様は、そんな私にも分け隔てなく、対等な友人として接してくださいました、私は生まれて初めて、友情というものを知る事が出来たのです」
俺をまっすぐに見てリーゼはとびっきりの笑顔で微笑む、その表情に俺の邪な気持ちは全てどこかに行ってしまった。
「ああ、友情ね友情! いいよね友情!」
「ヒロ様の事を思うと、時々胸がすっごく熱くなったり、時には締め付けられるほど切なくなるのです、これが友情なのですね!」
「そっかぁ~友情かぁ……」
「ヒロ様? どうかされましたか?」
「なななんでもないよ!」
勝手に勘違いしていた俺が悪いのだが、なんとなく残念な気持ちになってしまった。
まあ、こんなに可愛い子と俺がそうなるなんて想像できないしなぁ……
「俺としては、普通に接してただけなんだけど」
「それならそれでよいのです、私にとっては十分救いになりましたから」
そんな風に思ってくれてるなんて知らなかった、やっぱり公女ってことで色々寂しい思いをしてきたのだろうか、俺がそんなリーゼの心を癒せていたらいいんだけど。
そんな事を思いながら、俺とリーゼは中庭を一周するまで歩いていた。
「そろそろ、皆さんのところに戻りましょうか」
「じゃあその前に、改めて…… これからもよろしく、リーゼ」
「は、はい!」
そう言って差し出した俺の手を、嬉しそうにリーゼは握り返したのだった。
魔王城に帰ってくると、魔王から話があると言う事で謁見の間に呼び出された。そこには何時もの様に豪華な椅子に座っている魔王と、隣に立っているオルガさんの姿があった。
「温泉旅行は喜んでもらえたかな」
「ええ、とっても良かったです、ありがとうございました」
「いや、こちらが礼として提供したのだ、楽しんでもらえればそれで良い」
向き直って魔王は真剣な表情で話し始めた、ここからが本題らしい
「それで…… 今後の事なのだが」
「ヒロ様には、独立部隊を率いて頂きたいのです」
独立部隊って何だろう? そんな表情をしていた俺を察してくれたのか、魔王が説明してくれた。
「ヒロ殿の龍神機は色々規格外で、我らの正規軍とは足並みが揃わないだろう、であれば、ヒロ殿と少数の部下だけの隊を別に作り、それを自由に運用してもらった方が効率的ではないか、そう考えたのだ」
「先日の闘いでヒロ様も見られた新兵器の陸上戦艦、あれを母艦に使って頂いて構いません」
「あんな良いものを頂けるんですか?」
親方の話だとあれはまだ試作の一隻しか完成していない物で、かなりの貴重品のはずなのだが。
「正直に言うとだな、工房の話ではまだまだ実践での経験が足りないらしい、そこで記録集めも兼ねて託したいのだ」
「なるほど」
実際に戦場で運用して、その時のデータを量産する際の参考にするということなんだろうな、リアルロボット作品の主役機がよくやっているような感じだろうか。
「これから我らの魔界奪還の戦いは更に激しさを増すであろう、ヒロ殿の力をまた貸して欲しいのだ」
「分かりました、何処まで出来るかわかりませんけど、やれるだけやってみます」
「感謝する」
断りきれずに引き受けてしまったけど、隊長になって部下を率いるなんて出来るのだろうか、そんな不安を抱えながら、俺の戦いは新たな局面へ突入していくのだった。




