金欠な休日
半分実話、半分フィクション。真面目にゆるーい日常系です。
クレジットカードは、信用の元に作成・使用が可能な現代社会に置ける便利ツールである。だが、ある程度の安定した収入のない人間にとっては嘘の積み重ねでしかない。
そんな人間がどこにいるのか。ここだ。
時は、十月一日。僕は、天を仰いだ。
夏。気温は上がり、テンションは下がり、服は薄くなり、涼しさというパラダイスを求める季節。
今年の夏は、いつも以上に家に居なかった。学生である僕は夏休みを満喫、というわけでもなく、ただひたすら走り回っていた。
二本の足で、ならば汗をかく程度で済んだが、僕が使ったのは車。現代文明利器のひとつ、そして田舎民の必須ツール。移動、運搬、時に休息、更には簡易宿にまでなる。
便利だ。大変便利だ。おかげでついつい頼ってしまう。
だがしかし、この世の物理学によれば物体が移動するにはエネルギー源が必要である。車のそれは、ガソリンだ。最近は電気や天然ガス、ハイブリッドなんてのも出てるらしいが、我が家はガソリン派。
八月だからと言う事もないが、八回の給油を全てクレジットカードで行った。今月の請求額、三万円也。あう。
さらに実は、そもそも八月自体が金欠だった。給料日前の所持金は、財布と全口座を合わせても数百円という厳しい現実。五百円玉貯金はどこへやら。
コンビニは良い。何が良いってクレジットカードが使える。昼食やらお菓子やら、財布が目に見える形で軽くならないのを良い事に、計十二回は使用していた。請求額、二万円上乗せ也。
ちなみに僕の月収は平均八万円。固定費が三万円。おう、小学生でもこの計算は出来る。収入と支出が同じである。
しかも固定費だけでこれなのだ。食費などもろもろの生活費は含まれていない。幼稚園児でも分かるだろう、八個のケーキが既に配られてしまっている。
要するに、僕は金欠だ。後から襲い来る、信用という名の取り立て人によって。
ところで、僕にはいくつか顔がある。もちろん、十一面観音ほどではない。
音楽専攻の専門学校生としての顔、ライブハウスのスタッフとしての顔、塾講師としての顔、あとは文章書いてたり曲作ったり、まぁそんなとこだ。
学校は月曜から金曜までの日中に、塾のアルバイトは週に二日程、そして土日はライブハウスのアルバイト。要するに、丸一日空いている日というのが基本的に存在しないのである。
もともと熱中しやすい性格ではあったし、退屈するのが嫌で予定を詰め込む癖があった。それは例えば本を読み続けるとか、テトリスを何時間もやり続けるといった所に形跡が見られる。
思えば中退した大学時代もそうであった。平日の日中には講義、サークルはふたつ掛け持ちで夜はほとんど練習、金曜と土曜の夜には居酒屋で朝までアルバイト。
中学の頃は部活ばかりだったし、高校はどん底に落ちた学力を受験レベルに引き上げるべく必死だった。そんな訳であまり暇な時間のなかった二十二年間。
ここへ来て、だ。三連休なる物が僕に出現した。秋休みだ。何も予定のない三連休なんて、何年ぶりだろうかという勢い。いつも何かしらやる事があったのに、それがない。
いや本当はあるのだろう。しかし、今やる必要のないことばかりだ。さりとて前述の理由により、遊ぶ金はない。うちの学校だけ休みだから、どちらにせよ遊ぶ相手も居ない。
ふふん、これは新しい。何もする事がないし、何もやれる事がない。金欠が悪いんや!
仕方がないので、諸問題の根源であるお金について、考えてみる事にする。
*その一、インプットについて考える。
お金がないなら働けば良いじゃない。至極単純である。時間もあることだし。そんな訳で連休初日の日曜日は単発のイベント仕事を入れた。
野外のライブイベントで、会場設営や物品販売を担当。朝は八時、夜は十時。現地集合・現地解散で昼食は出た。
現場が遠かったため、家を出たのは六時だった。朝に弱い僕だが、背に腹は代えられない。今日の報酬によってこの後の連休を輝かしいものに出来るかが決まるのだ。
イベントの開始が午後四時半。逆算して正午までに会場を設営し、音響・照明のリハーサルを始めなくてはならない。
数十本もの鉄パイプや床板、機材等をトラックから会場へと運ぶ作業は、何年来運動をしていない僕にとって文字通り重労働だった。
その日会ったばかりの他人と協力し、設営班のリーダーの指示を受けて迅速に組み立てていく。
元来口数が少なく、あまり人と話すのが得意でない僕だが、そこに必要さえあれば何の問題もない。
率先して他人を助ける事で、自分一人で仕事を抱え込む状況をなくし、結果的に効率よく作業が進められた。
会場の設営が終わったら、次は物品販売用のブースへの商品搬入だ。Tシャツやタオルなど、様々なアーティストグッズが段ボール箱いっぱいに詰め込まれている。
これもリーダーの指示に従い、割り当てられた各テントに運び込んでいく。購入しやすいように陳列し、押し寄せる観客に備えて金銭や言葉のやり取りの確認を行う。
てんやわんやなまま、慌ただしく開場。開演前にグッズを求める人の第一波が早速なだれ込んで来る。
当然レジスターなんて便利な物はない。その場で暗算し、必要であれば釣り銭を返していく。五百円玉は尻ポケットに、千円札はチャック式の書類ケースに。
白い雲がふんわりと空に浮かんでいる。秋晴れと言うにふさわしい。風のないのが幸いし、グッズやお金が飛んでいく事もなく。
無事に終演。仕事中、少し遠くから、聞き覚えのあるメロディが聞こえてきていた。くそう、来年こそは観客で来てやる。
会場清掃、解体、運搬、収納、精算、フィニッシュ。お疲れ様でした。
日中こそ気温は上がったものの、夜は冷え込んだ。力仕事もあり、汗をかいたTシャツはついぞ着替える時間もなく終了。
まぁ見事に風邪をひいた。初めての現場だからと、荷物を極力最小限にして上着を省いたのがいけなかった。
しかも給料は月末振込。確認し忘れた。これでは現状解決にならないじゃないか。計画性のなさが露呈した初日。
お金を稼ぐって、大変だ。
*そのニ、アウトプットについて考える。
大変残念な事に、即金ではなかった昨日のお仕事。おかげで直接は太らなかった僕のお財布。むしろ風邪さんお持ち帰り。どうせならお姉さんが良い。でもそれなら持ち帰られたい。いやん。
さぁ体調不良な連休二日目。収入を得るのは簡単でないと分かったので、次のステップである支出を減らす方向で。
幸い、僕は実家暮らしだ。家から出なければいい。と言うか、僕は一体何にお金を使っているのだろうか。
自分の手帳とmixiの日記を頼りに、自分の収支を振り返ってみる。すると、外食が多いと判明。
学校やアルバイト先が遠い事もあり、実家には寝に帰っている現状。土日に至っては居眠り運転の危険を感じて帰れない事も多々ある。
昼食は大抵コンビニだ。おにぎりよりもパンの方が体積が大きく、食べた気になる。パン2つとペットボトル飲料か、胃腸を整える乳製品が僕の定番。
予算は五百円以内と決めているが、平日毎日となると一ヶ月一万円である。意外と高い。
また夜に誰かとご飯を食べにいく事もある。話下手のくせに、話をするのは好きなのだ。
人と一緒に居る時に出し惜しみするのはなんだかケチケチして好かない。楽しい時間が買えるのならば安い物だと思う。
と調子に乗るせいで、気付くと出て行く。実家暮らしにも関わらず、僕の消費生活は食費の割合が存外高いようだ。
あとは固定費が高い。学校帰りに塾へ通うために使う車の月極駐車場が一ヶ月一万円。両親に白い目で見られながら辞めた大学、その時に借りていた奨学金の返済、月に七千五百円。
あとは携帯電話が今流行の二台持ちで、これも一万円前後。うーん、固定費はなんともならん。
となると、昼食をなんとかすべきだろう。対策として、流行のお弁当男子になればいい。大学の時の一人暮らしで、料理の勘は多少ある。米は実家のを使えば良いし、食材も買い足す程度で済む。
と言う訳で早速お弁当男子のムック本を購入。あれ、どうして出費したし。早速開いてみると最近テレビで絶賛売り出し中の若手俳優がいた。
背が高くて整った顔立ちで短めの茶髪が素敵アングルにセットされている、要するにイケメンと呼ばれる種族の人間がエプロンをしてフライパンを握っている。
おたまをフルスイングしても、やかんでPK戦しても格好のつきそうな彼に羨望の眼差しを投げつつ、ページを読み進める。
男子らしい豪快な料理から女子力高めのスイーツまで、爽やかな笑顔でこなす彼。いやいや、主役は彼じゃない。別にその気はない。
何品かは簡単に取り組めそうだったので早速買い物へ行き、昼ご飯用に作ってみる。相変わらず鼻がむずむずだから、味の保証はないが。
簡単なところでは、ベーコンとほうれん草のソテー。適当に切ってオリーブオイルで炒め、塩こしょうで味を整える。切り出しレモンが理想だったが、市販のレモン汁で代用。
なかなかやるじゃないか、俺。そう言えば飲食店のアルバイト経験があった。大した腕ではなかったが、それなりのことはまだ出来るらしい。
楽しくなってきたので、ついでに家族分の晩ご飯も作ることにした。母の物と思われる古めのレシピ本を引っ張り出し、ぱらぱらとめくっていく。
そういえば一人暮らしをしていた時に最初に作ったのが麻婆豆腐だったっけ。作り過ぎて山盛りな画像を某SNSにアップロードした覚えがある。
ふと懐かしくなったので、プチ中華三昧にしてみることに。
前回は簡単調理の元なんていうこれまた文明の利器に頼ったのだが、今日の僕は一味違う。何せ時間がある。(家族分の食費だから)お金もある。彼女は居ない。
これからは家庭的な男子の時代だと思い込み、材料を買いに再びスーパーへ。心なしか、かごの持ち方がサマになっている。
豆腐、ひき肉といった当然のアイテムに加え、豆板醤に甜麺醤なんていうそれっぽい名前をかごに入れ、悦に入る僕。本格派、な匂いがするじゃないか。
意気揚々と帰宅し、トントンカンカンジュワワワワーとやった結果、酢豚と麻婆豆腐、それに春雨サラダと卵スープが出来上がった。
どこで調子に乗ったか麻婆が辛い。本場の味、ということにしよう。辛さ以外は家族にも好評で、ちゃんと食費も返ってきた。ありがたや。
クレジットで払っておけば一時的に現金が増えただろうに、と一瞬思ったが、世の中には二の舞という言葉がある。学べ、僕。そんな二日目。
*その三、プロセスについて考える。
明日から学校が始まる、三連休最終日。好きな事を勉強しているのだから、もっと爛々とした瞳をするべきなのだろうが、目下早起きに対する憂鬱しかない。
父がうっかりこたつなんぞ出してしまったから、朝の二度寝は必須項目。これすなわち恐怖。至福と言う名の絶望。
さて休日という物を、現代の二十代はどうやって過ごしているのだろうか。お金の使い方も、時間の使い方も、きっと人それぞれだと思うのだ。
聞き込み調査をしよう。mixiやtwitter等でも良いが、見られない可能性と見られても気が向かない可能性の二つがあり、必ずしも回答が得られるとは限らない。少し効率は悪いが、直接聞くに超した事はない。
一人目、二十一歳ギター好き。予想通りだったがギターを弾いていた。早弾きギタリスト達は、総じてストイックである。一分の隙もない。ちょっと無理。
二人目、二十三歳フリーター。寝る。との単純明快な答えが返ってきた。そのためだけに週一回完全なオフをキープしているという。違う世界だ。
三人目、二十八歳会社員。先輩の女性社員に近付きたくて、週末には必ずコンサートに行くらしい。気付けば料理やワインの知識も豊富。なんだか偉い。
とまぁこんな風に聞き込みをした結果、好きな事をやっていると判明。そりゃそうだ、休みだもの。自分のやりたい事をやらずして何をする。
ちょうど読みたかった本もあったし、優雅にクラシックなんてBGMにして、ドリップコーヒーとチョコチップクッキーなんて用意して。
初めはリビングのソファにお行儀よく座っていたが、五分もせずに背筋が曲がり、十分もせずにソファに寝そべり、十五分後には滑落した。
畳の感覚が久しぶりで、なんだか癒される。母なる大地よ、嗚呼。
畳とソファのミスマッチ感に気を取られつつ、やおら立ち上がった僕は自室へ向かった。やはりここが落ち着く。
コーヒーとクッキーを優しくテーブルに置いた後、優しくベッドにダイブ。毛布、最高。なんたって思い通りに形を変える。
うつぶせのまま毛布をまさぐり、肘と本が絶妙のバランスを保つように変形していく。
よし、カンペキだ。たいへんおちつきます、まる。
三時過ぎまで本を読み、時折ギャグ漫画を挟み、夕方眠くてそのまま寝落ち、目覚めた頃には日が落ちて。
まさに自己満足。欲望のままに過ごした二十四時間。
晩ご飯はカレーだった。妹が一人暮らしを始めてから、我が家のカレーは甘口から中辛になった。言われるまで気にも留めていなかったが、そんな気遣いがあったとは。
夜は寝付きが悪かった。そりゃそうだ、今日は体力を使っていない上にお昼寝なんてしてる。夢の国への発車時刻はいつだろうか。俺予報によると二時半。
*その四、ライフスタイルについて考える。
結局寝たのは三時半。起きたのは七時、家を出たのは七時二十分。朝食を食べる暇も、寝癖を直す暇もなかったが、かろうじて歯は磨いた。
眠い目のまま新学期、オリエンテーション三連発。自然の摂理と言い訳しつつ、気付けば飛んでくドリーマー。
ようやく目が覚めてきたのは、帰りの電車の中だった。満員電車の中で出来る事など限られている。僕はぼんやり三連休を振返っていた。
一日目、単発のお仕事は大変だったが、それ自体よりも即金でなかったところに計画性のなさがビンビン。
二日目、一人暮らし以来の料理。友人が下宿に集まった時、フライパンを振るった記憶がよみがえる。
三日目、特に好きな事を好きなだけな生活は非常に快適だったが、何か物足りなかった。
そして今日。昼飯はいつもと同じ、コンビニ弁当。質より量の大きな菓子パンが二つ。とっても便利だけれど、代わり映えのしない日常。
明日は弁当にしよう。朝弱いのは分かっているから、今夜中身を用意しよう。ついでに晩飯を一品増やしたっていいかもしれない。
次はミスのないように、レシピに忠実にやってみようじゃないか。目分量は、もう少し上手くなってから。
どんなリアクションがあるのだろうか。前回は辛さで驚かれた。今度は旨さで驚かれたい。
ふと、わくわくしている自分が居た。この感覚、連休中に感じたのは二日目だけ。初日、三日目と何が違うか。
そう言えば、聞き取り調査をした三人目の、先輩を追っかけてる彼。恋は盲目なんて思ってたけど、なんだか幸せそうだった。相手の先輩にしたって、まんざらでもないらしい。
時間の使い方、お金の使い方。今までは自分のためにしか使ってなかったように思う。ちょっとだけ、他人のためにも使ってみようかな。
今夜の献立を考えながら、僕は電車を降り、一路スーパーを目指すのだった。
おわり。
いやはや、金欠って辛いですね。