埋没少女、火のない所になんとやらその2
長らくお待たせいたしました。区切りのいいとこで切ったつもりだったのですが…
「それだけ噂になってるんだから、色っぽい事の一つ二つはたまた三つ四つくらいはあるわよね?」
うふふ、と可憐に微笑む菜々美はしかし、目にはっきりと好奇心が光っている。
ギャップはすごいが萌えられない。
「色っぽいこと、とは」
「あらやだ、そんなこと…ありのまま話せばいいじゃない」
ありのまま話したらそれすなわち色々なものを失いそうで怖いんですが!
だって奥さん、あなた突然「直視しただけで垂涎ものの美男子に結婚を前提としたお付き合いを申し込まれましたのうふふ」とか友達に言われて信じますか?!しかも記憶の隅から隅までひっくり返しても初対面の男に!
私だったらすっごい曖昧な笑みとおめでとうを送りながらその実腹の中で「あーこの人妄想癖でもあったかな、いや乙ゲー小説の読みすぎはたまた結婚詐欺か、なんにしても危ないぞ」とか思っちゃうよ!
ああ思っててリアルっていうか絶対間違いなく引かれる!
「ちょっと、意識飛ばさないでくれる」
「おっと、そろそろよい子はお家に帰る時間」
「私達はよい子じゃないから構わない」
なんと。
「もう、さっきから堂々巡りじゃない」
いい加減吐きなさいよね、とか横暴にもほどがある呟きに戦慄を覚える。
この友人は一度そうと決めたら徹底的に目的を遂行するために行動するのだ。
そしてこの場合遂行される目的それすなわち私に結婚を前提に云々を吐かせるということ。
いかん、それだけは避けねば。
羞恥で死ねる。
「そんなに言えないようなことされたの」
「は、あぁ、いやされてはないけど」
「はーん、されてはないけど言われたわけだ」
うぐ、とつまる私になるほどなるほどとうなずく菜々美。
誘導尋問とは卑怯な真似を!
「で、でも言わないからね!」
「あー、わかった分かった、まったく強情なんだから」
はーやれやれと肩を竦める友人に、おかしいな、そこはかとなく殺意が湧く。
もとはといえば…いや、直接の原因はあの王子なのだ。
人にあたるのはよくないと母も言っていたし、よし落ち着いてきた。
そして落ち着いてくるとさっきからの疑問に思考が向いてくる。
「というか、何故氷?」
「え、今さら?」
信じられないというように目を見開かれる。
そんなに驚くようなことを言っただろうかと首をかしげると、ため息をつかれてしまった。
「・・・・逆に知らないことの方がすごい」
呆れたようにつぶやかれ、頭を振る。
そんな常識だといわんばかりな態度を取られてもこちらとしてはさっぱりだ。
「夕津深洋っていったら、氷王子の異名通りの冷たい無表情がクールって大人気の有名人じゃない。ほら、入学してすぐ噂になったの、告白してきた女の子に『僕のどこが好きなの?』から始まり見た目とスペックだけで寄ってこられることがいかに迷惑か淡々と語られた末にばっさりと『あぁ、それと僕好きな子がいるんだ』で強制終了したっていうやつ…え、本当に知らないの?」
ぽかんと間抜け顔のままフリーズする私にいよいよ驚き瞠目する菜々美。その反応から相当噂になったのだろう、ということが伺える。
もともとミーハーっ気が皆無な上に騒ぎの元は全力回避姿勢の私のことだ。
『へぇ、そんな有名人がいるんだ。まぁ世界が違うし、関係ないよね』とか右から左へつるっと通してしまったのだろう。
いや、こんな状況じゃなかったら今でも確実にそうしている。
それが今できないのは、それだけ“有名人”な男子が公衆の面前、白昼堂々と私に喋りかけたということ。
いや、問題はそれ以外にもある。
「誰、それ…」
「はっ!?」
いや、はっ!?はこちらのセリフです。
「だから、その氷王子って誰?私があったのはすごい笑顔で『結婚を前提に付き合ってください』とか常人には到底理解できないセリフをのたまったキラキラ王子だけ…!!!」
「…」
「……」
しまっ、た…!!
「なーんて、えへへ」
「意味の無いごまかしをするな」
無表情で叩き切られ脳内で血反吐を吐く。
ぐるぐると浮かぶのは切腹の二文字。
今ここに小太刀があったら迷わずに自害したい、いや現実逃避はやめよう。
「…確かに、それは“誰”ね…」
引きつった笑みを顔に貼り付ける私に、無表情のままつぶやく。
「い、や、でも絶対罰ゲームかなんかだって!あんなまさに高嶺の花みたいな人が私に告白って事自体何を血迷ってるのかって話だしそれに…」
“僕好きな子がいるんだ”
「それに?」
「…好きな人ともし付き合うことになったとして、お相手に印象悪くなってしまうと思うんだ」
「はぁ?」