第7話 レベルUPは早炊き機能‼
「シュルルルル……」
やがて、サーペントは満足げに舌をチロチロ出すと、俺の方を向いて身体を縮めた。
「ハム太、ハム太が……」
「勇者様、しっかりしてください! 勇者様っ!」
さっきからマリンが俺に向かって叫び声を上げているが、俺は金縛りにあったように体を動かすことが出来ない。
「精霊さん、勇者様を守って!」
俺の身体がキラキラした水色の光に包まれたかと思うと、ふわっと浮きあがり、後ろに引っ張られるように吹き飛ばされた。
「シャーッ!」
その瞬間、さっきまで俺が居た場所にサーペントが突っ込んできた。
サーペントの牙が目の前をかすめ、前髪が数本が散った。
サーペントは攻撃を外されたものの、すぐにこちらを向いて再び身体を縮めだした。
「勇者様、しっかりしてください! 勇者様が魔物ごときに負けるはずがありません」
「んなわけあるか!」
俺はマリンの言葉にとっさに炊飯器を掴むと大きく振りかぶった。
「ええい、もう! これでも喰らえ!」
「ゴフッ」
半ばやけになって投げつけると、サーペントは大口を開けて炊飯器を飲み込んでしまった。
そして何事もなかったかのように目を細めると、再度攻撃態勢に入ったのだが―――。
“ズドーン”
地響きを立てて、サーペントは地面に倒れ、苦しそうにのたうちだした。
そしてサーペントの腹部がどんどん膨らんでいる。
尻尾を地面を激しく打ち付ける度、砂煙が舞う。
「ジャー!」
やがて口から湯気を漏らすと、炊飯器を吐き出した。
炊飯器は大きく弧を描き、まるで意思でもあるかのように俺の手元に帰って来た。
取っ手には、パールホワイトの毛玉がしがみついている。
「ハム太!」
「きゅーっ!」
良かった。無事だ。
ハム太は俺の手の中で鼻をすんすん動かすと、ご飯粒をちっちゃな両手で掴んで食べ出した。
一方、サーペントはツチノコみたいな腹になってひくひく痙攣している。
「ひょっとして、お前まさか……」
俺の言葉に、ハム太は俺を見上げた後、炊飯器に駆け寄った。
炊飯器はいつの間にかレベルが3に上がり、【炊飯モード】には早炊き機能が追加されている。
どういう訳か水や米を入れる前に炊くことが出来るようで、サーペントのお腹の中でご飯がどんどん量産されたようだ。
「お前がサーペントの腹の中で炊飯器のボタンを押したのか?」
俺の言葉にコクコクと頷くハム太。
「さすがは、勇者様の従者だけのことはあります。まあ、私が間一髪で勇者様をお救いしたことに比べれば、それほどのことでもないですが、ハムちゃんの活躍は認めましょう」
「俺は文句なしに認めるぞ。ハム太よくやってくれた!」
「きゅ~っ!」
ハム太は、得意そうに鼻をひくつかせると、俺の肩に駆け上って頬ずりしてくれたのだった。
◆
“ジューッ……パチパチ”
脂の焼ける音と匂い。
鉄板の上ではご飯詰めのサーペントの肉が輪切りにされ、どんどん焼かれている。
「魔物を倒していただいた上に、このようなご馳走まで頂けるなんて。勇者様、ありがとうございます! 」
「魔物の肉は美味いとは聞いていたが、これほどとは」
「本当にありがたいことです」
「いや、倒したのは俺じゃなくてハム太だから。みんな遠慮せずどんどん食べてくれよ」
「勇者様こそどうぞ。この尻尾の部分が美味いんで召し上がってください」
「こ、これは美味い!」
村人にすすめられるまま一口食べると、その味に驚いた。
岩塩とハーブで味付けされた肉は、あっさりとしていて鳥のささ身に似た味わい。外側には薄い牛脂のような脂の層があり、それが焼くと中にパンパンに詰まったご飯によくなじんでいる。ハム太もご飯粒を両手で抱えてむしゃむしゃ食べている。
ただぜいたくを言えばしょう油を垂らしたい。それからスープじゃなくて味噌汁があればなあ。
「どうしたんですか? 勇者様、あまり飲んでらっしゃらないですね」
「お前こそ何で昼間から飲んでんだよ」
「ここの村長さんったらふとっぱらなのれす。これ十年物のワインなんれすよ~♪」
マリンの横には五十代くらいの生真面目そうな男。どうやらこの村の村長らしい。
「勇者様、ご挨拶が遅れましてすいません。村長のエーミールです。今回は長年村を悩ませてきた魔獣を打ち取ってくださりありがとうございました。おまけにサーペントの素材で村は潤いました。今日は村のワイン蔵を解放して皆で喜びを分かち合いたく存じます」
「貴重なワインを振る舞ってもらっていいのか?」
「なんのなんの。サーペントの皮は高級品でして。何しろ今回は、ほとんど傷がついてない特級品。この村の1年分の税収くらいになりましょう」
魔獣の素材は倒した者の者になるのが通例だが、勇者に限って言えば、権利はその土地に帰属するという決まりがあるらしい。つまり今回は村の財産となるようだ。
「ういーっ。勇者様、カンパーイ」
「マリン、少しは遠慮しろよな」
「勇者様、村長さんがいいって言ってるじゃないですか」
それにしてもマリンの奴、早々に酔っぱらいやがって。一応成人しているということで飲酒は問題ないだろうが、こいつ酒が好きな割にはほんと弱いな。
「あのさ、マリン」
「何れすか」
「今回は助けてくれてありがとうな」
「なんのなんの。風の精霊たちに勇者様のご飯をお供えしたら、急に言うことを聞くようになってくれたんれす。勇者様だけを危険にさらして逃げ隠れするすわけにはいかないれすから~」
マリンはサーペントを前に、俺を置いて思い切り逃げ隠れしていたような気がするのだが……。
「ささ、勇者様、細かいことは置いといて、カンパーイ♪」
「まったく、お前ってやつは……よし。そこまで言うなら今日はとことん付き合うぞ」
「きゅーっ!」
「ハム太もどんどん食べろよ」
思えば異世界に来て初めての酒だ。
この日俺は、久しぶりに思う存分飲み明かした。
そして翌日―――。
「……う、……うん。あれ?」
頬にさわさわとした感触がある。
訝しながら目を開けると、地面に散らばった飯粒が、芽を出していたのだった。




