それはお芝居です、私は悪役令息ではありません
●ユーシューン・レイソック
子爵になったばかり 伯爵家出身
●ダメリア・ドンマイン子爵令嬢
ユーシューンの元婚約者
●ムーノン
ダメリアの夫 アカンデッシャロン侯爵家出身
「何でよおお! 何で、アンタばっかり成功してアタシ達が惨めな思いをしなきゃなんないのよおお!」
運が悪いなぁとユーシューンは考えていた。
目の前で泣き喚く令嬢はダメリア子爵令嬢。彼女の隣にいるのはダメリアの夫のムーノン。
本日行われているエライヤン公爵家主催の夜会は社交界でも格式が高い。ダメリア達は招かれないと思っていたが甘かったようだ。ムーノンの伝でも使って潜り込んだのだろう。落ち目とはいえ侯爵家のコネは侮ってはいけなかったようだ。
「……奥様は随分とお酒を嗜まれたようですね、お休みになった方がよろしいでしょう」
面倒を見る義理もないので、木偶の坊のように突っ立てるムーノンに押し付けて去ることにした。
「待ちたまえ、妻を泣かせたまま謝罪もしないのか」
ところがムーノンは、キリリとした顔で妻を守る夫かのように振る舞う。言い掛かりも甚だしい。突然、他の客と談笑している最中に、先程の絶叫を浴びせられたのはユーシューンだ。
「ドンマインご夫婦におかれましては惨憺たる境遇であられる事。ご同情申し上げます。しかしながら三年前に取り交わした公式文書にもあるように、互いに干渉は禁じると御座います故に、私は失礼致します」
成功してごめんね! と言わなかっただけ親切だと思うが、ダメリアはより大きな奇声を発した。そして、ムーノンは「貴様、よくも!」などと言って睨み付けてくる。
「あらまあ、一体どんな騒ぎかしら?」
やはり運が悪い。夜会会場とは言え、それほど目立つ場ではないと思っていたが、主催者である公爵夫人に見つかってしまった。
「夜会を騒がせてしまい、大変申し訳御座いません」
ユーシューンが礼を執ると、ダメリアとムーノンは何故か勝ち誇った顔をするのだが、それはすぐに覆される。
「まあ、レイソック子爵に非があるなんて申しておりませんわ」
そう言いながら夫人は扇子を開くと、ダメリアとムーノンの二人を見据えた。
「羽虫が入り込んでしまったようね」
やはり二人は招かれざる客だったらしい。ダメリアとムートンは喚きつつも公爵家の使用人に促され、会場を追い出されていった。
「貴方も大変ね」
「ええ」
ユーシューンは公爵夫人の言葉にうなずいた。
ユーシューンは若くして子爵となった。
だが、その爵位は受け継いだものではなく、己の事業の成功により得た地位だ。買い取った爵位は成り上がりと嘲笑される場合もある。しかし元々は歴史ある伯爵家の出だったので、そのような誹りを受ける事はない。
生家からは独立したものの、家族関係は良好で、立ち上げた商会も順調に成長している。主となる商いは染色業だ。
ユーシューンは絹の光沢を損なわず、美しい色合いを維持する染色技術開発に成功しており、特許を取得している。また、昨年には王家の象徴であるロイヤル・ブルーを鮮やかに染め上げた絹を献上し、その確かな技術は王家からも認められ、一昨年、婚姻した王太子殿下主導で行われている繊維業に共同事業者として名を連ねる事となる。
申し分のない家柄出身であり、血筋も良く、若くして実業家として名を馳せ、王家からも覚えめでたい若い独身貴族。それがユーシューン・レイソックの社交界での評判である。
男爵や子爵程度の下位貴族は、寄親が主催の夜会であっても、コネクションや商談関係者、もしくは功績があるなど、何かしらの理由がなければ招待はされない。子爵であるユーシューンが公爵家の夜会に招かれたのも、それらが揃っているためだ。
ただし、妬み嫉みが渦巻く貴族社会には不満を持つ者も少なからず存在する。ユーシューンはそつなく躱しているが、ダメリアとムーノンはそれらとは少々異なる輩だ。
かつて、ユーシューンとダメリアは婚約者同士だった。
ダメリアはドンマイン子爵家の跡取り娘だったため、伯爵家の三男だったユーシューンは婿入り予定だった。婚約は二人が子供の頃に結ばれた。勉強嫌いで奔放な性格のダメリアを、しっかり者のユーシューンが補佐し、まるで兄妹のような間柄だった。
ところが、ダメリアが社交会デビューをした頃から様子が変わった。
レイソック伯爵令息の婚約者として招かれたのは王家主催の夜会。これまで体験した事のない豪華絢爛な世界にダメリアは魅了される。また、レイソック伯爵家を通じて高位貴族の友人関係もできた。そして、下位貴族とは言え、ダメリアは貴族家の後継である。表立ってダメリアを軽んじるものは少なかった。それがダメリアを増長させてしまたらしい。
アタシは選ばれた人間なのだわ。
今まで、世界がアタシに気付かなかっただけ。
後継者としての勉強、ドンマイン家の領地経営や商い、また、それらのための社交は疎かになり、享楽的な生活を送り始める。そして、ドラ娘となったダメリアは口うるさいユーシューンよりも、甘やかな賞賛を与えてくれる令息と親しく付き合い始める。その一人がムーノンであった。
ユーシューンは「ドンマイン子爵家の人間として相応しい行動をしろ」と再三言い続け、父である伯爵もダメリアの父に苦言を呈した。
ところが、一人娘に甘いドンマイン子爵はデビューしたてで少々羽目を外してしまってるだけ、いずれ落ち着くはずなので大目に見て欲しいなどと返答するばかりで、娘を強く諫める事はなかった。嫁入りではなく、婿を取るという立場であるため強気でいたのだろう。
その結果。
「アタクシ、ダメリア・ドンマインはユーシューン伯爵令息と婚約を破棄し、ムーノン侯爵令息との真実の愛を貫く事を宣言しますわ!」
よりによって、王族も来場している夜会で婚約破棄宣言をしたのだ。
もちろんユーシューンとダメリアの婚約はなくなった。当然、ダメリアの有責だ。ダメリア本人は自分が有責である事に納得しておらず、父親のドンマイン子爵は当初は相当ごねた。しかし娘の浮気相手が侯爵令息だと分かると、あっさりと同意する。
ユーシューンの父はドンマイン家との提携事業を引き上げ、慰謝料の他、支援金の返還を求めた。そして、ドンマイン家、アカンデッシャロン侯爵家との関わりを一切絶つとした。むろんアカンデッシャロン家にも慰謝料の請求をさせてもらった。
諸々の処理が済んだ後、ダメリアとムーノンは結婚し、侯爵家の次男であるムーノンは子爵家に婿入りする。おそらく、この時が、ダメリア達の絶頂期であっただろうと思われる。
「何かしら?」
ダメリアとムーノンが会場から連行されてすぐ、公爵夫人に使用人の一人が何から耳打ちしている。
「何か御座いましたか?」
話を聞けば、なんと、ダメリアが退去を拒み、床に寝転がっているという。捨て身が過ぎる所業だな。
「公爵夫人、私のかつての知人が、これ以上ご迷惑をお掛けするなど許容できかねます。彼らと面会する許可を頂戴できませんか?」
「あらまあ、子爵は我が家の正当なお客様ですのよ。貴方が気に病む必要はないのだけれど」
夫人は主催の責任もあると、面会の立会人として同席すると申し出た。
「いい加減にしてよ!」
夫人と共に客室へと向かうと、ダメリアが開口一番、大声を張り上げユーシューンを迎えた。使用人がエライヤン夫人立ち会いの元、話し合いに応じると伝えていると聞いていたが、ダメリアに公爵夫人は見えてるのか? 木偶の坊も止めろよ、夫だろうに。
「ドンマイン夫人、エライヤン公爵夫人に対して無礼だ。ドンマイン卿も、夫なら妻を諌めるべきでしょう」
「話をはぐらかさないで!」
「貴様の嫌がらせのせいで、我々がどんな目に遭っていると思っているのだ!」
公爵夫人は無言で扇子を口元に当てた。今は口を挟まないからサッサと話を進めろと言う事だろうと解釈する。
「何を持って“嫌がらせ”と言っているのか分からないが、婚約破棄になっても支援を得られるなどと考えていたのか? 共同事業も継続されると? レイソック家を通じて得た人脈も保たれると? それは余りにも図々しいと言わざるを得ないな」
そもそもドンマインは細々と続いてきた領地だ。それが近年、財政が成長し始めたのはユーシューンの生家の支援と人脈、そしてユーシューンが立ち上げた商会の事業利益から得た税収のおかげだ。
対してアカンデッシャロンは侯爵家ではあるが、栄華を誇ったのは過去のものだ。階級意識の高いアカンデッシャロンのムーノンがダメリアとの結婚を許されたのは、ドンマイン家の発展に目を付けたからだろう。とはいえ、ドンマイン家の内情を正確に把握するまでには至らなかった。その調査力の低さもアカンデッシャロン侯爵家の力不足を物語っている。
ドンマイン子爵家は侯爵家と縁繋ぎになれば、ユーシューンの生家よりも恩恵に預かれると思っていただろうし、アカンデッシャロン侯爵家は資金援助や事業提携などで利益を得られると踏んでいたが、それらは全てユーシューンあってのものだ。
互いの家の当主の思惑はまんまと外れた。それらの事情をダメリアとムーノンはきちんと理解していないのだ。
「だ、だけど、絹が買われなくなったのは!? ドンマインシルクは昔から売れてたはずよ!」
「そうだ、貴様が何かしたのだろう!」
「アタシ達の真実の愛のシルクが売れなくなっちゃたのよ!」
「責任を取れ! 慰謝料を要求する!」
「随分と面白い事を言うのねぇ」
喚き散らす二人を眺めていた公爵夫人がクスクスと笑う。熱くなってたダメリアとムートンも夫人には食ってかかるなどはできないようで口をつぐんだ。おかげで、こちらが口を挟む余地ができたので、間髪を容れずに言い放つ。
「その“真実の愛”が敬遠される理由だよ。誰が浮気者の売るシルクでウェディングドレスを作りたがるんだ」
ドンマイン家の主産業は絹織物だ。その歴史は古く、この国で最初にシルクを製造したのがドンマイン家だった。当時は色付きのドレスが花嫁衣裳の主流であったが、ドンマインシルクの輝くような純白の美しさは国中から賞賛され、花嫁衣装にドンマインシルクを使う事はステイタスとなり、白いウェディングドレスが主流となったのだった。しかし、その光沢を損なう事なく染色する技術は確立されておらず、需要はウェディングのみに限定されており、ドンマインの絹産業は大きく発展する事なく今に至る。
「ドンマインシルクの白は“純粋”と“誠実”を表している。その象徴を壊したのは君達だろう」
貴族は自領の産業の広告塔でもある。花嫁衣裳のドンマインシルクのイメージを跡取り娘自ら傷付けていたのだ。
「だ、だけどアタシ達は“真実の愛”で結ばれているのよ!」
ダメリアは思い込むと客観視が一切できないところは変わっていないようだ。面倒くさいなぁ。
「貴族の殆どが政略婚であると知っているでしょう? 貴方達がした事は彼らへの侮辱だ」
「だが、私は侯爵家の出だ。私の振る舞いに否を唱えるなど不敬だ」
ムーノンは高位貴族の振る舞いは全て許され、賞賛されるべきだと思っている。こちらも面倒くさい。
「そうよ! ムーノン様は侯爵家なのよ! アンタよりずっと偉いんだから!」
ダメリアが勝ち誇ったように言うが、今は子爵令嬢の婿で、対してユーシューンは子爵だ。実際はユーシューンの方が階級は上だ。それを言ってやろうとしたが、再び公爵夫人がくすりと笑う。
「ふふ、その理論で言うなら、王妃陛下が貴方方を嫌悪していても否を唱えるなど不敬よねぇ」
その言葉にダメリアとムーノンの二人が硬直する。
近年の最大の慶事、王太子殿下の結婚式にて、王家はドンマインシルクを一切使用しなかった。ドンマインシルクの使用を強固に反対したのは王妃陛下だ。
誰しもが当然と考えた。政略を無視して不貞を犯し、一方的に婚約破棄を行う家の絹を、王太子妃となる花嫁の衣裳にするなどあり得ない。縁起も悪いし、まるで不貞を推奨しているかのようではないか。
国内外から祝福された王太子夫妻の結婚式で、花嫁となる姫君が着用していたのは彼女の母国の伝統衣装だった。国内での花嫁衣裳の主流は白だが、ドンマインシルクが求められる事は圧倒的に減った。
「で、でも、アタシ達は“真実の愛”が……」
「ドンマイン夫人。これは芝居じゃない。現実の問題だよ。“浮気された令嬢は侯爵令息に愛される”ではない」
「なっ」
ユーシューンとダメリアが婚約していた当時、とある芝居が流行った。内容は子爵家の跡取り娘の婚約者が、婿入りの立場であるにも関わらず、子爵令嬢に愛されてる事に胡坐をかき浮気を繰り返す。胸を痛める令嬢を、彼女を愛する侯爵令息が寄り添い慰める。令嬢は失われた自信を取り戻すと、婚約者と袂を分かち、侯爵令息と結ばれる。それが「浮気された令嬢は侯爵令息に愛される」だ。
「あの芝居で浮気していたのは、令嬢の婚約者だったが、私は不貞を犯していないし、遊び歩いてもいない」
むしろ、ドンマイン家をさらに発展させようと染色技術を研究し、平行してドレス以外の絹製品の製造販売を行っていた。まともな貴族家は理解していたし、反対に後継にも関わらず遊び暮らすダメリアの評判は下がっていた。
「それに私は婚約解消しても構わなかったし、実際、穏便に解消できるようドンマイン子爵に相談していたよ。君は聞く耳を持たなかったけどね」
ただし、違約金は発生するため、ダメリアの父は躊躇していたのだ。あの時、婚約解消に応じていれば、これほどの痛手を負う事もなかったし、ドンマインシルクのイメージも悪化する事もなかったはずだ。
だが、ダメリアとムーノンは納得しない。
「嘘よ! アタシが好きなくせに!」
「いや、全然。出来の悪い親戚の子としか思ってなかったよ」
「出鱈目を! ダメリアに私と会うなと言っていただろう!」
「ドンマイン嬢が男遊びをしていたら、ドンマインシルクのイメージが下がるからだよ」
妙な事を言うなと思って見返すと、夫婦そろって目を見開いている。変な所が似ているなと感心する。
「ともかく、君達はヒロインでもヒーローでもない。私も悪役令息ではないんだ。とやかく言われる理由など皆無だ。今後、もし接触した場合は、取り決めの通り慰謝料を請求させてもらうよ」
互いに接触禁止のはすだ、そう言うと、二人は茫然と立ち尽くしたまま微動だにしない。
「お話は済んだようね。お客様をお見送りして」
公爵夫人が使用人に命じ、彼らは部屋から出て行った。
その後。
相変わらず、ユーシューンの商会は順調に売り上げを伸ばしている。様々な色の絹を求める貴族からの問い合わせが止まらない。
もちろんドンマイン領の絹は使っていない。伝統技法と言えば聞こえは良いが、改良の余地は多い。現在の絹は他領から仕入れているが、いずれは絹の生産から行いたいので、目下、より良い製法を開発中だ。
元々はドンマインシルクを夜会用ドレスやデイドレスとして販売するための染色技術だったが、どんな絹でも美しく染まるノウハウだ。この国の繊維業はさらなる発展を遂げるだろう。
「エライヤン公爵夫人に礼を贈らないとな」
ユーシューンの商会の絹は予約待ち状態だ。たとえ高位貴族でもすぐには購入出来ない。
ダメリア達との面会の立会人に名乗り出たのは、これが目当てだったのか、それとも他に何かあるのか?
ユーシューンは夫人に似合いそうな絹を複数用意し、公爵家に贈ると、後日、その礼として茶に呼ばれた。
断るのは角が立つ。ユーシューンが公爵邸に行くと、夫人以外にも一人の令嬢がいた。
「娘よ、留学先から帰国したばかりなの」
なるほど、目的はコレだったのか。ともかくユーシューンは夫人のお眼鏡にかなったようだと理解した。
「お初にお目にかかります、ユーシューン・レイソックです」
一年後、才女と名高いエライヤン公爵令嬢と若き子爵との婚約が発表される。
※染色技術についてはフィクションです。実際の技術とは異なります。
ダメリアとムーノンはユーシューンがダメリアに惚れ込んでると思っていました。その恋心を利用してやろうと考えていたようですが……ドンマイン。
ちなみに婚約期間中、ダメリアが喚き散らすと、ユーシューンは「あーハイハイ」っと我儘をきいてくれていた過去の実績があり、それをダリアを愛してるからだと勘違い。作中、怒鳴り散らしていたのは、ダメリア会心のハニトラ。
エッセイ【短編の後書きとか解説とか】にて
人物紹介や裏話、その後の話を掲載します。
公開は7月18日(土)7:00




