埋没少女、歯車狂いその3
「ッ、ー~~ふは、僕の事知らないの…?」
「え、あ、はい…」
本当になんなんだろう、この王子。
ひとしきり笑って涙を指で拭い、意味深ににっこりと笑いかけられる。
…う、なんだか威圧感。
「夕津深洋です、以後よろしく」
「せきつ、みひろ…さん?」
「あぁ、同学年だから敬語はやめて、ね?」
「はぁ…」
ばさばさと音のしそうな長い睫毛に縁取られた目が細められる。
対する私は、この状況を掴みきれずただ生返事を口から絞り出すので精一杯。
完全に目の前の王子、もとい夕津深洋とやらに気圧されてしまった。
「それで、本題なんだけど…」
「あ、はい、なんでしょう」
やっと話に入るらしい、思わずほっとした。
早くしないとせっかくのご飯が冷めてしまう!
夕津のいやに真剣な顔に知らず背筋を伸ばしたが、次の瞬間には不機嫌そうに秀麗な顔が歪んだ。
「敬語」
「…はい?」
「だから、敬語はやめてっていったじゃないか」
「…」
拗ねたようにこちらを見てくる。
え、それそんなに重要?
「えーっと…な、に?」
「うん、あのね」
途端に花も綻ぶ笑顔を向けられた。
ちょっと本気でこの人読めない。どうしよう。
一瞬本気で逃げたくなったが、焼き鮭セットのために気合いで踏ん張った。
まぁゆな、きっとあと少しの辛抱だ。
内容はよく分からないけどどうせ金持ちが庶民へ話すことなどそんなに時間がかかるわけでもないし、少し聞いてお引き取り願えばいい。
…その少し、の内容がこれからの学校生活を大いに狂わせるとは、神様のあんちくしょうは本当にお茶目らしい。
王子はその聞きほれるような美声で、私の歯車をいとも簡単に狂わせるのだ。
「僕と結婚を前提に付き合ってほしいんだ」
「………」
「?ゆなさん?」
大丈夫?と目の前でひらひらと踊る手のひら。
思考停止、混迷乱擾、茫然自失、目の前の美青年は何を言っている?
「…あ、なんだ」
人は予想外の事態にたたされると逆に頭がフル回転するらしい。
行き着いた先は“遊びの一環”。
あぁ良かった、下手に取り乱したら赤面ものだ。
「罰ゲームですね」
「そんな無粋な真似はしないし、敬語なおってるよ」
そんな睨まないでください、美形が怒ると恐ろしいって本当なんですねこわい!
「いや、だって、」
「本気なんだけどな」
「結婚を前提にって普通の高校生の男女交際にしてはぶっ飛びすぎじゃないかな!?」
あぁ、そこ問題じゃないだろ、自分!
けれど相手は更に上をいっていた。
「本気の愛に段階は関係ないよ」
うわああああこの人危ない!
罰ゲームにどんだけ力込めてるんだ!
さっきまでの悠長な自分をぶん殴ってやりたい。今の私は焼き鮭<<<越えられない壁<<<対処仕切れない目の前の王子!!
「無理です!!」
勢いよく立ち上がって脱兎のごとく逃げ出す。
今日の私は超ラッキーガール。
ラッキーカラーは赤色、何をやってもうまくいく。
現実はその正反対、二度と占いなんか信じるものか!!
「ふふ、逃げたら追いたくなるのが男なのに、ね」
残された男は呟いた。
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