第十六話 動き出す幽鬼達
昨日の戦いから一夜明け、王都にはいつもの賑やかさが戻り始めていた。
俺はそんな王都の大通りを、リーゼとエリィさんと三人で歩いていた、リーゼが先頭で俺がその少し後ろ、更に後方にエリィさんという形だ。
「ヒロ様とお買い物なんてワクワクです!」
「そんなに喜んでくれるとこっちも嬉しいよ」
「チェルシー様へのお詫びの品、精一杯選ばせていただきますね」
「そんなに肩肘張らなくても、あくまで参考程度だから気楽に気楽に」
あの一騎打ちの光景を目の当たりにした騎士団は、ガブリエルが倒された事を悟り、戦闘再開する暇も無く全員が即座に撤退して行ったらしい。
結果的に被害は王都の外周部に留まったが、民家などが何十軒も倒壊してしまったらしく、復興にオルガさん達はてんてこまいの状況らしい。
そんな訳なので、約束の買い物は予定より一人減った状態で行く事になったのだ。
この買い物は、俺が酷い事をしてしまったチェルシーへのお詫びの品をみんなに選んでもらう、というものだったのだが。
「うわぁ、こんなに美味しい物初めて食べました!あと三つほど頼めますか?」
「あいよ!龍神焼き三つだね!」
「リーゼ様、口の端に餡が付いております」
「あんまり食べ過ぎるとおなか壊すから程ほどにね……」
リーゼはその目的を忘れて、ただ買い物を満喫しているような…… まあ、リーゼが楽しんでるのを見るのは好きだから別に良いけど。
「ヒロ様、どうかなされましたか」
俺の視線に気付いたのか、リーゼが話し掛けてきた。
「いや、楽しそうにしてるリーゼは可愛いなぁって」
「~~~~~~~~!」
「リーゼ?」
「お、お手洗いに行ってきます!」
リーゼは顔を真っ赤にして、物凄い勢いで走り去ってしまった、食べすぎかな?
「ヒロ様……あまりそのような事は軽々しく言われないほうが宜しいかと」
「?」
エリィさんが呆れた顔をしている。
俺はリーゼがトイレから帰ってくるまで、エリィさんと話している事にした。
「エリィさんはさ、どんな物を買えば良いと思う?」
「ヒロ様の真心が入った物であれば、どんな物でも宜しいかと」
もうちょっと具体的に言って欲しい……いや、真心は大事だと思うけど
「ヒロ様はお優しい方ですから、誠意を持って謝ればきっと相手の方も分かってくれると思います」
「そんな風に言われても、俺別に特に優しくないし……」
「そんなことはありません!」
「えっ?」
ちょっと驚いた、エリィさんが大声を出すなんて珍しいな。
「も、申し訳ありません」
「いや、気にしてないけど」
「コホン、ヒロ様はメイドである私に対しても、敬意を持って対等に接して下さいます、それに仕事で困っている事はないか小まめに気にかけて下さいますし、時には私の仕事を手伝って下さる事さえあります」
それくらい普通だと思うんだけど、こっちの世界ではもしかして違うんだろうか?
「そういうヒロ様を私は優しいと思っていますし、その、好ましくも思っているのです」
「そっか、ありがとう、嬉しいよ」
お世辞が入ってるかもしれないけど、エリィさんみたいな可愛い人に悪く思われてないってのは正直とても嬉しい、でもこれで浮かれないで、この期待を裏切らないようにもっと頑張らないとな。
「お待たせしました、もう大丈夫ですよ!」
そんな事を考えていると、リーゼが帰ってきた。
「じゃあ、買い物再開と行こうか」
「はい!」
そして俺達はまた、買い物へと歩き出した。
__________________________________
どこかの大きな屋敷の大広間に、十人ほどの男たちが集まっていた、男達は格好も年齢もさまざまで、ぱっと見まるで共通点の見当たらない集団だったが、一つのテーブルを囲むように座っていた。
そのテーブルの奥には、一際目立つ派手な衣装の男が、特別製の椅子に堂々と腰掛けていた。
その男に、音も無く背後に現れたフードの男が恭しく話し掛ける
「サンダルフォン様」
「ラツィオンか、首尾はいかに?」
「はっ、命じられた裏切り者二人の粛清、完了いたしました」
メタトロンは元より、実はガブリエルにも粛清命令が出ていたのだ、彼は密かにガブリエルへの謀反を企てており、もし一騎打ちに勝ったとしても、ラツィオンに粛清される末路だった。
「そうか、ご苦労だったな」
「いえ、実際に手を下したのは私ではありません」
「何?」
「実際に奴らを葬ったのは、龍神を名乗る魔王軍の機体でした」
「ほう、この短期間に十騎士を二人も葬るとは、もしや祖奴、真の龍神かも知れぬな」
「フォッフォッフォッ、真の龍神か、実験材料としてぜひ欲しいのう」
まず発言したのは、白い大きな髭を生やした白髪の老人だった。
「龍神だがなんだか知らねぇが、強ぇってんなら戦いてぇなぁ、あんたはどう思う、ミカエルの旦那?」
次に話し出したのは、見るからに凶暴そうな、髪を逆立てた顔に大きな傷のある男だった。
「…………」
ミカエルと呼ばれた身長2m以上はあるだろうスキンヘッドの大男は、その呼び掛けに対しまったくの無反応であった。
「はっ、相変わらず無口だねぇ……」
「まったくザドキエルは品性が無い、ちょっとはこの溢れる知性を持つ僕、ラファエルを見習ったらどうだい?」
「んだとてめぇ!」
「これだから粗忽物は困る、こんな粗暴な男は十騎士には相応しくないのでは?」
ザドキエルと呼ばれた男と口喧嘩を始めたのは、ラファエルと名乗った金髪の美青年で、何故か常に薔薇を右手に持っていた。
「よさぬか二人共、サンダルフォン様の御前であるぞ」
二人を仲裁したのは、いかにも歴戦の騎士と言った感じの、無骨な中年の男であった。
「そう言えば、カミエル殿の姿が見えぬが……」
「カミエル殿はまた持病の発作だそうで、家で床に臥せっておられるようじゃ」
「はっ、十騎士の癖にまともに前線にも出られねぇとか、情けねぇにも程があるぜ」
「そのカミエル殿に手も足も出なかったのは、どこの誰だろうね……」
「てめぇ!」
「よさぬかと言っておる!」
「!」
その時、まったく発言していなかったミカエルが、大きくテーブルに拳を打ちつけた、突如響き渡った重低音に、騒いでいた面々が静止する。
「チッ……」
「済まなかったミカエル殿、この僕としたことが冷静さを欠いていたようだ」
静まり返った面々を見渡して、サンダルフォンがゆっくりと話し始める。
「ふむ、では本題に入ろう」
「我らをわざわざ招集したのですから、相当の事態が起こったのでは?」
「そうだな、まずは先程話に出た龍神についてだ、ラツィオンの報告通りであれば、奴は我らに匹敵するか、勝るかもしれない実力の持ち主ということになる」
「それほどの実力とは……」
「そこで我らも、相当の戦力を持って事に当たらねばならん、ザドキエル、ミカエル、ザフィエル!」
「おう!」
「……」
「はっ」
ザドキエルは嬉しそうに、ミカエルは無表情で、ザフィエルは厳粛に応じる。
「貴行らがまず向かってくれ、一人では戦わず、必ず二人以上で戦いを挑む事。よいな」
「なっ、マジかよ……」
「単純馬鹿のザドキエルがそんな命令守れますかね」
ラファエルが皮肉そうに呟く
「守ってもらわなければ困る、裏切り者であったとはいえ、既に十騎士を二人も失っているのだ」
「しょうがねぇなぁ……」
その言葉に、ザドキエルは渋々頷いた。
「そして次に、魔王軍が開発したという新兵器だ」
「新兵器……ですか?」
「ああ、光神機が手に持てる大きさの筒のような物から、鉄の玉を高速で射出する物らしい」
「そんなものが」
「そこで、ハニエル!」
「フォッフォッフォッ、ワシにそれを研究しろと仰るので?」
ハニエルは未知の技術に興味を隠せない様子で、身を乗り出して答えた。
「そうだ」
「じゃが、出来れば実物が欲しいのう、伝聞だけでは良く分からん」
「それはラツィオンに命じよう、出来るな?」
「仰せとあれば」
ラツィオンは簡素に礼を返すと、音も無く何処かへと消えた。
「ラファエルカミエル両名は、今まで通り私の補佐をやってくれ」
「このラファエル、全力を尽くしましょう!」
ラファエルは、心底嬉しそうに薔薇を構えたポーズで答えた。
「では、各自そのように」
そしてサンダルフォンは、胸の前で十字を切るようなポーズをしながら、祈りを捧げた。
「我らの神の為に」
「「「「「我らの神の為に!」」」」」
暫く後、誰もいなくなった大広間で、サンダルフォンは一人呟やく。
「多少目障りだったとは言え、責の無いメタトロンをも粛清したのは時期尚早だったか……?いや、既に我らに趨勢は決している、今更多少の不確定要素があった所で」
そして彼は、椅子から立ち上がってこう言った。
「もし本当に千年の時を経て龍神が現れていたとしても、何も問題はない、私には「あれ」があるのだからな、ふふ、ははは、はははははははは!!」
彼の言う「あれ」が何なのか、それが龍神機とどのように関わるのか、それを知る者は、まだ彼以外には誰も居ないのだった。




