第六話 街道
馬車に揺られ、草原の道をゆっくりゆっくりと進んでいく。馬車の車輪が心地よく揺れ、吹き抜ける爽やかな風が眠気を誘った。俺は馬車に積まれていた樽にもたれかかりながら、大きなあくびを一つする。幌が日差しをさえぎってくれるおかげで、馬車の中は寝るには最適な環境だった。
「ルフさん、この道って魔物とかは出ないんですか?」
「草原ではほとんど見かけませんね。森を通るときには、たまに見かけることもありますが」
「へえ、なら安心ですね」
俺は馬車の床にごろんと横になった。せっかくこんなに気持ちがいいのだ、危険がないならこういうときは昼寝するに限る。俺がそう思って目をつむると、リーネのため息が聞こえた。
「ヤシマ、あなたあれだけ眠っておいてまだ眠いの?」
「ん? ああ、何か知らないけど眠くてしょうがない」
「それ、もしかすると体力が減ってるんじゃないの? ちゃんと休憩モードにはしたわよね?」
「休憩モード? なんだそれ」
「呆れた。ウィンドウを出して、教えるわ」
「ごめん、ウィンドウもわからん」
俺がそう言うと、リーネはやれやれとばかりに頭を押さえた。彼女はほうっとため息を漏らすと、原始人でも見るような目でこちらを見てくる。
「あなた、ウィンドウの見方も知らないの?」
「…………まあな」
「何にもないところを見て、タップって言って。それで出せるはずよ」
本当にゲームそのまんまの世界なんだな、ここ……。ウィンドウまで出せるって、いったいどんな原理になっているんだか。俺は呆れつつも、虚空をにらんでタップとつぶやく。すると、俺にとっては見慣れたふぁんたじぃはーれむのステータス画面が出てきた。
ヤシマ・タカオ
LV1
体力:21/50(30分につき1回復)
魔力:3 /20(50分につき1回復)
シンプルすぎる表記だが、これがふぁんたじぃはーれむのステータスだ。プレイヤーが探索などの行動を行う際には体力を消費し、モンスターを召喚した際には魔力を消費する。プレイヤー自身は戦闘を行わないので、この二つですべて事足りるのである。
てっきり、ゲームのステータスを引き継いだんじゃないかとか思っていたが……そういうわけでは残念ながらなかった。レベルも能力も両方とも初期値である。強いて言うなら、回復するのにやたら時間がかかるようになっていた。これがゲームと現実の違いだろうか。
「ウィンドウは開けた?」
「見えないのか?」
「ええ、他の人のウィンドウは見えないようになってるわ。見えてるんだったら、一番左上にある休憩ってところを見てタップって言って」
「ああ……」
そういえばふぁんたじぃはーれむは、休憩設定にしないと体力とか回復しないんだったな。イベントの時に休憩を忘れていて体力切れなんてことを良く起こしたにもかかわらず、すっかり忘れていた。俺は左上にある緑の休憩ボタンを睨むと、タップとつぶやく。すると画面が暗くなり、全身を力が駆け巡るような感覚が現れる。
「これが休憩か……!」
「結構気持ちいいでしょ? まあ、古代薬とか飲めばもっと凄いらしいけどね」
「一度くらいは飲んでみたいな、それ」
気分も良くなったので、俺は昼寝するのをやめて馬車の外の景色を眺めることにした。
すると草原の端に木立が見えてきて、馬車はその中へと突き進んでいく。最初はまばらにしか生えていなかった木々は急速にその密度を増していき、気が付いた頃には鬱蒼と茂る森になっていた。天を隙間なく緑の葉が覆い、降り注ぐ日差しは弱弱しい。空気はたっぷりと湿気を孕んでいて、森特有の土の匂いがした。
「結構深い森ですね」
「そうですな。ここがスイルの街へ行くための唯一の難所です」
「あと、どれくらい続きますか?」
「三時間もあれば。なあに、日暮れまでには抜けられますよ」
ルフさんがそう言ったその時であった。
前方の木の葉ががさりがさりと音をたてて揺れる。風は吹いていない。明らかに動物か魔物の仕業だ。俺たちはとっさに石板や武器を手にすると、何者かの襲来に備える。その次の瞬間、白い何かが道へ飛びだしてきた。
「ホーンラビットです!」
ルフさんが悲鳴を上げた。その脇を白い影がすりぬけていく。それはとんでもなく大きな兎だった。一瞬見えただけだったが、大型犬ぐらいの体格をしている。その頭には人差し指ぐらいの長さの角が生えていて、きらりと輝いていた。あの質量で角をぶつけられたら、とても痛いどころでは済まないだろう。
「ちッ、まだ魔力が!」
「任せて! ファイア!」
リーネの手にソフトボールサイズの炎が灯った。彼女はそれを勢いよく下手で投げつける。すると球は吸い込まれるような曲線を描き、宙を飛んでいたホーンラビットの巨体に見事命中した。着弾点を中心として一気に炎が燃え広がり、白い身体がほんの一瞬だが紅に飲まれる。
「キイ!!」
熱に気を取られたのか、ホーンラビットは着地に失敗してしまった。その際におかしな方向に足を着いてしまったのか、足を引きずり、その動きが格段に鈍くなる。
ルフさんが短剣を手に馬車を降りた。彼は背中側からホーンラビットへ近づくと、一気にその身体を短剣で貫く。動きが鈍っているホーンラビットは、その一撃を避けることなどできなかった。たちまち血が噴き出し、白い巨体が仰向けに倒れる。討伐完了である。
「へえ、結構魔法って使えるんだな」
盗賊戦の時は全く役に立っていなかったが、少し認識を改めるべきかもしれない。俺の中で魔法の評価が一気にアップした。これは俺も覚えた方がいいかもしれない。
「まあね。ほとんどザコ専用みたいな感じだけど」
「いやいや、それでも十分ですよ。私一人ではおそらくやられていました」
そういうと、ルフさんはリーネに頭を下げ、ホーンラビットの死体を袋に詰めた。そしてぎゅっと紐を結ぶと、盗賊たちのいる馬車の奥へと押し込む。ただでさえ狭いのにさらに荷物が増えたため、盗賊たちは露骨に顔をゆがめた。……まあ、自業自得としか言いようがないけどな。
「ホーンラビットって食べられるんですか?」
「もちろん、高級食材ですよ。私は扱ってませんが、市で高く売れます。街に着いたら皆さんにもお分けしましょうか? 売らなくとも料理屋へ持ち込めば、適当に調理してくれるでしょう」
「やった! ホーンラビットのステーキって大好物なのよね……!」
そう言ったリーネの眼はとろんとしていて、口元はだらしなくゆがんでしまっていた。そんなにおいしいのか、ステーキ。俺も思わず期待でごくりと唾を呑みこんでしまう。街に着くのが、ますます楽しみになってきたなぁ……!




