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長靴少女  作者: 桃皐
1/2

前編

前後編予定です。

エピソードが浮かんだら随時追加します、予定。

 彼女を見たのは梅雨の時期だった。

梅雨特有のじめじめした空気のこもる教室、それにも関らず割と元気にふざけるクラスメート。

朝のホームルームが始まるまでの少し気だるい活気を耳に入れながら、オレは窓の外を眺めていた。

水溜りの目立つグランドは曇り空を映し、さすがにホームルームも始まる時間だから人っ子ひとりいない。


ぴちょん、と。


人っ子ひとりいないと公言したばかりだというのに、校門前の一際大きな水たまりに大きな波紋が広がった。

続けて、同じくらいの大きさのものが2つ3つと交互に道を描いて出来あがっていく。

それを作り出すのは、真黒い長靴。

同じテンポでゆっくりと水溜りを進む両足は、長靴が不釣り合いなほど細い。黒い長靴と反するような太ももが白い。

太ももが見えるってことはつまりスカートってことで、つまり女子だった。

うちの指定のセーラー服を着た、長くてふわふわと柔らかい栗色の髪をした、色白の子。

4階から眺めているオレには顔は良く判断できなかったが、雰囲気的に可愛いと感じた。

何の気なしに彼女がグランドを真っ直ぐ横切って校舎に吸い込まれるのを目で追って、悪いとは言わないが、長靴でももっと可愛いの履けばいいのにと思った。


それが、最初。




*****




「あ、それ川島さんじゃない?」


高校生ってのはだいたい話のネタに他人を持ってくることに躊躇がない。

別に笑い話でも何でもない風に話したが、同じ輪で談笑していた女友達がからかう様な声色でそう返したのに少し眉根が寄る。

が、空気の読める日本人は場を壊さない。

一瞬で表情を興味津津に変えて、オレは彼女に向き直った。


「川島さん?知り合い?」


「知り合いっていうかね、ちょっと有名っていうか。あの子ね、いつも長靴はいてるんだって。」


「いつも?晴れの日も雨の日も?」


オレの問いに軽く笑った彼女は、首を振って言った。


「校舎内でも。うちの学校、靴は指定ないじゃん?川島さんは長靴が上履きで、もちろん外履きも長靴。ずーっと長靴はいてるんだってさ。」


トイレとかどうなんだろうね、と、ふと真面目に気になった顔をした彼女に適当に相槌を打ち、さらに話をきいたことには。

朝の女の子は、川島(かわしま) 雨露(うろ)と言うらしい。

オレと同じ高校1年で、クラスはオレのA組から一番遠い、別棟のG組。

G組はつまり一番頭のいい奴らが入れられるといわれているクラス。

……別にAからだんだん頭が良くなっていくわけではない。断じて。


「健輔が気にするってことは、可愛いんだ?」


「ちげーし。普通気にならねえ?真っ黒い長靴履いてる女子高生って。…別に悪いとはいわねぇけど。」


ちゃかす口調の声が割って入る。

声の主は保育園からの腐れ縁の俊輔だ。名前が似てるからコンビのように扱われるのが遺憾である。


「まあねぇ。けど健輔、天然女子高生キラーじゃん。」


「おい。オレは何のクエストをクリアしてその不名誉な称号を手に入れたんだ。」


「健輔 は 女子高生10人斬り を 達成した!女子高生キラー の 称号を手に入れた!」


斬ってない。


「健輔 は 女子高生10人喰い を達「喰ってねぇ!」えー。」


えーじゃない。

自分で言うのもなんだが、それなりに見れる顔をしているとは思う。

だから顔も知らない女子から告白される、なんて、どこのマンガかドラマかみたいな展開は慣れっこだ。(ていうかホントにあるんだね!)

でも全員断ってる――顔だけで付き合ってくれなんて、ただのオプションとしてしか見られていない気がして。

なんて言えば、恨みがましい視線が仲間内からちらほら。


「この贅沢ものめ…将来、いや来年からハゲろ!むしろ何かこう…後天的なアレになれ!」


「ちょっと具体的なのに曖昧!?」


「ピュアなんだよねー健輔は。入れ食いなら全部食べちゃえばいいのに。」


「奥さん!俊輔さんったらあんな最低男なセリフ吐いてますわよ!」


「まったくね健輔さん!スケさんコンビ爆発しろ!」


とばっちりだ。


なんて感じで、その川島雨露についての話は終わっていった。

まあその日にあったことがよほど印象的でない限り記憶に刻み込まれることもない。

その程度だ。


そんなこんなで嫌いな授業(理科総合とか。嫌いだアレ)好きな授業(古典とか体育。…両極端とか言ってくれるな)が過ぎ去り、瞬く間に放課後がやってくる。

うちの学校は文武両道をモットーにしているそうで、部活も気を抜けない進学校。

でもやる気のない奴らってのはいるため、オレはそういう奴らの抜け道部…正式名称自然部に入部している。

活動内容は自然を愛でること、ゴミを拾うこと。…帰り道途中で。

つまり実質の帰宅部だ。

そういうわけで、さあ部活だ!と熱中している仲間と別れて一人帰宅する。

1年はなぜか4階で学年が上がるごとに階が下がっていくわけだが、あれだろうか。18に近づくにつれ体力でも衰えるのだろうか。


先輩方に知られたら軽く締められそうなことを考えながら、オレは階段を


「お、津山。良いとこに。」


降りたかった…!

無視して帰宅したかった…!


「はいはい聞こえてるよな。手伝え、お前帰宅部だろ。」


「先生自然部です!そんな身も蓋もないこと言っちゃだめです先生!」


階段に1歩足を出したオレを呼びとめた声の主は、国語教師の後藤先生。

古典好きが高じて仲良くなったが、外見に似合わず男前で且つ人使いの荒い女性だ。

背の低い彼女は、どうやって持ってきたのか、彼女の眼前、腰辺りまで積みあがっている段ボール箱を指さした。


「…運べ、と?」


「物分かりがいい奴は好きだぞ、津山。ちなみに別棟の化学準備室だ。」


なんで国語教師が化学準備室行きの段ボールとか運んでるんだ。

そして返事してないのに話は終わったとばかりに背を向けるとか先生として…いや人としてどうなんだ。


「先生は津山がか弱い女性にこんな重労働させていては黙ってられないジェントルマンだと信じてるぞー。」


信じなくていい。

むしろ先生はか弱くな嘘ですか弱いです。


かくしてオレは、オレ自身はなんの用もない別棟に向かうことになり。

そして今朝の彼女と再会する…まるで呪いでもかかっているかのように、雨を連想させる彼女に。



*****



「つー、か、重っ!」


段ボール箱はそれほど大きくはなかった。それが3つ。

だが小さい段ボールってのは中身が相当な重量持っているものである場合が多いとオレは思う。

ミカン然り、缶ジュース然り。

これも持ちやすい大きさではあるのだが、いかんせん何が入っているのか知りたくなるほど重い。

しかも手書きで『ワレモノ』『上』『水濡れ厳禁』とかご丁寧に書いてあるからそうそう粗雑にも扱えない。

オレはもといた4階から3階に降りて渡り廊下を進み、現在別棟の階段を1階に向かって降りているところだ。

ていうかなんで化学準備室なんて別棟の1階端っこにある部屋に向かわせるんだ。

職権乱用じゃないかコレ。

今年中学校から上がったひょろい男子高校生になんてものを持たせる。

っていうか運ばせるなら手伝うとかしろ。


古典について語り合えるのは良いが、こういう弊害はまったく嬉しくない。


ぶつぶつと呟きながらなんとか気を紛らわせつつ階段を下りていると、ずるりと足が滑った。


「え」


運動神経は良い方だ。

だが重い物を抱えた体はバランスがとりにくく、そしてその重い物にはワレモノと書かれている。

一瞬の逡巡が命取り――


…不幸中の幸いは、階段の踊り場までの段数が少なかったことだろうか…。


「…いっ……」


健気にも段ボールを守り抜いたオレは、踊り場の床に打ちつけた尻の痛みに悶絶しながら、少しでも痛みが消えるように尻筋に力を入れて地面から体を浮かせる、なんて微妙なことをしていた。

ホント、痛い時って何やっても無駄なんだろうけどなんとか緩和しようと本能のままに頑張るよね。


あー、痛い。マジでいたい。これ尻二つに割れたんじゃねぇかな。


「…大丈夫?」


半泣き状態で床に尻をこすりつけるとか間抜けな痛み克服法を実施していたオレに、まさかの他人の声がかかった。

しかも女子。

え、これオレの男としての矜持終わっ


「あ…。」


なんて、この放課後何かとオレの人権に関わる問題によく直面するな、とか思いながら半分やけくそで見上げた先には真っ黒い長靴。

ぶらぶらと揺れるそれは階段踊り場の大きな窓の前、割と広く取ってある窓のさんに腰かけている彼女の足。

朝見た時より近距離だから、余計に細さが際立つ。

そしてまったく見えないスカートの中(絶対領域)。

黒いハイソックス。

背中に広がる栗色の髪はどこかヨーロッパの人形のように波打ちながら広がっていて、そして顔は…あれ?

いや、悪くはない。

整っている。

でも朝の印象と違ってきつめ。

…目は普通に焦げ茶なんだな。


「……あ、大丈夫。」


ふと、彼女からじっと視線を受けて、返事を返していなかったことに気付いたオレは間抜けな返答をしていた。

日本人の悪い癖だ、大丈夫じゃなくても大丈夫と答える条件反射。


でもまあ実際ケツの痛みもだいぶ引いてきたし…何より、これ以上オレの人権とかプライドとかそういった類のものが傷つくのは耐え難い。


「そう。」


これ以上何も突っ込んでくれるな、というオレの心が届いたのか、彼女は無表情に言い放つと自分の背後にある窓へと視線を向けた。


「…雨、降るかしら。」


自問したのか、オレに尋ねたのか、どちらともつかない声音、声量で呟く。

答えるにしろ、このまま床に転がったままでは何かハプニングを期待しているととられかねないためオレは慎重に起き上がった。

そして気付く。


「うわ、なんだこれ…」


オレが滑り落ちたあたりの段から、まるで雨でも降ったように水たまりができている。もちろんオレの悶絶していた床もだ。

梅雨の季節は校舎の壁とか結露しやすいが、こうもあからさまに水がたまるなんてことはない。

ひょっとして雨漏りでもしているのだろうか。


「ごめんなさい、それ私のせいなの。」


「え…?」


いつの間にかこちらに視線を戻していた彼女…川島雨露は、少し顔をしかめて言った。

それ、が指すのがこの水溜りなら、何をしたというのだ。

窓を開け放していたから雨が降りこんだ?否、黒い雲の垂れこめる空は、しかし雫を落としてはいない。

何か水の入っていたものを運んでいて零した?否、ならばなぜここにいるのにそれを拭こうとしていない。

…水遊び…ここで?何で?


瞬時に思考したが全く正解が浮かばず、続きの言葉を待って彼女を見返す。

すると首を傾げた川島は、ひょいと腰を浮かした。

きゅ、とゴムの靴底が水に濡れた床をこすって音を立てる。


「慰謝料請求する?」


「しねぇよ!」


びっくりしたわ。

びっくりして初対面で突っ込み入れてしまったわ。

開口一番それって何。

もしかしてご両親のどちらかは法律関係の方ですか。


「? じゃあ何が不満なの?」


「いや、え、不満ってか…私のせい、ってどういうこと?」


聞いちゃまずいことかと一瞬ためらったが、彼女はちょっと悩んでからいたって無表情に


「雨を降らせちゃって。」


とこぼした。

……だいぶ比喩表現をつかってくるが、恐らく何かをぶっちゃけた=雨を降らせたっていう認識で間違ってない。多分。


「あー…そう、なんだ。つか、なら拭こうよ。オレみたいな被害者を増やさないためにも。」


「……そう、ね。質量は変わらないものね。」


………えっと。

え?

………川島ぁああぁあ!

すまん、オレにはお前はレベルが高すぎるらしい!

っていうか無表情きつめ不思議ちゃんってことでオッケーですか!?


「あーうんうん。質量保存の法則とかって言うしな。じゃあオレ荷物運んでる途中だから。じゃあ。」


「うん。ごめんね、…えっと。」


「あ、オレ津山。」


「津山君。」


「………」


…そして自分は名乗らないっていう!


「お前も名乗れ、阿呆。」


「いや誰もそこまで言ってな…え?」


「え?」


「え。」


3人分の『え』が踊り場に響く。

一回目のはオレで、疑問を含んでいる――聞き覚えのない第三者の発言に対する。

二回目のは川島の。オレの『え?』に対する『え?』だ。

三回目は、第三者、川島を阿呆と呼んだ声と同じ。

そしてその第三者は、現在進行形で川島の首元からオレをガン見している――


「ほほう。この小僧、儂が見えとるぞ。」


「不用意ね、水ツ(みずち)。どうするの。」


人形だと思った。ぬいぐるみとか。

やけにリアルだしなんか輝いてるけど、そう思いたかった。

でも喋る度に口が動くし、重力に逆らうようにたゆたう鬣がその存在を違う次元だと示しているようで。


「…へ、へ「蛇と呼んだら生涯水難にあわしてくれるぞ小僧。」……龍?」


そう、龍だ。

蛇ってのは少しでも現実世界から遠ざかりたくないオレの精一杯の抵抗の証だったのだが、本人になんか怖い目にあわされそうなので仕方ない。

白いのか青いのか、むしろ水色のような薄い色をした、直径5センチくらいの細長い龍。

それが、川島の足元に広がる水たまりから湧き出て彼女を取り巻き、そして首のあたりの髪から頭を出している。


「うん?小僧、お前水の眷族の血を引いているな。道理で。」


なんかいきなりオレもファンタジーの世界に片足突っ込まされたセリフが聞こえた。

いや、そんな気がしただけだ。

なんか眷族とか聞こえたけど馬鹿な。何を根拠に。


「津山君、消されるなら何が良い?」


それは方法!?それとも命的な何か!?


「小僧が怯えているだろう、雨露。お前の言葉は稚児のようでわかりにくい。」


「……記憶か、津山君か。」


「阿呆め。いらん付け足ししたせいでよけいに怯えとるわ。」


なんだか夫婦漫才のように息の合った掛け合いをしてくれているが、そのネタが大変自分に関係している。

これで笑えとか言われても笑えないし、むしろひきつる。

っていうか主語が加わったらつまり、『津山君、消されるなら記憶か津山君かどっちがいい?』ってことになるんだが。

…断然記憶でー!!

でも記憶ってどのあたりからどのあたりまで!?

オレのアイデンティティごと消えるならどっちもどっちな選択肢なんですけど!


「…ごめんなさい、説明うまくないの。うちに来てくれる?どの道…帰せないし。」


困ったように眉を寄せて、川島は物騒な事をのたまった。

決定権はオレにないってことですねわかります。


「…わかった。わかったけど、とりあえず…」


これ、置きに行かせて、と。

オレはずっと抱えたままで腕を痺れさせる凶器と化した段ボールに視線を落とした。

もしこのままこれを放置で帰ったら、違う命の危険が迫るに決まってるんだ。




*****

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