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Blade + Uno ~冒険の終わりで賢者タイム~

作者: 夏目カガリ



 長かった旅もようやく終わりを迎える。あとはこの城、奥深くに居る魔王を倒すのみ。 俺たちのパーティーは傷らしい傷もなく、準備も万端。MPだって余裕がある。


「この扉かね」


 一際、豪奢な扉を足で乱暴に蹴破れば、そこには暗くだだっ広い広間が広がっていた。そして真ん中にはおどろおどろしい立派な椅子。玉座と言ってもいい。

 暗闇の中、慎重に剣を握り締めてじりじりと近寄る。が、どうも人影が見えない。ようやく目が暗さに慣れてきてよくよく見てみたら、玉座はあろうことかこちらに背を向けていた。

 オイオイ、勇者を迎えるってのに無作法じゃないかい。普通は入ってきたと同時に薄笑いのひとつでも浮かべて、「よくここまで来たな、勇者よ……」とかねぎらってくれるものじゃないんかい。

 それにしてもあんなに派手に登場したってのに、玉座の向こうにいるであろう魔王は身じろぎひとつ、物音ひとつ立てない。本当にここに魔王はいるんだろうか。こっそりと懐から地図を出して確認してみたが、確かにここだ。だって思いっきり“魔王の部屋”って書いてある。

 しかし皆、一様に不安な顔をしている。そんな連中に俺は勇者らしく、頼りになる笑顔をみせてから賢者に声をかけた。


「ちょっとあの椅子、攻撃してみてくれ」


 賢者はこくりと頷くと、呪文の声も高らかに赤い火の玉が玉座を襲う。

 ゴウゴウと燃えるその影から、うおっと奇声をあげながら人が一人、転がり出た。


「待ってたぜ、魔王!!」


 やっと物語の終盤らしくなってきたところで、勇者らしく俺は声を張り上げ剣を構える。他の連中もそれぞれポーズを決めたところで、俺たちは魔王の出方を待った。

 魔王とおぼしき男は、床に転がったままどこか放心した顔で俺たちを見上げた。が、どこかおかしい。つか、なんだこいつ。剣も持ってないじゃん。MPも別に雑魚なみだし。しかし頭には魔王の証である角が二本、生えている。

 他の連中を待機させたまま、俺は訝しげにその男に近寄った。


「おいコラ、おまえが魔王か?」

「いや、なんていうか」

「なんていうかって、なんかいえよ」

「おまえは勇者?」


 男はもそもそと身体を起こし、そのまま床に胡坐をかいた。まだ若そうなその顔に、よだれらしき白い跡を発見。寝てたんかい! と突っ込みたい衝動を鋼の理性で抑えつけ、俺は努めて冷静に答えた。


「いかにも俺は勇者だけど。で、どうなんだ。こんな空気じゃ終わるに終われねぇ」

「いや、なんていうか。俺はただの留守番なんだよね、頼まれて」

「はあ? なんだそりゃ」

 あまりの返答に脱力するが、すぐに思いついてその男の角を剣先で突付く。

「じゃあこれはなんだよ、コレ」


 明らかに魔王の証だろと言うと男は、あーコレ? と角に手をやった。そして勢いよく左右に引っぱる。すっぽん、という小気味良い音とともに角は抜けた。ほらな? と男はその断面を向けてみせる。


「なんだこれ、付け角?」


 驚きに男の前に屈み、手に取ろうとしたとき。

 鈍い衝撃を頭に受けて、思わず後ろに尻餅をついた。

 眼を白黒させながらも、すぐに状況を把握する。目の前の男が素早く、そして思いっきり、角の断面を俺のこめかみに押し付けたのだ。


「てめ、」


 そう言って剣を取ろうとしたが、妙に頭が重いことに気づいて手をやった。

 なにか硬くて長いものがついている。左右に。例えるなら角みたいな。混乱して渾身の力を込めて引っ張るが、抜けない。なぜだ、さっきこいつはいとも簡単に取って見せたじゃないか。

 助けを求めようと後ろにいるパーティーを振り返ると、予想外にも異様な視線とかち合って、戸惑う。

 

「いやー、よかったよホント。もう二十年もこのままでさ。誰も来ねぇんだもん。勇者の質、下がったんじゃないの。ま、今日からお前が魔王な」


 ひどく晴れ晴れと笑って、男は床から立ち上がると伸びをした。頭が軽い、と爽快そうに言うそいつを見上げ、少しどもりながらも俺は叫んだ。わけがわからない。


「ふ、ふざけんじゃねぇよ! 角があろうがなかろうが、魔王はおまえだろうが!!」

「いや、どうでしょう。古からの記録によると、魔王は左右の耳の上に牛の角を持つものとなっていますし」


 賢者が厳かとも言える口調で答えた。

 こいつ、遊び人から賢者にしてやったのは誰だと思ってやがるんだ。忌々しい思いで紺のローブを身にまとった賢者を睨む。そのローブだってかなり値が張ったっていうのに、あっさり寝返りやがって。

 しかし、過去の投資を悔やんでいる場合ではなかった。賢者の言葉に説得性があったのかどうなのか、他の連中まで俺に対して白い眼を向け始めたのだ。


「悪は絶たねばならない。平和のために」

 おい武道家、そういう堅苦しい考えってどうかと思うよ。


「あたしはこいつの人間性、最初から疑ってのよ。ガサツだし、しょっちゅう着替えのぞくしさ」

 だって野宿とか、そりゃ目に入るだろ。お前みたいなごつい女、誰が好んでのぞくかよ。

 剣士の言葉に内心毒づくけどまさか口に出せるわけもない。今、俺は自分が非常に危うい状況にあることを理解していた。やばいよ、こいつら散々レベル上げちゃってるから。他でもない俺によって。

 それぞれがこの部屋に入った時と同じポーズをとったのを見て、慌てて両手を前に出す。待て、のつもりだ。


「お前ら、そんなのってないだろ。ここまで苦楽をともに分かち合った仲間じゃん、」

「悪は絶たねばならない。平和のために」

 いや、もういいから武道家。




 そこで思わぬ救い舟が現れた。他ならぬこの状況を作った魔王の男だ。


「まぁまぁ、ちょっと待ちなよ。一応はここまで旅してきた仲間だったんだろ? 元仲間同士のよしみってことで今回は引き上げたら? どうせこいつは、ここから出れないからさ」


 そういかにも常識人っぽく連中を諭すと、“元”仲間共はなにかを相談するように顔を寄せ合った。その隙になにやら男がぼそぼそと耳打ちしてくる。


「この角な、勇者にしか付けらんないから。次に来た勇者の隙をついてうまくやれ、俺のように。あと魔王でいる間は年くわないからな。時間はたっぷりあるさ。でも不死じゃないから、そこんとこは気を付けろよ」

「なんでだよ! そもそも違うんだよ、俺は魔王を倒した伝説の勇者として一生ウハウハ暮らすために、こんな面倒くさい旅をカタツムリばりに根気強くプレイしてきたんだぞ!?」

「ンなこと俺に言われてもねぇ。しょうがないんだよ。今はどこも不景気でさ、魔王も副業に忙しいみたいだから。まんまと影武者に使われたってことだな。ほら、勇者なんて腐るほどいるしね。それにしても人の心理をいやらしくついた罠だよなあ? 性格わりー」

「おまえが言うか。ちなみに副業って何なんだよ」

「さあ。ティッシュ配りとかじゃね?」

「……ありえない」

「ま、そういうことだ」


 達者でやれと、元魔王、兼、勇者だった男は俺の肩をぽんぽんと叩いた。そんな、と呟いたが男は肩をすくめただけだった。そして溜息をひとつ。


「しょうがない。ひとつ餞別をやろう」


 掏り切れたズボンのポケットを何やら男はごそごそと探り始めた。


「寂しいときは、これ……やっとけ?」


 労わるような声音と共に差し出されたのは、ぼろぼろに擦り切れたUNOだった。それも明らかにカードが足りていないUNO。一人でやれないだろ。嫌味か、嫌味のつもりなのか。そういやUNOの意味って“1”だっけ。……やっぱり嫌味かコラ。でもこのくたびれ具合だと、こいつは一人でやってたんだUNO。

 なんだか物悲しい気持ちでカラフルなカードを凝視していたら、剣士を口説く男の声が耳に入った。


「女の子と話すのなんて二十年ぶりだよ~いやリアルに。帰りにルイ―ダの酒場で一杯やんない?」


 剣士の肩を抱きながら笑う男は、俺の視線に気づくと手をひらひらと振って出ていった。他の二人も今回は引き上げることにしたらしい。


「じゃあ、また来ます」

「平和のために」


 賢者と武道家が淡々とそう言い残し、無常にも扉は閉まる。さっき俺が軽々と蹴り破った扉が、まるで地獄門のごとく重々しく。手元の剣とUNOを呆然と見つめ、床に叩きつけた。


 ――しかしながら数日後、俺がそっとカードを拾い上げたことは、言うまでもない。




 

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UNOが好きです。得意技は“スキップ殺し”。三回連続でやられたらどんな猛者も心折れるが、「……イジメ?」という誤解を受けないとも言い切れぬ諸刃の剣。

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