プロローグ 俺の嫁
ソーシャルゲーム。
現代日本の若者なら、ハマるかハマらないかは別として誰でも一度ぐらいは体験したことがあるんじゃなかろうか。俺も最近、携帯をいわゆるガラケーと言うタイプからスマートホンへと買い換えたことをきっかけに始めてみたのだが、見事にハマった。自称ゲーマーの俺は、それまで知ったかぶりで「もしもしゲーやる奴とかwww」などと巨大掲示板に書き込んでいたりしたが……今では暇な時間はほとんどつぎ込むほどのコアユーザーだ。自分で言うのもなんだが、廃人とかそんなレベルだと思う。
俺がハマってしまったゲームの名は「ふぁんたじぃはーれむ」。名は体を表すというが、まさに直球ストレートなネーミングだ。美少女キャラクターのカードを集めて強化し、最強の美少女軍団を作るというのがコンセプトのゲームで、システム的には特にひねりはない。時間ごとに一定の割合で回復する体力を使ってダンジョンや未開の地域を探索し、ときどき他のプレイヤーと対戦して強さを競い合う。はっきり言って、似たようなソーシャルゲームは星の数ほどあると言っていいぐらい、オーソドックスなゲーム性だ。
けれど、ふぁんたじぃはーれむは他と違った。
カードのクオリティーがとにかく素晴らしかったのだ。
この手のゲームは無名のイラストレーターを雇っている場合がほとんどなので、カードごとにイラストのクオリティーが大きく違ったり、酷い場合だと他のゲームの使い回しだったりする場合が多い。だが、ふぁんたじぃはーれむは違う。偏執的と言っていいレベルで造り込まれた、肌や髪の質感が感じられるほどの美麗なイラスト。それがなんと一万枚も用意されている。かかった経費などを考えれば、正気の沙汰でないとすら言っていいかもしれない。だが、それが俺の心を鷲掴みにした。俺の他にも課金民族ダイヤ人――ダイヤとは課金用のゲーム通貨である――なる連中が大量に現れているので、結果としては十分採算は取れているだろう。
一万種類にも及ぶカード。その中でも俺のお気に入りは「紅騎士ランスーリア」というカードだ。このランスーリアというキャラを一言で言ってしまえば、おっぱい騎士。一万種類、つまり一万人にも及ぶ美少女キャラの中でも最大のサイズを誇るお方である。その数値たるや驚異の103センチ、推定Kカップ。フルアーマーの鎧が胸の部分が大きく膨らんだいわゆるおっぱいアーマー状態になっている。このエベレスト級の山と長く伸びた緋色の髪、さらにサディスティックな鋭い眼差しに、生粋の巨乳主義者である俺の心はときめいた。二次元相手だけど、一目ぼれと言っていいかもしれない。
しかし、彼女のレア度は最高の七つ星。ガチャでの出現率は0.01%という途方もないものだった。しかも同じキャラクターの下位互換カードというものは、ふぁんたじぃはーれむには存在しない。そのためこの都市伝説レベルの数字に打ち勝たねば、彼女を手に入れることは絶対にできないのだ。俺はどうにか彼女を引き当てようと、なけなしの給料のほとんどをガチャにぶち込んでいるのだが……まだ出ていない。だが、今日はそんな俺に最大のチャンスが巡ってきた。
「ほっほっほ、課金力五十三万の実力を見せてあげましょう……!」
同僚に誘われてやむなく購入した馬券。それがどういう事か当たった。絶対に当たらないだろこれとか言いながら、半分ネタで買った大穴もいいところの馬券が、信じがたいことに当たったのである。配当金は驚きの七万円。千円分購入していたから、約七十万もの大金が手元に転がり込んだことになる。俺はそのうち最低限必要な家賃や通信費などを残し、五十三万――正確には、六十万ぐらいだが――をガチャにぶち込むことにした。どうせあぶく銭だし、パーっと景気よく使った方が経済にも良いだろう。
「しゃあッ!」
気合を入れて「十連ガチャ」と書かれたボタンをタップする。ガチャの演出が始まり、壮麗な神殿と複雑な魔法陣が映し出される。やがてその魔法陣が金色に輝き、白い光とともに少女が現れた。肝心の顔は――違う。その後も次々と少女が現れたが、どれも俺の求めているランスーリアではなかった。気を取り直してまた十連ガチャを押し、彼女が現れるまでひたすらそれを繰り返す。
そうして一時間ほどが過ぎた時、それまでとは違う反応があった。魔法陣が虹色に輝いたのだ。超激熱演出――俺は思わず床に置いていたスマホを手に取り、うおおっと気合を注入する。そして次の瞬間――
「キターーーーーー!!!!」
俺の嫁ランスーリア! ついに来た、来たぞ!!
鋭いが吸い込まれるような瞳と燃え立つ紅髪。そして何より、彼女を象徴するスイカにだって負けない最大最高の膨らみ。画面の向こうにその戦乙女を思わせる美しい姿が現れた途端、俺の喜びは最高潮に達した。もうこのまま昇天しても、俺の生涯に悔いはないかもしれない。
『本当に悔いはないのですか?』
突然、俺の心を読みとったように天の声みたいなのが響いてきた。悔いか……強いて言うなら、経験はしておきたかったな。
『その願いならば、すぐに向こうで叶えられるでしょう。それ以外には?』
幻聴だろうに、ずいぶんしつこいな。うーん、ない。あったとしてもすぐには思いつかないし、わざわざ幻聴のために考えるのも面倒だ。
『では、さっそく旅立ちです』
そう声が聞こえたかと思うと、視界が急に白に染まった。やがて足元の感覚が消失し、身体全体がエレベータにでも乗ったかのような浮遊感に包まれる。
「え、ちょ!!!!」
スマホを必死に握りしめながら、俺は情けない声を響かせた。