さくらの郭
かわいそうだと思った。
九条は渋面をつくりながら、舎弟に差し出された女を見つめた。
「若、こいつの親が前言ってた奴らです」
「そいつらは」
「とっくに逃げてました」
「ったく……」
はァーあ。と溜息をはけば肺に溜まってた煙がゆらゆらと蛍光灯に透けながら上へ向かっていく。目の前で女が、それをじっと見つめていた。怖がる素振りはない。制服を来て地べたにそのまま座る様は幼いような気もした。赤いくちびるが、真っ黒な髪と、血を疑うような真っ白な肌に映えている。今時めずらしいほど美しい容姿。違和感が残るとすればひとつ、ここに連れてこられてからなんの感情も見せないビー玉みたいな目だった。
「そいつは?」
「置いていかれてたんで好きにしていいかと……、売り飛ばせばかなりの額になるかと思いますけど」
「だな。……おい」
女に声をかけると、蛍光灯に向かっていた視線がゆっくりとこちらに移された。
「名前は?」
「………」
「名前だよ。お前の名前」
「………」
何の反応もないのを見かねた舎弟が小声で「そいつさっきからずっと喋らなくて」と言った。ふうん。こんなところに連れてこられて殺されてもおかしくないのに、喋らないのか。もしかしたら喋れないのかもしれない。相変わらずなんの色もない瞳は、美しい容姿を人形じみたものにしていて、ちゃんと呼吸をしているのかと疑うくらいだった。
こういう風に売り飛ばされる女は、大抵ソープ。この女もそうなるのだろうか。裸になって泡まみれになりながら男のもん握ってる姿を想像してみる。
「……?」
女がようやく、黙り込んだ俺を見る。目が黒い。何も映さない無機質な、まるでビー玉みたいな。
目と同じ色の髪を撫でてやると不思議に思う様子もなく、笑った。ここに来て初めて表情を見せたのは、笑顔だった。向かいにいた奴がヒッと引きつった声を出した。顔の表情筋全体を弛緩させたように笑うその姿はまるで子供だった。これは、鈍いなんてもんじゃない。こんなところに来て笑って。なんにも理解していないのだとようやく理解した。
「頭の回線おかしいんだなこりゃ」
使いもんになんねえなと呟く。
呟きながらも長い髪を撫でれば、女はきゃらきゃら笑って俺の手に自分の頭をすり寄せる。
「バラしますか」
「……そうだなァ」
薬に漬ける必要のなさそうな様子に、思わずつられて笑んでしまった。白痴の女はうつくしかった。バラすのは勿体無いねェなァと言えば、そばにいた何人かは頷く。
「郭だな」
「は?」
「頭がよければ、番付も張れただろうが、こりゃ無理だ。長瀬んとこ渡しとけ」
未だに遊郭の香りをのこす歓楽街の、ひとつの見世にいるババアの名を言えば、一瞬こわばった顔をした舎弟らは、それでも頷いて下がっていった。長瀬の見世はワケあり物件の見世だ。年季入った女か、病気持ちしかいない安い『食事処』。最低な見世。安くて汚くて、あの界隈でも最底辺の見世だった。
「おまえは“桜”だ」
透明の目を見て言えば、透明なまま返事もせずにぼんやりしている。ふと気まぐれは起こった。小さい顎を引き寄せて口づけをしてみた。
嬉しいのか、なんなのか、笑った。
「桜」
かわいそうだと思った。
邪気の無い、透明な、うつくしい白痴の女が愛おしかった。
力のないものに対する庇護欲にはすこし遠い、憐れむことで生まれる愛おしさだった。
「可愛そうになァ」
笑いながら、じゃあなと手を放した。
女が、気のせいかもしれないが一寸、不思議そうな色を目に宿した気がした。
「…………ごめんなァ」
そう言えば、意味がわからないだろうに笑ったが、もうそこにはなんの色も見つけることが出来なかった。




