後編
帰り道は無言。
そして見えてきた、閑静な住宅街の名にふさわしいお屋敷ゾーン。
その一角、夕日に照らされ一際門構えが堂々としている気がしないでもない川島家に、オレは足を踏み入れていた。
素敵な枯山水ですね川島さん!こういう砂利の波紋って毎日誰か描いてるんですかね!
「雨露お嬢様、おかえりなさいませ。…そちらはお友達ですか?」
笑顔で睨みつけるなんて素敵なスキルを持っている人間に幸か不幸か今まで出会ったことはなかったが、まさに今出会ってしまった。
素敵なスキル過ぎて冷や汗と悪寒が半端ない。しかも黒スーツ(関係ないか)。
そんな玄関での出迎えに固まったオレを後目に、その素敵スキルさんに鞄を渡した川島は、
「津山君よ。…水ツ霊が見えるの。部屋へ案内を頼みたいのだけど…」
と、とりあえず状況説明らしい言葉を発した。
それを受けた素敵スキルさんは一瞬瞠目し、すぐにそれを笑顔に変えた。睨んでない、ちゃんとした。
「水ツ霊様を…。わかりました、では津山様、こちらに。」
「あ、はぁ。」
まぬけな返事だとは自分でも思うが、ずいぶん前からオレは半分くらい機能していないのだから仕方あるまい。
現在かろうじて機能しているのはツッコミ魂とかその辺の不要な器官くらいだ。
「着替えたら行くから。」
そう言い置いて、川島はオレに見向きもせずに屋敷の奥へ消えていく。
残されたのは、呆然と土間に立ち尽くす俺と、川島の鞄をうやうやしく抱えたままの黒スーツな素敵スキルさん。
他人に無頓着な気はあったが、ここまでとは思わなかったぜ川島!
「お飲み物は緑茶でよろしいでしょうか?紅茶、コーヒーもございますが。」
「あ、緑茶で、お願いします。」
結局素敵スキルさんに案内されるまま縁側を歩き、玄関から通ってきた枯山水ではなくちゃんとした本物の木と水が流れる庭園を望みながら辿りついたのは、お座敷。
部屋の中央には深い飴色をした背の低い木製の長机がでーんと据わっていて、床の間には赤紫の紫陽花が青磁の壺に飾られていた。
料亭とかそんな一室を連想させるが、残念ながらそんなものに実際入ったことはない。
勧められるがままに黒い木製の背もたれがある座布団(名称がわからない)に着席し、にこやかな素敵スキルさんの「では少々お待ちください」、という言葉で一人取り残された。
……さぁてと。
状況を確認する時間が出来たぞ津山健輔。これを逃したら素敵スキルさんとか不思議ちゃん川島とかに圧倒されて何かがうやむやになる可能性もある!
では最初から追うぞ、オレの身に起きた不可解な出来事を。
えー……、
別棟の1階化学準備室への荷物を運んでいた。
うん、これは理不尽だった。今考えても理不尽以外の感想は出てこない。あ、とりあえず荷物は重かったな。
で、別棟に来て階段を下りている途中、こけた。
あれは痛かった。普段ならバランスをとれてたかもしれないが、手に持った段ボールを死守した健気なオレはケツを強打、悶絶。
…思い出すと今も痛い気がする。きっと青あざになってるんだろうな…蒙古斑みたいな…。
こけた理由は水。あたり一面水浸しで…川島に見られていたのに気付くのもこの辺。
恥ずかしかったな、オレの矜持とか色々消え去ったんじゃないかと思ったものな。
んで水浸しは川島によれば川島のせいで、しかも雨を降らせた、と。
あれは結局どういうことだったんだろうか。
雨を降らせた……言葉、通りに?
しかも蛇…じゃない、龍。ミズチとか呼ばれた、薄青い細長い龍。
川島の肩から顔を出していた。あれがそもそもオレがここにいる理由で…眷族、とか?
あれ本物なんだろうか。いや、まあ会話してたしなあ…オレの幻覚とかじゃないなら本物なんだろうが…。
それで、どうも会話から察するに、ミズチとやらを見られたのは誤算で、そのためにオレの記憶かオレ自身かを消されるとかそんな物騒な話に。
あれ?ホイホイついてきたけどオレ帰れるの?
…まあ…いきなり殺すはないだろうな…。今の時代、人一人いなくなると大変な事になるし。
よし、さらに回想する。
でも後は特に何も収穫はないんだよな…無言で一緒に歩いて、その間ミズチってやつが面白そうに道路のアスファルトから水紋を作り出しながら跳ねてたっけ…。
「そういえば…さっき、川島長靴脱いでたな…。」
ふと思い返して気付く。
いつも履いてるって聞いてたのに。
上履きも外履きも長靴なら家の中でも長靴なのかと思えば、普通にスリッパだった。
…よし。
状況確認は終わったが、まあよくわからないということがわかった。
一応説明はしてくれる気があるらしいため、今は待つしかないだろう。
なんとはなしに室内を見渡し、素敵スキルさんが出て行ったふすまの上にある欄間を眺める。
構図は龍が雲間を泳いでいる様を現していて、なんていうか…非常に先程見たちびっこい龍を思い出させる。
と、
「お待たせいたしました。」
「…っ」
眺めていた欄間の下、ふすまが突然開き、お茶とお茶菓子を盆に乗せた素敵スキルさんが現れた。
当然のごとくその足元は畳なのだが、あの特有の衣擦れの音しなかったぞ…。
オレが気を払ってなかったから仕方ないのか、それとも素敵スキルさんは他にも素敵スキルを備えているのか。
「申し遅れました、私 雨露お嬢様の側付きの上田と申します。もう直にお嬢様もいらっしゃるかと思いますので、こちらを召し上がりながらお待ちください。」
「あ…ありがとう、ございます。」
目の前に出された湯気の立つ湯のみと、紫陽花の花を模ったらしい和菓子。
全く教養などないオレでも、とってもランク上位のもてなしを受けているっぽいのはわかる。きっと茶器とか受け皿とか、それなりに値の張るものに違いない。恐ろしい。
かといって手を出さないのもなんだかな…ええい。男は度胸だ。
「……お、美味しいです。」
「それはようございました。」
にこにこと微笑んで、オレの向かいの席…ではなく、その向かいの席の斜め後ろに控えるようにして正座している上田さん。
え、気まずいんですけど。
何?何の試練?素敵スキル・上田さんを無視してお茶を楽しめってこと?
「津山様はお嬢様のご学友であらせられるのですよね?」
「えっ…あ、は、い?」
手持無沙汰にお茶をしきりと口に含んでいると、いきなり話を振られた。その上答えにくい質問すぎる。
「えーと…まあ、そうですね。同じ学年で…クラスは違いますけど。」
「左様ですか。どうぞ、今後もお嬢様をよろしくお願いいたしますね。」
なんか素敵スキルさ…いや上田さんの中でオレすごいランクアップした!
さっきは親の仇かと思うほどに睨まれてたのに、ご学友に同意したとたん川島を任される待遇に!
「余計な口は聞かなくていいの、上田。」
すらり、と背後の障子戸が開いたかと思えば、そんな無表情な声が響く。
上田さんとの二人っきりに戸惑っていたためか、ぜんぜん仲良くないはずの川島の声が聞こえたことがこんなに嬉しいとは思わなかった。
「これは失礼を、お嬢様。」
頭を下げた上田さんをしばらく眺めていた川島は、息を一つ置いてから歩みを進め、オレの向かいに当然のように腰を下ろす。
ところで余談だが、なんとなく川島が着物に着替えてくるんじゃないかと思っていたのだ、オレは。
実際はそんなことなく、普通の女子高生がするようにふんわりと袖や裾が空気をはらむ七分丈の上衣にジーンズ、なんて恰好だったのだが。
川島によく似合っているけれど、あまりにこの場に場違いで一瞬気をとられてしまった。場違いというか、川島が現れた途端に座敷→友人宅の客間にランクダウンしたというか、馴染んだというか。
まあ場違いといえば学ランのオレのほうが場違いっちゃ場違いなんだが。
「待たせてごめんなさい、津山君。」
「あ、いや。」
待ったというほど待ってはいない。…なんとも気まずくはあったが。
それにしても、川島は不思議ちゃんだが、礼儀はしっかりしているんだな。
「それじゃあ…説明、よね。…何を言えばいいのかしら。」
かくん、と首を傾げた川島。
その首元から、例のアレがしゅるりと伸びあがった。
「ぅ、わ」
「お前も大概失礼よな、小僧。…まあ儂らを日常とせぬ者には当然と言えるか。」
ミズチ、だったか。
まったく慣れないが、どうも…現実だってことは認めよう。
「…そうね、これは水ツ霊。水を司る霊なる存在で…わかりやすく言えば、霊だとか妖怪だとか呼ばれるもの。私の…守護、霊?みたいなもの。」
まずはわかりやすいところから、とでも言うように、川島は自分の周りを囲うように体を泳がせる龍を示して言った。
「厳密に言うと、霊というのは実体を持たず、枠のない力や思念の塊のようなものよ。それに対して妖怪は実体を持ち、枠のある力や理念の塊ね。」
「どちらも普通ヒトには見えぬ。だが貴様のように、祖先がそれの眷族であったもののうち、血を少しでも継いでいると見えることがある。」
ずばん、といきなり気になってはいたけれど聞きたくないことベスト3に入るくらいの内容で斬り込まれ、動揺で手が震えた。
お茶は少なくなっていたからこぼすことはなかったが、それを目に止めた川島は眉を寄せて瞳を伏せる。
「いきなりで驚いてしまうわよね。でも津山君、今までこういうこと…幽霊とかそういうの、見たことないでしょう?」
「いや、ないけど…」
「よく聞かない?力が強いものの近くにいると、素養がある人は引かれて力が強くなる、っていうの。」
それがオレに起こったと?
「まあ小僧の力など微々たるものだからのぅ、儂くらいの力を持ったものでないとその眼には霧のようにしか映らんじゃろうて。」
本当はもっと複雑な理由があるそうだが、こういう第六感系イベントは初心者のオレに話しても理解は得られないと判断したらしい。
だがつまり、オレのご先祖様の中にミズチのような、妖怪(うっわ非日常)がいるらしくて。
それがどのくらい遡った血筋か知らないが、その血がオレにも残っているためにミズチが見えるようになったと。
「津山君みたいな人、昔はたくさんいたんだけどね。今は薄れてきてるみたい。」
「暮らし難いしの。最近の人間は臭い。」
…臭いとか、最近の人間であるオレにとってちょっとショックなんですけど。
やめて!学校で虐められるだろ!
「まあ儂らについての説明はこのくらいにして、本題に入ったらどうじゃ、雨露。」
「……そうね。」
ふぅ、と息を吐いた川島は、いつの間にやら素敵スキじゃなくて上田さんの淹れたお茶を一口。
無表情ゆえにあんまりわからないが、どうやら緊張しているような。
しばし無言で手に持った湯のみの水面を眺めていた川島が、一度目を閉じてからオレに視線を合わせた。
「申し訳ないんだけど、津山君。手伝ってほしいの。」
「……何を?」
言っておくが。
この、「何を」が出るまでにたっぷり一分以上は待ったからな。
オレの気が短いわけじゃない。
川島が、テンポ遅い…っていうかずれてるっていうか…やっぱり不思議系って認識で良いんですね。
「雨露、お前ほんに説明に向かぬのう。1話して10わかる者は少ない。ヒトは特に、の。」
さっきから口出ししては妙に人間、というかオレを見ていってるからつまりオレを馬鹿にしてるんだろうな、この龍は。
「…ごめんなさい、津山君。私から説明をしようと思ったけれど…上田に任せるわ。」
しばらく考え込んでいた川島だったが、ふぅ、と諦めたように息を吐いて後ろ、つまり控えていた上田さんを振り返った。
それを受けた上田さんは、オレにはとてもまねできないような柔らかな笑みを返し、頭を下げる。
それから語り手を請け負った上田さんから聞かされた、とても一般人にわかりやすくともわかりたくない世界のお話は、要約するとこうだ。
川島の家は、代々妖怪や幽霊を祓う仕事をしてきた由緒ある家系らしい。
で、川島もその本家跡取りとして小さいころから霊力(うわぁオレ元の世界に戻りたい)を使って鍛錬してきて、今ではもう超一流(これホントに上田さんが使った言葉だから)の術者なんだそうだ。
がしかし、現代日本は妖怪・幽霊が活動しにくくなったのはもちろんだが、川島のような術者たちも活動がしにくくなっている。
その最たるものが学校で、人が多くて危ない場所なのに入りにくい、川島たちにとってみれば非常に守りにくい場所なんだとか。
今まさにオレが通っている高校にも霊の集まりやすいスポットがあり、非常に面倒なくらい小物中堅大物様々な奴らがいる、んだそうで。
その集まりスポットを封じるにも、力の流れだとかよくわからないが、バイパス作るにも期間が必要、みたいな感じで今しばらくかかるらしい。
その間も集まってくる奴らを日夜退治したり退かしたりしてるのが川島らしいが、いかんせん人出が足りない、と。
夜はまだいいが、昼間なんて一人で頑張らなきゃいけない、と。
この「夜はまだいい」ってことは侵入しちゃうんですか、ってオレは尋ねないぞ、尋ねない。
とにかく、必要なのは昼間、学校の中でも自由に動ける人手だ。
で、なんてジャストタイミングなんでしょう!なオレに白羽の矢が突き立ったと…。
「無理にとは言わないわ。けれど、それなりの危険はともなうの。」
…ん?
無理にとは言わないわ、つまりオレに無理やり手伝わせようって気はない。
けれど、それなりの危険は伴うの、ってことは…手伝わなくてもいいが、危険はあるよ、って…
どういうこと!?
「川島家の家業は国とも結びつきがあります。しかし津山様のような、一般の方に知られて良い仕事ではございません。」
言いたいことはわかりますね、っていう笑顔ですねわかります。
「先程雨露が、お前か記憶か選べと言っておったろう。その通りじゃ、小僧。生憎と記憶を消そうとすると必要な部分も消し飛ばすことが多くて、ほんにヒトとは面倒なつくりをしておる。お前を消すとは、そうじゃ、お前の将来、幾多に分かれ繋がるはずだったそれを、意図的に一本を残して消すと、そういうことじゃ。」
こっちも言いたいことはわかります、本当にありがとうございました。
必要な部分消し飛ぶとかそれなんて北斗神拳?
で、残された将来のレールは一直線に裏舞台なんですね素敵。
「…ごめんなさい、津山君。」
何度目かのセリフに、オレはいつの間にか俯けていた顔を上げた。
この家に来てから、川島は謝ってばかりだ。
確かにきっかけはアレだったが、川島が悪いわけじゃない。
全ては偶然、一つでも条件が欠けていれば起こり得なかった結末。
だ、が。
「…しばらく、考えさせてくれませんか…」
そう簡単に割り切れるはずがない。
だってそうだろう、日常生活に確実に戻れる道はないのだ。
ひとつは記憶と一緒に大切なものまで無くしてしまう(物理)道。
もうひとつは、川島がどっぷりつかっているだろう世界に足を突っ込んだら最後逃がさねぇぜぐへへへへな道。
それでも、その中から選ばなければならない。
全てを断って、絶対に他言しないと誓えば見逃してくれるだろうか?
否、それを選んだが最後、敢えてかざされなかった最悪の結末を辿る第三の選択肢が顔を出しそうだ。
いや、っていうか見え隠れしてるから!上田さんそれ仕舞って!
ともかく、オレがいくらその場のノリとテンションで生きているような人間でも、この決断は。
「申し訳ございません津山様。この場でお答えを「上田。いいの、黙りなさい。」……お嬢様…」
良くも悪くも大人な上田さんを押し留めたのは、やはり無表情な川島だった。
オレのいる位置からは見えないが、振り向いた川島としばらく目を合わせていた上田さんは、静かに頭を下げた。
「ごめんなさい、津山君。今日は帰ってくれていいわ。私、途中まで送るから。」
「…え、いや、ひとりで」
急な展開についていかない口が、勝手に言葉を紡いだ。
でも俺の選択は正しい。
時間はわからないけれど今けっこう遅いだろう。
いくら超一流な術者の川島であっても、女の子だ。
夜道を女の子に送らせるわけにもいかないし、女の子に送られるとか今日散々砕かれたオレの男としての矜持が息を引き取る決定打になりかねん。
「道、わかる?」
…そうですね、無理ですね。
こんな閑静な住宅街オレ来たの初めてだものね。
黙ったオレをしばらく見つめ、川島は一人立ち上がると部屋を出ていった。
それを受けて、上田さんがずっと下げっぱなしだった頭を上げる。
「お引き留めして申し訳ございません。玄関までご案内いたします。…もう口にする必要もないとは思いますが、どうか今日起こったことは全てご内密に。」
「…は、い」
ひきつれた声しか出なかったのは、きっとまだ現状把握が出来ていないからだと思いたい。
上田さんが素敵スキルの持ち主だからと言って、そんな、滲み出る黒い気迫で脅すようなそんなザ・裏社会版素敵スキルまで持っているとか、まさか。
そんなわけで、オレは気付けば枯山水を通りぬけ、川島家の大きな門の前に突っ立っていた。
来た時は確か夕暮れだったと思ったが、いつのまにやら周りは真っ暗である。
それでもさすが住宅街というか、金がかかっているというか、いたるところにある街灯までおしゃれで素敵ね!
ぼんやりと頭が働かない状態ながら、一緒に外に出た川島に家の住所を尋ねられ、それに答えたきり沈黙がオレたちの間を満たしていた。
いや、かすかに水音が…川島の足元を、行きと同じように水紋を作って跳ねるミズチが鳴らしている。
「……そういえば、川島さんさ。なんで長靴ずっと履いてるの?」
別に今じゃなくても良かったと思う。
もっと訊くべきこともあったと思う。
けれどオレの口から洩れたのは、こんな気の利かない質問しかなかった。
「水ツ霊は水を司るって言ったでしょう。だから、大気中に水分が多ければ多いほどいい。私も、そう。…これは、雨を連想するもの。」
「…えーと。大気中の水分が最高に多い、雨の状態が川島さんたちにとって一番いい状態で…で…それを連想させる恰好しておくのも…いいの?」
「そう。私たちの力なんて、所詮科学じゃない。心が、そう思い込めばいいの。」
つまり、川島が雨を感じられればそれだけ強い力が発揮できる、ってことか。
オレ川島の言葉読み取るのうまくなってきてるんじゃね?
なんて順応スキル。
「……でも、嫌いだわ。長靴なんて。雨も、嫌い。」
斜め前を歩いていた川島の言葉が意外で、オレはその顔を覗き込んでしまった。
やはり無表情。だが、少し不機嫌そうにも見える。
歩き方も少し乱暴になった、ような。
「だけど仕方ないわ。だから履くの。…私は、川島雨露だから。」
ふぅ、と息を吐いた川島が振り返る。
いつの間にか辿りついたそこは、いつも乗り降りする駅。
送迎は終わったらしい。
「…少しは、元気になった?」
「え」
脈絡のない問いかけについ間抜け面をさらしてしまった。
ぐるぐるっ、とツッコミ魂と使えない機能しか機能していない脳を活性化させて思いを巡らしてみても、この質問の意図するところがわからない。
まさか、川島。
お前、
「…励ましてくれてた、んだ?」
今の話のどの辺で励ましたのかわからないゆえに疑問符付きなオレを許してほしい。
話した内容なんて、だって川島の長靴の由来と、実はそれが気に入らないこと、と。
「……ごめんなさい、私、説明も慰めるのも下手なの。」
微かに下がった頭を目の前に、オレは苦笑を零した。
「謝ってばっかだな、川島さん。いや、こっちこそ気付けなくてごめん。」
そうか、慰められてたのか。
だからやけに饒舌だったんだろうな。
「それだけじゃないわ。私と水ツ霊が、不用意に会話してたから。ごめんなさい、津山君。」
川島の無表情が、かすかに崩れる。
崩れ方が微妙でわからないが、恐らく、後悔?
「…川島さんは悪くないよ、まあオレも悪くないし、その…ミズチ、さん?も悪くない。仕方なかった、そう、仕方なかったんだよ。」
川島は長靴を嫌いと言った。
力が強くなる雨が、それでも嫌いだと。
なぜかはわからない。
でも、嫌いでも、川島は仕方ないと言った。
仕方ないと割り切った川島を理解できるほどオレは川島を知らないけれど、ああ、なんか。
「川島さん、励ますの、割とできてた。」
きょとんとした川島が、少しだけ近い存在に思えた。
それだけでも、この先足を踏み入れることになるだろう世界が、なんとかなりそうな気がしたんだ。
〈了〉
≪おまけ≫
ねえところでミズチ様、さっき勢いで「ミズチさん」とか呼んですみませんでした、オレ如きがさん付けでお呼びして良いお方では無かったですね、本当に申し訳ありませんでした。
だからあの、その呪詛のような「小僧如きが儂を…水難に…津山家の蛇口爆散しろ」とかやめてくださいませんかね。
〈ホントに了〉
≪あとがき≫
お粗末さまでございました!
初めての完結作品となります、多分。
前編の前書きにありましたように、インスピレーションが降ってわいたら何か書き足すかもしれませんが、今はここで。
読んでいただいた皆様に、大きな感謝を。
2012.1.10.




