第8話 黄金米
「勇者様、何をなさるおつもりですか?」
「いいから。マリン、ちょっと見ていてくれ」
俺は急いで王宮に戻ると、中庭の菜園に向かった。
本来、米作りでは種もみを育苗箱に蒔いて苗を育てて田植えをする。ところがヴェルミリア村の広場では地面に落ちたご飯が一晩で芽吹いていた。ひょっとして田んぼを作らなくても米が出来るのだろうか。
「ああっ、もったいない! 勇者様、食べ物を粗末にしちゃダメですよ! せめて、私に一口……いや、二口!」
「マリンが食べるほど蒔かないって。何粒かで試してみるだけだから」
「あれ? 勇者様、なにやら竈がチカチカしていますよ」
マリンに言われて炊飯器を鑑定してみると、レベルが4になっている。
新機能として【発芽モード】が追加されていた。鑑定してみると「種もみからの直蒔きで成長速度最大化」とある。
試しに種もみを一合入れて発芽モードにセットすると、ものの数秒で完了のサインが出た。
「よし。これを蒔いてみるぞ」
「次は種もみですか? ご飯よりはましな気がしますが、上手くいくとは考えられませんけど」
「確かにあり得ないと思うけど、もしうまくいけば田んぼを作らなくても米が出来るぞ」
「もしや麦畑でお米の栽培を?」
「きゅきゅーっ♪」
「仕方ないです。わたしもお手伝いします」
「別に手伝ってもらうほどのこともないんだけどな」
「まあまあ、勇者さま。ご遠慮なさらないでください」
「なんだそれは……」
土に埋めた発芽米に土を被せてくれるハム太の横でマリンはひたすら妙な踊りをし続けたのだった。
◆
そして翌朝――
「勇者様、こ、これは一体……。夢じゃありませんよね」
「これは壮観だな!
「きゅい~っ♪」
発芽米は膝丈まで伸び、葉が朝風に揺れている。根を掘り返してみると、土に深く張り、まるで大地を掴むように力強い。
一夜にして中庭は緑の海に変わっていた。
その後も発芽米は順調に成長していき、三日後には穂が出始め、五日目には黄金色の粒がパンパンに膨らんで収穫を迎えた。
精米後、炊飯器で炊いてみると、ご飯粒が輝くように立っている。
口に入れると、もっちりとした食感と甘みが口の中に広がった。
米屋で産まれ、これまであらゆるブランド米を口にしてきた俺が断言しよう。これほど美味しい米は見たこともない。マリンとハム太も夢中で食べている。
「勇者様、このお米は直ちに我が国で広めるべきです。今までの麦にかわって輸出の柱になりますよ」
「試食会を開こう。国王以下、国のお偉いさんたちを招待するんだ」
「はい、任せてください」
マリンは頬にご飯粒を付けたまま大きく頷いたのだった。
◆
一週間後、試食会が催された。
参加者は国王以下、宰相をはじめ王国の各政務官たち。段取はすべてマリンに任せたのだが、無事に試食会が出来てやれやれである。
「本日は中庭の菜園で収穫された米を試食していただきます。炊き立てのご飯とおにぎりをご賞味ください」
「ご飯のお供として、野菜のぬか漬けや塩漬けも用意しました。よろしければ、おつまみ下さい」
「きゅい、きゅ~♪」
「ほう。これはまた珍奇な」
「米はスープにして食するものだと思っていたが」
「黒パンよりはましな気はする……」
政務官たちが怪訝な顔をする中、俺は炊飯器から炊き立てのご飯をお茶碗に盛ると、国王に手渡した。
「どれどれ……。はふっ、ほふっ……勇者殿! この炊き立てのご飯は最高じゃ。かほどの米は食したことが無いぞ。宰相殿もどうじゃ」
「国王様、ではいただきます。それにしてもいい香りですな…………うまい」
満足そうな国王と宰相に続き、他の政務官たちも次々とご飯とおにぎりに手を伸ばし出した。
「炊き立てのご飯というものなかなかいけますな」
「この塩むすびも美味い」
「この漬物と合わせれば、兵士たちの携行食に使えそうだ」
「おかわりはありませぬか」
「こっちも欲しい」
「私もだ」
「……」
しばらくして国王アルベルトが静かにお椀を置いた。
「勇者殿に、この米の栽培を任せることにする。皆も依存あるまいな」
「ははっ」
こうして王国において本格的な米作りが始まることになったのだが……。
◆
一週間後、王宮の中庭に直轄領の農民たちの代表が集められた。しかし皆の表情は一様に暗い。
「信じられない気持ちも分かる。だけどこの稲を見て欲しい。これが昨日蒔いたもの、こっちがおととい、それからこれが……」
「勇者様の発芽米を蒔いたら、五日で収穫できたのですよ。しかも精霊さんの加護まで付けましたから豊作間違いなしです」
「それより今まで作ってきた麦は作れないっていうのは本当ですか」
「俺たち米なんて高級品作ったことありませんよ」
「これから冬に向かうっていうのに」
「わかりました。発芽米をお渡しするので、気が向いたら畑の隅にでも蒔いてみてください」
「せっかく精霊さんの加護まで付けましたのに」
「むきゅーっ」
マリンとハム太は不満そうだが仕方ない。俺は解散を告げたのだが、数人がその場に残っている。
「あなたちは、確かヴェルミリア村の……」
「はい。エーミール村長の代理としてきました。断るとまた村長から嫌味言われるんで」
「実は村の広場になぜか稲が実っていたので不思議に思っていたんです」
「さっきの話を聞いて納得しました」
「じゃあ、発芽米を蒔いてくれるのか」
「もちろんです! ぜひ作らせてください!」
この後、ヴェルミリア村は米作りで潤い、俺たちが最初に与えた種もみの残りは『原初の種』として村で大切に保管されるようになったのだった。




