神様の頼みは断れない
次に目を覚ました時、眠気は綺麗になくなっていた。
身体が軽い。
今なら爆転も出来るきがする。
「…てかここどこ?」
知らない天上だ。
ていうか天上もなにもないけど。
ただ真っ白な空間が続いているだけ。
『おや、目が覚めたかな?』
ふと、後ろから声が聞こえる。
はっとして振り返ると、ひとりの男が立っていた。
美形だ。
かっこいいとか整ってるとかじゃなくて、もっと心理に迫る美しさがある。
声もイケボ。
全ての感情をない交ぜにしたような、何の感情も込めていないような、酷く躍動感のある無期質な声。
光に包まれていて、そこにいるのかあやふやなのに、圧倒的な存在感。
矛盾と混沌を整然と並べたような…。
それはまるで、………
『そう、ぼくはかみさま。はじめまして』
そう言って男はにこりと微笑む。
不思議とその言葉はすんなりと腑に落ちた。
目の前の存在は神としか形容の仕様がなかったから。
でも、自分のこと様付けかよ。
それはちょっとないわー。
神を名乗った男は苦笑いしながら俺を見る。
そんな表情もイケメンです。
もう嫉妬心も湧かない程イケメン。
『……きみ、心の声はぼくに筒抜けだからね』
「えっ、うそ?!俺のプライバシー!!」
全部聞かれてたとか恥ずかしすぎる!
てことは今考えてることも聞かれてる!?
やだ!どうしましょ!
『まぁ、気にすることはないよ。今日はちょっとお願いがあってね』
「…お願い?」
神様もお願いとかするんすか。
初耳。
『まぁ拒否権はないけどね。でも、きみにとっては簡単なお願いだから大丈夫』
「拒否権ないって………命令じゃんよ………」
神様は案外独裁者らしい。
まあプログラムはプログラマーには逆らえないのだ。
当然と言えば当然か。
『ん?それで、頼みなんだけど、きみには違う世界で魔王をやって欲しいんだ』
慈愛に満ちた柔和な笑み。
俺は数十秒間思考停止した。
………は?
まおう?
まおうって魔王?
いやいや、ないない。
あ、もしかして異世界転生ってやつ?
前に一回ネットで読んだなー。
でもあれって死んで転生だったよね。
違うの?
イレギュラーもあるの?
それとも俺死んだの?
てかそもそも転生って勇者とかじゃないん?
よく分からん。
なんせ読んだのは一回だけだし。
こんな事になるなら転生モノをもっと沢山読んどけば良かった…。
『…大丈夫?』
話しかけられてはっとする。
神様、俺が悩んでる間ずっと待っててくれたのか。
細やかな気遣いも出来るイケメンは俺、ひいては非モテ男子の敵。
『とにかく、きみには魔王になってもらうから。よろしく』
「……て、ストップ!何で!?何で俺!?」
俺は魔王なんて器じゃないでしょう!
『ぼくはね、かみさまだから、ある世界の新しい魔王を探してたんだよ。
地球は最近魂で溢れてるからひとつくらい貰っても大丈夫でしょ?
だから地球で最も魔王の素質のある魂を捜したんだ。
それがきみってわけ』
いやいや、俺は善良な一市民ですよ?
俺のどこに魔王の素質のあるんすか!
『魂が呼びかけに応えたから……とか言っても分からないよね。
きみ、ここに来る前、老人とかご婦人とか少女に話しかけられたでしょ?
実はあれがテストだったんだよ』
老人とかご婦人とか少女……。
あ、電車の中で俺が無視したやつか。
「いや、あれは眠かったから答えなかっただけで……」
『やぁ、凄かったなぁ。
出来るだけ庇護欲を掻き立てられるような人選をしたのに全員無視だもん。
あの冷徹さはまさに魔王!って感じだね。
しかもきみ、最後の女の子に向かって「うるせぇ、黙れ」って言ったでしょ?
あれ、声に出てたからね』
え、まじか。
確かにそんなこと思ったな。
声に出てたとは。
反省。
『きみは合格だよ!』
「もっと他に俺よりいいやついんだろ…」
口ではそう言ったが、神様に合格判定貰うのは悪い気がしない。
たとえ何の合格であれ。
こんな突拍子もない話でも神様に言われると逆らう気が起きない。
全て神の意のままになるように、文字通り魂に刻みつけられているのかも。
『ぼくが認めたんだからもっと自信もって!
大丈夫、ちゃんとオプションもつけてあげるから。
まず、言語・文字の能力でしょ。
それから魔王っぽいスキルは勿論全部つけてあげるし、頑張って修行すれば最強になれるだけの才能もあげるね。
ぼくもたまに会いに行ってあげるから安心して。
何か他に欲しいものある?』
なんだろ。
お金と装備と知識と…それから、
「………あんたみたいなイケメンになりたい…とか」
神様はキョトンとした表情を見せた後、はにかむようにして言った。
『そう、いいよ。でも、たぶんモテないよ、あはは』
嬉しそうに笑う神様を見ながら、俺の意識は遠のいていった。
神様が望むのなら頑張らなくてはと思う。
元の世界に大して思い残すこともない。
強いていえば家族や友達に別れを告げられなかったことかな。
例え思い残す事があってもどうせ神様には逆らえないんだし。
今までの人生では神様なんて信じたことなかったけど。